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青森でイカ・サバ激減――日本の海の異変、ひたひたと迫る「魚種交替」と「温暖化」

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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(撮影:森健)

日本近海で異変が起きている。青森・八戸では特産のイカやサバが獲れなくなった。2021年、イカは前年比44%減で、最盛期と比べるとわずか4%ほどの漁獲量だ。他の海域でも魚の生息域が変わってきている。要因として疑われるのは温暖化だが、それだけではないという。いま八戸をはじめとする日本の海で何が起きているのか。現地と研究者を取材した。(文・写真:ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

いなくなった特産のイカ

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水揚げする夜の八戸港

朝焼けが港湾内を染めるなか、青森県八戸市の第二魚市場に人が集まりつつあった。午前6時30分、構内に放送が入り、市場で競りが始まった。前の週はほとんど時化(しけ)で船が出なかったが、この日は10隻の船が出漁し、水揚げしていた。

「ほら、市場の端まで(魚の入った木箱が)あるでしょう。今日はわりと揚がっているほうだ。スケソウダラやホッケがいいみたい」

八戸市水産事務所の技能主事、白井幸夫さんが指さして言う。見ると、床に並んだ木箱にはびっしりと魚が詰まっている。

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競りの威勢のいい声が響く第二魚市場

競りには30人から50人程度の仲卸業者が参加する。すしの「えんがわ」に使われるアブラガレイやホッケなどは静かだが、アカムツ(のどぐろ)などは競りもやや熱を帯びる。ただ、こうした競りの風景は昔とはずいぶん違う。以前はもっと大量に魚が獲れていたと白井さんは言う。

「それに最近は魚の種類が変わりました。夏だったら、ぜんぶ太刀魚だ。太刀魚は和歌山とか西日本の魚でしょ。それが八戸で揚がってるんだから」

この日競りに出ていたアカムツも、どちらかと言えば北陸から山陰にかけての日本海側で冬に多く獲れる魚種だ。そのうえで白井さんは、八戸の特産、イカについて寂しそうに触れた。

「イカはもういない。昔と比べて、どんだけ減ったというような話じゃなく、全然いないんだから」

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底引き網にかかったヤリイカ

4月現在、イカは休漁期のため、専用のイカ釣り漁船は出漁していない。そのため、競りではたまたま網にかかったヤリイカが数箱出ていただけだ。「イカの町」を誇った八戸は近年、不漁がたびたびニュースになってきた。2021年のイカの水揚げ量は、前年比44%減の7842トン。ほぼ半減だった。

だが、八戸を訪れてみると、前年比半減といったレベルでは済まない水産資源全体の減少があった。

60日間の出漁で水揚げは3分の1

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株式会社八戸魚市場・漁船部長の工藤亮人さん

例年八戸沖では、サバは8月くらいから獲れ始める。このサバが南に下ると、宮城県石巻の沖合では特産の"金華サバ"として水揚げされる。だが、昨年八戸沖ではなかなかサバが獲れなかったと株式会社八戸魚市場・漁船部長の工藤亮人さんは言う。

「やっと(魚群が)出たのは福島・相馬沖で、それも11月くらい。そのあとサバはすぐ千葉・銚子沖まで南下してしまい、銚子沖がメイン(の漁場)になった。八戸沖は前年に比べて半減だったね」

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(図版:ラチカ)

結果的に銚子漁港でサバは多く水揚げされたが、そこでも少し変わったことがあった。サイズが例年よりも小さかったというのだ。

「サバは通常300~500グラム。ところが、向こうの関係者に聞くと、多く揚がったのは200~300グラムで一回り二回りも小さかった。ただ、銚子には小さいサイズのサバも加工してくれる業者もいるので、ほかの沖合で獲っても銚子港におろしにいった船もあると聞いています」(工藤さん)

八戸港に水揚げされる主な魚種はイカ、サバ、イワシで、この3種で八戸港の水揚げ全体の9割を占める。イカについては、冷凍設備を備えた中型のイカ釣り漁船(160~200トン。乗組員10人程度)が5月ごろから翌年2月まで出漁し、北太平洋のアカイカ、日本海のスルメイカを狙う。

八戸港は1972年から2019年まで48年連続でイカの水揚げ量日本一を記録し、日本全体の2割ほどを占めてきた。2000年ごろにはイカだけで年間約20万トンを獲ったこともある。だが、それ以降、水揚げ量は右肩下がりだ。とくに近年は落ち込みがひどく、昨年の水揚げ量は最盛時のわずか4%だった。

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集魚灯を備える新しい中型イカ釣り漁船

「獲ったらすぐに冷凍する船凍イカ釣り漁船は、以前なら45日間ほど回って満船状態(積み荷が上限)で帰ってくるものでした。ところが、昨年11月以降はまったく獲れず、60日間以上回っても3分の1ほどの状態でした」(工藤さん)

