なぜ女性服にポケットがないのか。元鈴木さんは、女性服を手始めに「我慢」を解放していく

最近、SNSで気になる動画を見かけました。それは「私は手ぶらでコンビニに行く女」。動画では、手ぶらの女性がスカートのポケットから日傘や大きな長財布を取り出し、コンビニで買ったものもポケットに入れてしまいます。
このスカートをつくったのは、インフルエンサーで起業家の「元鈴木さん」こと大橋茉莉花さん(以下、元鈴木さん)です。元鈴木さんが運営する株式会社Alyoでは、これまで多くの女性ユーザーからの声をヒントに、600mlペットボトルが入る「四次元ポケットつきスカート」や、日常使いできる快適なコルセット「Kimberly(キンバリー)」などの人気商品を生み出してきました。
「ポケットが小さくて、手ぶらで出かけられない」「ファスナーが背中に付いていて、一人でワンピースを着られない」「コルセットで体型を素敵に見せたいけど、硬くて苦しいものしかない」......そんな女性の服をめぐる「我慢」をユーザー一人ひとりの声から拾い上げ、解消していく。そうした元鈴木さんの服づくりには、「女性の自立支援」というテーマがあるといいます。
さまざまな「我慢」を解消する服づくりが、どのように女性の自立支援につながるのでしょうか? SNSとの向き合い方や、会社経営と子育ての両立、そして元鈴木さんと社会の向き合い方についても伺ってみました。
元鈴木さん(大橋茉莉花さん)
実業家、インフルエンサー、株式会社Alyo代表取締役社長。1988年生まれ。 獨協大学外国語学部を卒業後、アルバイトなどをしながら26歳までその日暮らしをした後、ウェブの美容ライター、エッセイストとなる。29歳でAlyoを設立。2018年には、女性が日常使いしやすいコルセット「Kimberly(キンバリー)」を販売した直後に即完売し、SNSなどで話題に。
なぜ女性の服からポケットが見過ごされてきたのか

── そもそも、どうして元鈴木さんは大きなポケットのついた服を作ろうと思ったのでしょうか?
私はタイトなニットワンピースをよく着るのですが、必ずといっていいほどポケットがついていなくて、不便だと思っていました。そんな中、5年ほど前に「男性向けのジーンズのポケットは長財布が入るくらい大きいのに、女性服のポケットは男性服と比べて小さかったり、ついていなかったりする」というSNSの投稿が話題になっているのを見て。みんなが必要ならつくろうと決意したんです。
そして、自分のアパレルブランド「CINEMATIQ(シネマティック)」で大きなポケットのついたスカートを販売し始めたら、想像以上に反響を呼んで。その後はワンピースやパンツ、コートなど、大きなポケット付きのいろんな商品を発売しています。

── こうして話題になるまで、「女性が服のポケットで不便さを感じていたと気づかなかった」という男性も多いように思います。そもそも、こうしたジェンダーによる服の機能の違いは歴史的なものなのでしょうか。
服飾の歴史をみると、ポケットは女性の社会的な立場とも関わっています。例えば17世紀末のフランスでは、男性のズボンの脇に現在のようなポケットがついていました。しかし、女性のドレスはポケットが下着にしかついていなかったんです。
そして第一次世界大戦が勃発した20世紀に入ると、働く女性が増え、衣服にもポケットがつくようになりました。ですがその後、ハンドバッグが流行したり、フェイクポケットが生まれたりして、美しさを追求する一方で機能性が男性服ほど発展しなかったんですよね。
── 女性の服にポケットがついていても実用的な大きさでなかったりするので、必然的にカバンを持たないといけないケースは多いですね。
ポケット以外にも、女性用ワンピースのファスナーは背中側についていることが多いんですけど、デザイン上のものと、昔、貴族が使用人に服を着せてもらっていた頃の名残りなんですよね。そもそも誰かに着せてもらうのが前提の服は今の女性にマッチしていないので、CINEMATIQとSERPENTINAでは基本的にひとりで着られるよう、被って着られるようにしたり脇ファスナーをつけたりしています。

