「小さいうちからこういう子が地域にいることを知ってほしい」――障がいのある子も安心して遊べる「インクルーシブ公園」の意義と、保護者の思い #こどもをまもる
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横浜市で障がいのある子どもを育てる女性は、息子が車いすのまま乗れる遊具に感激した。近年、障がいのあるなしに関係なく、誰でも遊べる「インクルーシブ公園」が増えている。インクルーシブ(inclusive)とは、「包括した、全てを含んだ」という意味だ。なぜ、公園がインクルーシブであることが重要なのか。公園を利用する保護者、遊具の開発者、公園整備を進める自治体、それぞれの思いを聞いた。(取材・文:神田憲行/撮影:横関一浩/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
じろじろ見られない安心感
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「あのころの公園はつらい思い出が多いですね」
横浜市に住む美穂さん(仮名、42)は、初めて長男(9)を連れて公園デビューしたときの記憶をそう語る。長男が「精神発達遅滞」「四肢体幹機能障害」と診断されて間もなく、2、3歳のころだった。自分で歩くこともできない長男を抱いて美穂さんはブランコに乗り、滑り台を上り下りした。体力的にもきつかったが、それにもまして気になったのは周囲の視線だった。同じくらいの年齢の子どもが走り回るなか、長男は歩くことも立つこともできない。そういった長男への視線を気にしないようにしても気にしてしまった。
「自分の問題なんですけれど、ずっと誰かの視線を感じていて。ちょうどあの『やまゆり園』の事件があったころなんで、余計にそう感じたのかもしれません」
やまゆり園の事件とは、2016年、植松聖によって相模原市の障がい者施設「津久井やまゆり園」の利用者19人が殺害され、職員2人を含む26人が重軽傷を負った事件である。「重度障がい者は殺してもいい」という植松の告白に大きな衝撃を受けた。
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3つ下の長女が生まれてからは、二人が同時に遊べる公園を探して、一家で車に乗って探し回った。成長して体重が10キロになった長男と長女を二人抱えてブランコに乗ったこともある。大変だった日々のなかで、ようやく、居心地の良い公園を見つけることができた。
神奈川県藤沢市にある秋葉台公園。入り口の注意書きの看板に《インクルーシブな広場 ~誰もが遊べて楽しめる広場~》と書かれて、車いすに乗った児童の絵が添えてあった。
「ここなら障がいのある子どもがいても当たり前、という認識が他の保護者の方にもあるから、じろじろ見られないんだろうという安心がありました」
遊具も体を固定する器具がついたブランコなどがあった。車いすのまま揺れる遊具に乗って満面の笑みを見せた長男に、美穂さんは「今まで遊べなかった遊具が遊べる」と感激した。
社会の注目が集まり、問い合わせが急増
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こうした障がいのある/なしにかかわらず児童が一緒に遊べる公園をインクルーシブ公園といい、障がいのある子どもでも安心して遊べる遊具をインクルーシブ遊具という。「インクルーシブ(inclusive)」とは、「包括した、全てを含んだ」という意味だ。
「公園にインクルーシブな遊具を置くようになったのは、1990年にできたアメリカの障がい者差別禁止法(障がいのあるアメリカ人法、ADA)が一つのきっかけです。そこでは障がいを持つ子どもも公園で遊ぶ権利があるという考えから、アクセシブルでない公園の新設などは同法に反すると規定されました」
と、インクルーシブ公園の情報発信をしている市民団体「みーんなの公園プロジェクト」代表の柳田宏治さん(倉敷芸術科学大学教授)は説明する。その後、多様な子どもに遊びを保障するインクルーシブ公園は、欧州やオセアニア、香港などにも広がっていく。
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事務局の矢藤洋子さんはこう言う。
「日本でもそのような公園は90年代くらいからつくられていたんですが、単発の取り組みに終わっていました。本格的に社会が注目しだしたのは、2020年に砧公園(東京都世田谷区)に『みんなのひろば』がつくられてからです」
「みーんなの公園プロジェクト」には、現在、インクルーシブ公園づくりに興味を持つ自治体、公園建設コンサルタント、障がい児の保護者などの市民から問い合わせが相次いでいるという。
