植物や昆虫、土壌の声を''聞く''ためのウェアで、生態系を振動で感じて

『僕には鳥の言葉がわかる』。こんな本が話題になっているのはご存じだろうか。著者である動物言語学者の鈴木俊貴さんによれば、小鳥たちはまるで人間のように言語を操っているという。
実際、鈴木さんの研究では、シジュウカラなどの小鳥が特定の鳴き声を「単語」として使い分け、文法のようなルールに従って組み合わせることで、仲間と意思疎通を図っていることが明らかになった。例えば、「危険が迫っている」「餌が見つかった」といった情報を、異なる鳴き声の組み合わせで伝えられるのだ。
小鳥のさえずりは、実は文法や単語を持つ「言葉」だったということになるが、よく考えてみれば、自然界の生物たちはそれぞれの方法でコミュニケーションを取り合いながら生きている。音、匂い、身振り、色の変化──生物同士のこうした"対話"に耳を傾けることで、人々が忘れがちな「自然の息吹」をより身近に感じ、環境とのつながりを再認識するきっかけになるのではないだろうか。
スウェーデンの建築家・Pavels Hedström氏は、人間が自然とより深くつながるためのウェアを開発した。その名もガイア・コミュニケーション・システム。ベストと手袋を着用することで、私たちは普段意識することのない自然の営みを"肌で感じる"ことができる。現在、このシステムは主に建築家や政策立案者などの専門家向けに開発されている。
ウェアの特徴は、ベストと手袋に組み込まれた複数の触覚センサーだ。たとえば、植物がストレスを受けているかどうかをスペクトルセンサーは検知し、生体音響センサーは昆虫や動物たちのコミュニケーションを"聞き取る"。また、水センサー、土壌センサー、大気センサーがそれぞれ環境の変化を感知し、ユーザーに伝える。


興味深いのは、こうしたデータを単なる数値として表示するのではなく、「振動」に変換して伝える仕組みだ。ベストを着用した人は、胸や背中、脇腹などで振動を感じることで、植物や昆虫、土壌の状態を自分の身体感覚として受け取ることができる。また、ベストにはLEDライトも搭載されており、緑からオレンジ、赤へと変化することで、自然の「健康状態」を視覚的に示す。

このシステムのインスピレーションは、昆虫の高度な感覚能力だという。たとえば、アリは大気中のCO2濃度を感知して餌を探し、ミツバチは湿度の変化を察知して巣を守る。こうした生物の能力を模倣し、人間が同じように環境の微細な変化を感知できるように設計されているのだ。
つまり、このベストを着ることで、人間はまるで昆虫のように、普段は気づかない自然界のシグナルを直感的に感じ取ることができる。これにより、人間は論理(ロゴス)ではなく、感覚や感情(パトス)を通じて環境とのつながりを再構築することができるのではないか。
ここで考えたいのは、そもそも私たちはなぜこのような装置を必要とするのか、ということだ。かつて人類は、テクノロジーなしに風の匂いや土の湿り気、動物の鳴き声を頼りに自然と共に生きてきた。だが、都市化とデジタル技術の進展に伴い、こうした感覚は鈍りつつあるかもしれない。なお、ガイア・コミュニケーション・システムの手袋の指先はあえて覆わない仕様になっている。これは、人間がもともと持っている触覚の鋭敏さを生かし、自然との"直接的な触れ合い"を可能にするためだという。
テクノロジーがその感覚を拡張する役割を果たすことはどこか心が踊る。ただし同時に、それがなくても私たちが本来持っている感覚を取り戻すことの大切さも忘れてはならない。このウェアが示しているのは、自然とのつながりを再発見する方法のひとつに過ぎないのだ。本当の「ガイア・コミュニケーション」は、機械を介するのではなく、私たち自身の五感を取り戻すことから始まるのかもしれない。
元記事はこちら
【参照サイト】Inxect公式ホームぺージ
【参照サイト】gaia communication system is vest and gloves with sensors that let users feel nature's health
【参考文献】鈴木俊貴(2025)『僕には鳥の言葉がわかる』小学館

Akiko Okazaki
福岡・糸島在住のライター。社会人を経て大学院で教育学を専攻。戦後教育の研究者でもある。教育、政治、環境、歴史、思想、ジェンダー、労働、健康...と幅広いテーマを鋭い視点から切り込みたい。文章の力で社会をちょっとずつ変えていけると信じている。
X(旧Twitter):@okazaki_akikox
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