「魚の買い方で未来も変えられる」大学生開発のカードゲームで気づく海の課題

先日「Gyoppy!」で紹介した「MSC認証」。
「水産資源や生態系に配慮した、持続的な漁業による天然水産物」の証だ。MSCラベルのついた商品を買うことは、私たち消費者にできる最も身近な「海のためのアクション」と言える。

とはいえ日本での認知度はまだまだ低い。
「近所のスーパーで見たことないし......」
「実際ラベルのあり・なしで持続性にどのくらい差があるかよく分かんないし......」
そんな現状に一石を投じるため、MSCラベルの重要性を学べるオリジナルカードゲームを考案した大学生たちがいる。

彼らは「チームサステナ」。ふだんは5名で活動しており、日本大学商学部秋川ゼミナールの活動のなかでカードゲーム「Loser of Loser」をつくった。
このゲームのプレイヤーは、MSCラベルのついた魚・ついていない魚のどちらを買うか選択しながら魚を集めていく。そしてプレイする中で、MSCラベルの大切さが自然にわかっていく仕組みになっている。
ゲームは今までに8回の体験会を通じて約280名がプレイした。全国から約1600名が集まる「日本学生経済ゼミナール大会」のプレゼンでも活動が評価され最優秀賞に輝いたという。この実績だけを見ても、チームサステナのメンバーが課題意識を持って精力的に動いていることが伝わってくる。
なぜ東京の大学生である彼らが、こんなにも高い熱量で水産資源の問題に取り組んでいるのか。
魚が食べられなくなる。子どもにも伝えるため、カードゲームに

── おふたりは元々、水産資源の問題に関心があったのでしょうか?
- 安藤
- 当初は関心が特別強かったわけではなく、人並みでした。
- 田中
- ゼミのプレゼンテーションのテーマ決めのとき、テーマを60個以上出したなかで「一番身近であり社会に対してインパクトがあるもの」と考えて漁業にたどりつきました。「魚が食べられなくなる」って、身近な大問題だなと思ったんです。
その後、友人の漁師から「最近は魚が獲れなくなっている」と聞いたり、母から「スーパーの魚が前より小さくなってるのに価格は上がってる」と聞いたりして危機意識が高まりました。

── 水産資源について、まわりの大学生などの反応はどうですか?
- 田中
- 先日インターンシップで出会った人にゲームをやってもらい、日本の漁業の現状を説明したのですが、「乱獲って日本でそんなに大きな問題になってるの?」と驚かれましたね。若者は危機意識さえ持っていないのが普通だと思います。そういう漁業の実態をあまり知らない人にこそ、このゲームを体験してみてほしいですね。
- 安藤
- 元々は私たちチームメンバーも、環境や資源の問題には無知でした。「スーパーでエコバッグ使うくらいはするけど、そんな小さなことが何につながるの?」って正直思っていました。でも今回テーマを決めて調べていくうち、「小さなことでもやらなきゃ」という気持ちになってきて。
── なるほど。カードゲームというスタイルに行きついたのはなぜでしょう?
- 田中
- 「水産資源の問題が身近にならないのはなぜか?」と考えたんです。僕たちのようないち消費者としては、スーパーに行けば魚がいっぱい並んでいるので、「絶滅する」なんて言われても実感が湧きづらいんですよね。そのギャップを埋めたかった。「子どもにも分かるように伝えられれば大人にも伝わる」と考え、カードゲームにしました。
プレイヤーの選択。「MSC認証つきの魚を買うかどうか」