「ここ数年で問い合わせは10倍くらいに増えた感じ。一種のムーブメントが起きています」(柳田さん)
「河川敷の土手」から発想した遊具
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そのムーブメントの牽引役ともなっているのが、遊具を開発する会社だ。株式会社コトブキ(本社・東京都港区)はオープンスペースのベンチなどのストリートファニチャーや公園遊具の大手メーカーである。
17年に同社の深澤幸郎社長らがアメリカのポートランドを視察し、インクルーシブに整備された公園に触発を受けた。翌年に日本公園施設業協会でシンガポールを視察して、業界全体の取り組みが始まった。同社はこれまで体を固定する器具がついたブランコなど、いくつものインクルーシブな遊具を開発して販売している。同社で遊具のデザインを担当しているスタジオ本部チームリーダーの北村美佳さんは、インクルーシブな公園の意義についてこう考えている。
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「障がいを持つ子どもと持たない子どもは、通う学校から違っていて身近にお互いを知り合う機会を持てないまま育つ子たちがたくさんいます。その子たちが大人になって初めて出会うとどう接すればいいのか戸惑ってしまうことになります。だから公園で遊んでお互いの存在を知るというのは、すごくよいコミュニケーションの入り方なのかなあと思います。大人が計算してできるものではない、自然な形なので」
インクルーシブな遊具の開発は、形状はもちろん、カラーリングにも配慮が要求される。
「たとえば色弱(色覚多様性)や神経過敏の子どもへの配慮です。注意が必要な段差は視認性の高い黄色を使い、シルバーのような光る色合いは感覚が過敏な子には痛みとして伝わってしまうので、落ち着いたブラウンを使う。コントラストも重要で、緑の中に赤色があると色弱の子には茶色に見えてしまうので、色弱の方でも本来の色と同じように認識しやすい青色を基調とするなどの工夫が必要です」
公園に行くとカラフルな遊具が置いてあるが、あれは決して見栄えだけの問題ではないのである。
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遊具は、ブランコのように既存の遊具を障がいを持つ子でも使いやすく工夫したものもあれば、コトブキ考案のオリジナルもある。「モーグルヒル」は人気作のひとつ。一見、「幅が広い滑り台」のようだが、斜面には「こぶ(モーグル)」がついていて、それを頼りに上り下りできるようになっている。アイデアの元は「河川敷の土手」だった。
「ただただ広い土手って楽しいじゃないですか。そこを駆け下りたり上ったりする原体験を遊具でできないか。滑り台で上るのは禁止になっていますが、そういう経験がないまま大人になるのはつまらないなと思いました」
障がい児が夢中になって遊ぶ姿に気づき
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遊具は試作品を作ると、工場などに設置して障がいのある子どもだけでなく、ない子にも遊んでもらって、意見を聞く。それを反映してまた試作品を作る。試作品をもって全国の公園を回るキャラバンも実行する。営業本部の福田英右さんによると、
「公園の広さや季節を考えて、我々から自治体に声をかけてお邪魔しています。今まで東京、大阪、名古屋、福岡などで実施しました。期間は1週間から10日ぐらい。遊び方はあまり説明しないで、好きに遊んでいるところを見せてもらい、利用者からヒアリングします。多いときだと土日で2000人ぐらいの方にご利用いただきました」
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利用者の遊びを見ていて、いろんな気づきを得たり、仕事のやりがいを感じたりもする。知的障がいがあり引っ込み思案の女の子が、自発的に回転遊具の中に入って他の子と一緒に遊んでいて、お父さんを感激させた。手の不自由な子どもが初めて遊具をよじ登ってお母さんをびっくりさせた。「モーグルヒル」の傾斜の下に潜り込んで、半透明の台から通ってくる光を楽しんでいる自閉症の子どももいた。
「夢中になるといろんなことが関係なくなるのかな。気持ちよいというのはみんな一緒で、障がいがあることを特別視することはないと気づきました。思いがけない使われ方をされてハラハラするときもあるんですが、事故につながらないように設計するのが私たちの腕の見せどころですから」(北村さん)
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現在、遊具の市場規模は120億円程度という。コトブキに寄せられる遊具の商談のうちインクルーシブ遊具は2割程度だとか。同社マーケティング本部本部長の吉原周路(しゅうじ)さんが説明する。
