子どもがいない人が感じている職場でのしわ寄せとは? 意図しない分断が生まれてしまう理由とは?
「女性活躍を推し進めていく社会の一端で、子どもがいない人への仕事の「しわ寄せと感じる」という声があるが、それはどう解決したらいいと思いますか?」。
昨年10月のふらの女性サミット
で、そんな質問をしたのが一般社団法人WINK(※)
の代表理事・朝生容子さんでした。
私、F30プロジェクト
の小林奈巳も、子どもを持たない境遇で働いています。はっきりしわ寄せというのはないけれど、モヤモヤしたことはあるし、そういう話はやっぱり耳にするのは事実。だから今回は思い切って、朝生さんにその現状を聞きつつ、自分自信のモヤモヤも投げかけたいと、この取材を実施しました。
なぜ、子どもがいない人は「肩身が狭い」と感じてしまうんだろう......?
小林
そんなことは誰も望んでいないのに、職場でのしわ寄せにより、子どもがいない人と子どもがいる人とが分断してしまうことは、やっぱりあるかなと思っていて。今回は、そういった実態を朝生さんにお伺いしつつ、解決はできないかもしれませんが、解決の方向性を見出したり、個人がどんな心持ちでいればいいのか、というところが腹落ちできたらいいなって。
やっぱり、子どもがいない人の職場におけるモヤモヤについての声は、朝生さんのところに多く集まりますか?
朝生
実はあまり表に出てこない声なのかなと思います。2018年8月に日本経済新聞が取り上げた、明治安田生命さんの調査「子どもがいない人の肩身の狭さ」は、25〜44歳の男女を対象に行われたもので、子どもがいない人が6,590人(その内結婚している人は2,470人)、その中で肩身が狭い思いや、ハラスメントを受けていると感じた人は4割いました。30代前半だと5割を超えて、30代後半から40代になると7割近くの人がそういう経験をしているという結果でした。
記事は結果だけで、「何で肩身が狭いのか」「どういう経験をしたか」という具体的な内容までは突っ込まれていなかったんです。私はそれを見て、"理由や経緯はどんなことがあるのだろうか?"と疑問を感じ、アンケート調査をすることにしました。それが2019年ですね。
これは、不妊治療当事者のピアサポートをしているNPO法人Fine代表(当時)の松本亜樹子さんや、NPO法人またはらnet設立者であり、株式会社 natural rights小酒部さやかさんと一緒に、「ダイバーシティ&インクルージョン研究会」と称して調査を行いました。子どものいない立場だけでなく、多様な立場で考えてみたいと思ったからです。
Q.不快な経験は誰によるものですか?
また顧客・取引先等もあり、社内にとどまらない。
Q.不利益な扱いは誰によるものですか?
Q.不快な思いをしたのはどのような出来事でしたか?
3位は「子どもがいることが、いかに大変か聞かされた」となった。
Q.不快な扱いとはどのような内容でしたか?
小林
Yahoo!ニュースで、「子どもがいないことを理由に不快な経験をしても『なにもしなかった』が半数以上、実態調査が発表された」という記事も読んだのですが、すごい内容ですよね。本当にこんなこと言う人いるの!?と目を疑ってしまいました。
調査にあった具体的な声
1.不快であったこと
・妊娠している自分(相手)が優れていて、当方(私)は劣っていると言われているように感じる会話がよくあった
・「早く産め」と言われた
・妊娠しているのだから仕事上優遇されて当たり前という態度を取っていた(それは確かにその通り。しかしモヤモヤした)
・結婚・子どもの素晴らしさに同意し、「自分もそうなりたい」と言わないと解放してくれない
・少しでも違った意見を言うと社会不適合のように言われる
・「子どもがいないと分からないよね」と言われた
・「子どもがいて一人前」「子どもを育ててこそマネジメントができる」など、子どもがいないと仕事上の成果が劣るといった意味合いのことを聞かされた
・「どうして子どもがいらないの?将来寂しくなるよ」
