日本の酒が、なぜ世界で評価された?「日本の酒文化」を外国人専門家の視点で見つめる #食の現在地

2024年12月5日、日本の「伝統的酒造り」がユネスコの無形文化遺産に登録された。日本酒、本格焼酎、泡盛、みりんなど、麹菌を使った伝統的な酒造りの知識と技術への国際的評価を海外の報道機関もこぞって報じた。実際のところ日本の酒文化は、外国人にはどのように映っているのだろうか? 日本の酒に携わる外国人3名に取材し、彼らの視点からその可能性を探ると、日本人が見過ごしていたかもしれない独自の文化や精神性を反映した魅力が浮かび上がってきた。(取材・文:松浦達也/編集:山田和正、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
国内酒市場の縮小と、広がる海外市場の可能性
国内での日本酒市場は縮小傾向が続いている。農林水産省「日本酒をめぐる状況」(令和6年)によると、1973年に170万キロリットル超を出荷して以降は減少を続け、2023年には約39万キロリットルとピーク時の4分の1以下に。人口の減少や嗜好の多様化に加え、酒蔵の後継者問題などもあり、出荷量自体の反転は望みづらい状況となっている。
とはいえ、後ろ向きな話題ばかりではない。国内では量から質への転換が志向され、各蔵元はよりクオリティーの高い酒造りに取り組んでいる。低アルコール日本酒やクラフトサケ(日本酒の製造技術をもとにした新ジャンルの酒)など、愛好家にとっての選択肢の幅も広がってきている。
海外市場での動きも好調だ。日本酒造組合中央会が財務省貿易統計をもとに集計した資料によると、2024年の日本酒輸出総額は434.7億円で昨対比105.8%となり、4年連続での400億円台を達成した。とりわけアメリカは114.4億円と昨対比125.9%。数量はトップの8003キロリットル(昨対比123.1%)と絶好調。ワイン文化が浸透しているフランス、イタリア、ドイツでも過去最高額を記録した。
では実際、外国人から日本の酒や伝統的な酒造りはどのように評価されているのか。可能性や今後の課題について、日本を拠点に日本の酒の仕事に携わる3名に話を聞いた。
憧れたのは仕事への責任感。「酒造りは経験と勘」の言葉の重みを知った

外国人として日本で初めての杜氏(とうじ・日本酒造りの責任者)となったフィリップ・ハーパーさんは、現在は京都の木下酒造で杜氏を務める。ハーパーさんはなぜ異国の地で杜氏になることを決意したのか。
「杜氏さんや蔵人(酒造りの職人)がすごくかっこよかった。彼らの人柄や、仕事に対する責任感に憧れました」
1988年、ハーパーさんは英語教師として来日。大阪の高校に任用された後、同僚との交流を経て徐々に日本酒にのめり込んでいった。初来日から3年が過ぎた1991年、酒造りの現場に飛び込んだハーパーさんは、想像以上の過酷な労働環境に直面する。
「当時は秋に造りがはじまると春まで200日間、一日も休みがなかった。慣れないこともあって、毎日本当にボロボロでした」
酒造りの期間中は、蔵人たちが共同生活をしながら作業に励むという日本の文化にも驚かされたと言う。
「造りの時期は、蔵人全員が蔵で寝起きを共にします。普段は6時には仕事が始まり、繁忙期には朝4時30分から仕事が始まることもありました。作業は夕方の17時30分にいったん終わるけれど、夕食と風呂の後の20時頃にまた麹室(こうじむろ)に向かい、麹菌を振りかけた蒸し米を、一定の温度・湿度のもとで手入れをしながら麹を育てる作業を行います。麹室から出たらもう就寝の時間。毎日がその繰り返しでした」
最近は醸造現場の働き方改革も進んでいるが、かつての過酷な現場でハーパーさんは、杜氏が語る「酒造りは経験と勘」という言葉の意味を理解していくことになる。
「長年、積み重ねた作業によって培われる勘は、経験がなければ決して身につかないものです。そして、その経験と勘は、酒造りのあらゆる工程に影響してくる。その蔵の杜氏は、酒を口に含んだだけで『これはこういう造り方をした酒だ』とわかるんです。酒造りの現場に飛び込んだ頃の私には、それがほとんど魔法のように見えました。最初は酒造りの話を一生懸命聞いたり、飲み比べたりしていましたが、実際に現場に入ると、経験からくる技術の奥深さに圧倒されるばかりでしたね」
料理との相性や燗酒、熟成酒の可能性
蔵人たちのマインドや独特のカルチャーだけでなく、味わい自体の魅力もまだまだ掘り起こす余地があると、ハーパーさんは語る。
たとえば料理との組み合わせにはワインをも上回る汎用性があり、「海外のソムリエがワインの組み合わせで苦労する料理でも、日本酒なら合わせやすいと喜ぶ話をよく聞く」と言う。

