移住を希望する若者が増加中? 移住を成功させるためのヒント
地方創生に向けた社会の流れの中で、年々注目度が高まる地方移住。ただ、実際に都市部から地方へと移り住み、新しい生活を築くには乗り越えるべきハードルも少なくないようだ。そこで今回は、東京を拠点として地方移住希望者への支援を行う、認定NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長の高橋公さんに、三菱電機イベントスクエアMEToA Ginza 「from VOICE」編集部が話を伺った。
"ワクワク"するサステナブルのヒントを教えてくれた人
高橋 公さん
認定NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長。早稲田大学中退後、自治労本部入職。97年から連合へ出向し社会政策局長。農林水産省「食と地域の『絆』づくり」選定委員会委員、東日本大震災「義援金配分割合決定委員会」有識者代表委員などを歴任。地球温暖化防止活動推進センター運営委員、アジア農民元気大学教授などを務める。
憧れだけでは、移住は成功しない
「地方移住に当たってのハードルは、まず一つ目が住む場所の確保。二つ目が、働き口を得ること。そして三つ目は、地域のコミュニティに馴染むことです。家を借りて仕事を見つけて暮らし始めても、移住先のコミュニティに溶け込めずに、住み続けることを断念してしまうケースも多いんです」
地方への移住は、引っ越したら終わりではなく、そこで充実した暮らしを送ることができてこそ成功。そんな気づきを与えてくれたのは、東京都有楽町に拠点を構えて都市生活者の移住支援を行う、認定NPO法人ふるさと回帰支援センター理事長の高橋公さんだ。
「多くの地方自治体が、人口減少や高齢化に伴い、産業やコミュニティの担い手不足に悩まされています。その対策として他地域からの移住者を増やすために、空き家バンクの整備や、地元企業と連携した働く場の確保などに取り組んでいますが、それだけでは受け入れ態勢として十分とはいえません。土地によって移住者の受け入れに対して温度差がある中で、長く住み働き続けてもらうためには、地域の特徴を教えたり、コミュニティ内の困りごとの相談に乗ったりと、移住者の生活を伴走支援する体制も必要だと考えています」
また高橋さんは、移住希望者に対して、提供されるサポートをきちんと活用しつつ、地方で暮らすことの具体的なイメージを固めてほしい、と強調する。
「移住希望者の中には、地方暮らしに憧れを抱き、理想を追い求めて移住を決める人も一定数います。しかし、はっきり言って、漠然とした憧れだけで移住を決めると、失敗につながってしまう。移住をする際には、誰とどこで、どんな暮らしをしたいのかを具体的に想像し、移住先の情報を集めて検討することが大事なんです」
一口に地方と言っても、特色は様々だ。そこでの暮らしをイメージするには、やはり現地を訪れてみることが重要だという。
「訪れた季節が夏なのか冬なのかによっても、そこでの生活のイメージはまったく変わってくるもの。自治体によっては『お試し移住』という制度もありますので、それを使うなどして、何度か訪れてみるのが良いと思います。当たり前のことですが、移住というのは人生において重大な決断。現地の風に吹かれ、現地の人とふれあって、本当にその地域で暮らせるのかどうかを、じっくり考えてほしいですね」
地方は若者が積極的に選ぶ場へ
ふるさと回帰支援センターの有楽町オフィスには、連携する44都道府県1政令都市(静岡市)の移住相談ブースを個別に設置。各ブースには専属相談員が常駐しているほか、飯田橋のハローワークの分室を設けて、全国の仕事先も探せるようになっている。高橋さんがこのような機能を持ったセンターを立ち上げたのは2002年のこと。設立当初は、高度経済成長期に都市へ集団就職した団塊の世代の地方暮らしを想定して、支援を始めたという。
「そもそものきっかけは、2007年に控えた団塊の世代の定年退職に向き合ったことでした。自治体職員の労働組合自治労や連合で働いていた私は、定年を控えた組合員に、退職後にどのような暮らしを希望するかアンケートをとったところ、三大都市圏に住む連合組合員5万人のうち約4割が、ふるさとでの暮らしを望んでいることが分かったんです」
