アボカドは「悪魔の果実」か?――ブームがもたらす環境破壊と難民危機
六辻彰二(Yahoo!ニュース 個人)
- アボカド栽培には大量の水が必要になるため、消費が世界的に増えるなか生産地では水不足が深刻化し、健康被害も出ている。
- また、アボカドは熱帯の国で栽培されることが多いため、輸送段階で排出されるCO2が全体的に高く、アボカド・ブームは地球温暖化対策にも逆行する。
- 豊かな国のライフスタイルによる影響は、アボカド生産国における暴力の増加にも及んでいる。
その栄養価の高さから、アボカドは日本でも急速に普及している。しかし、その生産・流通は他の多くの農作物と比べても環境への負荷が大きく、さらに中南米での難民危機にも影響を及ぼしている。
「グリーンゴールド」は持続可能か
アボカドは10種類以上のビタミンを含む一方、果肉の約20%が脂肪にあたり、「森のバター」とも呼ばれる。その豊富な栄養価から日本でも消費が伸びており、主にメキシコから年間約2万トン(PDF)が輸入されている。これは2011年の4倍以上にのぼる。
アボカドが注目され始めたきっかけは、1997年にアメリカがメキシコ産アボカドの輸入を解禁したことだった。これにより、それまで農作物などの病気を理由に輸入が禁じられていたアボカドが急速にアメリカ市場で広がり、健康志向の高まりやオーガニック・ブームを背景に一気に普及したのだ。
現在、アボカド・ブームは消費量世界一のアメリカからヨーロッパ諸国や中国など各地に広がっており、その市場規模は世界全体で92億ドル以上にのぼる。需要の高まりと価格上昇によって、アボカドは生産国で「グリーンゴールド」とも呼ばれる。
しかし、それとともに欧米では、数年前からアボカド・ブームの問題も注目されている。結論的にいえば、少なくとも現状のアボカドの生産・消費は持続可能ではない。
水が足りない!
特に多く指摘される問題が、生産地で水不足を引き起こすことだ。
中南米原産のアボカドは、現在もメキシコ、ドミニカ、ペルーなど、中南米をはじめ熱帯地域でそのほとんどが生産されているが、世界の需要の高まりとともに生産量は急激に増加している。最大の生産国メキシコの場合、この10年間で生産量、耕地面積とも2倍近く増えた。
ところが、平均的にアボカド栽培には1トン当たり1,800立方メートル(PDF)の水が必要で、これはバナナ(790)、オレンジ(560)、スイカ(235)など多くの農作物と比べて、非常に高い水準にある。メキシコではオリンピックで使用されるプール3,800杯分の水がアボカド生産のために1日で使用される。
一般的に特定の農作物を大量に栽培し続けると土地が荒れやすいが、とりわけ大量の水を必要とするアボカドの生産量が急に増え、それにつれて違法な森林伐採が増えればなおさらだ。
生活を脅かすアボカド栽培
もともとアボカドは乾燥地帯の作物で、その栽培に適した土地では定期的に雨量の少ない年も発生する。しかし、取引を優先させると、自然のサイクルを無視してまで無理な散水を行なうことになり、それは現地で深刻な水不足を引き起こす。
こうしたアボカド栽培は、現実に自然災害を増やしている。
主な生産国の一つチリでは2019年、アボカド生産地ペトルカでの水不足に非常事態を宣言した。住民が土地の水をテストした結果、基準値を超える大腸菌が検出されたという。
さらに、水不足は予期しない地震をも引き起こす。
アボカド栽培が盛んなメキシコ中西部ウルアパンでは2020年、地面が何度も揺れる現象が立て続けに発生し、1カ月に3,000回以上も揺れた時期もあった。現地政府は過剰なアボカド栽培によって地中の水分が減少し、地表のすぐ下の地層に大きな空洞ができていると発表した。
豊かな国の消費者の責任
農作物や畜産物は、ほぼ必ず水を消費して生産される。これらを海外から輸入することは、現地の水を消費していることにもなる。これは「バーチャル・ウォーター」と呼ばれる考え方だ。
美容や健康への意識が高まる豊かな国が、熱帯の国からアボカド輸入を増やすことは、バーチャル・ウォーターの量も増やすことになる。つまり、アボカド生産地の水不足は豊かな国のライフスタイルが一因なのだ。
付け加えると、生産国が熱帯に集中しているアボカドは、その輸送で発生するCO2の量も多い。2個のアボカドの輸送で発生するCO2は平均846.36グラムだが、これはバナナ1キロの輸送に必要な480グラムの約2倍にあたる。
つまり、現状のアボカド・ブームは地球温暖化対策に逆行する側面もあり、この原因の一旦も消費者の行動にある。
アボカド・ブームが生む暴力
最後に、アボカド・ブームは中南米の難民危機の一因でもある。
中南米から難民としてアメリカに入国を目指す人の流れは途絶えることなく、2021年4月だけで17万人以上がメキシコ国境に押し寄せた。そのなかにはメキシコ最大のアボカド産地ミチョアカン州から逃れてきた者も含まれる。
アボカド・ブームによって産地に資金が流入するにつれ、アボカドの強奪なども増え、それにともない農家に護衛させることを強要したり、恐喝したりするギャングも増えた。その多くは自動小銃などで武装し、なかにはドローンまで用いて警察や民間人を爆撃するものもある。
農家のなかには自警団を結成したりする動きもあるが、ギャングはこれも攻撃対象に加えている。ミチョアカン州から娘や孫とともに逃れてきた女性はアメリカメディアの取材に対して、「自警団員だった息子はギャングに殺され、捜査機関などに訴えないようにと自分も脅迫された」と証言している。
中南米諸国では従来、麻薬カルテルの暴力が市民を脅かし、これがアメリカに逃れようとする人の流れを生む一因になってきたが、近年ではここにアボカド・カルテルも加わっているのだ。これは難民危機をさらにエスカレートさせるものといえる。
「悪魔の果実」ではない
アボカドがスーパー・フードであることは確かだ。しかし、アボカド・ブームはエコでも持続可能でもない。そのうえ、健康や美容を意識した豊かな国の過剰な消費は、産地の人々の安心や安全を脅かしてもいる。
2015年に国連で採択された持続可能な開発目標(SDGs)では、「持続可能な生産・消費形態」も目標としてあげられている。豊かな国におけるアボカドの大量消費は、見直すべき一つのライフスタイルといえる。
そのためにはまず、近所のスーパーなどでアボカドがいつでも安く手に入って当たり前という感覚をなくすことから始めるべきなのかもしれない。アボカドを「悪魔の果実」と呼ぶ人もあるが、問題はアボカドそのものでなく、周囲5メートルにしか及ばない関心や人間の欲望、そしてそれらに支えられる経済システムなのだから。