かつては考えられなかった不漁に、船主も頭を抱えている。中型イカ釣り漁船を11隻と日本でもっとも多い隻数をもつある船主は、まったく利益が出ないとため息をつく。

「2016年ごろはまだ獲れていて1隻あたり1回の水揚げが2億2000万円以上になった。それが2年前は1億1000万円と半分に下がり、昨年は1億3500万円ほど。これでは利益が出ない。燃油代や人件費、保険など1隻あたりの経費は1億5000万円くらいかかるから。だから、このところ銀行との相談ばかりだ。何億円も借りなくちゃならなくなっている。漁に出なければ売り上げがなくて地獄だけど、獲りに行っても地獄なんだよ」

こうした不漁の影響は、周辺にも広がっている。

海外産に100%移行した加工会社も

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八戸市水産事務所の副所長、高舘強さん

八戸には「いかの塩辛」や「しめ鯖」などの加工品を製造する工場が60あまり存在する。だが、八戸の老舗企業に尋ねると、役員の男性は「もう八戸のイカは使っていない」と打ち明けた。

「当社の加工品用では、イカは輸入の海外産に100%移行しています。アメリカ産のカナダマツイカとペルーのアメリカオオアカイカ。もう2年前からです。もちろん地元のイカを使いたい。けれど量が見込めないし、獲れても単価が高くなり、割に合わなくなってしまったのです」

こうした状況は1社に限らないと八戸水産加工業協同組合連合会の専務理事、川村雅敏さんは言う。

「イカでもサバでも予定した量でつくれないのであれば、輸入などの対応を考えるしかない。いくつかのメーカーは、加工品に野菜など別の素材を組み合わせたり、料理法を変えたりして新しい製品を生み出すことで、そのロスに対応しようとしています」

従来獲れていた量が確保できず、物流などにも影響を与えていると八戸市水産事務所の副所長、高舘強さんは言う。

「長年サバなどを運んでいた冷凍や冷蔵のトラックの会社が昨秋、北海道に拠点を移転してしまったんです。トラックは量を運ばないと稼ぎになりませんから。この数年、たまに呼ばれて運ぶという状態になっていた。ここではやっていけないとなったのでしょう」

また、市場の隣で長年やっていた定食屋も廃業してしまったという。魚が獲れないことで、船員はもちろん、周辺産業の人も減り、港での商売が成り立たなくなった可能性がある。

いったい、なぜこんな事態になったのか。

八戸沖を不漁にする三つの要因

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国立研究開発法人水産研究・教育機構水産資源研究所(八戸庁舎)の木所英昭さん

長年、水産資源の変化について研究してきた水産研究・教育機構水産資源研究所(八戸庁舎)の木所英昭さんは、八戸の激減には三つの要因があると指摘する。

「一つ目は20年ほどの地球規模の周期的な変動による『魚種交替』。これは自然現象です。二つ目は人間の活動が原因で起きる『地球温暖化』。三つ目はそれらによる『局所的な影響』。これらが重なって、八戸での記録的な減少につながっていると考えられます」

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(図版:ラチカ)

「魚種交替」とは何か。地球では絶えず大気や海水が流動し、20年ぐらいの時間をかけて暖かくなったり、寒くなったりする。北西太平洋の日本近海が寒冷な時期は、南東太平洋の南米沖が温暖になっており、逆に日本近海が温暖な時期は南米沖の水温が下がる。これを周期的な変動というが、その時期に海で獲れる魚も太平洋全体の規模で変わってくる。

1950年から1970年ごろまでの20年間、日本近海は温暖期でスルメイカとカタクチイワシが豊富に獲れ、マイワシは低調だった。ところが、1970年からの20年間は日本近海が寒冷期となり、スルメイカとカタクチイワシの漁獲がおよそ半減し、逆にマイワシが急激に増えた。1990年からの20年では日本近海は温暖期になり、やはりマイワシが急減し、スルメイカやカタクチイワシが大幅に増えた。そして、近年再びこうした魚種交替が起きていると考えられ、それが八戸の漁獲量が減った要因の一つだという。

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八戸魚市場仲買青年会主催「令和3年度イカ・サバ・イワシ等の漁海況予報説明会」資料(水産研究・教育機構)より(図版:ラチカ)

一方、人の活動で起こっているのが「地球温暖化」だ。IPCC(国連の気候変動に関する政府間パネル)でも2022年2月、「人的影響による地球温暖化」が確定的と発表されたが、温暖化による水温上昇はとくに日本周辺海域では顕著に起きている。この約100年間で、三陸沖では0.82度、日本海中部では1.80度と世界平均(0.56度)よりも大幅に上がった。木所さんが言う。

「海水温が上がれば、魚は自ら生息に適する水温の場所をもとめて回遊します。たとえば、従来南のほうで獲れていたサワラが2000年以降、日本海で急激に増えた。これは水温の変化に合わせて魚が移動してきたからで、西日本の魚であるブリが北海道で急増したのも同じ現象です」

