悩んでるおじさんはかわいい? 『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』作者と考えてみた

主人公の沖田誠(おきた・まこと)は、古い価値観や強い偏見をもつ48歳。その凝り固まった考え方から、若い部下や年頃の子どもたちだけでなく、妻や飼い犬にも冷たくあしらわれる始末......。そんな中、誠が息子と同世代のゲイの青年と出会ったことで、価値観の"アップデート"を続け、周囲の人々との仲を深めていこうとする――。
練馬ジム氏によるマンガ『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』(LINEマンガ)は、昨年東海テレビ制作でドラマ化もされ、多くの人々に感動を与えました。また、2025年7月4日には劇場版も公開され、世間に『おっパン』ブームを巻き起こし続けています。

多様性への理解が叫ばれる現代においても、異なる価値観をもつ相手と対峙したとき、否定的な感情を抱いたり、相手を変えたくなってしまう人は少なくないはず。
誠と同世代の僕もそうです。こんな自分をアップデートしていくためには、どうしたらよいのでしょうか? 練馬ジム先生(作画・ネームを担当する二人のユニット名)にインタビューし、「価値観の違いへの向き合い方」についてお話を伺いました。(取材:久保直樹(サストモ編集部)取材・文:藤間紗花/編集:株式会社Huuuu)
企画のスタートは「尊敬できるおじさんが増えて欲しい」という想いから
── そもそも、どうして「マイノリティへの価値観をアップデートしていく」という内容をマンガにしようと思ったのでしょうか?
練馬ジム(ネーム担当)
もともと、私たちのまわりにはLGBTQにあたる人が何人かいたんです。もちろん彼らに対して否定的な感情は持っていなかったし、「この人はゲイだから」のように考えたこともなくて、私たちはLGBTQの方々のことを、いい意味でなんとも思っていなかったんですよね。
だけど、あえてそう主張できる場って、今の日本社会にはまだまだ少ないじゃないですか。「私たちはLGBTQの人に対して、こういう風に感じています」という思いを伝えたかったし、私たちと同じように感じている人や、LGBTQ当事者の人、彼らのことをよく知らないという人も、改めて向き合えるきっかけをつくりたかったということもあり、この物語を描き始めました。

── 物語のはじまりでは、主人公の誠はLGBTQに対してものすごく否定的な価値観を持っていましたよね。主人公をあえて「固定観念にとらわれた中年のおじさん」にしたのには何か理由があるのでしょうか?
練馬ジム(ネーム担当)
私たちは以前、マンガ家以外の仕事もしていたのですが、その時の職場で出会った年上の男性の中には高圧的だったり、すぐ怒鳴ったりする人がいて。「もっと尊敬できるおじさんが増えて欲しい」という思いから、中年男性が価値観をアップデートしていく物語にしました。
物語に登場するゲイの青年・五十嵐大地くんは、偏見の強い誠に意見する立場のキャラクターとして生まれました。若い女の子に意見されてもうまく受け入れられないかもしれないけれど、同性である大地くんの話なら、おじさんも聞いてくれそうだなと思ったんです。

── 誠は過去に「女々しい」と言われた経験があるために、普通の人よりも強く「男は男らしく」という価値観をもっているんですよね。そのほかにも、作中では登場するキャラクターたちの異なる背景が丁寧に描かれていたのが印象的です。
練馬ジム(ネーム担当)
たとえば、誠のようにゲイの方への偏見を持っている人は、彼らをよくわからない存在と思っているからこそ、恐怖心を持っているかもしれません。だけど、「そういうことだったんだ」と背景や事情を理解できれば、偏見や恐怖心はなくなるかもしれない。なので、それぞれのキャラクターに異なる事情があるということは、できるだけわかりやすい形で描こうと思いました。
── ちなみに、タイトルにも採用されている「パンツ」ですが、「性自認」や「性的指向」を公にする必要がないという例えに使われているのも、とてもわかりやすいなと思いました。
練馬ジム(ネーム担当)
誰にでも他人に指摘されたくないことや、自分で変えたり選んだりできないことはあると思っていて、それを「何かわかりやすい形で表現できないだろうか?」と探していたんです。そんな時に出会ったのが「パンツ」だったんですよ。
私は一時期、ホットヨガに通っていたのですが、更衣室で見かけるほかの受講生の方のパンツが個性豊かで、「これだ!」とひらめいたんです。下着って、意外とみんなこだわりを持っているものだし、かといって他人に積極的に打ち明けるものでもないし、「そんな下着やめたら?」と指摘し合うようなものでもないなって。

── パンツって積極的に他人に見せるものではないですが、その人の個性が出るものかもしれませんね。
練馬ジム(作画担当)
そうなんです。使い込んだものだろうと、高級品だろうと、人が履いているパンツなんてどうでもいいし、誰かに指摘されたとしても「ほっとけ!」って感じですよね(笑)。自分の性自認や性的指向もそうですけど、人からなんと言われる筋合いもないものの象徴として、私もパンツがぴったりだと思いました。
映画はキャラクターたちの成長が感じられるストーリーに
── ドラマの実写化のオファーを受けた時は、どのように思われましたか?
練馬ジム(ネーム担当)
『おっパン』は、もともとBL(ボーイズラブ。男性同士の恋愛を題材とした作品のジャンル)作家だった私たちが、新たに違うジャンルの作品として発表したものだったので、ドラマ化のお話をいただいたときには「私たちはBL以外でも、誰かに見てもらえるような作品がつくれるんだ!」という自信をもらえました。もともと、LGBTQについて考えるきっかけを与えたいという想いもあって描き始めた作品だったので、さらに多くの方に知ってもらえたらいいなとも思いましたね。
── 誠役に原田泰造さんが選ばれた際には、どんな感想をもたれましたか?

