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あなたの味方だよ――苦しむ若い女性が駆け込める「まちなか保健室」の回復力 #今つらいあなたへ

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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バス停のような案内が立つ玄関

コロナ禍で若年女性の自殺が増えるなか、この世代をサポートする場がある。東京に拠点を置く「まちなか保健室」。主に10代後半~20代の女性を対象に、様々な専門性を持つ女性スタッフが寄り添う。「ふらっと立ち寄れて困った時には相談できる。何もしなくても、ゆっくりするだけでも大丈夫」――そううたう場所を訪れる人、迎える人、それぞれの思いを聞いた。(文・写真/ジャーナリスト・秋山千佳/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

ナポリタンをつくる「保健室」

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「今日は何食べる?」というスタッフの声かけから会話が弾む。皆でピザを作ったことも

東京・秋葉原とお茶の水を結ぶ道沿いに流れる神田川。その川沿いに立つ小さな2階建ての建物が「まちなか保健室」だ。古い民家を改修しており、木の扉を開けると家庭的な空間が広がる。夕刻になると、1階の台所からケチャップを炒める香ばしい匂いが漂ってきた。スパゲティナポリタンを調理する40代の女性スタッフと、20代の来室者が何げない言葉を交わす。

「タマネギはシャキシャキしてるのが好き?」
「私、シナシナが好きなんだ」

立ち話はその後、悩み相談に移っていくが、ジュー、パチパチとフライパンから上がる音に包まれて周囲には聞こえない。ナポリタンが完成に近づくと、隣の部屋でくつろいでいた来室者たちも出てきて「この音でおなかがすくんだよね」と一緒になって笑った。

まちなか保健室は、一般社団法人「若草プロジェクト」が運営している。性暴力や虐待などの被害を受けた10代から20代の女性向けに相談支援をする若年被害女性等支援事業として、東京都の予算がついている。開室時間は日曜日を除く日中。十数人いるスタッフは40~70代が中心で、看護師や精神保健福祉士、フラワーコーディネーターなど何らかの専門性を持つ人が多く、日替わりで現場に立つ。

来室者はその日のスタッフと雑談したり、スマホを充電しながらゆっくりしたりと思い思いに過ごす。「おなかがすいた」と言えばスタッフが軽食を作ってくれる。日によって、心理相談やアロママッサージの提供、ヨガ教室などもある。これらはすべて無料だ。

高校卒業後の居場所に

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まちなか保健室代表の大谷恭子さん(若草プロジェクト公式YouTubeより)

オープンは2020年7月。代表で弁護士の大谷恭子さんが、まちなか保健室と命名した。「高校までは学校の保健室に支えられていたような子が、20歳前後になって居場所がなくなった時に来てもらえたら」と考えてのことだったという。その狙いどおり、昨年度の保健室の来室者は18歳以上20歳未満が最多(444人)で、20歳以上25歳未満(439人)と合わせると、全体(1259人)の7割を20歳前後が占める。

ただ、当初想定していなかったことも見えてきたと大谷さんは語る。

「オープン前は、少し休めばまた頑張れるような子が来るかなと想定していましたが、実際は重い事情を抱えた子たちがやってきました。親の支配などで、真綿で首を絞められているかのような苦しい家族関係をもつ子が多かったのです。身体的虐待や性的虐待のような緊急性が高く公的機関に保護されてきた子と違ってキャッチされにくいのですが、実は希死念慮を持っている。こういう子たちが自死の数を上げているのかなと危惧しています」

まちなか保健室への昨年度の相談(メール含む)の主な訴えは、虐待(605件)、希死念慮(424件)、性暴力(297件)と続く。虐待は、体への暴力だけでなく、親の支配に服従させられるといった心理的虐待が目立つという。

オーバードーズの女性

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来室者が寛ぐテーブルは、作家の故・瀬戸内寂聴さんが自らの執筆机を寄贈した

保健室をよく利用する茉優さん(仮名、21)も、虐待に苦しんできた一人だ。幼い頃から父親に暴力を振るわれ続け、外での対人関係にも影響が出るようになった。

「男性が横を通るだけでもビクッとする。特に若い男性だと体が固まってしまうんです」(茉優さん)

中学高校ではつらいとき保健室に駆け込むことで乗り切ったが、高校卒業後は安心できる居場所がなくなった。親から逃れたくとも、下のきょうだいを守るために家からはまだ離れられない。精神的に追い詰められ、市販薬を買い込んでは、過剰摂取(オーバードーズ)することで苦しみを紛らわしていた。

