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豊かな未来のきっかけを届ける

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「新人が年に1人から、6年で100人以上に」凄腕漁師リクルーターの秘訣

TRITON JOB

古くから漁業の町として栄えてきた宮城県気仙沼市。かつてこの町は新人漁師が年に1人いるかいないかというのが現状でした。そんな状況を打破し、6年間で100人以上もの新人漁師を海に送り込んできた人がいます。宮城県北部船主協会の吉田鶴男さんです。

宮城県北部船主協会の吉田鶴男さん

この協会は昭和39年に設立され、漁船の乗組員不足への対策などを行ってきた団体で、現在協会に所属している漁船は全部で52隻あります(準会員含む)。漁船の種類は遠洋マグロ船、近海マグロ船、遠洋カツオ船などです。

20年以上この協会に勤務する吉田さんの肩書は「漁師リクルーター」。漁師に代わって仕事の様子ややりがいを伝え、船の事業体と漁師志望者のマッチングを行っています。漁師リクルーターとして漁業就業フェアの出展や水産高校への訪問などで全国各地を駆け巡り、就業フェアでは開始早々行列ができるほどの人気ぶり。漁師の魅力を伝える吉田さんのもとへ相談にやってくる人は後を絶ちません。

「漁師になりたい若者の親御さんを説得するために、5回ほど福岡に足を運んだこともありました」

気仙沼の漁業の未来を真剣に考えている吉田さんは、時折厳しい表情を見せることもありますが、新人漁師を想って発する一つひとつの言葉や笑顔からは、その優しい人柄が伝わってきます。

しかし、なぜそんなにも吉田さんの元に漁師志望者が集まって来るのでしょうか。それは、吉田さんが書き続けているブログに秘密があるようです。

漁師の町・気仙沼

宮城県北部船主協会は県北東部の気仙沼市という地域にあります。気仙沼の漁業は16世紀後半に始まり、カツオ・マグロ類・カジキ類などの水揚げが多い地域です。特に生鮮カツオの水揚げ量は2018年時点で22年連続日本一を誇っています。また、フカヒレの生産も盛んで、原料となるサメもよく獲れ、日本全体の水揚げ量の約9割を占めています。魚市場のすぐ近くにある「気仙沼 海の市」は、獲れたばかりのカツオが丸々一匹売られていたり、シャークミュージアムがあったりと、気仙沼が漁業の町であることを感じられる場所です。

取材に行った日はカツオ漁船が航海から帰ってきており、港にはたくさんの大型船がずらりと並んでいました。

普段見慣れない大きな船の迫力や長い釣り竿が立ち並ぶ姿に圧倒され、もの珍しく思って写真を撮っていると、漁師が船から降りてきて輝きを放つカツオを見せてくれました。話をしていると1人、また1人と降りてきて、若者からベテランまで仲良く楽しそうに会話をしていたのが印象的です。カメラを向けると、照れながらも笑顔を向けてくれる漁師たち。そんな彼らに支えられているのが、気仙沼という町なのです。

気仙沼の未来が危ない

1980年代まで、年間60人ほど新しい漁師が入ってきていたそうです。しかし、90年代になるとその数は急速に減っていき、2004年~2008年の5年間はついに0人になってしまいました。乗組員がいなくなって廃業していく船の様子を目の当たりにし、吉田さん自身滅入ってしまったそうです。

その後、水産庁が開催する漁業就業フェアに漁船漁業も出展することが認められ、少しずつ新しい漁師が入り始めた矢先に、東日本大震災が起こりました。家を流され、家族を亡くし、働く意義を見出せなくなった漁師たちは、また次々に漁業をやめていきます。

「いずれ漁師がいなくなる、と言われていたのが、実際にいなくなりました。漁師を探す時代はもう終わったんです。これからは、一から新しく漁師を育てるしかありません」

震災後、吉田さんの元に船の事業者が集まり、毎日今後について話し合いが行われました。これからの漁業はどうなるのか、漁師を増やすにはどうしたらいいのか......。そんな日々を繰り返す中で、ある日の帰り際に、とある会社の人事担当者が姿勢を正してこう言いました。

「新人の見極めは吉田くんにしかできません。吉田くんを信じてどんな子も受け入れます」

この言葉を聞き、人事担当者が本気であることに胸を打たれ、吉田さんも新人漁師の紹介をする覚悟を決めました。ここから、吉田さんの「漁師リクルーター」としての活動が本格的に幕を開けます。

漁師志望者の増加、その鍵はブログにあった

震災の翌年から、吉田さんは「漁船員になろう!」というブログを始めました。
「最初は吉田くんのブログなんて誰が読むの? って言われたんですが、実際に始めてみたらブログを見て会いに来てくれる人が出始めました。このままじゃ気仙沼の漁業の未来が危ないという危機感から、必死で歯をくいしばって書いていたんですけど......そしたら奥歯がかけてしまって、コンビニの三角おにぎりが食べられないぐらい口が開かなくなっちゃったんです(笑)」

