ウクライナ危機で支援する日本のNGOら 必死の医療提供と、必要な周辺国への支援

2月24日に始まったロシアによるウクライナ侵攻。女性や子どもを中心に、命がけで周辺国へと避難する人が多いなか、世界からは各種団体の人道支援活動が続いている。団体は周辺国でどんな活動をしているのだろうか。日本発のNGO(非政府組織)のピースウィンズ・ジャパン(PWJ)と、JICA(国際協力機構)を取材。現地の様子や支援内容、今後の懸念点などを聞いた。(ジャーナリスト・岩崎大輔/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
ピースウィンズ・ジャパン福井美穂さん

「ロシアのウクライナ侵攻が始まって2日後の2月26日に日本をたち、同日にポーランドの首都ワルシャワに到着しました。ワルシャワには、以前から知るポーランドの国際NGOが来ていたので連絡を取り、通訳やドライバーを手配。ウクライナとの国境近くのフレベンネに3月2日に到着しました。この時点ですでに、ウクライナからポーランドに避難してくる人たちへ、食料や衣類、医療などの支援活動が始まっていました。国境で印象的だったのは、民間企業が無料のSIMカード(スマートフォンに差して通信するためのカード)を配っていたことです。これまでよく赴いていた開発途上国では見ない風景でした。今回は日本と同じような国で戦争が始まっている──。いつもとは違った支援の調整が必要だと感じました」
PWJ海外事業部の福井美穂さんは、当時の様子をそう語る。PWJは災害や紛争など、人道危機が発生した国内外の地域に出向き、支援活動を行っている。設立は1996年で、世界36カ国・地域で活動してきた。

今回のウクライナ危機で、福井さんは第1次隊としてポーランド国内に10日間滞在した。現地の人や避難民らへの聞き取りで医療物資が圧倒的に不足していることを把握。現地で医療支援ができるよう仕組みづくりに動いた。
最初の時点で重要なのは、他のNGOとの連携や国連組織との緊密な打ち合わせだという。どこでどんな支援を行うか、地域や活動が重ならないように各種団体と調整を図った。それをしないと、全体の支援は足りていないのに、支援重複地域が発生してしまうためだ。
「大規模な災害や紛争が起こると国連組織が調整役となり、分野ごとに国連クラスターシステムが立ち上がります。今回は10分野で、食料安全保障はFAO(国連食糧農業機関)、キャンプ運営はUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)、保健はWHO(世界保健機関)など。それぞれが中心となり、NGO間で情報を共有したり自主的に重複を避けたり調整します。NGOにも専門分野があり、私たちPWJは過去に経験があり、自分たちの事業運営に必要な医療、プロテクション(人権の保護)、多目的現金給付、物流の分野の会議に参加しました。先ほど触れた"調整メカニズム"の中で、ウクライナ国内のNGOに医療物資を届けることや、隣国のモルドバで仮設診療所を開設することを模索しました」
PCスキルとマネジメント能力も重要

多様な技量が求められる人道支援活動。現代の活動で重要なのは、PCのスキルや世界のさまざまな機関と適切にコミュニケーションができるマネジメント能力だと福井さんは言う。
「人道支援活動と言うと、何もないところで井戸を掘ったり、包帯を巻いたりというイメージがあるかもしれません。たしかに、調査や物資の受け渡しなどもします。でも、実際には事業調整員はPCに向き合ってリモートの会議をしたり、現地政府に申請書類を提出したり、金融機関や提携団体とやりとりしたりと事務作業のほうが多いのです」
今回の派遣で、福井さんらはポーランドに着くとまずウクライナの20ほどのNGOにインターネットを通じてアクセス。そのうち3団体から連絡があり、医薬品や食料、日用品などの支援の必要性があると把握した。PWJが支援をしたいと伝えると、3団体は現地の被害状況を伝えた上で、薬や点滴、包帯などの医薬品、食料や日用品もまだウクライナ国内で購入・調達できると返答した。そこで、PWJは最初の一カ月で緊急一時金として100万円を3団体に提供。ウクライナ国内の薬局で必要なものを購入してもらい、各地域で傷病者に提供し、食料や日用品の支援も行っているという。
PWJはその後の第2陣でウクライナの隣国、モルドバ共和国にもスタッフを派遣。医療ニーズが高いことがわかったため、4月からはモルドバで仮設診療所を設置している。
ピースウィンズ・ジャパン榛田敦行さん