ルール
- プレイヤーは消費者役として「他の人より先に魚を15匹集める」ことをめざす
- MSCラベルのついた魚を買った場合、魚を1匹だけ買うことができる
- MSCラベルのついていない魚を買った場合は「ストーリーカード」を引き、カードに書いてある指定の匹数(2~4匹)の魚を買う
- 「誰かが魚を15匹集める(クリア)」もしくは「3つの海洋のどこかで魚が全滅する(ゲームオーバー)」で1セットが終わる。これを3セット繰り返して、ポイントが一番高い人の勝利
── な、なんか難しそうですね。ええと......これはつまり、MSCラベルなしの魚を選んだほうがたくさん買えて高得点になるってことでしょうか?
- 安藤
- ところが、そうはいかないんです。クリアの場合はMSCラベルの有無にかかわらずクリアした人のみ10ポイント獲得となりますが、ゲームオーバーでセットが終わってしまった場合、MSCラベルありの魚はプラス1点、ラベルなしの魚はマイナス1点となります。
── ああ、なるほど! ラベルなしの魚ばかり買っていると、どこかの海洋が絶滅したときに多大なマイナス点をこうむるかもしれないと。

- 安藤
- はい、「海を絶滅させないように気を付けながら魚を買っていくゲーム」なんです。では実際にやっていきましょう!
まずは魚の購入カードを、「MSCラベルあり」を選ぶなら表、「ラベルなし」なら裏にして出してください。
「せーの、サステナ!」

── 僕からですね。MSCラベルなしなので、ストーリーカードを引きます!

── 「根こそぎとられた魚。とても大きなあみを使い一度にたくさんの魚をとらえた。太平洋から4匹」。ってことは、いきなり太平洋が残り3匹だけに......!!
- 安藤
- たくさん獲ってしまいましたね(笑)。
- 田中
- 次は僕ですね。僕はMSCラベルありの魚なので、太平洋を選んで1匹買います。
「MSCなしの乱獲はダメだ」と、自然に気がつく

- 安藤
- では次。ストーリーカード、「魚をとりすぎなかった」。太平洋から2匹ですね。
── えっ!? 太平洋、これでもう魚0匹ですね?
- 安藤
- かなり早いパターンですね......1セット目、終了です(笑)。ラベルなしの魚を2匹買ったので、いま私はマイナス2ポイントになりました。

- 田中
- 僕の場合は、MSCラベルがついているのでプラス1ポイント。
── ああ、僕はマイナス4ポイントですね。そうか、こうしてMSCラベルなしの魚ばかり買っていると、誰かが15匹集めてクリアになればポイントが加算されるけれど......
- 安藤
- はい、もし途中で絶滅すると魚の数だけマイナス点になってしまうリスクがあるんです。では次のセットからはもっと長く続けてみましょう。
「せーの、サステナ!」

- 安藤
- ......今回は長く続いていますね~。
- 田中
- あっ、僕が15匹になったのでクリアです!
── おおおー。とても面白かったです! 絶滅させることなくゲームを続けて魚をたくさん買うためには、MSCラベルつきの魚を選んで1匹ずつ買えばいいんですね。

- 安藤
- まさにそうです。ゲームは3セット続くので、1セット目はラベルなしで魚の数を増やしていた方も、3セット目には「ラベルありを買った方が最終的には得になる」と分かってくる。ゲームをやっているうち、MSCラベルの大切さにおのずと気がつく構造になっています。
- 田中
- 「海のためのアクション」と聞くとちょっとハードルが高そうですが、MSCラベルを扱っているお店やサイトで魚を買うことなら誰でも行動に移せる。イオン系列やミニストップ、セブン-イレブンでも最近は取り扱っているようです。......ただ、MSCラベルってまだそんなに頻繁には見ないですよね。
── 確かに、僕の近所のスーパーではMSCラベルを見たことがないです。

- 安藤
- 自分の近所のお店にMSCラベルがない場合は、ぜひ店員さんに訊いていただいたり、お店の意見箱に投書してみてください。実際、大手小売店にヒアリングさせていただいた際には「そういった声が1日に何件かあるとお店側も変わっていく」とおっしゃっていました。
── なるほど、カードゲームで遊んで終わりではなく、身近に起こせるアクションの例までセットで示すんですね!
- 田中
- できることは意外とすぐそばにあるよ、ということを広く伝えたいんです。
このカードゲームで、人の行動を変えられた

