「障害と性」に光は届くか。輝き製作所・小西理恵がもっと明るく社会を灯す
待ち合わせ場所にやってきた。大阪市北区の高架下にあるクラブ兼カフェ「NOON」。1994年のオープン以来、多くのアーティストが集い、表現を育んできたこの場所は"伝説のクラブ"と称されているらしい。街の喧騒から少しだけ外れたその空間には、今もその熱気が静かに漂っている。
「こんにちは。お待たせしました!」
店の扉が開き、笑顔で現れたのは、一般社団法人・輝き製作所の小西理恵さん。「障がいと性をもっと明るく」をコンセプトに掲げ、当事者やその家族、周辺の人たちへ向けた性教育や啓蒙活動を行っている。
「ええでしょう。ここ」
コーヒーを飲みながら少し雑談を交わす。生まれも育ちも大阪という小西さんにとって、NOONは20代の頃から親しんできた場所だ。実はずっとメタルバンドでギターを担当しているそうで、ステージでギターをかき鳴らすのも、音楽イベントで踊るのも、彼女にとってはごく自然なことだったという。
「私にとって、福祉と性をつなぐことも、同じくらい自然なことだったんです」
育ての祖母を看取った経験をきっかけに、福祉の道へと進んだ小西さん。介護を学ぶなかで、障害のある人たちが抱える性の問題に気づくことになる。
なぜ彼女は「障害と性」というテーマに向き合うことになったのか? そこには、介護現場での違和感や衝撃、当事者たちの切迫した現実があった。
NOONのライブ会場に場所を移し、インタビューが始まった。
介護と風俗のはざまで芽生えた違和感
── 福祉の道へ進むことになったきっかけについて、教えてください。
育ての親だったおばあちゃんが高齢になって病院に入ったとき、看取りをどうするかですごく悩んだ時期がありました。延命するか、それとも自宅で最期を迎えてもらうか。30代の私にはあまりに重い選択で、正直、心が折れそうになっていて。
最終的に「家で看取ろう」って決めた時、支えてくれたのが訪問看護師さんでした。「理恵ちゃんが一生懸命悩んで出した答えやから、後悔しないように一緒に頑張ろうね」って言ってくれて。あの言葉には本当に救われましたね。
それから5日後におばあちゃんは亡くなったんですけど、その別れのあと「これからどう生きていこう」って考えたとき、ふっと浮かんだのがその訪問看護師さんだったんです。「私も誰かを支える仕事がしたい」と思って、まずは福祉の学校に通い始めました。
── その時点では、まだ「障害と性」というテーマに関心があったわけではないんですね。
うん、まったく。でもあるとき、学校の友達が「障害のある方のグループホームを見学する」と言うので、興味本位で付いて行くことにしたんです。そこで印象に残ったのが、40代の統合失調症の男性についてのお話でした。
支援者さんによれば、その方は普段から「何をしても楽しくない」と口にされていて、外出とかゲームとか、いろんな余暇を提案しても、どれもしっくりこない。彼の"楽しみ"を見つけるのは難しいと、悩んでいました。でも私はその話を聞いてて......率直に言うと「女の子と遊べばいいのに」って思ったんです。
── どういうことでしょうか?
私は当時、おばあちゃんの介護費や医療費を稼ぐために風俗の仕事をしていました。別に特別な思い入れがあったわけでもなく、生活のため。でも働くうちに、性って「癒やし」や「つながり」を生む力があるんだなって感じるようになっていたんです。
それで、障害のある人の性や恋愛への支援について調べてみたら、あまりに少なかった。制度も、サービスも、相談できる場所すらほとんどなくて。「なんでなんだろう」という疑問が、どんどん大きくなっていきました。
── 気づいてしまったからこそ、動かずにはいられなかったと。その後、どんな行動を?
まずは、自分のなかにある違和感やモヤモヤを、信頼できる人たちに少しずつ話してみました。そしたらある人が「障害のある人の性の問題って、理恵ちゃんにしかできないことなんじゃない?」って言ってくれて。それが、ストンと胸に落ちたんです。
風俗の現場で得てきた経験が、誰かの役に立つかもしれない。そう思えた瞬間から、「性」というテーマがぐわっと自分の中に入ってきた感じがありました。それで「もっと知りたい」と思って、大阪に一つだけあった障害者専門の風俗店で働いてみることにしました。
── 実際に働いてみて、どんなことを感じましたか?