練馬ジム(ネーム担当)
ぴったりだなと思いました! 私と作画担当の間で、キャスティングを妄想したりしていたんですが、私たちの想像よりもずっと良いなと。
とくに、作品前半の誠には誰かを否定するようなセリフも多いので、キャスティングの際「イヤなセリフやキツいセリフを言っても、あんまり怖くない人にしてほしい」とお願いしていたのですが、そういう意味でも、どこかチャーミングで親しみやすい原田さんは適任だったと思います。
── ひと足先に試写で拝見しましたが、映画もとても素敵な内容になっていました! 特に僕は、美香(誠の妻)が若者とのジェネレーションギャップに戸惑う姿に共感したのですが、映画のほとんどが原作にはないオリジナルエピソードで、「最終話のアフターストーリー」のようにも思えましたが、先生方はどう感じられましたか?

練馬ジム(ネーム担当)
誠が過去に傷つけてしまった部下と再会し、過去の自分の過ちと向き合うというエピソードが、個人的にはうれしかったです。誠はドラマのなかではトントン拍子に価値観をアップデートできていたけれど、過去の失言は消えないので。それでも、人は自分の至らなかった点を反省して、行動を変えていけることを伝えられてよかったと思いました。
私たちも脚本を監修させていただいていますが、原作では描き切れなかったそれぞれの成長まで描かれているので、彼らがどんなふうに変化に向き合っていくのか、ぜひたくさんの方に観ていただきたいですね。

悩んでいるおじさんは「かわいい」?
── それこそ僕は誠世代なのですが、最近、自分の子どもや部下だったり、自分には理解できない価値観と出会うと、つい口を出したくなってしまいます。「否定しない」ことが大事だと『おっパン』でも描かれていますが、それが中々難しくて......。
練馬ジム(ネーム担当)
私は相手が子どもでも部下でも、気軽に話せる関係の構築が必要だと思うんです。そもそも自分と違う価値観のものをすべて理解するなんて難しいし、「なんで?」と感じることも......。そんな時に「なんでそう思うの?」とか「なんでそれが好きなの?」と、気軽に聞ける関係性が大切ではないでしょうか。
他にも、私は人と会話する時、茶化されたり、マウントを取られたりするのが苦手なんですけど、そういう相手を見下すような気持ちを持って接していなければ、気になることを正直に口にしてみても、意外と大丈夫なんじゃないかな。

── たしかに、自分のプライドを守ろうとして、不必要に相手に攻撃的になっているときはあるかもしれません。わからないことは素直に聞いてみることが大切なんですね。
練馬ジム(ネーム担当)
でも......すみません。私は人がそういうふうに悩んでいる姿を見ると、かわいいなと思ってしまうんです(笑)
── えっ。か、かわいいですか?
練馬ジム(ネーム担当)
どんな人でも、一生懸命悩んだり、ちょっとミスしたりする姿って愛しくないですか? 大人だから、年長者だからと、「男らしく」「威厳を保って」と気を張っている人は多い中、年齢問わず意外と「みんなかわいいと言われたいのでは?」と思ったりもして。
練馬ジム(作画担当)
年配の男性が「かわいい」と言われた時、とっさに見せる笑顔がまたかわいいんですよね(笑)。誰にでもかわいい瞬間はあるし、それを正直に口にすると、ちょっと空気が柔らかくなったりすると思います。

── たしかに今、僕自身も「かわいい」と言っていただけて、うれしかったです(笑)。お2人は元々、おじさんに苦手意識があったとおっしゃっていましたが、『おっパン』を通じておじさんへの想いはアップデートされましたか?
練馬ジム(ネーム担当)
かつての私は、おじさんに嫌なことをされたとしても、「おじさんはそういう生き物。だから仕方ない」と思っていました。でもこの作品を通じて、編集プロダクションの方々やドラマのプロデューサー、監督や配給会社の方々など、たくさんの「優しいおじさん」たちと知り合えました。
みなさんとても優しく気さくで、「世の中にはこんなに素敵なおじさんもいるんだ!」と知ることができました。そんな風に私自身の「おじさんはそういうもの」って思い込みも、この作品を通じて少しずつ変わっていったんです。そんな風に、この映画を通して、誰かの中にある「決めつけ」や「偏見」がほんの少しでもゆるんでくれたら嬉しいですね。

『映画 おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』全国公開中
映画『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』公式サイト
©練馬ジム | LINE マンガ・2025 映画「おっパン」製作委員会
原作『おっさんのパンツがなんだっていいじゃないか!』
作者:練馬ジム
©Zim Nerima/LINE Digital Frontier
LINEマンガ:https://manga.line.me/product/periodic?id=Z0001125
ebookjapan:https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/671819/