── カードゲームができるまでの話をうかがいたいと思います。開発期間はどれくらいでしたか?
- 田中
- 2017年の6月からこのチームで動いているので......1年がかりですね。試作もかなり重ねていて、27回のバージョンアップを経ました。
── 開発の流れはどうでしたか?
- 安藤
- どんな要素をゲームに落とし込みたいかを考えて、ボードゲームカフェでゲームに触れたり、多くの学習ゲームを制作しているリトルスタジオインク株式会社様にアドバイスをいただいたりしました。
- 田中
- 水産資源の専門家にも話をうかがうなど100回以上のヒアリングをし、「共有地の悲劇」という経済学のモデルも応用しました。「自分の利益を求めてばかりいると、他人と共有している土地(共有地)もダメになる」という発想は、魚を獲りすぎて海の資源が枯渇してしまうことに似ているなと。
── 特に苦労した点、気を配った点を教えてください。
- 安藤
- ちゃんと楽しめるようゲームバランスを調整するのも大変でしたが、「専門家や私たちゼミ生がいないところでも簡単にできるゲーム」にするのはかなり意識しました。
また、ルール面では、「MSCラベルなしの魚=乱獲された悪い魚」というわけではなく、MSC審査を受けていなくても環境に配慮している漁師さんもいることを表現するため、ストーリーカードの内容に幅を持たせました。
漁師さんにも話をうかがったのですが、MSCラベルの重要性は分かっていてもいろいろな事情でまだ認証を取れていない......という事情もあったりする。なので、ゲームを遊んだ子どもが一方的に「MSCラベルなし=悪いこと」だと思ってしまわないよう、説明には気を配るようにしました。
── 調整の苦労がうかがえますね......。逆に嬉しかったことは?
- 安藤
- やはり、ゲームを体験してくださった方が「MSCラベルの魚買ったよ!」と言ってくださったことですね。私たちのゲームで人の意識と行動を変えられたんだな、と実感しました。
- 田中
- 僕は、体験会で子どもがめちゃくちゃ楽しんで何度もプレイしてくれたのが嬉しかったですね(笑)。それと企業さんのSDGsに関する社内研修や、ある大学の授業でこのゲームを使ってくださったりもして、本当にありがたいです。

── ここまでお話をうかがってきて、「ゼミの活動」という言葉では収まらないほどの情熱を感じました。こんなにも追求できた理由はどこにあるのでしょう?
- 田中
- はじめはここまでの気持ちはなかったのですが、調べていくうち、「解決しなきゃ!」と心から思ったんですよね。乱獲は生産者にも消費者にもデメリットがあると分かったので。
- 安藤
- 私も活動をしていくうちに水産資源の問題の重要性が実感されてきて、それが原動力になりました。
消費者が変われば、漁業が変わる

── 最後におふたりの、海についての考えを聞かせてください。
- 安藤
- 消費者がこのカードゲームなど手軽なものを介して、「単に安い魚を買えばいい」という考えを改めることが大事だと思います。
とはいえ、日本の消費者は「いつまでも魚が食べられる」と思い込んでいる気がして......消費者側から変わることの難しさも感じています。ノルウェーのように、漁業者の反対を受けながらも国が漁獲量を規制する動きも必要かもしれないとも思います。みんなが少しずつでも行動を起こして、それが大きな動きにつながってほしいですね。 - 田中
- 理想を言えば、漁業のやり方自体が変わるのがいいかなと思っています。ノルウェーなどの漁業先進国では漁獲量の報告がオンラインで行われていて管理がしやすいと聞きました。日本ではそういったシステム化が発達していないのも、乱獲が起きてしまう一因なのかなと。
でも漁師の方に話をうかがうと、「漁師側がMSC認証を獲得したところで、日本の消費者はMSCを知らないから買ってくれないだろう」との声もありました。
ですから、やはり消費者の側から「MSCラベルのついた魚しか買わない」と意思表示をしていくべきだと思います。需要が変われば供給も変わる。消費者が変われば、流通業者もMSCラベルのついた商品を扱うようになり、違法な乱獲で獲れた魚は出回らなくなる。そんなふうに、漁業の未来が変わっていけばいいなと思っています。
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取材・文大島一貴
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