「サンゴが絶滅したら魚もいなくなる」サンシャイン水族館の熱き取り組み
突然ですが問題です。
ここはどこでしょうか?
熱帯の海の中だと思いました?
実はここ、東京・池袋にあるサンシャイン水族館なのです!!!(ドーン!)
タイトルでネタバレしていましたか。それはすみません。でも、ちょっと振り返ってみてください。さっきの写真で、真っ先に見たものは何でしたか?
......多くの人は、魚を見たのではないでしょうか。
水族館を訪れて、「魚よりもサンゴを見る」という人は少数派ではないかと思います。何を隠そう、私自身もサンゴのことを「水槽の中の背景」くらいに思っていました。
でも、実はサンゴって海の中でとても重要な役割を持っているんです。たとえば、海の生き物の4分の1はサンゴを棲み家にしていて、サンゴが絶滅すると海洋生物の過半数がなくなると言われています。
また、二酸化炭素を吸収し、熱帯雨林に匹敵するほどの二酸化炭素を体内に留めているとも。つまり、私たちの豊かな食生活だけでなく、地球温暖化からも守ってくれているのです。
サンキュー、サンゴ!
サンゴ、超大事!
今回Gyoppy!編集部が取材したサンシャイン水族館は、サンゴを守るべく沖縄本島の恩納村と協力して保全活動を行っています。
サンシャイン水族館といえば、生き物の多様な"性"にフォーカスした『性いっぱい展』や、お化け屋敷プロデューサーの五味弘文さん監修の『ホラー水族館』など、これまでにない発想の展示が話題になっている、アミューズメント性の高い水族館。
そんなサンシャイン水族館が、なぜ沖縄のサンゴを守る取り組みをしているのでしょうか?
お話をうかがったのは、2008年からサンゴプロジェクトに携わってきた二見武史さん(写真左)と、その後輩で現在、サンゴを担当する今井俊宏さん(写真右)。そこには、サンゴをめぐる飼育員さんたちの熱い思いがありました。
「サンゴが真っ白でキレイ」の言葉に危機感を覚えた
── サンシャイン水族館では、「サンゴプロジェクト」という取り組みを行っているそうですね。どのようなきっかけでスタートしたのでしょうか。
- 二見
- はい。前々から、水族館としてもサンゴを守らなければならないと考えていたものの、何もできていなかったんです。イルカやペンギンのように、人気のある生き物だけがいればいいかというと、そうではないわけで......。
水族館は海の生き物から恩恵を受けていますし、社会的立場としても私たちがやるべきだろうと考えました。海の生態系の重要性を発信し、見て学んで感じてもらう。それが水族館の強みでもありますから。
── 「サンゴを守らなければ」という課題はどこから生まれたのでしょうか。
- 二見
- 沖縄でグラスボートに乗ったとき、観光客の方がサンゴを見て「わぁ、真っ白でキレイ」と言っていたことがあったんです。
でも、真っ白になっているということは"白化"していて、サンゴにとってはよくない状態。"白化"とは、サンゴの体内で光合成してエネルギーをくれる褐虫藻が出ていってしまい、死んでしまったものや、これから死ぬ可能性の高いものなんです。
「褐虫藻が出ていってしまう」という表現をすると、褐虫藻がサンゴの中にいたくないようにも受け取れてしまいますが、サンゴのほうが暑くていやになって、褐虫藻を出しているという説もあります。サンゴの生存戦略とも考えられるんですよ。
── なるほど、それをグラスボートから見た観光客が「キレイ」と言っていたんですね。サンゴの生態を知らないと、そう言ってしまうかもしれません。
- 今井
- 最近だと2016年に石垣島で大規模な白化があって、壊滅的な状態になってしまいました。
環境要因として何があったかというと、2016年は沖縄に台風がほとんどこなかった年なんです。
── ええーっ!!! 台風もサンゴにとっては大事な要素なんですね。
- 今井
- 沖縄って台風が直撃することが多いですよね。人間は台風が嫌いだけど、サンゴたちにとっては、海の中をかき混ぜてくれて、海水温を適温に下げてくれる大切な自然要因だと考えられています。ひとつの条件が欠けるだけでも状態が悪くなってしまうこともある、シビアな生き物なのです。
── 生態系のざっくりしたイメージでいくと、サンゴが海からいなくなると、どうなってしまうんですか?
