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「男性のがん予防にも」HPVワクチンが注目されている理由

Yahoo! JAPAN SDGs編集部

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女性の子宮頸がんをはじめとした感染症を予防する、HPVワクチン。その定期接種の積極的な勧奨が2022年4月から9年ぶりに再開されました。また、情報がなかったために接種機会を逃した平成9年度~平成17年度生まれの女性への3年間限定のキャッチアップ無料接種も開始されました。

HPVワクチンは、日本では『女性のみが接種するもの』と思われがちなものです。しかし実際にオーストラリアでは15歳の男女の接種率が80%を超えており(*1)、アメリカ、イギリスなどの多くの先進国でも男女共に接種することが主流になっています。

「子宮頸がんは女性の病気なんじゃないの?」
「男性は関係ないのになぜ?」

そこで、横浜市立大学医学部産婦人科学教室の主任教授である宮城悦子先生にHPVワクチンについてお聞きしました。

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すると、決して男性も無関係ではいられない事実が次々と出てきます。

「HPV(ヒトパピローマウイルス)に感染すると子宮頸がんを発症することがあり、日本では年間2,887人(2020年)の女性が亡くなっています(*2)。これを防ぐためには、性交渉によりパートナー間で感染してしまうピンポン感染をなくすことが重要です。

またHPVは女性の子宮頸がんだけではなく、男性自身のがんリスクも無視できません。尖圭(せんけい)コンジローマ(*3)などの性感染症や、咽頭がん、陰茎がん、肛門がんなど、男性もさまざまな病気を発症する可能性があるのです」

宮城悦子先生は「これからは男性も正しい知識を持ち、娘さんやパートナーと一緒にHPVワクチン接種について考えることが大切」と言います。

HPVワクチンの最新の情報や、正しい向き合い方などについて詳しくお聞きしました。

なぜ再開? HPVワクチンの予防効果とは

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画像:アフロ

日本では、小学校6年〜高校1年相当の女子に対してHPVワクチンの定期接種を無料で行なっています。性交渉の経験より前に打つことでより効果が得られるため、12〜16歳で打つことが推奨されています。

そもそもHPVワクチンは、どのような予防効果が確認されているのでしょうか?

「2020年のスウェーデンの女性1,672,983人を対象に行われた調査では17歳になる前にHPVワクチン(4価)を接種した人は、30歳までに子宮頸がんに罹る人の総数が88%低下したという素晴らしい疫学データが出ています。また、デンマーク、イギリスからも相次いで高い予防効果を証明するデータ(*4)が公表されています」

子宮頸がんを予防するためには「定期接種の対象年齢でHPVワクチンを接種し、20歳になったら検診を受ける」という一連の流れが非常に重要だといいます。

「12~16歳で接種をすると、26~30歳まではワクチンの効果が持続すると考えられています(*4)。しかしワクチンはすべての高リスク型HPVの感染を完全に予防できるわけではないため、早期発見・早期治療のためには子宮頸がん検診を2年に1回は定期的に受けることが大切なのです」

子宮頸がんについて「多くの性交渉相手がいる人が発症する病気」という偏見があります。しかし宮城先生は「まったくそんなことはありません」と強く否定します。

一度でも性交渉の経験のある女性は誰でも子宮頸がんになる可能性があります。実際に私たちの病院に来る患者さんもパートナーはひとりという方がたくさんいます」

また高齢者が発症する例もあります。

「HPVに感染したあと、自然治癒してウイルス量が検出感度以下まで減少することがあります。しかし加齢で免疫力が落ちると再びウイルス量が増え、子宮頸がんを発症するケースがあるのです。このような例もあるため、定期的に子宮頸がん検診を受けることが重要です」

世界でも安全性が高く評価されたワクチン

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では、日本で定期接種されているHPVワクチンはどんなワクチンなのでしょうか?

「HPVワクチンは2価と4価、9価の3種類があります。日本で定期接種ができるのは2価と4価で、特に発がん性の高い16、18型のウイルスを抑えるものです。それだけで6割から7割以上の子宮頸がんを予防できると考えられています」

現在の世界の主流となっているのは9価のワクチンで、9割を超える予防効果があると推計されます。しかし普及してからまだ年月が浅いため、証明はこれからだといいます。

「そのため現在では2価と4価のワクチンが、子宮頸がんの浸潤がん(がんが周囲の組織に入り込んでいる状態のがん)の予防効果が証明されているワクチンとなっています」

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日本では2013年4月にHPVワクチンが定期接種化されましたが、慢性痒痛や運動障害などの「副反応問題」によって同年6月から積極的な勧奨が中断されました。そのため日本では接種率がゼロに近い数字まで落ち込んでいます。

再開にあたり、HPVワクチンの安全性は現在どう評価されているのでしょうか?