そこにいらしていたのは、主に身体障害のある方たちだったのですが、接してみて思ったのは、「体が不自由」という一点を除けば、これまで出会ってきた誰とも変わらないということ。みんなそれぞれに違った人生があって、背景があって、思いや困りごとがある。その多様さは、障害の有無とは関係ないんやなって、強く実感しました。
そんな中でふと「知的障害のある人たちはどうしてるんだろう」って気になったんです。自分で調べたり、予約を取るのが難しい人たちは、性に関する悩みを誰にどう相談してるんやろうって。きっとそこにも支援が必要なんじゃないかと考え始めたら、もう頭から離れなくなってしまって。
── 現場に立ったからこそ、見えてきたものがあったんですね。
とはいえ、障害ってひと口に言っても、状況や困りごとは全然違います。特に知的障害の分野は複雑なので、思い切って、通っていた介護学校の先生に相談してみることにしました。「障害と性」なんて言い出したら、怒られるんちゃうかな......と覚悟しながら。
でも、先生は「それはほんまに大事なテーマやから、ぜひ頑張って」と、力強く背中を押してくれたんです。さらに、先生が教員になる前に働いていた福祉施設で実際に見聞きしたことを話してくれて。そのお話を聞くなかで、先生自身にとっても忘れられない出来事があるのだと知りました。
── どんな出来事だったんですか?
先生の勤めていた施設で、知的障害の男性が実の母親と性的な関係を持ち、妊娠・中絶に至っていたことが後から分かった、という話でした。
先生はすぐにそのお母さんと話したそうなのですが、彼女は「シングルマザーで、誰にも相談できなかった」と。息子の性的な欲求をどうすればいいのか悩み、「自分が受け止めるしかない」と思い詰めていたことを打ち明けたそうです。
── それは......。言葉を失いますね。
本当にショックでした。話を聞いた時にはすでにそのお母さんは亡くなっていたのですが、私は「昔のこと」として片付けることができなかった。どうしてお母さんがたった一人で、こんなにも抱え込まなきゃいけなかったんだろうって。怒りと悲しみと、どうしようもない気持ちが渦巻いて、しばらく頭から離れませんでした。
調べていくと、現状の国の福祉制度には「性」に関する支援がほとんどないことがわかって。制度も、相談窓口も、ガイドラインすらない。そんな中で、誰にも頼れず悩んでいる人がいると思ったら、もう放っておけなくなったんです。そこからは、毎日「障害と性」について調べる日々でした。
お母さんたちの力になりたい
── 障害と性の問題に直面し、ご自身の進むべき道が見えたと。その後、どんな行動を起こされたんですか?
「子どもの性について悩んでいるお母さんは、きっとたくさんいる。私はその力になりたい」って確信したとき、自分の活動を人に見つけてもらうには、何か"看板"のようなものが必要だと思ったんです。それで、2020年に「輝き製作所」という一般社団法人を立ち上げて、本格的に動きはじめました。
── 具体的には、どんな取り組みをされているんですか?
性教育とその啓発を軸に、障害のある中高生やご家族に向けた講座やワークショップ、性に関するお悩み相談を行っています。あとは支援者さん向けに、それぞれの現場で抱える課題に合わせた講演活動も。
というのも、支援者さんのスタンスもいろいろで、ご本人の気持ちに寄り添いながら「性サービスを利用したい」という希望に向き合う方もいれば、「制度のなかで性をどう扱ったらいいのかわからない」と悩む人もいて。だから、参加される方の背景や立場をできるだけ汲み取って、その人に合った形でお話するようにしています。
── 支援者さんの中でも性に対する距離感は人それぞれであると。「性教育のワーク」では、どのようなことを?