- 二見
- 海の生き物の4分の1から3分の1はサンゴを棲み家にしていると言われていますが、サンゴが海からいなくなると、まず、サンゴを棲み家にする小型の魚がいなくなります。棲む場所を移すという考え方もできますが、サンゴが全部いなくなったら、サンゴに卵を産み付ける魚は種として残っていけなくなります。
その小型の魚を食べている中型の魚は、食べるものが枯渇し、中型の魚を食べる大型の魚の食べ物も減ってしまいます。すると最終的には、大きな魚を食べている、我々の食生活にも影響するんです。
── 人間にとっても、決して他人事ではないと。熱帯雨林に匹敵するほどの二酸化炭素を体内に留めているとも聞きました。
- 二見
- そうです。さらに、サンゴはと共生している褐虫藻が光合成して酸素を発生させます。すべてではないとはいえ、生息域での海洋生物たちの酸素消費量をある程度まかなっているのは間違いないですね。
サンゴを守るためのふたつのプロジェクト
── 沖縄県の恩納村と協力してサンゴの研究をされているそうですが、このプロジェクトはいつからはじまったのですか?
- 今井
- 2006年です。恩納村がサンゴに注目しはじめたのはそれよりもずっと早くて、1969年頃だったそうです。
── とても早い段階から、恩納村の人たちは「サンゴを守らなければならない」と気づいていたんですね。
- 二見
- 沖縄の観光業は美しい海に支えられているので、サンゴを守れば魚が集まってきて、観光業だけでなく漁業も守ることにつながります。
恩納村のすごいところは、漁協を中心にそれを"村の活動"として行っていること。サンゴを殖やしている面積は、2019年は恩納村が世界一でした。
── それはすごい。「サンゴプロジェクト」では具体的にどんなことをしているんでしょうか。
- 今井
- 「サンゴ返還プロジェクト」と、「サンゴ礁再生プロジェクト」のふたつがあります。これは、サンゴがどう殖えるかによって分けられているのですが、サンゴの殖え方ってご存知ですか?
── すみません、わからないです。
- 今井
- 分裂して群体(数百~数万の個体の集まり)をつくる方法と、卵と精子が受精して殖える方法があります。
分裂する特性を生かした「サンゴ返還プロジェクト」は、サンゴの枝状になった部分を切り落として土台となるプレートにつけておき、大きくなったら恩納村に還すというものです。
- 二見
- 分裂させて殖やすのは効率的ではあるけれど、クローンが殖えていくようなもの。例えるなら、サンゴが今井だとしたら今井がたくさん殖えるんですよ。
── なるほど、今井さんがたくさん殖えたのを想像したらちょっと面白くなってしまいました(笑)。
- 二見
- クローンだらけになると、健全な海とはいえないですよね。「今井は二見からの圧力に弱い」というDNAの特徴があったときに、二見から圧力を受けたら今井は全滅しちゃうわけですから。
── 今井さんが全滅してしまう......それは大変だ!
- 今井
- もちろん、分裂して殖やす方法も大切ですが、種を残す意味では卵から殖やすことも大事なんです。それでスタートした取り組みが「サンゴ礁再生プロジェクト」。サンゴが産んだ卵を一部回収して、受精させたものを水族館で大きく育ててから恩納村に還します。
── サンゴを沖縄から持ってきて水族館で育てることには、どんな意味があるのでしょうか。
- 二見
- 生物を保全する方法として、もともとの生息域内で守っていく「域内保全」と、外に出して守る「域外保全」があります。「域内保全」だけでは、自然界に何かあったときに全滅してしまうかもしれません。
水族館のように自然界に影響を受けない場所で「域外保全」することは、サンゴのDNAを守っていく上で重要なんです。
サンシャイン水族館が"尖った展示"をはじめたわけ
── サンゴを保全するには、お金も人員も必要ですよね。一番大変なのはどういった部分ですか?
- 二見
- サンゴの活動は軌道に乗ってきていて、すごく大切だし意義もあるけど......、あの、サンゴってパンチがないんですよ。
- 今井
- パンチ、ほんとにない......「サンゴのここがすごいんですよ」ってお客さんにアピールしても、ポカンとされてしまうんです。
- 二見
- きれいだけど地味なんだよね。サンゴかわいいよねーって、あまり聞かないじゃないですか。「クラゲで癒される」って人は増えたけど。
- 今井
- 「サンゴとクラゲは仲間なんですよ」って言うと、「えっ、本当に言ってるの」みたいな顔をされてしまいます。
- 二見
- サンゴが重要だってことが当たり前にならなきゃいけない。そこを目指すには、まず知ってもらえるよう、地盤を固めていく必要があります。
── 水族館は、まず知ってもらうというのも大きな役割ですね。
- 二見
- ペンギンの展示手法などで話題をつくりながらも「サンゴもいいでしょう?」って伝える。とはいえペンギンも減ってきているし、「私たちの生活ひとつで地球の環境も変わってくるんですよ」と訴えかけていくことが、大切なんだと思います。
── サンシャイン水族館といえば、2019年に『性いっぱい展』がバズったのが記憶に新しい人も多いと思います。これも集客のために重要ですが、尖った展示をはじめたのはいつからですか?