HPVワクチンは、効果も安全性も非常に高いワクチンとして多くの国で定期接種化されています。たとえば、WHOワクチン安全性諮問委員会(GACVS)の解析では、運動障害や疼痛などの反応はHPVワクチンを接種した人と接種していない人で頻度が変わりないというデータ(*5)が出ています。

国内では、2016年に祖父江友孝教授(大阪大学大学院医学系研究科)による研究で同様の結果がまとめられたり(*6)、約3万人が回答した無記名アンケート調査でも『報道されているような様々な症状はHPVワクチン接種との明かな関連性は認められなかった』という最終結果が出たりしました(*7)。

国内の異なる研究所から確固たるデータが得られたことは、厚労省が個別勧奨の再開を決断するのにとても大きかったと思います。厚生労働省は専門家会議での議論を継続した結果、接種の有効性が副反応のリスクを明らかに上回ると判断しました(*8)」

また、海外ではすでに多くの国でHPVワクチンの接種率が高くなっており、子宮頸がん撲滅を視野に入れた取り組みがすでに始まっています。

「WHOは将来的に子宮頸がんを排除(エリミネーション)するための戦略として、15歳までに90%の女子がHPVワクチンを接種し、70%の女性が少なくとも35歳と45歳でHPV検査を受け、90%のすでに発症した方がきちんと治療を受けることを2030年までの目標に掲げています(*9)。

特に進んでいるオーストラリアでは、もし9価HPVワクチンを男女共に接種し、皆が5年ごとにHPV検査を受ければ2025年頃には子宮頸がんを排除できるという推計を発表しています(*10)」

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そんな中、日本は先進国で唯一「子宮頸がんで亡くなる女性の多い国」となっています。WHOから「若い女性をヒトパピローマウイルスによるがんの危険にさらしている」と指摘されています(*11)。

「今の医学生は海外に行くと他国の人から『HPVワクチン打っていないの? どうして?』と非常に驚かれるそうです。日本の現状を覆していくためにも、これからHPVワクチンに関する情報をわかりやすく発信し、男女共に関心を持っていただきたいと思っています」

男性の接種は、自身とパートナーを守る

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男性の接種の適性年齢は、女性と同様に性交渉開始前の12〜13歳とされています。日本では男性は4価のHPVワクチンを有料で接種することが可能ですが、全額自費のため3回接種には5万円ほどの費用がかかります。

男性のHPVワクチン接種について宮城先生はこう話します。

「HPVには、性交渉によりパートナー間で感染してしまうピンポン感染というものがあります。たとえ一方が治療してもパートナーが感染していると再度感染させるリスクもあるため、これを防ぐのは非常に重要です。

また4価と9価HPVワクチンは子宮頸がんだけではなく、尖圭コンジローマなどの性感染症を予防する効果が認められています。またHPV感染による男性の咽頭がん、肛門がん、陰茎がんなどを予防するためにも有効だと考えられます(*12)」

アメリカでは女性のHPVワクチン接種率や検診率が高まったことにより、子宮頸がんの排除が進んでいます。その結果、「現在のアメリカは、子宮頸がんよりもHPV16型関連の男性の中咽頭がんの罹患数のほうが多くなったという問題があります(*13)」と宮城先生は言います。

「そのため、現在アメリカでは9価HPVワクチンを男女の区別なく11歳から12歳を対象に定期接種化しています」

男性の接種は「女性の子宮頸がんを予防するためには男女共に接種した方が効果が高い」という考え方からスタートしましたが、今世界では「男性自身のHPV関連がんを予防する」という観点から男性の接種が推奨されています。

「日本でも若い男性の咽頭がんが増えていることが危惧されています。厚生労働省でも男性への定期接種についても議論は始まっていると聞いています」

尖圭コンジローマの発症経験や、性生活を含めたライフスタイルを考慮しながら男性が接種を検討することが大切な時代になりそうです。

父親・パートナーとして知っておきたいHPVワクチン

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HPVワクチンを接種する際には「正しい知識を持ち、理解して自分の意思で判断することが大切」と宮城先生は言います。