・「そんなだから旦那さんが抱く気にならないんじゃないの?」
・「お前には女を感じない」などの暴言
2.具体的に不利益を被ったこと
・長期の出張を当たり前のように言いつけられる
・子どもがいるという免罪符のもと、しわ寄せ、残業が押し寄せる
・まわりがどんどん妊娠し、出産し、子育てし、その過程において仕事のしわ寄せが「子どもがいないんだから大丈夫でしょ」と私に来た
・私は不妊治療をしていて、業務を調整したい旨を上司に伝えたが、「甘い」と言われ配慮してもらえなかった
・自宅から通えない地域への赴任を、「子どものいる社員の代わりに」と明確に言われた
・産休、育休を取得して子どものいる女性の方が、人事評価が高くなり、昇進しやすい
3.妊娠中もしくは子育て中の社員からされた不快であったこと
・子育て中の社員は、土日夜などの勤務が免除されたため、しわ寄せが独身者や子どものいないスタッフに来た
・年に数回でも代わってほしいが、誰からも声かけがない
・産休・育休に入る社員から仕事の引き継ぎ中に「そもそも育休明けに同じ立場に戻って来るか分からないし」と投げやりな感じのことを言われて、(引継ぎする)モチベーションが下がった
・お子さんがいるため業務時間が短くなることは何とも思わないが、ご自身の業務が終わっていないのに子どもを理由に帰宅する
・その終わらない業務はこちらでフォローしているが、それを当たり前だと思っていた
・「子どもがいないから好きなだけ仕事ができてうらやましい。私は育児で大変なのに」というようなことを言われた
・そういう時に傷つくということはないが、何だかもやもやします
小林
私自身も結局子どもがいない人生を歩んでいて、でもそこに別に負い目を感じているわけじゃないんですけど、"子どもがいないことについて何か言われるなぁ"と思うことはあります。気にしない時もあるけど、なんか引っ掛かる!?みたいな。自分の人生が否定されている気がしたり、それまでそんなことを思っていなかったのに、引っ掛かることを言われたのがきっかけで、"あれ?子どものいない私ってダメなの?"と自信がなくなっちゃったり。そういったことがたしかにあるな、とは思います。
子どもがいないことを言ってくる方の多くは無自覚で、悪気があって言っているわけではないと思うんですよ。だからこそ、職場でも意図しないまま分断が生まれてしまうんでしょうね。何か解決策はないかなって実は昔から考えているんです。
朝生
前の調査に先立って、日本経済新聞が「女性活躍推進法のメリットを感じていますか?」という調査を実施しました。そこで子どもがいる人といない人を分けたときに、子どものいる人はメリットを感じている方がとても多くて、子どもがいない人は少なかったんですね。
現状、女性活躍支援のための施策のターゲットになっているのは、「お母さん」です。
小林
F30プロジェクトでも企業の女性活躍支援についての取り組みを取材していますが、肌感としても、女性活躍支援=子育てと仕事の両立、という施策は多い気がしています。女性のライフステージは子育てだけじゃないのに!と思ってしまうことは、正直ありますね。
朝生
アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)と言っていいと思います。「女性は子育てするもの」という前提が無意識に置かれているのでは。その結果、子育てする人とそのイベントがない人とでは、前者へのサポートが優先されることになる。意図しない分断を生んでしまう社会構造や社会通念、性別役割分担のしがらみがまだまだある。だけど、そうした歪みを是正しようという動きも出てきています。
最近ですと、子どもがいる人の仕事をカバーしている人に手当を出すという企業もあります。制度や取り組みは多分できていくと思うのですが、私はやっぱり組織文化が鍵になると思って、引き続き調査しています。
小林
その調査について伺うことはできますか?
子どもがいる、いないに関係なく、"プライベート"を尊重できる仕組みがしわ寄せを改善の鍵!?