たとえば、当事者の方を対象にしたワークだと、体のしくみや性器の違い、「自分の気持ち・相手の気持ち」といったテーマを通して、パーソナルスペースや心と体の距離感について学んでいきます。
実際に体を使って学ぶ時間もあって、「ハグしてもいい?」って相手に訪ねて、OKだったらハグをして「ありがとう」と伝える。でも断られることもありますよね。そんなときに感じるモヤモヤをどう受け止めるか、どう整理するかも含めて、一緒に考えていきます。
── そういう感情の扱い方って、障害の有無にかかわらず、誰にとっても大事なことのような気もします。
ほんまにそうですよね。性教育の大切さって、学べば学ぶほど実感するんです。障害があってもなくても、大人が子どもに「自分の体や心を知ること」「自分を大切にすること」「相手を思いやること」をちゃんと伝えられるようになるって、すごく大事だなって。
少なくとも、「性の話は恥ずかしい」みたいに避けたりはぐらかしたりせずに、一緒に学んでいける環境がもっと広がっていったらいいなと思っています。
そのために、今は同じ思いを持つ仲間たちと月に数回オンラインで勉強会を開いたり、気軽に話せるサロンを開いたりしていて。障害のあるお子さんを育てているお母さん同士がつながれる「輝きの糸」という場も続けています。
── お話を伺っていると、小西さんの活動は当事者の方だけじゃなく、ご家族、特にお母さんたちの支えにもなっているんですね。
そうですね。もともと原点が「お母さんたちの力になりたい」という思いでしたし、その気持ちはずっと変わっていません。
障害と性をめぐる課題に向き合うなかで、ご家族の声、特にお母さんたちの迷いや葛藤に耳を傾けることが、すごく大事なんだなと、あらためて感じることが多くて。
「性のことを考えたくない」「直視するのがつらい」と思う背景には、いろんな不安や戸惑いがあるはずで。もちろん知識や情報を伝えることも大事ですが、それ以上に「今、何が不安なのか」「何に困っているのか」といった声に耳を傾け、一緒に「じゃあ、どうしていきましょうか」と考えていける場づくりを心がけています。
心が生きると書いて「性」
── 性教育や啓蒙活動のほかに、取り組まれていることはありますか?
はい。もう一つ大事にしているのが、障害のある方に向けた訪問型の風俗サービスです。これは「輝き製作所」とは別の事業なのですが、性的な悩みや欲求にきちんと向き合える環境が必要だと感じて立ち上げました。
始めた当初は「そんなサービス本当に必要あるの?」と聞かれることも多くて。まるで障害のある方には性的な感情が存在しないかのように考える人が少なくないんだなと、痛感しました。
でも現実には、本来あって当然のものに蓋をして、なかったことにしてしまっているような状況がある。それってやっぱりおかしいし、そこを変えていくには、啓蒙だけではなく、風俗事業のどちらも必要だと考えたんです。
── どのような流れでサービスが進んでいくのでしょうか?
まずは、利用者さんやご家族とお話するところから始めます。どんなことで困ってるのか、どんな希望があるのかを聞かせてもらいながら、必要に応じて主治医さんや支援者さんともやり取りして、内容を一緒に考えていきます。
そのうえで、性教育の視点から伝えておいたほうがいいことや、気をつけたほうがいい点なんかをお話しして、実際のサービスに進んでいく流れですね。
── 段階を踏んで信頼関係を築いていくんですね。カウンセリングでは、どんな相談が寄せられますか?
性の介助やマスターベーションの悩み、障害があっても利用できる性サービスの紹介など、本当にいろいろです。
私もこの活動を始めるまで知らなかったのですが、たとえば手が動かせないとか、首から下を動かせないとか、ご自身でマスターベーションをすることすら難しい方が多くいらっしゃるんですよね。
他にも、知的障害や自閉症、医療的ケアが必要な方など、利用される方の状況はさまざまで。だからこそ、苦手なことや不安なことがあれば事前にじっくりお聞きして、なるべく安心できるかたちで提供できるよう心がけています。
中でも私が一番大事にしているのは、目の前の人を「このタイプだからこう」とパターン化して、決めつけないこと。人によって関心もこだわりも違いますからね。その人のことをちゃんと知ろうとする姿勢は忘れてはいけないと思ってます。
── 聞けば聞くほど、「風俗事業」という枠を超えた取り組みに感じられます。
そうかもしれませんね。そもそもすべてのお客さんが性サービスを利用したいってわけじゃないんです。「恋人がほしい」「結婚したい」といった願いや、自分のジェンダーについての悩みを抱えている方もいます。"性の悩み"と一言で言っても、本当にいろいろあって。だからこそ、私たちの事業も、そうした一つひとつに寄り添う存在でありたいと思っています。
── 性や風俗に対する受け止め方は人によってそれぞれですが、そこのことについて小西さんはどうお考えでしょうか?
