持続可能な漁法って? 那智勝浦で聞いたマグロの今
ここは......和歌山県那智勝浦町にある漁港......。
船から、何やら魚が水揚げされています。
おおお。
おおおおお。
これは......
マグロだーーー!!!!
というわけで、那智勝浦にある「紀州勝浦漁港」に来ています。
那智勝浦は、熊野古道、熊野那智大社、那智の滝を有する地域。これらは「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界遺産に登録されています。
漁業では有名なのがマグロで、生マグロの水揚げ日本一の「紀州勝浦漁港」がある土地としても知られています(ちなみに、冒頭の写真のマグロは「ビンナガマグロ」)。
今回お話を聞くのは、この那智勝浦にある仲買と水産加工の会社「ヤマサ脇口水産」の代表、脇口光太郎(わきぐちこうたろう)さん。
(※仲買とは、漁師が獲ってきた魚を買い付けて、卸売市場に販売する仕事)
脇口水産は、早くから漁業改善プロジェクト(FIP)に取り組んでおり、東京五輪に向けて、「持続可能なマグロ・漁業」を掲げています。
(※FIP=漁業者や市場が協力しあって、持続可能な漁業を目指すプロジェクト)
本マグロ(クロマグロ)は、現在絶滅危惧種に指定されており「このままでは将来、マグロは食べられなくなる」とも言われています。そんな中で、一般消費者である僕らはどのように考えたらよいのでしょうか?
まずは、知ること。
マグロを獲る主な漁法である「延縄(はえなわ)漁法」「まき網漁法」のことをはじめ、長年、那智勝浦で仲買として生きてきた脇口さんの"マグロ観"を聞いてきました。
持続可能なマグロとは
── 脇口さんにとって持続可能なマグロ、持続可能な漁業とはどういうものなのか教えてください。
脇口:
僕が考える持続可能な漁業って、魚たちの繁殖能力の範囲内で獲りましょうということなんですよ。
今は魚を獲りすぎなんです。あとね、産卵中のマグロや、1キロ未満の小さな「ヨコワ」と呼ばれるマグロの幼魚は獲ったらあかんのですよ。
もちろん人間も食べていかないと生きていけないから、ある程度はいただくんですけど。でも、繁殖能力をこえないように漁法を選ばなきゃいけない。
── マグロの獲り方として、延縄漁法やまき網漁法があると教わりました。
(※まき網漁法は、大きな網を使って魚群を囲い込んで獲る漁法。延縄漁法は、エサにかかった魚のみを獲る漁法。後者はまき網とは異なり、余分な幼魚まで獲ってしまうことが少ない)
脇口:
延縄漁法が一番いいと、僕は思います。マグロはエサを丸のみする魚なので、針やエサを大きくすれば、小さな個体は食いつけないんです。つまり針やエサの大きさで、獲れるマグロの大きさを管理できる。だから、今の時代に合う、これからの時代に必要な漁法は、少なくともマグロの場合は延縄漁法なんですよ。
あとはね、これは精神論になるかもしれんけど、延縄でかかってくるマグロというのは、「食う」という意思を持っているんです。
── と、言いますと?
脇口:
まき網漁法は、その場にいるマグロを一網打尽にしてしまうわけ。延縄漁法は、エサを食べて、針にかかったマグロだけを獲るもの。そもそも「食う」という意思のない小さなマグロは、獲ってしまったらあかんと思うんですよ。
人間は、「いただきます」と言って、魚の命をいただいているわけですよね。
そこにはお互い食べるっていう意思があって、初めて釣れたり釣れんかったりすると思うんです。意思のない魚を獲るのは、僕の中ではすごく悲しいことやなあと思っているんです。
築地の漁師さんに話を聞くと、まき網漁法で獲ってるマグロっていうのはほとんどエサを食ってないっていうんですよ。
今はレーダーがあって、ヘリコプターとか潜水艦のソナーで見つけて、一網打尽にできてしまう。そうやってレーダーを使って一網打尽にしたところで、まだ小さいマグロだったりして品質が悪いからキロ500円にもならない。すると、まき網業者も「安いから数をたくさん獲るしかない」ということで、薄利多売になる。全部、悪循環。悲しいでしょ?
── 悲しいですね......。
脇口:
技術が発達して、人間が強くなりすぎてしまったんですよ。マグロは昔からなんにも変わっていない。力関係が変わってしまったんですよね。
── 本マグロの漁獲量が減っている一番の理由はやはり、獲り過ぎだからですか?
脇口:
もう圧倒的に獲り過ぎですよね。もちろん気候変動なんかもあるのかもしれないけど、それは今も昔もあることだし、気候が変わっていくことは当たり前やから。
── 僕らのような一般消費者が「むやみに食べ過ぎ」というのもやっぱりあるんでしょうか。
脇口:
食べすぎてるというのもあるのかもしれないけど、もっと深刻なのは、大量に廃棄しているという事実なんですよ。
── そういえば、恵方巻きや土用の丑の日の大量廃棄が問題になってましたよね。
脇口:
それと同じよ。マグロはまき網で獲ったものだと、品質が悪いからすぐにドリップが出てダメになって、廃棄になってる。刺し身にして売っても商材として保つ時間が短いのよ。
(※ドリップ=冷凍の肉や魚を解凍すると出てくる赤い液体のこと。食材の細胞内の氷が溶けることで出てくる)
先日、マグロの漁獲規制に関して発表があったけど。マグロの漁獲規制量を減らすのはええよ。けど、延縄ばかりが締め付けられるのはおかしい。マグロ漁獲量の規制は全体で約3300トン。そのうち、延縄が獲っていいのは全船で170トン(その後、218.8トンまで増加)だけやで。そんな決まり、おかしいやろ?
