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次世代のために意見のキャッチボールを――移り変わる時代に、サザン桑田佳祐が音楽で生む「コミュニケーション」

    

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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撮影:倭田宏樹

今年、デビュー45周年を迎えたサザンオールスターズ。桑田佳祐(67)は、活動を重ねるとともに日本の雰囲気は徐々に変化してきたと語る。例えば人の寿命は長くなり、思い描くリスナーの姿や世間の様相も広がった。折しも変わりゆく街の風景を思った新しい曲が、注目を集めている。「たまには"うねり"を生んでもいいんじゃないかな」。背景にある願い、そして「ローカルな音楽屋」としてのサザンを語る。(取材・文:内田正樹/撮影:倭田宏樹/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/文中敬称略)

人の思いを風化させるのではなく、蒸し返したほうがいい

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撮影:倭田宏樹

9月2日、桑田佳祐が自身のレギュラーラジオ番組でサザンオールスターズの新曲「Relay~杜の詩」を流すと、多くのメディアがこの曲について報じた。歌詞は、桑田が今年3月に亡くなった坂本龍一の"思い"を受け止めて書いたものだ。その"思い"とは、坂本が生前、「持続可能なものとは言えない」などとして各方面に見直しを求めていた、明治神宮外苑の再開発計画に対する提言を指している。桑田と坂本は特に深い親交があったわけではないという。桑田はなぜ反応を示したのか。

「お恥ずかしい話ですが、坂本さんが亡くなられて、ようやくこの話題に目が向きまして。自分なりに調べてみると込み入った事情があるのも分かったし、『触らぬ神に祟りなし』で放っておくという考え方もあった。でも、せっかく坂本さんが送った熱いメッセージを、時間とともに風化させるのではなく、音楽人としてもう一度、受け止めて、蒸し返して形にするほうがいいんじゃないかと思った。僕らが音楽とともに育てられた、大切な場所でもありましたから」

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撮影:倭田宏樹

サザンの音楽制作のホームグラウンドは東京・神宮前のビクタースタジオ。神宮外苑からほど近い場所で、デビューから今日まで、数多の曲を生み出してきた。

「45年も通えば愛着も湧きます。スクラップ・アンド・ビルドなんてよく言いますが、近所を散策すると、街の色も景色も昔とずいぶん変わった。あくまで情感の話ですけど、自分の好きなスタジオのご近所の杜(もり)がなくなっちゃうのは、他人事ではないなと。僕は無神論者だし右でも左でもないけれど、あの外苑の木々にはどこか祀られた神秘性のようなものを感じるし、長年そこで守られてきたような"ありがたみ"もありますからね」

「我々の暮らしは子どもの頃からどんどん豊かになっていった。高度成長期と言われて、学校の一クラスには50人近い生徒がいて、ロックだ海だファッションだと、楽しいことも猥雑なこともいっぱいあった(笑)。今さら気づいても遅いんだけど、これだけの経済活動を望んだら、そりゃ環境も悪くなるわなと。青臭いことを言うつもりはなくて、日本はどこもそうだけど、老朽化、耐震の問題もあるし、街が様変わりしていくのは宿命でしょう。ただ、東京の至るところで行われる大再開発には『ちょっともういいんじゃない?』っていう、"溜め息"みたいな思いもあって」

次世代のために、曲で意見のキャッチボールを

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撮影:倭田宏樹

明治神宮外苑を管轄する明治神宮は、民間の不動産会社らと共同で、老朽化したスポーツ施設の建て替えや高層ビル3棟の建設、災害時の拠点を兼ねる公園整備などを計画している。再開発工事が樹木の大量伐採につながることなどから計画を疑問視する声や批判の声が上がり、今年5月時点で19万筆を超える反対署名が東京都に提出されている。