風俗に対して抵抗がある方もいれば、まったく縁がないと感じている方もいる。それは当然のことだと思います。でもね、この業界の中にいるからこそ見えてくる世界や価値観もたしかにあって。
私は、性って生きていくうえで欠かせないものだと思っています。「誰かと触れ合いたい」とか「ちょっと話を聞いてほしい」とか、性ってそういう感情も含んでいるんですよね。だからこそ、その価値をもっと知ってもらえるように、これからも発信し続けていきたい。何万回でも、何億回でも言い続けたいんです。「性って、心が生きるって書くんですよ!」って。
── 誤解を少しずつ剥がしていくような、根気のいる取り組みだとお察しします。少し踏み込んだ質問になりますが、「サービスを受けることで、性に対する抑制が効かなくなるのでは?」という懸念の声もあると思います。その点についてはどうお考えでしょうか?
確かに、そういったご意見をいただくこともあります。だからこそ本人に合わせた伝え方を考えたり、ご家族や支援者の方とも連携しながら、継続的に関わるようにしています。そういう相談をされた時に私がいつも思うのは、「その人に、きちんと欲求を発散できる場があるかどうか」ということです。
たとえば、公共の場で性器を出してしまうような行動があったとして、ただ「ダメ」と抑えつけるのでは根本的な解決になりません。発散の場がないことで、行動がエスカレートしたり、癇癪やパニックにつながってしまうこともあります。
そうならないためにも、プライベートな空間で安心して欲求を満たせる場が大切なんです。その意味や必要性を丁寧に伝えていく。そうした積み重ねが、誤解を少しずつほぐしていく一歩になると思っています。
「障害と性」が当たり前になる日まで
── ここまでお話を聞いてきて、小西さんがこの活動にどれだけの覚悟と情熱を注いでこられたのか伝わってきました。野暮な質問かもしれませんが、そこまでしてでも続けようと思えるのは、なぜなのでしょうか?
......ちょっと言葉を選ばせてくださいね。
「人間はみんな平等だ」って、よく言われますよね。私も、そうあってほしいと思います。でも現実社会では、できることに人それぞれ差があります。それを理解したうえで、どうすれば「人と人」として関わっていけるのかを考えるのが、私たちの仕事なんだと思います。
一番大切なのは、目の前の相手を「一人の人」として見ること。その人のペースや感覚に合わせて、柔らかく、しなやかに寄り添う。そういった関わり方を、これからも深めていきたい。ほんまに、毎日勉強です。
── YouTubeで配信されている「週刊輝き製作所」で顔と名前を出して発信されているのも、そうした一環なのでしょうか。
はい、それはもう、最初から決めてました。だって、顔も名前もわからん人に大事な子どもの性のことなんて、誰が話してくれるんですか。まずは私が「こういう人間です」って、自分をさらけ出すこと。そこからしか信頼って始まらないと思ってるんです。
もちろん、そういう生き方にびっくりしたり、離れていく人もいました。昔の知り合いのなかには、私が風俗の仕事してたことを知らん人もいたし、打ち明けて距離を置かれたこともあります。でもそれも、その人の価値観やから、しゃあないなって。私が目指す「障がいと性」を当たり前にするためには、それも必要なことなんだろうなって思います。
それこそ「障がいと性」っていう看板を掲げて活動していると、なんとなく「癒やし」とか「社会貢献」って目で見られることもあります。でもね、私の芯にあるのは、"デストロイヤー"なんですよね。
偏見とか、誤解とか、そういうのをぶっ壊したい。そのあとに新しい気づきや価値観が生まれたらいいですよね。私の目標は、今やっているこの仕事が「必要ない」って言われる世の中になることですから。
小西理恵
一般社団法人 輝き製作所 所長。家族の介護経験を経て「どんな身体や心をもつ人にも性は必要!」と考え、2020年9月に法人を設立。性に関するカウンセリングや「障がいと性」に関する講演、当事者や家族向けの性教育講座、オンラインイベントの運営などを行っている。
Instagram:kagayakiseisakusho
Facebook:輝き製作所



