フランスの食文化に衝撃走る。パリの科学博物館で始まった「気候危機展」
フランス人のバターの消費量は世界一だという。その量は年間一人約8キログラム、ひと月に換算するとおよそ650グラム、4人家族なら毎月2.6キログラムを消費していることになる。この量は日本人の約14倍だ。
2023年5月、パリのシテ科学産業博物館に「気候危機」をテーマとする常設展がオープンした。そのポスターに使われたのは、バターが溶けてオイルに変わる画像だ。フランスの食文化にとって欠かせないバターが溶けてしまうとしたら、国民はこの課題を身近なものとして感じざるを得ないだろう。
オープン直後の「気候危機」展で筆者が見た、目から心に飛びこんでくるビジュアルデータと、私たちが起こせるアクションのヒントをレポートする。
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「私たちは、展示会のポスターデザインには、細心の注意を払っています。難しいテーマの展示会でも、身近で魅力的な画像を使って、多くの人に興味をもってもらえるようにしています」
案内をしてくれたのは、博物館の運営母体であるUniverscience(ユニバサイエンス)の国際関係ダイレクターを務める Sophie Biecheler(ソフィー・ビエシェラー)氏。フランスの公的機関であるユニバサイエンスは、科学をより多くの人に分かりやすく伝える使命を担い、パリにある施設(今回紹介するシテ科学産業博物館と、科学技術博物館である発見の殿堂(Palais de la découverte))を運営している。
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「この気候危機展は、この問題が手遅れであるという恐怖感をあおることが目的ではありません。科学的データに基づいた事実を視覚的に展示することで、人々が今地球上で起きている状況を理解し、それが一人ひとりの生活習慣を変えるきっかけとなることを目指しています。大切なことは、今アクションを起こせばまだ間に合うということです」
ビエシェラー氏によると、この企画展のために10人の専門家集団を結成し、構想からオープンまで2年以上の歳月を費やしたという。後援者のトップはフランス大統領、共催はフランス国立科学研究センター、キュレーション総監督はフランスの著名な気候学者であり、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の元副議長を務めたジャン・ジュゼル博士が担当したという。このテーマに対するフランスの本気度がうかがえる。
複雑な気候危機問題を森にたとえた展示会場
「気候危機は大きな課題であり、それは人生にも似ています。一つの道を進めば良いというものではなく、森の中をさまようように会場を歩き、色々な展示物を見てもらえるようにデザインしました」
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ビエシェラー氏の言葉どおり、展示会場には壁はなく、木の柱が立ち並ぶ中を自由に見て回れるようになっている。
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「予測」のエリアで目に飛び込んできた地球のディスプレイは、全体が黄色に染まっていた。これは、世界の平均気温上昇が産業革命前と比較して2℃となった未来を表している。訪問者はタッチパネルで複数のシナリオを選択し、それぞれの温度変化を地球儀に映して見ることができる。黄色は温度を象徴的に表しているとはいえ、別の惑星のような色の地球は衝撃的だ。
2022年にIPCCが発表した報告では、産業革命前に比べて気温が2度上昇すれば、今世紀末までに干ばつなどで慢性的な水不足に陥る人口が8億~30億人に至ると予測している(※)。
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「脱炭素化」のエリアに配置されていたカラフルな円柱は、パリ市の二酸化炭素排出量の主な原因を示している。内側の円に配置された円柱はパリ中心地、外側はパリ郊外のデータだ。突出して高いピンクの円柱は飛行機、その次の赤い円柱は食料、続くオレンジはパリ郊外の交通を表している。
フランス政府は、鉄道で2時間30分以内の代替手段がある場合、航空便の運航を禁止する政令を2023年5月23日から施行している。
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同じく「脱炭素」エリアのカラフルな円錐は、食料生産における二酸化炭素排出量の多さを表している。巨大な赤の円錐は牛肉、その次に大きい青の円柱は魚、続くオレンジは鶏肉となっている。一番小さな茶色の円錐はジャガイモで、牛肉との差の大きさに驚かされる。筆者はベジタリアンではないが、次の買い出しでは牛肉の購入をためらうほどの視覚的インパクトだ。
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「行動」のエリアには、日常生活のカーボンフットプリントを測れる体験ディスプレイがあった。タッチパネルで、日々の食べ物や、乗り物、住居形態などの質問に答えると、年間の温暖化ガス排出量が検出される。
パリ協定で合意された脱炭素化目標を達成するには、個人のカーボンフットプリントは年間2tCO2以下でなければならないが、筆者の結果はそれを大きく上回る12.4tCO2だった。内訳は食生活2tCO2、移動3tCO2、飛行機2.8tCO2、消費行動0.6tCO2、住居4tCO2。いたって普通(どちらかといえば質素)な生活をしていると思っていたが、食生活だけで目標値の2tCO2を超えていることにショックを受けた。
このディスプレイでは、カーボンフットプリント削減の方法も詳しく説明している。その最初の一歩は、ごみの分別、食生活、消費行動や移動の選択を見直すことだという。筆者も、不名誉な数値を改善すべく、日々の行動を変えていこうと思わされた展示だった。
世界の状況を理解した後に考える、私たちができる行動とは
最後に、ビエシェラー氏が、シテ科学産業博物館を運営するユニバサイエンスの気候危機への取り組みを紹介してくれた。
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「この企画展の設営にはプラスチックを使わず、SFC認証を受けたフランス産の木や、リサイクル素材を使用しています。また、オープンまでに排出した炭素量を計算し、その内訳をパネルで明示しています」
パネルに表示された円グラフには、総炭素排出量が330tCO2と記されており、そのうちの55%設営用建材とのことだ。隣に表示されている円グラフは、博物館全体のカーボンフットプリントで、その89%は職員や来館者の移動であることが分かる。
「昨年から職員の出張時は鉄道で6時間以内の代替手段がある場合は、飛行機利用を禁止としました。また、2023年の4月から自転車で来館した人には入館料を1ユーロを割り引く取り組みをはじめました」
パネルに記されたユニバサイエンスの脱炭素戦略では、2025年までに16%、2030年までに40%の炭素排出削減を目標にしているという。明確な目標をたて、現状を分析し、効果的なアクションを導き出しているユニバサイエンスの取り組みは、多くの組織にも応用できるだろう。
"We still have power to act.(私たちにはまだ行動する力がある)"ビエシェラー氏は、会場を回りながら幾度となくこの言葉を繰り返していた。バターが溶ける前に、私たちができることは何なのか。
6月は環境庁が提唱する「環境月間」であり、6月5日は国連が定めた「世界環境デー」である。
シテ科学産業博物館を訪れる人は年間約300万人と、フランスの文化施設の中でもトップ5に入る入館者数を誇る。世界で最も訪問者が多いパリで「気候危機」の常設展が開催される影響は大きいだろう。インタラクティブで視覚に訴える展示は、楽しみながら学び、考えることができた。その一部をご紹介したが、一人でも多くの人が環境について関心を持ち、行動を起こすきっかけとなれば嬉しい。
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元記事は こちら
【参照サイト】
シテ科学産業博物館オフィシャルサイト
【関連サイト】
「親愛なる地球へ」世界中から手紙を書ける"Letters to the Earth"
【関連サイト】
気候危機時代に「神話」を読もう。いま学びたい古代の哲学とは
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田子まさえ
田子まさえ。パリ在住フリーランスリサーチャー。東京、ニューヨーク、北京、ロンドンで、就労経験あり。イギリス企業のカーボンニュートラルに関する調査に携わったことから、エネルギー転換や持続可能な社会構造に関心を持つ。海外の面白いスタートアップ企業の動向も追っている。