「周りの若いスタッフにも『君らはどう思う?』と相談してみたんですよ。僕のノスタルジーよりも、僕がいなくなった後、街を見て、暮らしていくのは彼らですから。するといろいろと調べてくれて。元々は風致地区(自然的景観を維持するために定められたエリア)だったのに、いつの間にか規制が緩和されていたとか。神宮外苑は所有者である明治神宮が維持費を負担しているという事情とか、そういうことを知っていくと、もう少し話し合いや議論を深めたほうが、将来の人たちのためになるんじゃないの?と思ったんですよね」

同じ頃、曲の制作中にあるフレーズが生まれた。

「僕の場合はいつもメロディーが先で、仮歌の段階では『馬鹿でごめんよ』という言葉だけが口をついて出ていた。こりゃ茶目っ気のある恋愛ソングにでもなるのかな?と思ったんだけど、この話題に触れていくうちに、だんだんとそっち寄りの言葉が加わっていった。坂本さんの音楽になくて唯一サザンにあるものは"歌詞"なのかな、と思って。言葉を使う生業(なりわい)として、坂本さんの思いのリレーになればと思いました」

桑田は曲を完成させる前に、「こんな曲を書こうと思う」という自分の意志を短い文章にまとめてスタッフに送った。

「45年で初めてだったんじゃないかな。こういう曲を書こうと、あえて段取りを組んで『これで行くね』と彼らに知らせた。何らかの誤解やハレーションを起こすかもしれないと思ったから」

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撮影:倭田宏樹

ラジオで初オンエアされた曲に対するメディアの反応は桑田の想像をはるかに上回り、SNS上にも賛否の声が上がった。

「僕はエンターテインメントの世界の人間だから、別に『ショービジネスじゃないか』と言われてもいい。それでも"音楽屋"として、この話題は引き継いでおくべきなんじゃないかと思った。ちょっと大げさかもしれないけど、こういう動きをすることで、日本の音楽界を違う角度から盛り上げられないかな?という思いもありました。たまには"うねり"を生んでもいいんじゃないかって」

「(計画に)賛成とか反対とかじゃなくて、みんなで意見のキャッチボールが出来るようなキッカケの曲になればというのが僕の思いだった。少しでもコミュニケーションが出来て、議論が深まってくれればいいなと」

再開発の工事はすでに始まり、9月下旬からは樹木伐採の着手も予定されている。しかし9月7日、ユネスコの諮問機関「イコモス」が緊急要請「ヘリテージ・アラート」を出し、事業者や東京都に計画の撤回などを求めた。また、東京都は神宮外苑地区の再開発事業を進める事業者に対し、具体的な説明や樹木の保全に関する見直し案を示すように要請。今も計画をめぐる動向には注目が集まっている。

「僕みたいに、この計画をよく知らなかった人もまだ多かったと思う。だからこの曲が多少なりともメディアや世論に引っかかってくれればそれで十分。あとは坂本さんが怒ってなきゃいいなって(笑)。僕は何を言われても、もうジジイだからいいの(笑)」

「マッチョ」な時代じゃなくなった

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撮影:倭田宏樹

現在67歳の桑田がサザンでデビューしたのは1978年、22歳の時だった。45年の間に、日本という国の雰囲気も「変わった」と感じている。

「人間の感情そのものは今も昔も変わらないけど、近頃は3日も経つと世の中の話題や雰囲気がガラリと変わるじゃないですか。だからSNSもYouTubeもほどほどに見ながら、勉強させてもらっているところはありますけど」

時代の空気は、当時の曲にも反映されてきた。

「昔の自分たちの動画などを見ると、我ながら恥ずかしいものがたくさんある。どこか履き違えていたというか、妙に自信を持っちゃっていた時期もあってね。80年代、90年代ってみんな今よりマッチョでイケイケだった。『最近、香港行って中華食うのにハマってるよ』とか、『この間、ロンドンの有名プロデューサーと仕事したんだ』みたいな感じでね。仕事も1分1秒に追われていた。ちょっと周りにデキない奴がいたら『グズグズするな。だからお前は駄目なんだよ』なんて偉そうにマウントを取ったり叱り飛ばしたりしてね。今は少しでもお互い寛容でいよう......なんてずいぶん丸くなったものだけど(笑)」

