社会起業家の平原依文さんに聞く日本の「教育」「ジェンダー」「ウェルビーイング」
2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向け、世界中で多くの企業や団体、そして個人がさまざまな取り組みを見せている。そのなかでも次世代の子供たちためにSDGsのテーマの達成にむけて活動するのが「SDGsピースコミュニケーションproject」。「SDGsピースコミュニケーションproject」のメンバーであり、"地球をひとつの学校にする"をミッションに掲げ、SDGsブランディングや教育事業を行う「World Road」共同代表で社会起業家の平原依文(いぶん)さん。小学2年生より自らの意志で中国・カナダ・メキシコ・スペインに留学経験を持つ平原さんに、「質の高い教育」「ジェンダー平等の実現」「ウェルビーイング」について聞いた。
単身カナダ留学、同級生との対話を通し得た"気づき"
── 幼い頃から海外で教育を受けられてきた平原さん。そうした中で感じた日本との違いや、現在のご自身につながる経験を教えてください。
私が日本との違いを一番感じたのはカナダの教育です。カナダでは中学1年で、週に1回みんなの前で"高校を卒業したら何をするか"というテーマでプレゼンするライフ・プランニングという授業があります。当時は卒業したら大学に行くものだと思っていたので、周りの子から"依文はなぜ大学に行きたいの? 大学に行って何を勉強したいの?"と聞かれ、"何でそんなことを質問をするんだろう"と大きなショックを受けたんです。
同級生との対話を通して気づいたのは、大学に行くことが目的ではなく、"自分が何をしたいのか"という軸があって初めて大学に行くか、企業に就職するか、ギャップイヤー(高校卒業から大学入学までの猶予期間)を取るかが選択できるということでした。
今の日本は決められた枠の中で敷かれたレールの上を走る、大学を受験するための勉強や教育になってしまっていますが、本来は自分という軸があってこそ社会が豊かになると思うんです。カナダの教育を経験して、日本にももっと"軸教育"が必要なんじゃないかと考えたことが今につながっています。
たどり着いた答えは"地球をひとつの学校にする"こと
── 共同代表を務める「World Road」を設立したきっかけは?
カナダではいろんな国の子たちが、それぞれの言葉で質問したり発言したりしていました。"国籍も人種も性別も年齢も関係なく、誰もが先生にも生徒にもなれてお互いから学び合える学校を作りたいな"とぼんやりと考えていた時に、World Roadの共同代表である市川太一と出会いました。市川は高校生の時、進路相談に行った指導室に赤本しかなかったことで"僕の人生は赤本なのか"と不安になった経験があります。お互いに違う教育環境下で育った2人の中で、やりたいと一致したのがWorld Roadのミッションでもある"地球をひとつの学校にする"ことでした。
── 「World Road」ではどのような活動をされているのでしょうか。
私のライフパーパス(人生の目的)であり、会社のビジョンでもあるのが"社会の境界線を溶かす"という言葉です。SDGsの17の目標はKPI(Key Performance Indicator、重要業績評価指標)だと考えていて、そうしたSDGsの課題を解決していくために、企業や自治体に向けてコンサルティングや研修を行っています。企業のSDGsの取り組みをボランティアではなく、社会貢献と経済成長の両輪を回すための新規事業づくりを支援させていただいております。
もうひとつの事業の柱が教育です。昨年、世界201カ国の社会起業家や個人の夢を1冊にまとめた書籍『WE HAVE A DREAM 201カ国202人の夢×SDGs』(いろは出版)を出版しました。現在は本に登場する一人ひとりと日本の学生さんをオンラインでつなげ、等身大の視点から見たそれぞれの国の課題や、その課題にどう取り組んでいけるかという授業をしています。
世界201カ国の著者と『WE HAVE A DREAM』出版
── 書籍『WE HAVE A DREAM』の制作で苦労されたことや印象に残ったエピソードは?
『WE HAVE A DREAM』は世界201カ国から寄稿者を公募し、全員が共著者となり出版しました。私と市川の2人で始めたプロジェクトでしたが、最初の頃は思ったよりも応募が集まらず苦戦しました......。最初に賛同してくれた40人に"参加してくれる国が足りない! どうしよう!!"と泣きついたら"早く言ってよ"とみんなが協力してくれて、最終的には800人の応募者の中から202人を選びました。それから、タイトルも『I HAVE A DREAM』から『WE HAVE A DREAM』に変えました。
制作中のエピソードはどれも印象深く、志がこもっています。とある国の共著者から突然"僕の国にもうひとりいい子がいるから原稿を読んでほしい"と連絡があって、確かにすごくよかったのですが"彼女を選ぶとあなたを本に載せることはできないよ"と伝えたら"自分の国の現状や素晴らしさを伝えられるのはきっと彼女の夢だと思う"と推薦してくれて。利己ではなく利他ってこういうことなんだなと感じてすごく印象に残っています。
北朝鮮の人権保護を訴えるパク・ヨンミさんには2時間ほどインタビューさせていただきました。彼女は息子さんがいらっしゃるので、彼が大きくなったら一番最初に何を伝えたいかという質問をしたら"It's Okay to Be Different(違ってもいいんだよ)"とおっしゃっていて。いろんなことを乗り越えて、闘い抜いたからこそ今の彼女がいるので、すごく力強い言葉だなと思いました。
── 出版後の反響はいかがでしたか?
