お小遣いを使ってゴミ拾い!? お金に子どもを縛らせない、父の教育方針
「明日は内喜名浜(ないきなはま)に来てください。いつもはウジジ浜なんですが、台風の影響で今はそっちの方が漂着ゴミが多いので」
朝6時前、まだ深夜と変わらぬ真っ暗闇を光で押しのけ車を走らせる。ここは沖永良部島(おきのえらぶじま)。鹿児島県・奄美群島に属する、外海に囲まれた離島だ。街灯は少なく、車のヘッドライトと道の反射板だけが頼り。
内喜名浜に着くと、青みがかった曇り空の下で、トングとホウキを持ちビーチクリーンに勤しむ親子の姿があった。
冒頭のメッセージの送り主は、お父さんの竿 智之(さお・ともゆき)さん。竿一家は、長女りりちゃん、次女はなちゃん、三女めいちゃんの三姉妹を中心に、『うじじきれい団』として3年以上に渡って毎朝ビーチクリーンを続けている。
3年間といえば、小学生時代の半分。そんな長い期間にわたり掃除を続けるのは大変に思えるが、子どもたちはワイワイと楽しそうだ。子どもたちで話し合って決めた、うじじきれい団のルールには「ゴミ拾いは15分、海で遊ぶのは15分以上」というものがあり、堅苦しさのない、"サステナブル(持続可能)"なあり方を感じる。
まだ幼い子どもたちがここまで自主的に活動できている背景には、父・智之さんの教育方針があった。
子どもたちの成長に伴走する親としての手の差し伸べ方、そして最小のコミュニティである家族が社会活動を行う意義や価値......子を持つ親に知ってほしい、新たな家族のスタイルを紹介する。
夏休みの作文からはじまったビーチクリーン
── ビーチクリーンを始めたきっかけは?
きっかけは、りりが小学校3年生のときに夏休みに学校で出された作文課題でした。テーマが「環境問題」だったんですが、当時は「環境ってなに?」という状態。そこで、よく遊ぶ浜で日ごろから漂着ゴミを拾っていたので、「これも環境問題だから、ゴミを拾って作文を書いてみようか」と話したんです。
── 言葉を知る前から、環境問題にふれていたんですね。
それまでは手に持てるだけのゴミを1つ2つ持って帰る感じでしたけどね。そしてゴミを拾う中で、バーコードから製造国が分かると知り、子どもたちといっしょにゴミを調べ、中国・韓国・ベトナム・フィリピンなどから「海流というものにのって島に流れ着いているらしい」という答えに辿り着きました。
活動は、島内外の子どもも大人も巻き込む「潮流」に。
うじじきれい団のルールは、おもに子どもたちが話し合って決めたという。そのルールは次の通り。
- ゴミを拾う時間は15分間
- 海で遊ぶのは15分以上
- 集めたゴミは、クリーンセンターに持っていく。
- ゴミの処理費用は「おこづかい」から出す
- 雨の日、寝坊した日はおやすみ。
- キレイになったら、違う浜に行く。
- ゴミが無くなるまで、あきらめずに続ける。
子どもの宿題をきっかけに始まった活動は、今では島の人ならず県外の大人たちをも巻き込む活動となっているのだそう。
── じゃあ次は、うじじきれい団のみんなにも聞こう。活動してよかったと思うことはある?
りりちゃん:
環境問題に興味を持つ人が増えたり、年齢職業関係なく手伝ってくれる人が増えたからよかったです。
めいちゃん:
友達がふえた! ゆりかちゃん、ふーちゃん、はじめ兄ちゃん......。
── 島内にも島外にも仲間が増えていくっていいですね。はなちゃんはどう?
はなちゃん:
あとは、雑誌とか、テレビとか、新聞とかに、載った!
── 広がり方がすごい! 離島での活動が全国区で放送されたってことですよね。
実をいうとテレビは最初、「子どもたちが一生懸命やってる活動を茶化されたくない」と思い断ったんです。だけどディレクターの方とじっくり話して、想いを伝えて、聞いて、出演した結果、いい関係を築けたと思います。ゴールデンタイムの番組に出るのは、ゴミ問題を広く知ってもらうために、いい機会だとは思っていたので。
最近では学会や企業のオンライン研修会などで、うじじきれい団の活動を発表させてもらうこともあるんですが、大人たちが「伝える経験をプレゼントしよう」としてくれているなと感じます。子どもたちは気づいてないかもしれないけど。
リアリティを伝えたい、マイクロプラスチック教材
── 最近では、浜で集めたプラスチックを教材として販売しているそうですね。そのきっかけは何だったのですか?