「国家とか国力の雰囲気も昔とは違う。震災やコロナと、日本人は何度かぴしゃん、ぴしゃんと心を折られてきた。今の若い人たちがどんな夢を持っているのか、僕には詳しく分からないけど、僕自身は『今の夢は?』なんて聞かれても、明日明後日のことで精いっぱい(笑)。そういう気持ちが自分の音楽にも反映されていると思うし。ただ、今の日本のムードは、新たなスタートダッシュをかける前の"セットアップタイム"(準備期間)だと僕は思いたいんですね」

今のムードだからこそ、生まれる歌詞もある。

「僕らがデビューした頃とは人の寿命も変わった。石原裕次郎さんと美空ひばりさんなんて52歳でお亡くなりになっている。今やサザンのファンには70代の方もいる。『老いてなお青春』なんて言葉が、ある意味歪(いびつ)に重くのしかかる。我々よりも少し若い世代の方でも、親御さんの介護にご苦労されている人などもいっぱいいるし、それぞれ皆さん酸いも甘いも踏まえておられるんじゃないかな。『盆ギリ恋歌』(7月配信の新曲)ではお盆を題材にしたけど、これも若い頃の自分だったら書かなかった。お盆や彼岸を、以前よりも身近に感じるようになったから。リスナーと一緒に年を取って、皆さんと交わすコミュニケーションの探求も、ちょっと面白い段階に入ったというか。新旧の歌詞の一字一句が、ここに来てより大事になってきました」

ローカルな音楽屋として、"世間の娯楽"チックでいたい

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撮影:倭田宏樹

レコードが売れた昭和の時代も、CDが売れた平成のJ-POP隆盛期も経験してきた。そんな時代だったからこそ抱いた夢もあったという。

「日本人がアメリカのビルボードホット100で1位を取った歌は、1963年の『上を向いて歩こう』(坂本九。英題は『SUKIYAKI』)以来、60年もの間、一曲も出ていない。僕もそれを密かに人生の目標にしていた時期もあったんだけど、未だ叶わない。それこそ坂本龍一さんは"音楽家"として"世界のSAKAMOTO"になった。でもサザンは、自虐じゃないけど、ローカルな"音楽屋"が似合っている。ドメスティックで、ガラパゴスなりの良さというか、そこは我々なりに大切にしておきたい。"世界"ではなく"世間の娯楽チック"でいたいんですよ」

近年では80年代の日本のポップスが海外でシティ・ポップ・ブームとして注目されたり、日本語のポップスが海外チャート上位に躍り出たりするケースもある。

「サザンもいつかそういう恩恵にあずかれるといいんですけどね(笑)。今はアニメの主題歌がすごい勢いだし、これからも韓国やほかのアジアの国からは新しく強力な音楽が出てくるでしょう。文化的リサイクルじゃないけれど、そうした今の音楽の流れを、かつて僕たちが洋楽に憧れたみたいに、日本人らしく咀嚼(そしゃく)されたものが世界に向けて形になっていくような時代が、いつかまたやってくるような気がしますけど。かつての浮世絵や絵文字ではないけれど、優れた面白いモノは日本にいっぱいあるからね」

若いスタッフに支えられて、無限の可能性も

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撮影:倭田宏樹

サザンという母屋に対する意識も変わってきた。

「昔はサザンが重荷で、ある種面倒な時期もありましたけど、今はこのフラッグのもとに帰ってこられる大切な場所。もしサザンがなかったら、僕もメンバーも今頃バラバラの藻屑になって漂流していたかもしれない」

「ある意味、僕も含めてメンバー全員、大人として成長出来なかったような気もします。若い頃のままで純粋培養させてもらえた。周りのスタッフが、こぼれ落ちないようにしっかり支えてくれたおかげというかね。だって67、8のジジババが、普通だったらこんな風にステージで飛び跳ねたりしないじゃないですか(笑)」

