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こんにゃくでつくったマグロの味は──植物由来の「代替シーフード」が目指すもの

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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撮影:菊地健志

「大豆ミート」など、代替肉の市場は拡大を続けているが、植物由来の「代替シーフード」も少しずつ開発が進んできた。三重県の食品メーカーが販売を始めた、こんにゃく原料の「まるで魚」シリーズもそのひとつ。背景には、水産資源の枯渇に対する危機感もある。これら代替シーフードは、食の「新しい選択肢」となるのだろうか。(ジャーナリスト・室橋裕和/撮影:菊地健志/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

見た目は刺し身、触るとこんにゃく、味は?

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「まるで魚」シリーズはマグロ、イカ、サーモンが柵(230g)で各990円(税込)

きれいにスジの入ったマグロの赤身、脂の乗ったサーモン、つやつやのイカ......。実はこれ、本物の魚ではない。すべてこんにゃく粉でつくられた、水産資源を消費しない「代替シーフード」なのである。三重県の食品メーカー・あづまフーズが開発した、その名も「まるで魚」シリーズだ。マグロ、イカ、サーモンの3種類がある。

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「妊婦やアレルギー体質などで、生魚が食べられない人にも」と、メーカーは語る

さっそく居酒屋に全種類を持ち込んで、調理をお願いしてみた。旬の魚を使った海鮮料理などが評判の、神奈川県日吉にある「サカバ日吉MARU」。料理人の八木康次さん(36)は「まるでマグロ」に包丁を入れながら言う。

「触った感じも、切っている感触も、こんにゃくそのものですね。『魚の繊維』もそう見えているだけで、実際にはありません。すっと包丁が入っていく」

見た目は魚の柵なのに触るとこんにゃく、その不思議な感覚に戸惑っているようだが、さすがはプロ。「まるで魚」が見事なお造りとすしに姿を変えた。

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表面のざらつきも再現され、切りやすいという「まるでイカ」

口にしてみると、なるほど確かに舌触りはこんにゃくだが、刺し身のような食感でもある。とくにイカはなかなかリアルだ、と八木さんは言う。

「本物のイカは表面が少しざらざらしているんですが、それが表現されています。飾り包丁もしっかり入れられます。切りやすいし、魚の脂がつくこともないので加工しやすそうですね」(八木さん)

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油で揚げるのはあまり向かないようだ。「まるでサーモン」は溶けてしまった

味をなじませるものはどうだろう、と続いて「まるでマグロ」「まるでサーモン」をカルパッチョにしてもらった。狙い通り、これはいける。油で和えることで、こんにゃくがだいぶ刺し身に近づいた気がする。

それなら次は火を通したら......とパン粉をつけて揚げてもらったが、「脂がないので粉がうまくつかないですね」と難しそう。結局マグロとサーモンは溶けてしまったが、イカはしっかり衣がつき、タルタルソースをつければ「まるでイカ」。これはビールに合いそうだ。

おすすめレシピは昆布締めと味噌和え

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薬味以外すべてこんにゃく。脂質なしの低カロリー食でもある

「欧米ではすでに、大豆ミートなど肉の代替食品がブームになっていますが、水産の代替品はまだほとんど存在しません。ビジネスとしての広がりがあると考えています」

そう語るのは、あづまフーズ海外事業部の松永瞭太さん(29)。同社は居酒屋向けなどの業務用食品をおもに手がけており、あの「たこわさび」を生み出したことでも知られる。ほかにも多数の「珍味」を生産している。

「魚卵を色づけした商品もあるのですが、原料となるトビウオやシシャモが不漁でまったく獲れない時期があったんです。そこで白キクラゲを魚卵風にしたものを開発しました。そんなことから、水産品に頼らない新しい素材にも着目しようと考えるようになりました」

