自然災害7倍時代に備える! 小さな畑から地球を変えるリジェネラティブ農業
地球をとりまく様々な環境が危機的状況といわれて久しいですが、わたしたち個人がエコバッグを使ったり節電する以外でもう一歩踏み出した行動をするために何が必要なのでしょうか。
今回は、文化人類学者、自然菜園コンサルタント、企業家といった、それぞれのフィールドで活躍中の3人の対談からヒントを見出していきます。
自然災害の経験確率が最大7倍になった現代。その要因となっているものは?
環境活動家であり、文化人類学者の辻信一さんは、現在の子どもたちは、祖父母の世代と比較して自然災害を経験する確率が最大7倍になる可能性がある(※)状況であり、すでに日本だけでなく世界中「自然災害の多さ」に異変を感じ始めていると指摘し、現代社会が抱えている問題の根本について語りました。
辻
わたしたちはこの数十年、未来ばかりを追いかけてきました。今ここにある世界は本当に住みたい世界ですか? 災害は増え、気候の変化だけとっても危機的状況にある地球に対して、わたしたちができることはなんでしょうか。
例えば、気候変動の一番の要因といわれている二酸化炭素問題ですが、簡単にいえば、わたしたちが放出している炭素が、地球が吸収できる量を大幅に上回ってしまったことが原因です。
そして、炭素の約50%(※)が食品の生産現場から食卓までの全過程から放出されています。
世界的に、近代農業、畜産は森や木々を伐採して大規模に切り開くことで発展してきました。これからは、食料を生み出す農業、畜産...全体をみなおしていくことがとても大切なポイントとなります。
農と食、そしてその流通のあり方を大きく変えれば、気候変動に歯止めをかけられるかもしれないのです。
人類の未来は、これまでの工業的で化学的な大量生産の農業や、食品を長距離輸送する食のグローバルシステムから、小規模でリジェネラティブかつローカルな農と食への転換にかかっている、とぼくは考えています。
とはいえ、増え続ける人口や、それぞれの生活を維持するためには「生産効率」や「生産量」は現実的に考えなければいけない要素です。一見、八方ふさがりにみえるこの状況に対し、辻さんは自然が持っている再生能力に着目したリジェネラティブ農業について触れていきます。
辻
今、世界中で進行している大きな意識改革のひとつとして「リジェネレーション」という考え方があります。これは、自然が持っている自己再生能力に着目し、それに沿った生き方をしようという考え方です。
自然は、再生、循環、更新する力をもともと持っています。わたしたちは、その自然が持っている力を引き出していく手助けをすることで環境改善に貢献できるのです。
このリジェネレーションの考え方を農業に活かしたのがリジェネラティブ農業です。
自然と人間の共生を見出せる「リジェネラティブ農業」大地を再生する農法とは
リジェネラティブ農業とは、自然がもつ再生能力に着目した農業で、農地の土壌の改善、再生を目指しながら作物を栽培する手法です。健康な状態の土壌は、有機物を多く含み、野菜の生産力も向上させるだけでなく、多くの炭素を長期固定化することができるとして、世界的な注目を集めています。
リジェネラティブ農業の基本のスタイルは「農薬・化学肥料を使わない」「土壌を常に覆う」「できる限り耕さない」。大型機械で深く耕し、農薬や化学肥料を多用してきたこれまでの近代的農業で土が疲弊し、土中の生態系が破壊されてきたことの反省を踏まえて、できる限り土を撹乱せず、植物や土壌生物の力を生かし、有機物が自然と豊かになる「土壌の健康」を取り戻すことを目指すものです。
リジェネラティブ農業の特徴として、他に以下のことが挙げられます。
✓農地そのものだけでなく、周辺の環境の改善にもつながる
✓化学肥料、農薬などの使用を最小化できる
✓家畜と作物の共生など多様な生物が共生できる
辻
リジェネラティブ農業の大きな特徴として、土壌の改善だけでなく、農家の経営の改善にも貢献できる可能性があることです。実際にリジェネラティブ農業を採用して業績を改善している農家は世界中に存在しています。
このように生産に対するありかたを見直すことで、環境の改善もさることながら、人間の経済活動も豊かにする方法が注目されています。
今では、農業のみならず、畜産、漁業の分野まで自然の再生能力を活かすリジェネラティブな手法を取り入れる動きが広がっています。
農家でも専門家でもない一般のわたしたちができることとは?