「全体の公園予算が増えているわけではないし、子どもの人口は逆に減っています。でも既存の遊具を入れ替えるときにはインクルーシブな遊具を検討される自治体が増えた。全体のパイの大きさは変わらなくとも、割合は増えてくると思うんですよね」
だが、遊具を置いただけでインクルーシブな公園になるわけではない。
「安心して利用できるトイレなどのアメニティー施設はあるのか、カンカン照りの陽射しのなか、付き添いの保護者の方が見守りながら休めるところがあるのか。遊具以外の環境整備も非常に大事です。公園を運営する側は遊具だけでなく、環境面についても積極的に情報発信することが求められていると思います」(福田さん)
議論の過程こそがインクルーシブにつながる
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福岡県福岡市は今後3年間で市内7つの区にひとつずつインクルーシブな子ども広場を設置していく。手始めに百道中央公園に今秋から着工する。
その過程で重要視したのは、市民とのワークショップだ。通常、公園の整備計画が持ち上がると、プランを市民に見せて意見をもらい、それを反映したプランを改めて見て確認してもらうという2往復で終わる。それを6回も繰り返したという。ワークショップに参加した市民は、児童の保護者、地域の住民、研究者、大学生など。
「インクルーシブな子ども広場を整備するのは初めての試みなので、まっさらなプランをつくる過程から市民の方々に入っていただきました。どのような遊びをどこに置くのか、動線はどうするのか。改めて、インクルーシブな子ども広場とは遊具を置くだけでなく、空間をつくることなんだと認識しました」(福岡市住宅都市局公園部整備課担当者)
参加者の負担も大きかったが、全員、とても熱心だったという。繰り返される議論を経験して、担当者はふとこんなことを考えたそうだ。
「この過程こそが、インクルーシブのきっかけになるんじゃないかと。私たちはお互いを理解したいし、公園はお互いの距離が近くなる場所にしたい。その話し合いが熱心に行われました」
その過程を市のHPで詳細に公表したところ、まだ整備工事に入っていないのに、全国の自治体から視察の申し込みが殺到しているそうだ。
小さいうちから交わることを大切に
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インクルーシブな遊具、公園がこれから増えていく流れは間違いない。だからこそ、取材の過程で浮かんだ根本的な論点を共有したい。
なぜ障がい児は健常児と一緒に遊ばなければならないのか。インクルーシブではなく、障がい児用の公園をつくればいいのではないか。この取材に当たり、障がい児を持つ保護者の方のブログを拝見したところ、少なくない方がこの点について言及していた。他の保護者から冷たい目で見られる、自分の子どもが他の子を傷つけないか、傷つけられないか不安だ......。
「私も当初は障がい児専用の公園がほしいと思っていました」
冒頭で紹介した美穂さんはそう語る。
「子どもを公園に連れて行くと他人の目が気になり、なにかやらかしたらどうしようとか......。でもそれは今から思うと、私自身が我が子の障がいについて受け入れがまだできていなかったからだと思う。今は一緒に遊んだほうがいいと思います」
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その理由について、美穂さんは「だって今はなんでも分離と分断じゃないですか」と言う。
「障がい児用の行政サービスはとてもありがたいのですが、健常児とかかわることがほとんどない。他の保護者に我が子のことを知ってもらう機会が全くない、ということに不安を感じています。障がいやその特性を知らないと、知らないものに対する恐怖心が生まれるのではないでしょうか。小さいうちからこういう子が地域にいるんだよということを周りに知ってほしい」
これは障がい児を持つひとりの保護者の意見であり、また別の保護者の意見もあるだろう。健常児の保護者の意見もある。難しい論点だが、ただひとつ言えるのは、お互いが尊重し合っていく方法についてみんなが考える体験もまた、インクルーシブなものだということだ。
元記事は こちら
神田憲行(かんだ・のりゆき)
1963年、大阪市生まれ。関西大学法学部卒業。師匠はジャーナリストの故・黒田清氏。昭和からフリーライターの仕事を始めて現在に至る。主な著書に『ハノイの純情、サイゴンの夢』、『横浜vs.PL学園』(共著)、『「謎」の進学校 麻布の教え』、将棋の森信雄一門をテーマにした『一門』など。
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