医師、看護師を中心としたチームの一員としてモルドバに向かったのが、コミュニケーション部の榛田敦行さんだ。モルドバは、欧州では豊かとは言えない人口264万の小国。そこに一時期40万人もの避難民が押し寄せた。4月2日、首都キシナウに榛田さんが入った。その時の様子を振り返る。

「キシナウでは、閉鎖された映画館を一時避難所とし、そこで食料や日用品を配っており、多いときは1日500人の避難民が来ていました。当初、キシナウ市の保健担当者から『ここにメディカルポイント(仮設診療所)を開設してほしい』と要望を受けました。しかし、モルドバ政府の保健省は、別の場所がいいと意見が異なり、同じ場所で先に活動していた他国のチームを移動させていたのです。結局、WHOの仲介もあって、モルドバ保健省からも映画館での診療行為に許可が出ました。こうして4月7日、医師1人、看護師1人、通訳2人の体制で映画館の一角に仮設診療所を設置しました。その後、PWJに登録してくれている薬剤師にも来てもらいました」
診療所を開くと、身体の痛みを訴える人や、持病の薬が尽きてしまった人など1日20人以上が訪れた。過酷な避難生活とストレスで高血圧になっている人が多いこともわかった。
今回、薬剤師が工夫したのは薬の説明書だ。朝昼晩をイラスト化した処方箋を日本から持参した。イラストの横に数字を書き込めば、言葉が通じなくとも、いつ何錠飲めばいいかひと目で理解できる。避難民から喜ばれたという。
これまで南スーダンやミャンマーなどに出向いているPWJだが、今回の活動で大きかったのはインターネット環境だと前述の福井さんは言う。モルドバやポーランドだけでなく、ウクライナでも通信ができるため、同国のNGOとも緊密に連絡が取れている。
「先ほども少し話しましたが、医療支援の緊急一時金を現地のNGO『100%LIFE』に送金しました。すると、その資金で医薬品を調達し、国内の避難所に届けた様子をすぐ写真や動画などで報告してくれる。活動をするうえで非常に安心感があります。これまでにウクライナとモルドバで、現地団体や企業、組織と連携し、医療、食料、日用品、家電機器などの支援を行い、その総額は約9500万円です。連携している組織は、ウクライナ国内では3つのNGO(「100%Life」「Right to Protection」「Vostok SOS」)、パリアニツィアという任意組織、ペット関連企業、モルドバではNGO(NCUM)とキシナウ市です」
長期化で体調を崩す人が増加

侵攻から3カ月が過ぎた現在、避難民にも変化が現れたという。現地からの報告によると、当初はウクライナ国外へと移動していた人たちが、情勢が安定しつつある首都キーウなど国内に戻る動きが増えてきたという。だが、モルドバでの医療のニーズは減っていない。避難が長期化し、体調を崩す人が増えているためだ。こうした中で見逃せないのが、隣国側の変化だと榛田さんは語る。
「モルドバ政府も財政難に陥りそうだとも聞きました。支援するモルドバ国民も疲弊しています。戦争で物価が上がり、避難民が増えたことで家賃相場も上がっている。ロシアによるウクライナ侵攻が長期化している現在、モルドバやポーランドのような隣国を国際社会でどう支えていくかも考えなくてはいけないと思います」
JICA/久保達彦・広島大学大学院教授

「ウクライナ侵攻が始まった2日後、WHO(世界保健機関)本部から全世界の緊急医療の専門家に向けて『対応できる人は手を挙げてください』との呼びかけがメールで送付されました。手を挙げたところ、WHOがモルドバで緊急医療チームの本部を立ち上げるので、そこでコーディネーターをやってほしいという依頼がさらに来ました」
広島大学大学院医学研究科の久保達彦教授(公衆衛生学)はそう語る。久保さんはJICA(国際協力機構)の国際緊急援助隊医療チームに登録しており、5月下旬の取材時も第3次調査団としてモルドバに駐在中だった(5月28日帰国)。
JICAは開発途上国の支援が主な仕事だが、突然の災害や紛争などが起これば人道支援を行う。久保さんはまずJICAの第1次調査団の団長として3月20日、モルドバのキシナウに入り、WHOと連携して緊急医療チーム調整本部を立ち上げた。

