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温泉は掘りすぎると枯渇する!? 世界トップクラスの日本の温泉保護

Yahoo! JAPAN SDGs編集部

温泉
画像:アフロ

温泉施設で「この温泉は地下何千メートルから湧き出ています」といった紹介文を見かけたことはありますか?

温泉ファンには馴染みの深い「掘削」(くっさく)という言葉。読んで字のごとく、掘って削ることです。実は、自然に湧き出ている温泉は全体から見るとごく一部で、ほとんどの温泉は水脈を目指して地面を掘削し、ポンプの力で汲み上げています。前述した温泉施設は、まさに掘削によって温泉を得ているのです。

筆者、永井千晴は温泉オタクを自称し、SNSで温泉情報を発信している会社員です。2020年11月には『女ひとり温泉をサイコーにする53の方法』(幻冬舎)を出版しました。

そんな私からすると、掘削の温泉はなんとなく「循環ろ過」(=湯量調節のため、温泉をろ過して循環していること)が多い印象。源泉かけ流しの新鮮なお湯が大好きな身としてはナチュラルでない気がするし、地下から貴重な温泉を人工的に汲み上げるのも環境にいいのか分からなくて不安に感じるところがあります。地中深く掘ることは自然に悪影響を及ぼさないのでしょうか......?

そんな疑問を解決してくれたのが、今回お話を聞いた株式会社エオネックスの山本大さん。石川県金沢市に本社を構える同社は、クライアント企業からの依頼を受けて温泉の掘削とメンテナンスをする、いわば「温泉開発のプロ集団」です。

山本さんは「掘削した温泉は、環境を守るためにさまざまな工夫がなされているもの。温泉ファンが大好きな源泉かけ流しとは違う視点で、自然にも優しいんです」と語ります。

温泉掘削は環境を守るために規制が厳しいだけでなく、湯を汲み上げ、捨てるところまで多くの配慮と労力が必要なのだとか。それでも温泉という夢のために掘削にトライする施設側の声、そして温泉という資源を大切に使う必要性についても、お話を聞いてきました。インタビューが終わる頃には、どんな温泉も愛おしく大切に思う気持ちでいっぱいになりました。

筆者と山本さん

温泉掘削の企業が教えてくれた、源泉かけ流しの条件

── 温泉好きとして正直に申し上げますと、掘削の温泉は「循環ろ過」が多い印象を受けます。源泉かけ流しのほうがナチュラルで環境に優しいイメージがあるのですが、やはりハードル高いのでしょうか。私、源泉かけ流しが大好きなのですが......。

私も源泉かけ流し、大好きですよ。

── わ、そうなんですか!

山本さん
源泉かけ流しは山本さんも大好き。だけど......

しかし、温泉開発の企業の視点でみると、源泉かけ流しはほとんど奇跡のようなものだと感じます。コストもかかりますし、周辺環境などへの影響を考えた県や市町村の規制はとても厳しいのです。

── 源泉かけ流しのほうが、コストも安くて環境にも優しいのかと思っていました。

源泉かけ流しができるかは「温度」「排水」のふたつの条件によります。

まず源泉の「温度」が低いと、沸かすための費用が必要です。すべての温泉を沸かしてかけ流す......要するに新しい温泉を常に湯船に注ぎながら古いお湯を捨て続けると、燃料代を使ったそばから捨てていることになります。ある程度の湯量を沸かして、循環ろ過をしたほうが事業的には効率がよく、環境にも優しいと言えるのです。

次に「排水」ですが、捨てる先が下水道であれば温泉を捨てるのに安くても1トン200円程かかります(※市町村により変動)。一般的なスーパー銭湯で1日約50〜60トン捨てているので、温泉を捨てるだけで1日に1万円以上かかっているのです。

山の中であれば、そのまま流して捨てるところもあります。それでも1日に捨てていい上限量は市町村で取り決めているパターンもあるので、捨てる湯量の多い源泉かけ流しは、それだけでコストがかかります。