こうした経緯で、シニア層のスムーズな「ふるさと回帰」を後押ししようと設立したセンターだが、当時は団体としての知名度も低く、社会全体の関心も高まっていなかったため、相談を受ける件数は、ひと月に20件から30件程度にとどまっていた、と高橋さんは振り返る。
「しかしその後、リーマンショックによる就職難が生じた2008年頃から、相談件数が徐々に増え始めました。地方移住への意識が一気に高まったのは、日本創成会議による『増田レポート』が発表された2014年です。『2040年には896の地方自治体が消滅する可能性がある』といったセンセーショナルな内容が、国による地方創生の取り組みを急激に加速させることになり、当センターへの問い合わせも増加しました」
現在に至るまでの間に、センターは窓口相談以外にも、自治体向けの移住促進セミナーや、全国の自治体と移住希望者が一堂に会する場である『ふるさと回帰フェア』の開催、大阪オフィスの開設など取り組みを拡充。年間の相談件数は、2022年実績で5万2,000件を超えるほどに増加している。
「この20年間で、センター利用者の年齢層にも変化が表れていて、2008年には50代から70代のシニア層が全体の7割を占めていたのに対し、2020年には40代以下が7割と、年齢構成が大きく変化しています。地方には確かに人口減少などの課題は多いものの、高額な住宅ローンを払うために働き続けるような都会暮らしよりも、豊かな人生を拓ける可能性があるのではないか。そのような価値観が、若い世代を中心に浸透しつつあるように感じています」
競争社会の限界に気付き始めた人々
「日本は戦後、大都市にヒトもカネも集めることで経済復興を勝ち取り、やがて1990年のバブル崩壊以降、『失われた30年』に突入しました。そして現在、首都圏への一極集中が強まる一方、地方は人手不足にあえぐという、非常にアンバランスな状態になっている。今度は都市から地方への移住の流れをつくることで、もう一度日本をつくりなおす段階にあるのだと思います」
髙橋さんは、都市と地方の関係性をこのように説明した上で、近年の大きな社会変化として、コロナ禍の影響を次のように語ってくれた。
「コロナ禍では、さらに相談者数が増加しました。人気の移住希望先にも変化がみられていて、パンデミックが発生した2020年には、東京周辺の関東各県への問い合わせが増えましたね。翌年はさらに、宮城県や広島県、福岡県といった各地方の中枢となる大都市へと、関心の範囲が広がっていった形です」
首都圏から出ていく動きの高まりは、テレワークなど場所に縛られない働き方を可能とする技術革新があってのこと。また高橋さんは、首都圏への一極集中に象徴される社会構造のひずみに、コロナ禍によって多くの人が気づいたことも大きな要因だと読み解く。
「バブル崩壊後、社会には新自由主義的な考え方が台頭してきましたが、コロナ禍に伴う物価上昇や雇用の悪化などの変化によって、過度な競争社会の限界を、たくさんの人が感じたのではないでしょうか。競争に付いていけない人は置いていくような価値観ではなく、ゆとりや豊かさが実感できる暮らしの中で一人ひとりの幸せが尊重されるような社会のあり方が、見直されているように感じます」
国が持続的に発展していくために重要な地方創生。非営利のNPO法人として、移住支援という角度から地方創生に取り組む高橋さんに、改めて事業への思いを聞いたところ、そこで返ってきたのも、個人を大切に思う答えだった。
「移住は、希望者が自分の考え方に向き合い、新しい可能性を探ることでもあります。だからこそ私たちは、相談者の皆さん一人ひとりに、徹底して寄り添った活動を続けていきたい。どこに住んでいても、健全に生きようとする人たち全員が報われる世の中にしていきたいと思います」
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三菱電機イベントスクエア METoA Ginza
「from VOICE」
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