── 元鈴木さんは日本製のコルセットブランド『Enchanted Corset』も運営していますが、どのような経緯だったのでしょうか。
私が美容ライターをしていた時、外国製コルセットについての記事を書いたところ、SNSには「骨盤に当たって痛い」「ホックが面倒」など多くの声が寄せられたんです。
当時は着づらかったり、日本人にとって普段使いしづらいデザインの外国製の商品が多かったりしたんですね。そこで、コルセットの効果をもっと快適に楽しめるよう、日本製にこだわり、10秒で身に付けられ1秒で脱げる、かつレース地でランジェリーとして着るだけでテンションが上がるデザインのコルセットをつくったんです。

また、コルセットは昔から「女性を縛るもの」のメタファーとしても使われています。だからこそ、すごく快適で、女性を締め付けるのではなく、抱きしめるようなコルセットをつくろう!という反骨心もありましたね。
── 昔と比べて女性の社会進出が進み、日常生活のスタイルが大きく様変わりしています。昔と変わらない価値観の服を着るのではなく、今の時代に寄り添ったものが必要だからこそ、元鈴木さんの服は支持されているのだと思います。
起業して以来、女性の自立支援を大きなテーマとしているのですが、女性が自由にのびのびと過ごすためには、服にも「絶対に洗える/アイロンはいらない/一人で着られる」ことが絶対条件なんです。
そんな服をつくるために、当初からSNSで女性の生の声を収集したり、自分から直接、ユーザーの方に向けて「お受験界隈の方々はどんなブラックフォーマルがほしいですか?」などと質問したりするのは欠かせません。
もちろん、ユーザーの声を反映して開発したものの、売れない商品も過去にはありました。ですが、やはりそうした「声を聞く」姿勢は、お客様にも「ちゃんと分かってくれてるんだ」と伝わり、ビジネスにもつながります。なので、フォロワーの皆さんとのコミュニケーションは大切にしていますね。
SNSの誹謗中傷に"ちゃんと怒る"ワケ

── 元鈴木さんは日頃からXを中心に、ジェンダーや女性服、子育てについて積極的に発言しているのも印象的です。
私は「SNSは色々な意見があっていい」と思って発言しているので、過去に何度か炎上したこともあるんです。ネットで何か嫌なことを言われても受け流せばいいとおっしゃる方もいますが、私の場合は「女性だから、はたまた社長だからといって納得のいかないことを言われて、なんで我慢しなきゃいけないの?」と思って、黙らない姿勢を見せています。
SNSのコミュニケーションにおいても、リアルと同じで礼儀があると思うんですよね。例えば以前、Xで「破れないストッキング」が話題になり、「元鈴木さんに作って欲しい!」という声が上がったんです。そこで「破れないストッキングを作ってみよう!」と発言したところ、私に批判的な声の矛先が向くようになってしまって。ただリクエストに応えただけなのにです。
SNSでのいろんな声を見ていると、商品が欲しい方からというより、日頃の鬱憤や女性への感情を私に対してぶつけるようなものも多くて。近年SNSは「怒りのはけ口」になっていて、私はその対象のひとりになってしまっているのかなと感じます。
── 今はSNSのコメント欄などで他人を攻撃して問題になるケースも多いですが、コロナ禍や物価高も影響して、多くの人の精神的余裕がなくなっている日本社会を反映している気がします。
そうですね。きっと私を批判する多くの人は、「私たちはずっと苦しい思いをして働いているのにどうして全然報われないの?」と怒りの矛先を誰かにぶつけたいのかもしれません。ただ、それってぶつけられる側からしたら、とても理不尽なこと。私はスルーしたりニコニコして受け流したりすることのみが女性や社長としてのモデルロールになるとは思っていないので、反応しちゃいますね。度を越えたものに関しては、法的にも対応しています。
私も含め、みんな「本当は困っている人を助けたい」という気持ちがあるはずなんです。だけど、ビジネスではどうしても限界があって......難しいですよね。そんな矛盾を抱えながら、日々SNSと向き合っています。
経営者として、子育てで感じた葛藤