「まずはHPVワクチンに対する科学的な理解が高まることが大切だと思います。私たちは、赤ちゃんの頃から小児麻痺や麻疹など、命に関わる病気を防ぐ重要なワクチンをたくさん打ってきました。HPVワクチンが定期接種化されたということは、それらのワクチンと同様に非常に重要だからだと理解していただければと思います。

また、合併症やアレルギーなどの要因でHPVワクチンを接種できない方もいます。ワクチンの接種率を高めることで、ワクチンを打てない方を守ることができるというのも重要な視点です」

日本の医療体制や保険制度は世界に誇る素晴らしいものです。しかし一方で予防医学に関する教育では遅れをとっています。

「昨年から、やっと学校教材にウイルス感染で起きる病気に肝炎やHPVがあることや、子宮頸がんを予防するHPVワクチンがあるという記載が加わりました。

子どもたちがしっかりと学ぶことで、『HPVワクチンは何歳で接種すればいいのかな?』、『お父さんは胃がんの検査をちゃんと受けてるの?』などの話題が家庭や友人間で自然に出るようになることが大切だと思います」

また接種するのは小学校6年〜高校1年生の子どもとなるため、保護者だけでなく、接種する子ども自身がHPVについて正しく理解することが大切だといいます。

「HPVワクチン接種は筋肉注射なので痛みがあります。副反応として発熱があったり、腕が腫れる人もいます。それを事前に子どもに伝え『HPVワクチンを打つことで将来子どもを持つために必要な子宮の病気を防ぐことができる、そのために接種するんだよ』と理解した上で接種するようにしましょう。

以前、接種の個別勧奨が中断してしまった時は、子ども自身が自分で何のワクチンなのかわからないままに接種したケースが多かったことにも問題があったと思います。そのようなことがないように、接種勧奨の再開後はHPVワクチンや子宮頸がんについて今まで以上に情報提供をしていきたいと思っています」

しかし各メディアやSNS、周囲の人からのアドバイスなど、様々な情報が溢れています。正しい情報を選択し判断するためには何が大切なのでしょうか?

「厚生労働省のHPや、主要な学会のHPなど、エビデンスの確かな情報源を参照することが重要です。SNSの情報をそのまま信じることは避けましょう。一番最初に触れた情報を鵜呑みにせず、出典を調べたり複数の情報源を確認し、かかりつけの医師に相談したりしながら接種するかどうかを判断していただければと思います」

「起こってはならない悲劇」を防ぎたい

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宮城先生は「これから日本でもHPVによる子宮頸がんや、男性のがんリスクを減らしていくために、まず子宮頸がんという病気について知ってほしい」と話します。

子宮頸がんは、前段階である『高度前がん病変』の段階で感染がわかったとしてもリスクが低いとはいえません。円錐切除という、がんの周りだけくり抜くような手術をすれば赤ちゃんを産むことはできますが、早産の確率が高まってしまいます。

また、浸潤がん1期以上(*14)の段階で広汎子宮全摘出術などの拡大手術を行うと、術後に足がリンパ浮腫でむくんだり、腸閉塞、尿が自分で出しにくくなるなど様々な後遺症が残ることがあります。性交渉による感染で、自分のパートナーがそんな病気になる可能性があるのだと男性にも知っていただきたいと思います」

宮城先生は、「正しい知識によって取るべき行動を変えることができる」と言います。

「たとえば、将来子宮頸がんにならないよう娘さんにHPVワクチンの接種を勧めたり、パートナーが定期検診を受けているか確認することは病気の予防にとても効果的です。男性が正しい知識を持ち、自信を持って大切な方と話をすることはとても重要だと思います」

これからはHPVワクチンの接種率と検診受診率を高め「子宮頸がんの罹患率、死亡率を減らしていかなければならない」と宮城先生は考えているといいます。

「子宮頸がんによって亡くなってはいけない人が毎日のように亡くなっています。ご両親を残して一人娘のお嬢さんが亡くなる、夫と幼い子どもを置いて奥様が亡くなる、そんなことが臨床では日々起きています。

HPVワクチンは長い人生の健康維持の中でいえば、ごく一部の問題だと思われるかもしれません。しかし男性、女性に関わらず子どもを授かることや、命を守ることに関わる重大な病気です。そのことをひとりでも多くのかたに理解していただくことが、確かな一歩になるはずだと思っています」



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