マグロが熊野の水を飲みに来る
── 脇口さんが、持続可能な漁を考え始めたのは、いつ頃のことなんでしょうか。
脇口:
もともとは漁師の声を聞いたことがきっかけだったんよ。子ども時代は一日50円の小遣いがふつうだったけど、漁師が来たら、彼らは一万円もくれた。当時の漁師は裕福で、延縄漁が主流だったんです。でもその後、まき網船がだんだん力を増してきて。
「まき網は根こそぎもってく、あんなのやってたらマグロがいなくなる」って、昔の漁師もわかってたと思うよ。僕が学生の頃、漁師からそんな弱音を聞いて、衝撃でね。実際に乱獲のせいで漁獲量も減っていって、今では船の数も半分になっちゃって。
── 子どもに一万円もくれてたのに、もうからなくなって。
脇口:
そうそう。自分たちの商売が先細っていくことは前々からわかってた。先代の漁師たちは、商材が減っていくことが約束されてる商売を、子どもに継がせたいと思わなかったんじゃないかな。
── 脇口さんご自身は、ずっと水産業をやろうと思ってたんですか?
脇口:
継ぐつもりだったから、学校の勉強はしていなかったですよ。都会に憧れて、専門学校のために大阪に行って、都会にハマりました。でも30歳過ぎた頃、那智勝浦に戻ってきて、ふと山を見たときに「めっちゃきれいやな!」って思って。人間がイルミネーションやるのはお金かかるけど、そんなもんより、自然はすごいなって気づいたんです。
自然って、自分の姿を見せるだけで人を慰められる。そのカッコよさって普遍やねん。自然には感謝しかないですよ。海だけじゃなくて、美しいものをまずみんなに見てもらいたい。だから、誰かが来たら、山を案内することにしているんですよ。
── それで言うと、那智勝浦のマグロは「熊野の水を飲みに来る」って言われているんですよね。
脇口:
ここだけじゃなくて、銚子もそうなんやけど、ミネラル豊富な水が山から海に流れ込むんですよ。そうするとうまいイワシがたくさん"湧く"のよね。黒潮とぶつかって、いいプランクトンが出てくるとか、そういうことなんやろけど。
つまり、水がいいから、その海にいる魚もうまくなる。やっぱり水ってのは生命の源やから。それがまた太平洋で水蒸気になり、雲になる。いい循環がそこにあるんやろね。
── いまの漁業が魚を獲りすぎていることに対しても、「自然を壊すな」という気持ちって大きいですか?
脇口:
最低限、サイクルを考えないといけないよね。「ちょっと魚たちのことを、相手の立場で考えてみ」って言いたい。簡単な話、海の中に1000匹の魚がいるとしたら、1000匹獲ったら絶滅してしまうわけやん。実際にね、海の中の生物は無限じゃないから。これまでに絶滅した生物、いっぱいいるもんね。
人間がちょっと傲慢(ごうまん)になりすぎているというのはあると思いますよ。
僕は、誰でもいつでもマグロを食べられるようにする必要もないと思うんですよ。みんながみんな欲望のままに生きていたらキリがないから。
大衆の欲求を満たすために大量に、安く獲り続けるっていうのは違う。
海の現状をみんなに知ってもらいたい
── 日本の漁業の現状を変えるために、僕らにできることってどんなことでしょうか。
脇口:
一番は海や漁業の状況を、まず一般の人に知ってもらいたい。みんな知らんだけやからね。一般の人の声は、やっぱり世の中を動かすんですよ。
だから今は、価値観を共有できる仲間たちを増やしたい。語り部になるような消費者も必要やし、料理人もいてくれたらいいし。
あと、やっぱり網で大量に巻く漁法のマグロはあんまり買わんといて欲しい。売れへんくなったら、とらへんくなるもんね。だからわれわれも、買う人にちゃんと選んでもらえる様に「どんな漁法で獲ったマグロですよ」、とか可視化せんとあかんと思う。
でももちろん「何も考えたくない」とか「自分のことでいっぱいいっぱい」という人も多いやんか。そういう人には「資源管理がなんとか」と言っても自分に関係あるとは思えないでしょう。
だから僕がやれることとしては、まず、ほんまにうまいマグロを食ってもらうことなのよ。
一度、那智勝浦に来てもらえたらうれしいです。海や山といった自然を味わってもらって、いい体験をしてもらって、「おいしい!」「こんなの食べたことない!」って思ってもらえたら、その次に「食べられなくなるなんてやだ!」って思ってもらえるはずだから。
おわりに
記事中で触れたように、取材チーム一行は那智勝浦の山々を見学させてもらいました。その後、脇口さんの釣り船で海へ繰り出し、夜には、脇口水産のおいしいマグロをおすしでいただきました。
2018年6月、紀州勝浦漁港のすぐ隣に「にぎわい市場」がオープン。脇口水産は、この中でマグロの解体ショーやマグロの直売を行っています。
「マグロが食べられなくなってしまうかもしれない」ということは、僕らの目の前にある事実です。まず、めちゃくちゃおいしいマグロを食べてみるのも"知ること"のひとつ。
筆者は間違いなく「これが食べられなくなるってヤバくない?」と思い、マグロに対する見方が変わりました。少しずつ、イチ消費者として、アクションをしていこうと思います。
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文・取材くいしん
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写真平井 慶祐(Funny!!)
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