さらに、八戸のサバやイカは、水温変化の「局所的な影響」を大きく受けたという。サバは従来、太平洋北西部で千島列島に沿って北海道東部(道東)、そして東北・三陸、銚子のほうへと南下する回遊経路だった。だが、近年のサバの動きを見ると、道東や三陸の沖合にあまり近寄らず、離れて南下していると木所さんは言う。

「以前の八戸沖は親潮がぶつかり、サバの好漁場となっていました。しかし近年、道東沖にはマイワシの群れがあって、サバはそれを避けるようになりました。また、八戸沖には、日本海から津軽海峡を抜けて流出してくる津軽暖流があるのですが、いまはこの津軽暖流が強く張り出している。これがサバには暖かすぎるので、八戸沖を避けてしまう。結果的に、八戸の沖合ではサバが獲れなくなっているわけです」

これまでとは異なる魚種交替

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夜8時に港に帰ってきた底引き網船の水揚げ

イカについての調査研究もある。水産白書によると、スルメイカは産卵海域である東シナ海での水温が2000年ごろから1度近く上昇したことで産卵や幼生の生育に適さず、幼生そのものが激減した。また、中国など外国漁船による大量の漁獲も、漁獲量減少につながっていると記されている。

魚種交替の周期的な変動で、この先イカやサバが戻ってくる可能性はもちろんある。だが、過去の20年周期にならえば、2010年から現在は日本近海が寒冷期に入っているところだが、実際には日本近海の水温はこれまでで最も高い水準となっている。近年はマイワシが増加傾向となり、スルメイカとカタクチイワシは減り続けている。海水温は温暖期が続いており、これまでとは異なる魚種交替が起きている。

「魚種交替という周期的な変動があるところに、温暖化も重なった。海が変わってしまったということなのでしょう」(木所さん)

食物連鎖で生態系全般に変化

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北海道大学大学院地球環境科学研究院の藤井賢彦准教授

そんな海洋環境の変化は八戸に限らず、至るところで起きていると北海道大学大学院地球環境科学研究院の藤井賢彦准教授は言う。

「たとえば、愛媛県と大分県の間にある豊後水道は、いま世界の研究者からも注目されています。なぜなら、北と南で生態が変わってしまっているからです。北側は以前のままですが、南側はサンゴが広がり、沖縄のような海になっているのです」

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八戸漁業指導協会の熊谷拓治会長

サンゴは昨今、和歌山沖や千葉の館山沖などでも北上が確認されている。明らかに温暖化の影響だが、こうした変化は二次的な影響まであると指摘する。

「たとえば西日本のサワラが東北で獲れだしていますが、サワラは他の魚を食べてしまいます。あるいは、九州や沖縄で獲れていたアイゴも北上しているのですが、このアイゴは水温が16度以上になると食欲が旺盛になり、昆布やわかめなど海藻も食べてしまう。これが広がると、いわゆる"磯焼け"という現象が加速する。すると、アワビやウニなどにも影響が出る。これが北海道や東北で広がると、おそらく水産業にとって大打撃になります。要は、食物連鎖で生態系全般に影響が出る可能性があるのです」

だが、そうは言っても、海水温の上昇を急に食い止めることは難しい。海の環境の変化がしばらく続くのであれば、漁業は別の方法に挑戦していくしかないと藤井准教授は言う。

「FAO(国連食糧農業機関)の統計では、世界の漁業の生産量は一貫して伸びています。ただし、実際には天然の漁業は1980年代で頭打ちとなり、それ以後増えているのはすべて養殖です。日本も資源管理をした上で、陸上養殖を含めた養殖も増やしていく必要があるのではないでしょうか」

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(撮影:森健)

大きな環境の変化に直面し、八戸も対応に乗り出している。今年1月、八戸市の東北医療福祉事業協同組合(SGグループ)と、弘前大学地域戦略研究所(青森市)が共同でトラフグの陸上養殖試験を始めた。閉館した温泉施設を活用している。

長年、八戸で水産業に携わってきた八戸漁業指導協会の熊谷拓治会長は、厳しいながらも養殖に挑戦していくしかないと言う。

「養殖が盛んな北欧は波が安定した湾が多く、環境も適しているが、八戸は外海に面しており、波が高い。従って、あまり養殖の環境には向いていない。ただ、温暖化が収まるのを待っていると、みなやっていけなくなってしまう。イカは単価が安く神経質な生物だから養殖は難しいかもしれないが、ホタテなりカレイなり、ある程度魚価の高い魚種を選びながらやっていくしかないだろう。やはり、いかに減ったと言っても、八戸は魚の町だからだ」

激変する海の環境に八戸はどこまで対応していけるか。海の町の挑戦が始まっている。

元記事は こちら

森健(もり・けん)

ジャーナリスト。1968年東京都生まれ。早稲田大学卒業後、総合誌の専属記者などを経て独立。『「つなみ」の子どもたち』で2012年に第43回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『小倉昌男 祈りと経営』で2015年に第22回小学館ノンフィクション大賞、2017年に第48回大宅壮一ノンフィクション賞、ビジネス書大賞2017審査員特別賞受賞。

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