そんな約2年前に、家族関係が不安定で支援団体に詳しい友人が紹介してくれたのが、オープン間もないまちなか保健室だった。

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心理相談などに使う小さな和室

初めて訪れた日、"事件"が起きた。まちなか保健室では、スタッフも来室者も女性に限定している。性暴力被害などで男性がいると緊張する人も少なくないためだ。ところが、この日はたまたま取材中の男性がいた。茉優さんは男性が近くにいたことでパニックを起こし、衝動的に大量の薬をバッグから出して飲もうとした。それに気づいた別の来室者が慌ててスタッフを呼び、スタッフと茉優さんでこんなやりとりが繰り広げられた。

「ちょっと量が多いんじゃないかな。こんなに必要?」
「必要は、ないです」
「必要ないならこれはどうする?」
「捨てていいです」

スタッフが茉優さんを落ち着かせると、別の来室者も「薬を飲むより、他の対処法を学んだほうがいいね。これからもここに来たら?」となだめた。

予期せぬ出来事だったが、この日を境にオーバードーズが止まったと茉優さんは言う。

「まちなか保健室に来れば、お母さんやおばあちゃんのような職員さんが優しく話を聞いてくれる。家では感情を閉じ込めているのに、ここでは本音を出せて、カウンセラーさんと一対一の心理相談では泣き叫ぶくらいです。今では、自傷しようとすると職員さんの顔が浮かんで、手が止まるようになりました。私にとっては精神安定剤のような居場所なんです」

現在はアルバイトなど心理的負荷がかかる日も、「明日は"まちなか"へ行けるから頑張ろう」と前向きに過ごせるようになったという。

手を取り、強く握ってきた子

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多目的室ではさまざまなワークショップが開かれる。この日は英会話教室だった

「茉優さんのケースは特別ではありません。話すときはいつも体全体にグッと力が入って緊張していたり、市販薬を過剰摂取していたりする子が少なくないのです。家庭の不和がある子は家では自分を押し殺しているようで、学校や職場では違う自分を演じていたり、過剰適応でストレスをためこんでいたりします」

そう語るのが、スタッフで看護師の谷口知加さん(43)だ。来室者からは「ちかさん」と呼ばれ、慕われている。

谷口さんは国際的なアロマセラピストの資格も持つ。もともと看護師として終末期の患者のケアにアロママッサージの技術を用いていたが、まちなか保健室で来室者の女の子たちが「親から触れてもらった記憶がない」と話すのを聞き、保健室でもアロママッサージを始めた。谷口さんが言う。

「心を閉ざしていた子がアロマオイルの香りを嗅ぐところから始まり、ハンドマッサージで徐々にコミュニケーションが取れるようになって、最終的には体にも触れるようになります。そこまでいくといろいろ話してくれるようになって、マッサージ中に感情の蓋が外れて『寂しすぎてどうしようもない』と大泣きした子や、逆に『マッサージ中が唯一、無になれる時間なんだ』と言っていた子もいます」

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スタッフの谷口知加さん

ある女子大学生は、来室しても自分のことをあまり話さなかったが、谷口さんがアロママッサージを行う日に頻繁に訪れるようになった。あるとき、彼女にアロママッサージをしていると、途中で谷口さんの手を取り、強く握ってきた。谷口さんはそのままマッサージの手を止め、彼女が満足して力を抜くまで手を離さなかったという。

「辛いことがあったのでしょうね。リストカットの痕を見つけて、『あら、どうした?』と聞いたら『えへっ』とだけ言ってごまかしたこともありました」

そんな中で彼女はポツポツと、家では良い子でいなければならず、門限などの厳しいルールがあることや、時には父親に暴力を振るわれることを語るようになった。風俗で働いている、とも打ち明けた。お金をためて自立したいという思いの一方、風俗勤めが周囲にバレたらどうしようという不安や、なぜこうなったのかという自責の念にかられて、市販薬を過剰摂取してしまったことも。谷口さんは彼女の気持ちを否定せず、「その仕事をしていて苦しくなるようならやめてもいいと思うよ」と気遣った。

彼女は大学を卒業する際、谷口さんに手紙を渡した。「風俗のことで差別しないでいてくれてありがとう」「大好きだよ」などと書かれていた。

谷口さんは「これからも待っているからね」と伝えた。「実際に来なくとも、つらくなったときの選択肢の一つにまちなか保健室がある、というお守りのような感覚でいいんです」とほほ笑む。

「私のほうではここに来る子たちに、あなたをちゃんと見ているよ、味方でいるよというスタンスは変えないようにしています。一人だけでも自分を理解してくれる存在がいれば、何倍もパワーが出るはずだから」