PCに向かいブログを書く様子

ブログでは漁師が船上でつづった日記の紹介や求人情報など、写真とともにリアルな生産現場を伝えています。海や漁業にまったく興味がなかったものの、たまたまブログを見て体が震え、「気仙沼に行かなきゃ」と思いたって来た人もいるそうです。

「いつも念を込めて書いています。その念がブログを読んだ人に通じ、どんどん広がっているように思います」

ブログが話題となり、テレビや新聞などのメディアに取り上げられることも増えました。三陸新報という地元の新聞では、毎月1回「海の男にあこがれて」というコーナーで新人漁師が書いた船上体験記を掲載しています。漁師がどういう人たちなのかをありのまま伝えることで漁業に参入するハードルが下がり、地元からも漁師志望者が増えてきています。

「船の上にも3年」ー3年後の希望に向けてー

吉田さんは漁師志望者と面談をする中で、本人の希望も聞きつつ、どの船がその人に合っているかを見極めて送りこみます。

「話をしていると、なんとなくこの子にはあの船がいいのではないかというイメージが湧いてきます。受け入れ側がどういう人を欲しているかも全部知っていますし、なんとなくやっているように見えますが、実はすべて計算づくなんですよね」

長年の経験から、吉田さんは手を見ただけで器用かどうかを判断できるそうです。しかし、より重要なのは話を飽きずに聞けるかどうか、素直で明るい子かどうか、などといった内面の部分です。漁師の世界は生半可な気持ちではやっていけません。面接時に厳しい話を聞き、怖気づく人もいます。遠洋漁業の場合は1年のほとんどを海の上で過ごすことになり、帰ってこられるのは年間40日ほど。近海漁業の場合でも1週間から1ヶ月は帰ってこられません。

この条件だけを聞くと苛酷な仕事に思われますが、それでも続けられる魅力はどこにあるのでしょうか。

「船の上の9割はキツい仕事です。でも、残り1割のやりがいで、9割のキツさが吹っ飛びます。魚を引き揚げたときの達成感は、何事にも代え難いとみんな口をそろえて言うんです」

漁業の厳しさとやりがいをありのままに伝え、さらに吉田さんは3年後の未来を明確に見せることを大切にしています。船で3年の実務経験を積むと、海技士の受験資格が得られます。海技士になると、漁船以外にも旅客船やタンカーなどさまざまな船を扱えたり、水産高校の実技の先生の資格をとることができたりと、将来の可能性の幅が格段に広がります。3年間耐え学んだ後の世界を見せることは、漁師の希望に繋がっています。

とはいえ、3年は決して短い時間ではありません。漁師も人間であり、同じ船の中で性格上どうしても合う合わないが発生します。そこで吉田さんは、3回までは責任をもってほかの船を紹介することにしています。実際3回目の船の変更で、自分に合う船を見つけられた人もいたようです。一つの船でダメだったからといって漁師への道が閉ざされるわけではなく、いくつもの選択肢が用意されています。

「ありがとう」を伝えたい

取材中、吉田さんは大事そうに携帯をポケットから取り出し、こう話し始めました。

「会社の携帯はいつも持ち歩いています。船が寄港したときに漁師が電話してくれるんです。こっちからかけることはできないので、かかってきたときにすぐ出られるようにしています」

特に用があるわけではなくとも、ただただ話を聞いてほしい、そんなときに電話をかけられる相手である吉田さんは、漁師にとって心の拠り所。吉田さん自身も漁師からの電話を待ち遠しく思っているようでした。

他にも年賀メールや誕生日メールを一通一通送ったり、長い航海から帰ってきた漁師を喜ばせようと、地元の若い女性を誘って港で出迎えることもあるそうです。

「遠洋漁業だと40日しか帰ってこられないから、若い男の子には女の子との出会いの場も提供しなければと思っています(笑)」

受け入れる時だけでなく漁師になってからも注がれる愛情があるからこそ、頑張れる環境がここにはあります。

最後に、吉田さんの今後の夢をうかがいました。
「マグロを食べたとき、マグロを獲っている人の顔はなかなか浮かんできません。でも、気仙沼という町は漁師がいてこそ成り立っているんです。今は漁師たちが感謝される機会が全くないので、これからは"ありがとう"と言い合えるような環境づくりと、漁師たちの生き方をアピールしたいと思っています」

発信をするのは簡単ですが、発信を続けるのは容易なことではありません。このことからも吉田さんの気仙沼の漁業・漁師に対する熱い想いは伝わってきますが、お会いしたことでより吉田さんの想いの深さを感じ取ることができました。

100人を海に送り込んでもまだまだ漁師は不足しています。吉田さんは今日もこの町からブログをつづり、パソコンの向こう側にいる若者に一歩踏み出す勇気を届けます。ときには片手に携帯を握りしめて海を眺め、はるか向こうで頑張る漁師の姿を思い描きながら。

\ さっそくアクションしよう /

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