「『牡蠣にはシャブリ』と言われるけれど、あれはワインのなかでは『比較的合う』ということ。日本酒なら牡蠣に合わない銘柄を探すほうが難しい(笑)。ソムリエはキャビアにはワインよりウォッカを薦めると言いますが、日本酒なら簡単に合わせられる」
また、日本酒には西洋の酒にはない「燗」という楽しみ方もある。
「35度の人肌燗、40度のぬる燗、55度以上の飛切燗(とびきりかん)......日本酒は温度の違いを細かく楽しむことができます。こんなに幅広い温度帯の変化を味わえるのは、日本酒ならではの楽しみ方です。ぬる燗が正しいとか、熱くしすぎると味が崩れるという話は定説として言われますが、うち(木下酒造)の酒は飛切燗以上の70度まで上げるとなんとも言えない柔らかい旨味の花が咲く。お燗は飲食店においても燗つけのセンスひとつで差別化できる、すごい武器なんです」
近年では70度以上の燗をつける、若手の燗酒師が続々と登場している。燗づけという伝統は、「熱くしすぎない」などの固定観念となりがちだが、ただ守るだけでは文化は発展しない。
そしてハーパーさんが改善できる点として、もうひとつ挙げたのが「熟成」という概念を日本酒に取り込むことだ。
「ワインにも新酒の楽しみはありますが、いいワインは熟成で価値が上がる。日本酒もいい状態で熟成させればおいしくなるのは知られています。新酒のほうが喜ばれる傾向にありますが、酒販店や飲食店を含めたマーケット全体が、もっと熟成や古酒について考えるべき時期にきているのではないでしょうか」
世界に類を見ない「繊細な製法」が伝わらない理由
日本酒ジャーナリストのジョン・ゴントナーさんは「日本酒の造りは世界でも類を見ないほど複雑で繊細です」と語る。
「日本酒造りのステップの一つひとつが、海外からするとありえないくらい精密な作業であり、そうした仕事の細やかさも非常に評価されています」

「たとえば蒸し米の工程では、数百キログラムの米を均一に蒸し上げるために、水に漬ける浸漬の作業が欠かせませんが、米の吸水加減を±0.5%以内にコントロールしている。麹造りでは、米に麹菌を繁殖させる過程が極めて繊細であり、温度・湿度の微妙な調整や、麹室の管理に高度な技が求められます。蒸し米の上に麹菌を振り、何秒待って、どう混ぜるかまですべて杜氏のコントロール下にあるのです。しかしこれらは、酒造りのごく一部にすぎません。ここまで細かい造りをする酒は日本酒だけ。こうした特徴は、そのまま日本酒を伝えるストーリーとなるはずです」
近年、清酒の醸造に挑戦する海外のメーカーが増えている(国税庁の地理的表示=GIの規定により、国産米を使用し、日本国内で製造された清酒のみが「日本酒」と名乗ることができるため、海外で造る場合は「清酒」と表記される)。
「海外の清酒造りは、苦戦していると聞きます。日本酒の醸造は、細部へのこだわりが極めて重要であり、海外の造り手はそこでつまずくことが多いんです。ビールの醸造に慣れた造り手であっても、いざ日本酒造りを始めるとうまくいかない。その理由は、日本の文化が反映された繊細な作業こそが、日本酒造りには欠かせないプロセスだからではないかと見ています」
日本酒には蔵元さえも自覚していない独特の作法がいくつもある。ブレンドせずに醸造タンクごとに出荷するスタイル、原料米へのこだわり、数百年続く蔵の歴史など、無自覚な独自性のなかに海外市場に強く訴求する要素が無限にあるとゴントナーさんは語る。
「日本の酒造会社にとっては当たり前のことが、海外市場では『ありえない!』と驚きを生むストーリーになる。この職人の技術と知恵は世界からもっと評価されるべき仕事なのに、まだ届いているとは言い難い。質量ともにコミュニケーションが足りていないと言わざるを得ません」
「焼酎・泡盛も特別な蒸留酒」海外展開のポテンシャルと普及の鍵
ユネスコ無形文化遺産に登録された「伝統的酒造り」には、日本酒だけでなく、焼酎や泡盛といった蒸留酒の酒造りも含まれる。
日本の蒸留酒文化を海外に広める活動を行うクリストファー・ペレグリニさんは「焼酎や泡盛も、ジンやウォッカ、ラムと同じレベルで評価されるべき特別な蒸留酒です」と語る。