- 二見
- 2014年の『もうどく展』の頃からですね。毒の催事をやろうってことで、「毒」の文字を並べたポスターがSNS上でバズって。
── こういう尖った展示をはじめた背景には何があったのでしょう?
- 二見
- 水族館の役割として、「研究」「教育」「保護保全」「レクリエーション」があるのですが、昔の水族館ではお客様を楽しませる「レクリエーション」の観点が欠けていました。お客様に来てもらい、水槽に入っている魚を見てもらい、生態を知ってもらうという"待ち"の姿勢だったんです。
「お客様にどう楽しんでもらうか」という視点を取り込み、アミューズメント性を高めた水族館をつくっていく必要があると考えました。
"サンゴ"も"人の思い"も、持続可能にしていくために
── サンゴを保護する取り組みは、派手じゃないのにお金も手間もかかることがわかったのですが、活動を続けるためにも協力者や理解者がいないと難しいのではないですか。
- 二見
- そうなんです。スタートしたときは「こういうことをやろう!」って盛り上がるんですけど、人事異動などがあると、だんだん「これ何でやってんの?」って言われたりする。私たちも、スタートして5~6年目が一番つらい時期でした。
── 下の世代の人たちに思いや技術を伝えていくというのも、持続可能にしていくためのテーマですね......。
- 二見
- スタートしたときの熱い思いが、あとから入ってきた後輩たちにどれだけ伝えられるかが重要ですね。そこに伝わらないと、お客様にも伝わらないので。
── 今井さんは途中から引き継いでいるとのことですが、もともとサンゴが好きだったんですか?
- 今井
- サンゴの担当だった先輩の下について、教えてもらいながら管理したのがはじまりだったので、もともとすごく好きというわけではありませんでした。大学では鮎の病気についての研究をずっとしていたので、新卒でサンシャイン水族館に入った当初は、魚の名前もわからないような状態で......。
そんな中、サンゴというシビアな生き物も飼育しなくてはならず苦労しました。サンゴを管理している水槽で白化や状態が悪くなってしまったときに、食い止められるか食い止められないかは、そのときの判断によって変わってきますから。
── でも、今井さんの話しぶりを聞いていると、きっとサンゴにかける熱い思いを継承されているんでしょうね。
- 今井
- 先輩たちの想いを感じて、「僕も頑張っていかなくては」と思っています。サンゴの生態自体、わかっていないことがたくさんありますが、勉強するしかないです。
- 二見
- 恩納村の方たちが、サンゴのたくさんいる海を取り戻したいのも、「自分たちのために」とは決して言わないんですよね。「おじい、おばあから受け継いできた、あの海に戻さなきゃいけない」と話していて。そうやって「人の思い」も受け継がれていくんだと思います。
さいごに
インタビューのあとに、水族館の水槽を見せてもらいました。
すると以前は魚ばかり見ていた私も、魚より先に、サンゴに目がいくようになりました。
魚の棲み家や、産卵する場所になり、地球温暖化の抑止にも一役買っているサンゴ。熱い思いと技術を後輩へと伝えながら、飼育員の方々によって生かされているサンゴ。
これまで「水槽の中の背景」とか思っててごめん! という気持ちになりました。
取材に訪れた時期は、新型コロナウイルスの影響でサンシャイン水族館は休館中。今後、流行が落ち着いて水族館に行く機会があったら、みなさんもペンギンやイルカだけでなく、ぜひサンゴも見てみてください。もしかしたらそれが、環境について考えるきっかけのひとつになるかもしれません。
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文栗本千尋
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撮影安東佳介
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編集くいしん
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皆様からのご寄付は、「未来とサンゴプロジェクト」を通じてサンゴの植え付け活動を行う際のサンゴの苗代として役立たせていただきます。また、「サンゴのむらづくりに向けた行動計画」に掲載している普及啓発、人材育成、産業振興、環境保全に関わる事業にも使わせていただきます。