リモートワークはサボりの温床か|働き方改革には新しい価値観で
リモートワーク(WFH:Work From Home)という働き方は、実は新しい概念ではありません。ここ何十年もの間、会社の従業員たちは自宅でも仕事をこなしてきました。とはいえ、リモートワークを行っていたアメリカ人は、2019年時点で全体のわずか5.7%(※1)程度。ところが新型コロナウィルスの世界的流行により一気に急増し、コロナが収束した2023年8月でも、全体の約20%(※2)が引き続きリモートワークを行う状況となりました。
Barrero, Jose Maria, Nicholas Bloom, and Steven J. Davis, 2021. "Why working from home will stick," National Bureau of Economic Research Working Paper 28731, CC BY 4.0, via WFH Research.com
アマゾンも「出社義務化」
アメリカには、リモートワークや在宅勤務に関するデータを収集・分析する「WFH Research」という研究組織があります。この組織が実施する「Survey of Working Arrangements and Attitudes」によりますと、リモートワークの利点(※3)は主に従業員にとってのワークライフバランスや、場所や時間に縛られない働きやすさにあることがわかっています。具体的なメリットとして、本調査回答者の60%が「通勤の必要が無い」ことを挙げ、44%が「通勤費であるガソリン代、ランチ代などのコスト削減」、42%が「フレキシブルなスケジュールが可能」と答えました。一方でオフィス勤務をすると、周囲の同僚とその場での仕事がしやすくなる利点があります。調査に回答した62%が「同僚との交流」を、54%が「対面で協力して業務にあたること」をオフィス勤務の利点として挙げています。
Working from Home Around the Globe: 2023 Reportvia WFH Research
どちらの働き方にもメリットがありますが、最近では有名なIT企業がこぞってリモートワークを打ち切る方向性を示しています。コロナ禍でリモートワークの成功を前面にアピールしていたGoogle、Amazon、Dellなどの大手が、今後は出社を義務化する(RTO:Return to Office)方針を発表したことの影響が大きいと思われます。必要とされる出社日数は企業によって異なり、Googleは週に数日出社とリモートワークとのハイブリッドスケジュールを選択し、従業員番号に紐づけた追跡管理や監視システム(※4)で規則の遵守を徹底。一方、Amazonは完全な「出社義務化」とし、全社員のオフィススペースが確保されていない状態(※5)の中、週5日の100%オフィス出社が必須となっています。
Dellは独特な方針を提示しており、従業員は完全出社を選ぶか、リモートワークを継続するかを選択できます。但し、リモートワークを選んだ場合、一切の昇進や職務変更が出来ない(※6)契約となり、キャリアアップの可能性が大幅に制限されることとなります。
こうした企業の出社義務化の推進は非常に強硬的な印象ですが、従業員たちはそれに応じる姿勢を示していません。約8割の企業(※7)は「出社義務化」によって優秀な人材を失ったとしており、しかもその多くがトップクラスの従業員だったそうです。Amazonでは出社義務化の社内発表後、73%の従業員が退職を検討していると回答。Dellでも、アメリカ国内の正社員のうち50%、そしてアメリカ以外のグローバル社員の約30%が、たとえ不利な施策が導入されてもリモートワークを継続することを選択しています。
多様な働き方に適応しなくてはならない現実
従業員の中にはオフィスでこそ効率的に働ける人もいれば、リモートワークでそれと同等以上の成果を上げる人もいます。それでも、多くの企業が全従業員の出社を強制しようとするのはなぜでしょうか。企業は、拠点を構える地域社会への責任を担っています。従業員がオフィスに出社しなくなることで、人の流れが減少し、その影響で店舗等のテナントが減り空き地が増えます。これは地域社会にとって非常に深刻な状況です。行政トップからの圧力もあり、このような苦境に立つ地域の小売業やサービス業に大きな配慮があるのかもしれません(※8)。しかしこれまで、強制的な出社義務化は明らかに頓挫しており、多くの企業が断念しつつあるようです(※9)。働き方の自由度に関するデータを収集・分析した「Flex Index」によりますと、2023年には調査対象企業の8%が完全出社を要求していましたが、2024年には3%に減少したことが分かりました。
業界がこの状況を打開するためには、従来の「9時から5時のオフィス勤務」が、もはや多くの人々にとって現実的ではないことを企業側が受け入れないといけません。今は世界中のビジネスパーソンたちが、リモートワークは可能で効率が良いことを知っています。一度開かれたリモートワークという「パンドラの箱」は、もはや閉じられることはありません。この働き方によってもたらされるワークライフバランスは、人々にとってあまりにも魅力的で、簡単には手放せないものとなっているのです。
企業と従業員の信頼関係が成長の鍵
コロナ禍後、世の中は大きく変化しました。働き方もその一つであり、企業が競争力を維持し続けるには、経営陣が考え方を根本的に変え、インクルーシブなリーダーシップを体現していく必要があります。ハイブリッドスケジュールや完全リモートワークの選択肢があることで、従業員の満足度や幸福感(Well-being)は確実に上がります。それは会社が多様な人々の存在を重要と考え、障がいや慢性疾患、家族の世話や介護を抱える従業員たちでも会社にとって必要な力であるとの強いメッセージにもなります。こうして、従業員も自分の存在価値に自信をもって働くことができるのです。会社が従業員をオフィスで監視し、マイクロマネージメント的な管理下に置いてしまっては、プロダクティブな職場を築くことはできません。上司であるマネージャーが部下を信頼し、彼らがプロフェッショナルとして行動すると信じることで、両者の間に自然と強い信頼関係が生まれます(※10)。一見基本的なことに思えるかもしれませんが、企業の中に生まれたこのような「人と人の結びつき」が企業をさらに強くし、成功へと導く力となるのです。
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執筆 K. Smith 翻訳・編集 K. Tanabe
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