レース・フォー・ウォーター財団(Race for Water)という環境保全団体が来島したときに、プレゼンで使っていたんです。それを真似てみたのがきっかけ。評判がよかったので、これは教材にして広めようと思いました。
── マイクロプラスチックという言葉は最近よく聞きますが、私自身実物を見たことがなかったので、言葉がひとり歩きしているなと感じていました。そこで「教材」というアプローチはいいですね。
そうですね。マイクロプラスチックは海を漂流する間に有害物質を吸着することがあるので、安易に触れると危険です。なので教材には、「絶対に開けないでください」という注意書きを添えて瓶詰めされた状態にしてあります。
僕はヨーガン・レール(※)が好きで、アートで環境保全を訴えたいと思っていたんです。アートと言っても、きれいなものにつくり変えてしまうと、見た人が触ってしまったり、人体に有害であるとされるマイクロプラスチックの性質そのものを誤解させたりしてしまう恐れがありますから。
※ドイツ人デザイナー。1999年から2014年に亡くなるまで沖縄・石垣島を制作拠点とし、晩年は漂着ゴミを使った作品づくりを行った。
── 教材の販売は、これまでのビーチクリーンや講演などの活動から一歩踏み込んでいるなと感じます。その背景を知りたいです。
最初は学校に無償でプレゼントしようと思っていましたが、それじゃ(社会への問題提起が)弱いなと感じたんです。「価格が高い」と感じてもらえればビーチクリーンの大変さも伝わると思い、かかった労力から計算した金額をあえて設定しています。掃除用具などにかかるお金は子どもたちのお小遣いから出しているので、うじじきれい団の活動資金にもなりますしね。寄付もすべて断っているので。
── えっ! 寄付を断っているんですか?
寄付をする人は、ビーチクリーンに使ってほしいという想いがあると思うんです。それを受け取ると「子どもたちはお金がなくなるまでビーチクリーンをしないといけない」ということになる。そんな考えから、僕らの活動に対して、助成金やクラウドファンディングといった「対価のないお金」はいただかないようにしています。
子どもたちの感覚に「大人の物差し=お金」を持ち込みたくない
── 智之さんのお話を聞いていると、徹底して"ビーチクリーンを子どもたちの「義務」にさせない"という想いを感じます。
大人が汚した海を子どもに掃除させるのは、本来おかしなことです。だけど子どもたちがビーチクリーンを続けているのは、子どもたちには「いいことをやっている」という感覚がないからなんです。というか、生き物の命を守るため海をきれいにすることは本人たちには当たり前のことという感覚。
── ちょっと分かる気がします。環境問題って遠い世界の話に感じてしまいますが、近所がゴミだらけってふつうに嫌ですもんね。
そう、「きたねえ!」っていう(笑)。
── うん。「いいこと」以前に、「きたねえ!」という素直な感覚なんですよね(笑)。
それに、さっきの寄付の話のように、お金という物差しは「お金をもらったから」「儲からないから」という理由でいつかリミッターに変わってしまう。子どもたちが大人になる10年、20年後って僕らにも想像のつかない社会なので、今の大人の型にはめてしまうと、環境問題もこれまでの繰り返しになってしまうと思うんです。大人は自分にできないことをお金で解決するクセがついてしまっているから、その考えでは変わらないよということを、遠回しに伝えていきたいというか。
── お金が物差しじゃない。
たとえば、子どもたちが自分のお小遣いで買った掃除用具でビーチクリーンをしていると聞くと、大人たちは混乱するんですよね(笑)。「なんで『いいこと』なのに、自分でお金を出してやっているんだ?」って。
── 確かに。「いいこと」......言い換えるなら「特別なこと」だと思っているうちは、解決しないかもしれませんね。
子どもたちの未来を子どもたち自身に託している、とも言えるのかもしれません。
── ここまでの話の中で、うじじきれい団は、お父さんの智之さんが必要なときに選択肢を示し、機会を与えて、そしてフォローしているんだなと感じました。ご自身が大事にしている教育方針はあるんでしょうか?
親子の関係でいうと、一緒に何かをするのが大事だと思っています。学校も塾もスポーツも他人の考え方が基準になるからこそ、幼いうちに親子で共通認識を持って行動とコミュニケーションをとることはすごく重要なんじゃないかと。
── 共通認識でいうと、竿家ではビーチクリーンがまさしくそうですね。
前にある学会で、「FSR(ファミリー・ソーシャル・レスポンシビリティ)」という概念を発表したんです。CSR(企業の社会的責任)の「企業」を「家族」に置き換えて。コミュニティの概念で家族が一番小さいものだと思うので、「我が家はこういう理念を掲げて行動する」......ざっくり言うと、俺たちこれだけソーシャルインパクトを起こしてます! みたいな。そうやって社会を考える家族が増えるといいですね。
未来を生きる子どもたちのために大人ができること
取材で一番印象に残った智之さんの言葉は、「子どもたちが大人になる頃は想像のつかない社会」というものだ。たしかに、10年前は今ほど地球環境の危機的状況も叫ばれていなかったし、20年前はスマホもなかった。お金の価値だっていつまでも同じままとは限らない上、すでに変化の兆しも感じる。
子どもたちの未来は大人になった子どもたちが決める。そんなときに錆びついた古い物差しに足を引っ張られてしまわないよう、智之さんは今、大人の常識を押し付けないように、そして押し付けられないように、今日も子どもたちを見守りながらビーチクリーンを続ける。
昔は子どもを叱ってくれる大人がいたり、憧れのお兄ちゃんや放って置けない後輩がいたりと、町に「子どもを育てるコミュニティ」としての役割があった。それがむずかしくなった今、竿家のように家族をコミュニティとして捉えて理念を掲げて行動することには、より大きな価値があるのだと思う。
子どもたちが大人になれば、きっと我々よりもシビアな社会問題に直面するだろう。智之さんの提唱するFSRは、家族の団結につながることはもちろん、未来を担う子どもたちの生きる術になるのかもしれない。
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取材・文・撮影ネルソン水嶋
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編集みやじままい
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