調査団は基幹病院や閉鎖された映画館、大学の旧校舎などに設置された避難所を視察。JICAはもともとロシアの侵攻以前からモルドバで医療機材の提供などをしていたため、状況の把握はしやすかったという。その上で、調査団が取り組んだのが、MDS(Minimum Data Set)というシステムツールの普及だった。現場の医師が紙のカルテで避難民の外傷や疾病の種類、処置、衛生状態など簡単なチェックをしてPCに入力すると、その日のうちに集計・分析され、翌日以降の医療物資の配分などが判断できる。MDSは久保さんが座長を務めたWHOのワーキンググループが開発したものだった。
「例えば東日本大震災では、いろんな医療団体が入り乱れて、ケガが多いのか、感染症が多いのか、それがどこの場所で、地区によって違うのかなど、全容がまったくわかりませんでした。2013年にフィリピンを襲ったスーパー台風のとき、フィリピンではSPEEDという日報様式でこの情報を効率的に管理していることがわかりました。それを日本で改良したのがJ-SPEEDというシステムで、これをWHO国際標準にしたのがMDSです。2016年の熊本地震で初導入した結果、大きな実績を残し、世界中で利用が始まっています。このMDSなら、モルドバでの避難民の保健医療で役に立つと思いました」
MDSで効率的な支援

実際、MDSはすぐに効果をあげたという。ある避難所で感染症が流行しはじめると、すぐに公衆衛生チームが派遣され、感染を封じ込めた。またMDSは全体を見渡せるため、意外な事実も見えてきたと久保さんは言う。
「驚いたのは男女比です。67%が女性で、男性が3割もいました。ウクライナは国民総動員令を発令し、18~60歳の男性の出国を禁止しています。なのに、これだけ受診している男性がいる。調べると、その理由はがんや腎臓病など慢性疾患をもった患者でした。男性でも病気をもっているから避難が許されており、だからこそ、医療を必要としていたのです。さらに調べると、持病を持っているために避難所で長期停留せざるを得ない状況も浮かび上がってきました」
MDSによってどこで、どのような患者が何人診療されたかが即日可視化される。どのような医療体制を組めばよいかが検討できるようになった。
JICAウクライナ・杉本聡・首席駐在員

日本の政府開発援助(ODA)を担うJICAは、基本的に国と国との二国間協定などがあったうえで、それに沿って活動する。そのため、相手国のニーズに基づいた活動となる。5月半ば、JICAはウクライナ政府に1億ドル(約130億円)の円借款を行ったが、これも同政府から要望のあった案件だ。
つまり、JICAの取り組みは小回りが利くNGOのような事業と異なり、国単位で取り組むものになる。その一つが、ウクライナの「戦後の復興」だ。戦火の最中でも、ウクライナ政府は復興に目を向け、各国の専門家の支援を取り付けているとJICAウクライナ・フィールドオフィスの杉本聡首席駐在員は言う。
「ガバナンス(統治機構)、インフラや都市の復興、保健、エネルギー、あるいはチョルノービリなど原発の扱い......。こうした様々な分野で専門家の知見を仰いで、復興委員会をつくりたいという話がウクライナからあります。であるなら、日本人の専門家もJICAを通じて貢献したい。そんな人選を20人弱リストアップして先日送ったところ、ウクライナからは早速反応がありました。すでに各セクターの担当部門では、今から情報収集を行いつつJICA内部で様々な検討を進め、和平合意がなされればすぐ動けるような体制を構築しています」
周辺国への支援も必要

逆に「戦闘の長期化」も想定している。この場合、ウクライナだけでなく、モルドバやポーランドなど、周辺国も支援が必要になってくると杉本さんも指摘する。
「費用負担や物資などの支援をしていかないと、ウクライナ周辺の地域ばかりに負担が寄せられてしまい、疲弊してしまう可能性があります。周辺国を支援することは、避難しているウクライナの人への支援にもなる。人道支援と言ったとき、NGOのようにすぐに現場に駆けつけて短期でケアをするという方法もあれば、国単位での長期の活動もある。そういうさまざまな視点で取り組んでいければいいと思いますね」
元記事は こちら
岩崎大輔(いわさき・だいすけ)
ジャーナリスト。1973年、静岡県生まれ。講談社「FRIDAY」記者。主な著書に『ダークサイド・オブ・小泉純一郎 「異形の宰相」の蹉跌』『激闘 リングの覇者を目指して』『団塊ジュニアのカリスマに「ジャンプ」で好きな漫画を聞きに行ってみた』など。