朝生
「はたらく幸せ研究会」という活動の一環で、2021年から個人的に調査をしています。別のダイバーシティ&インクルージョンの勉強会に参加している仲間に企業の人事が多かったので、「子どもがいない人が育休や時短の人のカバーでしわ寄せを受けているという問題意識はありますか?」と聞いたんですよ。6件の回答と少ないため、結果の解釈は要注意ですが、4件は問題を認識しながら手を打っていないという結果でした。
小林
なんと......!? 見て見ぬふりしている企業が多そうですね。
朝生
子どもがいない人にしわ寄せがいっている現状を理解し、実際に対応している企業もありました。経営者が"対応したことで分断なく上手くいっている"と思っている企業は、子どもがいない人のプライベートもすごく大事にする仕組みにしているんですね。その人が何をしたいのか、仕事だけではなくて、プライベートでどういうことをしようとしているのかも管理職や経営者が丁寧に面談をして、それが実現できるように企業努力をしているのが見えました。
一方ですごくショックだったのは、把握はしているけど、何も手を打っていない企業があったことです。「優先順位が低い」という理由でした。
小林
えー! そんなにはっきり優先順位が低いと言われるなんて。ちょっと腹が立ってきました!!
朝生
「問題という認識はあるが、他の課題もあり着手できていない」ということでした。経営の判断としてわかるものの、当事者としてはモヤっとするものがありました。
よく考えると、女性活躍推進の観点からも「あれ?」と思うように。
優先順位が低くなるのは、"カバーする人とされる人の問題は、どうせ女性間の問題でしょ"と、矮小化されているからなのじゃないか?とも思えるのです。そうした風土が、過度に不利益を被った人がいても、なかなか声を上げられなくさせられてしまうのではないでしょうか。
小林
その"どうせ女性の問題"という意識が変わらないと、女性の多様な生き方を理解されるのは難しいですよね。
とはいえ、私自身も引け目みたいなものを内生してしまっているところがあると思うんです。"小さき者をみんなで守り育てよう。みんなでカバーしよう"というのは、もちろんそう思っているのですが、だからこそ若干声を上げにくいところもある。「私、すごくカバーしているんですけど!」みたいなことを主張すると、器が小さいと思われそうとか......。
朝生
声を上げられない理由のひとつに、子どもがいないことに対しての後ろめたさを社会からすごく感じさせられているということはあると思います。もうひとつ、「私ばっかりカバーしているじゃないですか、何とかしてくださいよ」みたいなことを言うと、逆攻撃に遭うことがあるんですよね。「そんなことを言うのは子どもがいる人にヤキモチを焼いているんだろう」とか。
小林
うわ、それは酷い発言! これですね、私がさっき言った「それまで自分ではそんなことを思っていなかったのに、"そう見えているということは、やっぱり子どものいない私ってダメなのかな?"と自信がなくなる」というのは。
朝生
そこで子どもがいないことに対するマイノリティ性みたいなものをすごく思い知らされちゃう。それで、「そんな嫌な思いをするんだったら言わない方がいい」という声もアンケートにありました。
小林
言いたいけど言えないから問題にならず、結局水面下で終わってしまう。そういうのってどうすればいいんですかね?
朝生
それを個人の責任にするのは無理があるし、違うんだろうなと思っています。だからアンケート調査することの意味があると思うんですよね。声を集めて、"同じように思っている人が実はこれだけいるんですよ"ということを世の中に出すことによってエビデンスになるから、「自分のわがままではなくて、一般的にこういう問題が起こっています。うちの会社もそうじゃないですか」と言える。あるいは子どもがいない人が集まる場を作ることで、共感してエネルギーを得られるということもあるかなと思います。
小林
育休や時短をカバーするために男性社員にもしわ寄せがいっているのかなと思うんですけど、女性だけ貢献が認められないという実態もあるのでしょうか?