「世界の主要な蒸留酒であるジン、ウォッカ、ウイスキー、ラムなどは、添加物や副原料を使用するものが多い。一方で、焼酎や泡盛は余計なものを加えず、原料の風味をそのまま生かして造られます。そのため、焼酎と泡盛のほうがフレッシュな印象を与える。ナチュラルワインに象徴されるように現代の若い飲み手は、自然な造りや風味を好む傾向があります。日本の蒸留酒は伝統的なスピリッツでありながら、今の時代にも自然と受け入れられる素地があるんです」
ペレグリニさんは「焼酎や泡盛の蔵が長い歴史を持つことも、海外の人々を惹きつける大きな要素」だと言う。特に欧米では、ワインが「テロワール(風土)」を語るように、ほかの酒造りにおいても歴史や土地とのつながりが重視される文化的背景がある。
「焼酎や泡盛の蔵は、基本的に家族経営の延長にある。6代目、7代目といった家族経営の蔵の歴史には、海外の人も強い関心を持つことが多いんです」

また、北米のバーテンダーが注目しているのが、その香りの多様性だ。「焼酎は味わいが深く香り豊か。泡盛はアルコール度数が高く独特の香りがあるのでカクテルベースに使いやすい」と、高い評価を得ていると言う。
「海外では、焼酎についてもワインと同じように『香り』『味わい』など細かく具体的な表現がなされます。たとえば、麦焼酎にはトースト、はちみつ、穀物、コーヒーのニュアンスがあり、白い芋を使った芋焼酎からはチョコレートやトリュフのような香り、紫やオレンジなど色の濃い芋の焼酎からはカスタードやフルーツのような甘やかさも感じられます」
こうした香りや味わいのバリエーションが、焼酎や泡盛を世界の蒸留酒市場で際立たせる要素になっていると、ペレグリニさんは分析する。
「次の焼酎ブームは海外で起きると確信できるくらいに、焼酎をテイスティングした北米バーテンダーの評価は高い。私が経営する輸出会社では、焼酎・泡盛の売り上げはここ数年、昨対比150%で推移しています」
つまり、日本の酒は、海外で受け入れられる土壌もポテンシャルも十分に備えているというのだ。しかしペレグリニさんには「これから海外市場に広がっていく手応えがあるだけに、ブームにまで至っていない現状は、すごくもったいない!」と歯がゆさもある。何が足りないのか?
「飲んでもらえれば、その良さは伝わる。だからこそ、まずは飲んでもらう機会をつくることが最も重要なんです。日本では新しい酒が出たら酒販店や酒場の店主が進んで買ってくれますが、特に北米では、無料の試飲サンプルがないと手に取ってもらうことすら難しい。サンプルを届けてバーテンダーや愛好家に口をつけてもらうことが、普及のカギになるはずです。ユネスコの無形文化遺産登録という朗報をただ喜ぶだけでなく、これを機に海外にどう展開するかを本気で考えるべきタイミングに来ていると思います」