── 元鈴木さんは現在6歳のお子さんがいらっしゃいますが、どのようにして会社を経営しながら子育てを両立させているのでしょうか?
両立って大変ですよね(笑)。私は出産後、仕事と育児が両立できなくて、産後うつになってしまったんです。共働きの夫がコロナ前は仕事で21時ごろまで帰ってこなくて、その時間までワンオペで。自分の仕事もしていたので当時は家も荒れて、子育ても楽しめませんでした。
以前、先輩女性経営者が「女性が経営をしていると、人生のどのタイミングでも産めなくなる」と言っていたんです。中小企業の経営者は産休や育休も実質しっかり取れないですし、仕事を止めて育児に専念するか、それが難しければなんとか両立するしかない。そのことを痛感しましたね。
── 当時、大変な中でシッターなど誰かの手を借りることは考えましたか?
何回かシッターさんを呼ぼうとしたんですけど、私自身の特性もあり、前もって計画することが本当に苦手なんです。普通、シッターさんを利用するには前日までの予約が必要なんですけど、出産直後の体と心では、その段取りを考えたり、何かを調べたりする気力さえもなくて......。なので、子育て中は毎日、家でひとり泣いていましたね。
だけどコロナ禍で夫が在宅勤務になったことで、前より子育てをしてもらえるようになったんです。もしリモートワークが普及していなかったら、私と子どもは本当にどうなっていたんだろうと思いますね。今振り返ると、出産前のまだ余裕があるうちに、育児をサポートしてくれる制度やサービスの情報収集をしておけば、少しは違ったかもしれません。

── 現在、働く女性の中には仕事との両立の不安で、子どもを産むかどうか悩んでいる人も多いのが事実だと思います。
SNSを見ていると、ママは子どもを産んでも綺麗で、赤ちゃんの服もおしゃれでキラキラした育児に関する投稿が目についちゃいますよね。でも私自身、子育てを実際に経験してみると、そうしたキラキラしたことばかりでは全くないのが現実でした。まさか帝王切開の後遺症と一生付き合ったり、外部との会議に乳児を連れて行ったりするとは思わないじゃないですか。
環境や生活の変化に心が落ち込んだり、育児への後悔を感じたりと大変なことも多くありました。これから経営をしながら子育てをされる方は「会社以上に予想もつかないのが子育て」と心構えしながら、できるだけ子どもとの時間を楽しんでほしいですね。

服を通じて、女性の人生を支えていきたい

── 現在の日本には、過度な痩せ願望や女性ならメイクすべき、のように美の基準やジェンダー観を押しつける風潮が残っているように感じてしまいます。元鈴木さんはそんな「こうあるべき論」についてどう考えていますか?
私は、他人軸ではなく自分軸で生きていければ、みんなもっと楽になると思っているんです。
例えば、世間の「こういう容姿が美人だよね」というイメージも、結局は他人の価値観ですよね。そうした他人からの評価ばかり気にしていると、いつまでも自分と他人を比べて満足できなくなってしまう。それに、美の基準も時代によって変わっていくので、合わせていてもキリがないんですよね。
もし自分の美しさを誰かと比べて苦しくなった時は、少し立ち止まって、「自分は今、本当は何を求めているんだろう?」「自分のありたい姿はどんな風だろう?それはそもそも見た目の問題なんだろうか?」と考える時間を取るのがいいんじゃないでしょうか。私自身、過去には当時のパートナーからの「おしとやかにしてほしい」のような価値観に合わせていた時代もありました。でも、素敵な誰かを目指すのではなくベストな自分を目指して生きるように決めてからのほうが、ずっと生きてて楽しくなったので。
── 最後に、これから元鈴木さんがやってみたいことを教えてください。
私は服を通じて「女性の人生を支えられる人になりたい」と思っているので、そこの軸はこれからもずっと変わりません。誰もが自分らしく生きていられる社会のために、まずは女性の服から、「我慢」を解放していきたいと思います。

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取材・執筆 吉野舞(Huuuu)
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