朝生
社会的なジェンダー影響は結構大きくて、子どもがいるかいないかで、人間性みたいなものや人間の価値みたいなものを評価されるのは、どちらかといえば女性の方が多いんだろうなというのは調査の中で感じたところです。
小林
そういう空気感みたいなものが、知らず知らずのうちに心の負担になったりしているところがあるかもしれないですね。
朝生
日本の企業の中には、まだまだ「男性中心の職場」「女性中心の職場」という性別役割があるところが多い。女性の方が育休や時短を取ることが圧倒的に多いですから、カバーのしわ寄せ問題は女性の職場の中だけで起こっていて、男性はあずかり知らぬところ、というのが現実としてはあるようです。
また、会社の制度としてあったとしても運用するのは結局現場なので、それがちゃんと活かされていたり、嫌な思いをしていないかという話になると、そこのリーダーのあり方次第だったりしますよね。人手不足ということもあって、職場のリーダーや管理職もしわ寄せさせざるを得ないところもあるように思います。
小林
当人たちの問題じゃないところもいっぱいありますね。これから未婚の人も増えると思うし、子どもがいない人生を送る人は増えていく傾向じゃないですか。だからこそみんなが幸せにならないと、企業も生産性が伸びないだろうし、どうしたらいいんだろう......。制度の問題と気持ちの問題、その2つがすごく重なり合っているなって。妊娠・出産だけでなく多様な女性の生き方に理解がある企業を選ぶとか、あとはもう個人個人が多様性を認めることを心がけていくしかないのかなと今日は思いました。あまりにも外的要因が多すぎる気がして。
朝生
もちろん100%の答えではないですけれども、カバーしたことをちゃんと貢献として認める仕組みは生まれつつあるのかなと思っています。前述の育休や時短の人のいる職場でカバーしたメンバーにはボーナスが出るとか、何もされないよりは前進だなと思いますね。
小林
いくつか事例もありますもんね。ただ、報酬をもらって、"カバーした甲斐があった"と納得できたらいいと思う反面、でもやっぱり気持ちの面が気になります。"お金をもらっているんだからいいでしょ"と思われるのもちょっと悲しい。でも、進歩は進歩ですね。
朝生
はい、"少なくとも"という感じかもしれませんけど。「当たり前でしょ」とか「そんなことを思っていたの!? 全然気が付かなかった」とか、ないことにされるよりは進歩ですよね。逆に、育休や時短を取る人も"迷惑をかけている"という後ろめたさがある人もいますから、そこを払拭する意味でも、お金で解決することは方法のひとつではないかなと思います。
小林
なかなか根深い問題ですけど、やっと明るみに出たことで、何かいい方向性が見つかるかな、という希望は湧いてきました。
今回は子どもがいないという生き方にフォーカスしましたが、ほかにも女性の生き方は多様だし、もっと言ったら、人間ひとりひとりが違うわけで......。
だからこそ、わかりあえなくても、わかりあおうと対話を続けていきたいですね。伊集院光さんも言っていたけど、諦めたら分断、答えが出たと思ったら偏見につながりかねないから。
考え続けるのは私たちでもできること。F30プロジェクト
として、そういった心持ちで、さまざまな女性の声を発信する機会を増やしていきたいと思いました。
元記事はこちら
一般社団法人WINK代表理事
朝生 容子
2級キャリアコンサルティング技能士、産業カウンセラー 「子どものいない人生を考える会」主宰。会社員として25年間勤務するうち、人材育成に通算15年携わる。マネジャーとしてのキャリアの挫折や不妊治療の失敗を機に、キャリアコンサルタント・産業カウンセラーの資格を取得。その後、独立。誰もが安心して自分らしくいられる社会の実現のため個人向け相談と並行して組織へのコンサルティングや企業研修等に従事している。
◆WINK
◆note「子どもがいない働きにくさを考える」
◆一般社団法人Molive(モリーヴ)理事
◆オフィスキャリーノ代表
◆オンラインコミュニティ「ウェルビーイング女子大学」オーガナイザー
F30プロジェクト代表
小林 奈巳
2010年、iPhoneの使い方がわからなかった自身と女性に向けた簡単解読本「はじめまして。iPhone」を発行し、「iPhone女子部」を結成。2015年からは「女子部JAPAN」として、Webでのコンテンツ発信とイベントを企画・実施。2022年からは「F30プロジェクト」と題して、リーダーとして働く女性の生声を取材し、noteで発信。"女性"という枕詞がなくなる世の中を目指している。自身も2021年に株式会社都恋堂の代表を継承し、現在絶賛奮闘中。
■F30プロジェクト
■ライムスター宇多丸のお悩み相談室
「2030年、もう"女性活躍"とは言わせない」を合言葉に、私たちは組織の女性ミドルマネジメントが抱える「課題」と「ストーリー」を記事化し、彼女たちやそれに続く人たちが、ときに一緒に泣いて怒って笑って、元気が出る発信をnoteでしています。日本や世界の働く女性の現状を知り、多くの方に周知するため、専門家や企業への取材も行っています。