SDGsというと"大きな課題を解決しなきゃ、でもどうすればいいんだろう"と考える人も多いと思うのですが、共著者の夢に触れて"自分が解決したいと思って、それが社会のためになるのなら、どんな小さな課題でも活動することが大事なんだ"という声をいただきました。共著者の元にも日本の読者からたくさんの反響があるそうで、"私は英語が話せないけど、とにかくあなたの夢に共感したことを伝えたくてメッセージしました"といったエピソードが日々共著者から届いていて、読んでいる私もほっこりしています。
── 先進国の中で、日本のジェンダー・ギャップ(男女格差)は最低レベルといわれています。平原さんが日本で生活していて感じるジェンダー・ギャップはありますか。それを乗り越えるために必要なことは?
たとえば私はSDGs、女性起業家、20代というだけで"胡散臭い"と言われます。活動そのものではなく、そういう枠でとらえられてしまうことには、日本のまだ解決しきれていないジェンダー・ギャップを感じます。
我が家では結婚の際に話し合って得意なことを得意な人がやると決め、夫が100%家事を担っているのですが、男性にこの話をすると必ず"旦那さんを尻に敷いていていいね"などと言われます。仮に女性が100%家事をやっていたら同じせりふを言われるでしょうか。日々そうしたことが起こるので、"どうなんだろう"と思ったことは相手と対話するようにしています。"女性活躍推進"も男性視点の言葉だと思うのですが、では"男性活躍推進"という言葉があったらどうなのかなど、男性視点になりすぎていないか考えることもひとつの解決策だと思います。
この人は男性、女性と区切るよりも"ひとりの人間としてこんな要素を持っているよね"と、ひとつの特性として話せるような社会だったらもっと過ごしやすいのではないでしょうか。
さらなるウェルビーイングの実現に向けたアクション
── 今年、さらなる"社会の境界線を溶かす"ことを目指してHI合同会社を設立されました。こちらではどんな活動をされているのでしょうか。
"社会の境界線を溶かす"中で、個人的に気になっていたのが世代の境界線です。人は権限や権利を持つと手放したくなくなるものですが、日本ではそうした事例が特に多く見られます。HIでは、学生と企業が一緒になって社会課題を解決するプロジェクトを主軸に活動し、もっと早く次世代に権限を委譲する仕組みづくり、ゆくゆくはメディアづくりもしようと思っています。具体的には企業のプレゼンや事業に対して学生さんがフィードバックする、リバースメンタリング
(学生や若手社員が上司や先輩社員に対して助言する仕組み)のような取り組みをもっと導入していきたいと考えています。
学生さんが企業にアドバイザーとして入ることで、その会社の考え方や課題が見えますし、自分が意思決定したものが形になると自信につながり、新たな選択肢にもつながっていくと思うのでこうした活動に力を入れています。
── SDGsの目標と共にウェルビーイング(Well-Being、身体的・精神的・社会的に良好な状態)という概念にも注目が集まっています。平原さんがウェルビーイングの実現に向けて取り組んでいるアクションは?
今、私がアクションしている取り組みはメンタルヘルスについてです。コロナ禍で日本だけでなく世界的にもメンタルヘルスの問題が悪化し、心の病と向き合っている当事者の方々の就労や社会復帰に大きな課題が生じています。その境界線を溶かすために、東京ヴェルディさん、清水エスパルスさんと私の前職である製薬会社のヤンセンファーマが一緒に『Heart Project』というプロジェクトを行っています。
これは心の病と向き合っている当事者の方々とそのご家族をスタジアムにお呼びして、スポーツ教室、就労体験、試合観戦を体験していただくプログラムです。2年ほど前から活動していますが、何回か体験した方の中から"就職先が決まりました"という連絡をいただくようになりました。対人関係が怖いとか自分に何ができるのかとか、いろいろな不安があったと思うのですが、"プロジェクトでの体験を通じて自信を持って働くことができた"というコメントをいただいているので、これからもずっと続けていきたいですね。
平原依文(ひらはら・いぶん)
青年版ダボス会議の日本代表。小学2年生から単身で中国、カナダ、メキシコ、スペインに留学。東日本大震災がきっかけで帰国し、早稲田大学国際教養学部に入学。新卒でジョンソン・エンド・ジョンソンに入社、デジタルマーケティングを担当。「社会の境界線を溶かしたい」と考え、WORLD ROADを設立。
- 撮影小黒冴夏