このように農業をはじめとして産業のありかた自体が変わろうとしている中、農家でも専門家でもないわたしたちができることはなんなのでしょうか。
1980年の創業以来、持続可能な視点を大切に企業に企画提案を行ってきた株式会社アイクリエイトの代表の粟田あやさんは、自身の体験とともに、個人個人ができることは、自分がいる世界への視点を変えること。そして学ぶことでリテラシーをあげていき、小さくてもいいから実践することであると語りました。
粟田
今、自分が食べているものがどこからきているのか、それをすべて理解できる人はほとんどいません。まずは知って、できることを小さくてもいいからやってみる。そこからみえてくる世界があり、そこからまた視野が広がっていくのだと思います。わたしも虫も触れないような都会生活をしていましたが、2021年の家庭菜園にはじまり、2022年からはコミュニティで畑をスタートさせ、自然の流れ、再生していく力、循環のようなものを体感することができ、さらに畑だけでなく周囲の環境への影響などを考えるようになり、どんどん視野がひろがってきていることを実感しています。今後は、畑という世界からもう少し広がってその先にある環境、例えば森や水脈に考えを巡らせ、そのためにできることを学び、実践したいと考えています。
粟田さんは、新型コロナ感染拡大の時期をきっかけに、山梨県の小淵沢での生活を取り入れる決断をしたことを機に、「1億総スモールファーマー化プロジェクト」と、小さくても、少しでも自分たちで食べるものをつくる取組を広げたいと活動しています。
そして、その1億総スモールファーマー化プロジェクトの実践にあたり、パートナーとしてともに活動をしている自然菜園の専門家であり、多数の著書の執筆も行っている竹内孝功さんは、こう続けます。
竹内
例えば自分が小さくても始めてみたことを広げようと思ったとき、最初は今までと違う方法で栽培したり、土壌を大切にしようとする視点の活動などは、いわゆる今の常識と違うので、周囲からは理解されないかもしれません。
わたし自身も、慣行農業とは違うやり方で自然農法という形式で実践し、たくさんの人にお伝えしてきましたが、最初は周りには全く理解されませんでした。
でも、環境をよくしたい、何かやってみたいと興味を持っている人は必ず全国にいるはず。だから、まずはその興味を持ってくれた人たちで楽しそうに活動していくといいですね。
そうすることで、自然と周囲も興味がわいてきて、知ろうとしてくれるのではないでしょうか。最初は小さくても、行動すること。やってみてみえてくる、意識ができるようになる世界が必ずあるはずです。
一番手っ取り早いのは、プランターでも小さなスペースでもいいから食べるものをつくってみること。水をあげなくちゃ、育ってるかな。そういう意識がもてるようになるだけでもかなり違ってきますよ。
最後に、辻さんが行動には喜びの要素も大切だと、締めくくりました。
辻
気候変動を含め、深刻なニュースに触れることも多く、ますます世界中に絶望感が広がっているようです。でも、だからこそ、わたしたちは今こうして生きていることに感謝し、生きる喜び=JOYを私たちの仕事や活動など生活の真ん中に取り戻していきたいものです。
まずは自分のうちでも近くの畑でも、土に触れ、自分で食べるものをつくってみるなど、今できることから始めて、そこに喜びを見出していきましょう。
さまざまな問題が顕著になってきた今だからこそ、わたしたち個人個人が知り、世界中で行われている取組みを知り、喜びとともにできることを行動していくことが大切ですね。そしてわたしたちの身体をつくっている「食べるもの」を少しでもつくる活動を始めてみましょう。
自分で食べるものをつくる生活をひろめる「1億総スモールファーマー化プロジェクト」
このプロジェクトでは、自分で食べものをつくる体験を広めるため、さまざまな企業、団体、メディア、未来世代などとパートナーを組んで進めている。
本記事の内容は、1億総スモールファーマー化プロジェクトの一環である9月8日に開催されたサミット内での内容をまとめたものです。
公式サイトなどを紹介:https://smallfarmers.studio.site/
執筆
林美代子
編集
藤井るな