世界的に枯渇しつつある海の資源。それは水産加工会社だからこそ、強く感じる。
その「危機感」が、「まるで魚シリーズ」開発の原動力となった。

ベースになったのは台湾の食品メーカーがつくった商品だ。

「菜食文化が根づいている台湾ではベジフードが広く普及していて、代替肉の企業もたくさんあるんです」

台湾は、いわば菜食の先進国。代替シーフードを扱う台湾の食品メーカーが、あづまフーズの協力のもと、日本の市場に合わせて既存の商品に改良を加えていった。

原料はこんにゃく粉や増粘剤だが、その配分の具合でマグロ、サーモン、イカそれぞれの食感の違いを出しているという。10人ほどの社員で試食会を重ね、どんなレシピが合うのか試行錯誤を繰り返した。

「イカなら昆布締めがいいでしょうか。マグロやサーモンには本物の魚と違って脂が含まれていないので、少しオリーブオイルをかけるとトロっぽくなります。合わせ味噌に、ぶつ切りにした『まるで魚』を和えるのもおいしいですね。エスニック風にしようとスイートチリをかけたりしましたが、甘いソースは合いませんでした」(松永さん)

あづまフーズは「ソイマイスター」のブランドで大豆ミートも扱う。年間およそ2500万円を販売し、同社の売り上げ上位10品目に入る。「まるで魚シリーズ」もそのくらいに成長してくれたら、と松永さんは話す。

「社内では、『水産加工の会社が水産代替品を売るなんて、ちぐはぐなことはすべきじゃない』って声もありました。でも、水産品にお世話になってきた会社だからこそ、伝えられるメッセージもあるんじゃないかと思うんです」

「遅れている」日本の水産資源管理

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特に乱獲の危機に瀕しているというサバ(写真:アフロ)

水産庁が発行している「水産白書」によれば、日本の漁業・養殖業生産量のピークは1984年で1282万トンだ。これが2019年にはおよそ3分の1、420万トンにまで落ち込んでいる。「世界で最も豊かな漁場」とも言われる日本の近海で魚が激減しているのだが、原因のひとつは乱獲だ。

「魚などの資源管理の面で日本は先進国最低です」

警鐘を鳴らすのは、地球環境ガバナンスを専門とする学習院大学の阪口功教授(50)。例えば日本には、漁獲量についての規制はあっても、国の施策として漁獲サイズの規制がないという。

「ごく一部の例外を除き国としての規制はありません。ノドグロ、キンメダイなどの高級魚も未成魚が大量に漁獲されています」

これから産卵する魚齢の若い小さな魚まで漁獲すれば、当然のことながら魚の全体数は減っていく。

「漁獲量が非常に多いサバ、マイワシ、アジなどについても、サイズ規制がまったくありません。そのため、小さなローソクサバや豆アジを大量に漁獲するというおかしな漁業が行われています」

この問題が顕著なのはサバだ。近海で大量に漁獲されているローソクサバは、国内で養殖のエサや缶詰に使われるほか、輸出へと回されていく。アフリカで安価なたんぱく源として食用に、メキシコではクロマグロ養殖のエサとなったりする。一方で、脂の乗った日本人好みの大型のサバは、ノルウェーから大量に輸入している。

漁業の未来ともいえる未成魚を大量に漁獲して輸出し、大型魚を海外から輸入するという、島国にしては矛盾する行為が続いているのだ。

「アイスランド、ノルウェー、ニュージーランドなど資源管理の先進国では、一定のサイズ以下のものを漁獲するとペナルティーが科されるなど、魚種ごとに厳格なサイズ規制があります」

世界でもとくに魚食のさかんな日本が、資源管理の遅れた国となってしまっている。

日本人の食卓から魚が消える?