今、サザンを支えるスタッフは、桑田よりも二周り以上若い世代を中心に構成されている。

「僕らがデビューした頃なんて、周囲は年上ばかりだった。だからそれなりに色んなことを教えてもらった。それがどんどん僕らのほうが年上になっちゃって。だけど若いスタッフとは"対等"以上の関係性の中で、彼ら彼女らから学ばせてもらうものが多々ある。そんなありがたみを感じますね」

「今はサザンというイメージの器があって、そこにひょいと飛び込んでメンバー達と音を合わせることで、リアルとは違う化け方が出来る。20代の頃の『栞(しおり)のテーマ』という曲で『彼女が髪を指で分けただけ/それがシビれるしぐさ』なんて歌っていますけど、今じゃ実生活でそんなシチュエーションなんてもう有り得ないし、シビれもしない(笑)。でも若いスタッフが作ってくれるステージに飛び込むと、その"仮想空間"の中で無限の可能性を感じたりもするんです。歌いながら、音楽の世界の中で不埒な恋もしちゃったりするわけですよ」

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2013年に行われた茅ヶ崎公園野球場でのライブ(写真提供:ビクターエンタテインメント/タイシタ)

9月末から10月にかけて4日間、神奈川県・茅ヶ崎で野外ライブを催す。デビュー曲「勝手にシンドバッド」でも歌われた茅ヶ崎は桑田の生まれ故郷だ。

「夜、寝ていて夢を見ると、今も出てくるのは茅ヶ崎の実家。自分でも気づかないうちにずっと"心の中に"染みついているんでしょうね。しみじみ思うけど、もし自分が茅ヶ崎に生まれ育っていなければ、例えば隣町の平塚だったら、『勝手にシンドバッド』は生まれていなかったかもしれないし(笑)、作風も芸風も今とは違っていたはず。両親にも感謝です」

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2013年に行われた茅ヶ崎公園野球場でのライブ(写真提供:ビクターエンタテインメント/タイシタ)

今年は坂本龍一のほかにも、YMOの高橋幸宏やシーナ&ロケッツの鮎川誠など、桑田よりも数歳上のアーティストが惜しまれつつこの世を去った。

「40代、50代の頃だったら、もうちょっと死に際さえもカッコつけようとする下心もあったんでしょうけど、"理想的な人生の仕舞い方"なんて考えても、今はせいぜいスマホの履歴を消さなきゃなとか、エロDVDをどこに隠そうとかぐらいしか思いつかない(笑)。病気も経験したけれど、最期の時なんて突然ピンコロで来るかもしれないし、寝ている間に逝っちゃうかもしれないし。事故や疫病や災害の可能性だってある。そこは自分じゃ何ともなりませんけど、いずれはカウントダウンを始めざるを得ない時が来るでしょうね」

「それでも今はまだ」と、桑田はにこりと笑う。

「大きな夢や希望なんて今さら大して無いけれど、音楽やステージの上で張りたい見栄はまだまだある。だからもう、ファンの皆さんに望まれることは出来る限り何でもやりたい......なんて、一応言っておこうかな(笑)。いつまで尖っていられるかは分からないけれど、とにかく今この瞬間は、茅ヶ崎ライブの初日を元気に迎えられたらと思います」

元記事は こちら

桑田佳祐(くわた・けいすけ)

1956年生まれ。神奈川県出身。78年、サザンオールスターズのボーカル・ギターとして、シングル「勝手にシンドバッド」でデビュー。87年以降、ソロでも活動。デビュー45周年の今年、7月から3カ月連続で、新曲「盆ギリ恋歌」「歌えニッポンの空」「Relay~杜の詩」を配信リリース。9月27日~10月1日の4日間、茅ヶ崎公園野球場で「茅ヶ崎ライブ2023」を開催予定。

本記事はYahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」、「 #昭和98年 」の一つです。仮に昭和が続いていれば、今年で昭和98年。令和になり5年が経ちますが、文化や価値観など現在にも「昭和」「平成」の面影は残っているのではないでしょうか。3つの元号を通して見える違いや残していきたい伝統を振り返り、「今」に活かしたい教訓や、楽しめる情報を発信します。

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