── 温泉を下水に流すのに、そんなにコストがかかるのですね。

すべてを下水道に流すと事業的に成り立たないので、下水に流さなくてもいい量を市町村と協議している施設は多いです。水道管は市町村の管轄なので、温泉成分が管にどれだけ影響が出るかも施設側が調査したうえで、流す量と内容が決められます。そして下水に流さない分は、環境に影響が出ない範囲で山に放流しています。

筆者

── 成分の濃い温泉は、管への影響も大きそうです。

自然由来のヒ素や酵素、フッ素などがよく引っかかります。そのため事業者側が源泉を雨水や井戸水で希釈したり、ろ過装置をつけて流したりするのはよくある手法です。

一方で、兵庫県の有馬温泉は成分がとても濃い温泉ですが、そのまま流してもいいという取り決めがされるなど、排水の取り扱いは市町村によってさまざまです。

── 温泉排水を放流しすぎると、環境にはどのような影響があるのでしょうか?

塩分の濃い温泉が田んぼに流れて、お米の生育に悪影響が出るといった話は聞きます。ただ最近は、逆に活用するケースも増えています。温泉がニジマスなどの養殖魚の生育を早めるとはよく言われていますね。

自然の恵みを大切にしながら掘削・メンテナンスをしていく

山本さん

── 掘削によって湧いて出た温泉は、自然に湧いて出ている温泉とはまったくの別物なのでしょうか?

掘削と自然湧出は、水脈と泉質のポテンシャルによる違いです。なので、掘削した温泉が"自然湧出に劣っている"ということはないですね。また、掘削にもさまざまな規制があるので、自然湧出の温泉に悪影響を与えることもまずありません。

── 掘削にはどんな規制があるのですか。

まず「温泉が出るか」をしっかり地質調査します。温泉を含む地下水は、掘削し汲み上げすぎると地盤沈下のおそれがあるので、地盤に影響が出ないことを確認するまで掘ることができません。

そして、一番の規制は距離です。たとえば私たちの会社がある石川では、半径500m以内に別の温泉があると、すでにある温泉施設側の同意を取った上で、相手方の源泉に影響が出ない科学的根拠を示す必要があります。これは温泉法の内規で決められており、エリアによって詳細は異なります。大阪では、半径800m以内は同意の有無に関わらず新規では掘れません。

これらの規制によって、東京都内や金沢ではほとんど掘る場所がありません。狭い国土に温泉は増える一方なので、みんな距離規制の合間を縫って開発しています。

地質・地層構造図
今ある源泉に影響が出ないよう、距離を取って掘削しなければいけない

── 環境を守るために、かなり厳しい規制があるのですね。地質と距離をクリアすれば、掘削できるのでしょうか。

いえ、掘削工事は大掛かりなので、施工スペースの問題もあります。都心の住宅地に掘りたいというお客様もいましたが、周囲環境のために難しいケースもありました。また事前に過剰な汲み上げを避けるための水位モニタリングも必要です。3週間〜1ヶ月ほど試験を続けた上で、問題ないことを確認して初めて掘削作業に入ることができます。

掘削工事
掘削は大工事。周囲への騒音・振動対策も行う

── ちなみに掘削にかかるお金はおいくらくらい......?

メンテナンス費をのぞくと、だいたい1ヶ所の掘削開発につき1〜2億円かかります。ものすごい金額だと思うかもしれませんが、それでもお問い合わせいただけています。温泉は夢というか、ワクワク感がありますので。チェーンホテルのお取引先様は、温泉があるだけで集客が違うとおっしゃっています。

── 1〜2億円...! それでも温泉に投資するのはロマンがありますね。そして、そんな苦労を乗り越えた末に温泉が汲み上げられた瞬間は嬉しいですね!