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彩り鮮やかな「まるで魚」の「寿司」

天然の漁業に加えて、マダイ、ブリなどの養殖生産も減っていると阪口さんは話す。

「中国などで養殖魚に対する需要が高まっているため、養殖のエサとして使われる魚粉や魚油が高騰しています。これに耐えられない業者がどんどんつぶれています」

それなら海外からの輸入を......とこれまではしのいできたのだが、近年では日本の経済力の低下という問題が出てきた。

「他国に買い負けてしまうんです。だからカニ、サケ、タコなども、より高く買ってくれる欧米や中国に流れていく。昔は人気だったメロ(銀ムツ)も、いまでは日本に入ってくるのはカマの部分ばかりです」

日本人の大好きなクロマグロは地中海で養殖が、大西洋で天然ものが獲られているが、これも欧米や中国に売ったほうが値段がつく。今後も日本に入る魚の量はどんどん減っていく。乱獲に加えて、経済力の低下によって、日本人の食卓から魚が次第に消えつつあるのだ。

水産資源を守るための「選択肢」を増やせるか

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「ベジメニューは数年で終わるトレンドではなく、大きく広がっていくもの」と話す川野さん

こうした現状に対して、「ベジメニューという選択肢を増やしたい」と活動するのは、NPO法人ベジプロジェクトジャパン代表理事の川野陽子さん(33)。

「完全なベジタリアンやヴィーガンになるのはなかなか難しいですが、地球環境を考えて、選択肢があるならベジメニューも食べてみるという"フレキシタリアン"は増えていると思います」

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ベジプロジェクトジャパンの認証商品の一部。このマークを取り入れる大手メーカーも増えてきた

川野さんも「まるで魚」シリーズを実食済みという。

「お刺し身にして醤油でいただきましたが、食感が本物によく似ていて"サカナ感"が楽しめるなって思いました」

ベジプロジェクトジャパンは、ベジタリアンやヴィーガン向け食品の認証を行う団体だ。原材料すべてに肉や魚由来のものが使われていないこと、開発時に動物実験が行われていないことなど、基準をクリアした製品に認証マークを発行。これまでカゴメやマルコメといった大手食品メーカーのものをはじめ500品目ほどの商品を認証してきた。

「実はコロナの自粛期間中に、植物由来の商品について問い合わせが多くなったんです。テレワークやステイホームで少し空いた時間に食生活を見直したり、環境問題について考えたりしてみる人が増えたようです」

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「もっと魚臭いほうがいいと言われることもありますし、味の表現はなかなか難しいですね」(松永さん)

そんな人々がふだんの生活の中で一食だけでも代替シーフードを食べれば、そのぶんだけ水産資源の保全に、わずかかもしれないが貢献することになる。

「少数の人が100%ベジタリアンやヴィーガンになるよりも、たくさんの人たちがちょっと歩み寄ってくれるほうが環境保護には効果的だと思うんです」

ヴィーガン専門店が無数にあって賑わう欧米に比べると、日本の取り組みはまだ始まったばかりだが、だからこそベジメニューにはビジネスとしての将来性も感じているという川野さん。

「外国人のライフスタイルだったものが、少しずつ日本人にも広がっています。日本でもマーケットは大きくなっていくと思いますが、いまはみんなで育てていく時期でしょうね」

「まるで魚シリーズ」を販売するあづまフーズではさらに、絶滅が危惧されるうなぎの代替品も開発中だ。おからと豆腐を主原料に、かば焼きのタレも植物由来で味を再現したいという。

またスウェーデンやアメリカの食品会社も大豆由来の代替シーフードを提供している。2022年からはアメリカ・ブルーナル社が、細胞から培養したクロマグロの販売を開始する。この培養魚肉の分野でも、世界各国の開発競争が進んでいる。

こうして「選択肢を広げる」ことで、減少するばかりの水産資源に少しでも歯止めをかけることができるだろうか。たまにはこんにゃくを使ったマグロやサーモンを食べて、海の幸のありがたみを噛みしめてみるのもいいかもしれない。

元記事は こちら

室橋裕和(むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイ・バンコクに10年在住。帰国後はアジア専門の記者・編集者として活動。取材テーマは「アジアに生きる日本人、日本に生きるアジア人」。現在は日本最大の多国籍タウン、新大久保に暮らす。おもな著書は『ルポ新大久保 移民最前線都市を歩く』(辰巳出版)、『日本の異国 在日外国人の知られざる日常』(晶文社)、『バンコクドリーム 「Gダイアリー」編集部青春記』(イースト・プレス)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書、共編著)など。

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