来室者とちょうど良い距離感

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家庭的な空間が広がる

谷口さんは「スタッフにとってもここは楽しいんですよ」と語る。

若年女性の支援に携わるのが初めてだった谷口さんは、当初、苦しさを抱える来室者が特定のスタッフに依存することがあるかもしれない、と考えていた。だが、2年以上スタッフをしてきて、来室者とちょうど良い距離感を築くことができているという。

「毎日同じスタッフが固定でいるわけじゃないのがいいんだと思います。来室者の子の中には、親に『お前はダメなやつだ』『死ね』などと言われ続けて、何か問題が起きると"死ぬ"という選択肢しか浮かばないような子も少なくありません。でも、ここでいろんなスタッフの意見を聞くうちに、『こういう選択肢があるんだ』と自分の頭で考えて、進む道を決められるようになるんです」

学校の保健室と違って"卒業"は定められていない。だが、スタッフが「この子はすごく良くなったな」と感じるようになると、巣立っていくかのように顔を見せなくなるという。

2年連続で女性の自殺者増加

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支援や啓発のパンフレット。来室者が手に取りやすいようにまとめられている

まちなか保健室はコロナ禍に入った直後にスタートし、家にいることが苦しかったり、行動制限による孤立感に悩んだりする若年女性が駆け込める居場所となってきた。

だが同時期に、彼女たちの同世代で "死ぬ"という選択肢を選んだ人は少なくない。

2020年、2021年と2年連続で女性の自殺者数は増えている。また、感染拡大の影響で増加した自殺者数を調べている仲田泰祐・東京大准教授などの研究チームによれば、「コロナ危機による追加的自殺者の多くは若い世代」であり、20代女性が最多(2020年3月~2022年6月の試算で1092人)で、19歳以下の女性も高い水準で推移しているという。

10代後半から20代は、少女から大人の女性へと成長していく不安定な年頃だ。まちなか保健室の代表である大谷さんは「彼女たちと向き合ってきて、こういう支援が必要なのに、なかったと感じる。まちなか保健室が各地につくられてほしい」と願う。

「ここから人生が始まった」

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ベランダではミニトマトなどを栽培。できると料理にも使う

支えがあれば、人は変わっていくことができる。

まなみさん(仮名、20代)は、まちなか保健室の来室者からスタッフに回った人だ。幼い頃から両親の支配が強く、時に暴力も振るわれた。「以前は何をするにも、親からどう言われるか、怒られないかばかり考えていました」

まなみさんは大学生活を続けるなか、コロナ禍で身動きが取れなくなった。ステイホームが推奨されていた時期で、家にいる時間が多くなったが、それに伴って家庭内でトラブルが頻発するようになった。親の暴力から逃れようと警察にも相談したが、取り合ってもらえなかった。友だちとも気軽に会えない状況下で、孤立感が深まった。助けを求めてインターネットで調べてたどり着いたのが、大谷さんであり、まちなか保健室だった。

「まちなか保健室では、ご飯を食べさせてもらったり、洋服をもらったりとお世話になりました。でも、何よりうれしかったのは、安心な場所で誰かと話ができるということです」

しばらく保健室に通ううちに生きることを楽しめるようになったまなみさんは、アルバイトに励み、現在は親元を離れて暮らす。そんな経験を踏まえたピアサポート(同じような立場の人による支援)に期待した大谷さんに声をかけられて、スタッフに転身した。来室者からすると、立場や年齢が近いまなみさんだからこそ話せることもあるようだ。まなみさんのことを「お姉ちゃんだと思っている」と慕う来室者もいる。まなみさんは言う。

「私も助けていただいた身なので、協力したいと前から思っていました。自分の役割をもらえて、やってみると女の子たちを助けるというより、社会で人と関わっていく自信を私がもらっているようです」

まなみさんにとって、まちなか保健室との出会いとは? そう尋ねると、大げさに聞こえるかもしれないですけど、と前置きしてまなみさんは言った。

「ここから自分の人生が始まったように感じています」

元記事は こちら

秋山千佳(あきやま・ちか)

ジャーナリスト、九州女子短期大学特別客員教授。1980年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業後、朝日新聞社に入社。記者として大津、広島の両総局を経て、大阪社会部、東京社会部で事件や教育などを担当。2013年に退社し、フリーのジャーナリストに。著書に『ルポ 保健室 子どもの貧困・虐待・性のリアル』『実像 広島の「ばっちゃん」中本忠子の真実』『東大女子という生き方』など

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