汲み上げ試験はエオネックスの事業の中でも華と言えます。お客さまにも「わー! やっと湧き出た!」と喜んでいただけるので。

でも、実際はそこからどう排水してメンテナンスするかが肝です。温泉は掘削も大変ですが、それ以上にメンテナンスのためのランニングコストがかかります。循環ろ過装置の殺菌洗浄を怠ると健康被害が起こる可能性が高まりますし、源泉のポテンシャルにあった使用量かを継続的に見なくてはトラブルにもつながります。

洗浄作業の様子
下水道の管への配慮だけでなく、施設側の管も定期的に洗浄が必要

温泉は枯渇してしまう――世界トップクラスの知見と技術で、資源を守る

── 掘った後の維持やメンテナンスでは、どんな問題が起きるのでしょうか。

温泉は過剰に汲み上げると枯渇してしまうので、湯量が減った・出なくなったなどの相談は何件もあります。特にスーパー銭湯やレジャー施設、ホテルなどから、20〜30年前に掘った温泉が出なくなったというお問い合わせをよくいただきます。

たとえば、石川県内のある温泉地では、何本かある源泉のうち1本が出なくなりました。当時使用していた水脈の供給に対して需要がオーバーしていたことが原因です。

自然を相手にしているので適正量を汲み上げているつもりでも、経年により水の流れが変わり、こういったことが起こる場合もあります。温泉はメンテナンスがとても大切な事業ですので、定期的な健康診断が必要なのです。

最終的にこの温泉では別の水脈を探し、人工的に地中の水脈に切れ目を入れて解決しました。

── 枯渇は温泉地にとって大事件ですが、環境を考えると温泉を使いすぎるのも問題なように感じます。

草津などの大きな温泉地は、自治体単位で保護に注力しています。温泉組合の方々が協力しあって、温泉を集中管理する手段が取られています。

たとえば石川県の和倉や山代、国内の有名どころですと群馬の伊香保、兵庫の城崎ではタンクに温泉をまとめて、各施設に分湯(ぶんゆ)するシステムをとっています。必要かつ適正な量を配分できるため、温泉を枯渇しないためのやりかたとしてはおすすめです。温泉を限りある資源だととらえられているのだと思います。

── このような取り組みをしている日本の温泉保護は、世界から見て進んでいるのでしょうか。

開発も保護も、日本の温泉が世界でトップクラスなのではないでしょうか。まず温泉法や市町村の取り決めがあり、温泉施設や我々のような温泉開発企業は、常に法規制に従って運用しています。私たちの立場からすると、もう少し緩めてほしいと感じてしまうほどの厳しさですね。

ですが、その根底には国や自治体の、環境や資源活用への意識の高さがあると思います。温泉は限りある資源ですし、開発は周辺環境への影響も大きいので、ひとつずつクリアしながら開発し、しっかりとしたメンテナンスを続けることが大切です。

山本さん
厳しい法規制の中で温泉開発をしてくれるエオネックスさんのおかげで、どこでも温泉に浸かれているんですね......

── これからもいち温泉ファンとして、保護の姿勢を忘れずに温泉を楽しんでいきたいと思います。世の温泉ファンにも知ってもらいたい情報がいっぱいでした。山本さん、ありがとうございました!

100年先も温泉を楽しむことができるよう、守ってくれている人がいる

温泉ファンはどうしても「自然湧出・源泉かけ流し」を第一とするナチュラル志向になりがちですが、山本さんのお話を通して、自然由来だけが"いい温泉"というわけではないことがよくわかりました。

環境と保護に配慮された掘削の温泉も、とってもナチュラル志向なはず。さまざまな努力と工夫によって、サステナブルな温泉事業が広がっているのもすばらしいと感じました。掘削の裏側も、温泉好きにとっては初耳情報が多かったのではないでしょうか。

いつまでも大好きな温泉に浸かれるように、私も保護の観点を持ちながら温泉オタク活動をしていきたいと思います。

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