和菓子のロス食材が、シュトレンに? 京都で''八方良し''を実践する、八方良菓の京シュトレン
まだ食べられる食材なのに、そのまま廃棄されてしまう「食品ロス」。世界では一年で25億トンの食材が廃棄され、そのうち522万トンが日本で廃棄されています(※)。また、輸入食材に依存している一方、廃棄する食品は減らない......国内ではそんな矛盾も生まれています。
そうした問題を改善し、廃棄量を削減するため、各企業・自治体が取り組みを進められています。そんな取り組みの一つに、京都であるお菓子を見つけました。2022年末に発売された、八方良菓が手がける『京シュトレン』。シュトレンとは、クリスマスまで日毎にスライスしながら食べ進める、ドイツを発祥とするフルーツケーキです。
一般的にはドライフルーツとバターがたっぷり練り込まれているのが特徴ですが、上の写真のシュトレンはビーガン。つまり、バターが使われていません。
それどころか、使用している材料は八ッ橋や梅酒の梅の実、酒かすなど、和風のものばかり。この八方良菓の『京シュトレン』は京都市内の未使用資源を活用し、製造されているのです。
「去年の1月10日の朝4時半に急に目が覚めて、 アイデアが降ってきたんです」
そこから京シュトレンが始まったと話すのは、サーキュラーエコノミーの専門家であり、このシュトレンを立ち上げた安居さん。サーキュラーエコノミーとは、ビジネスモデルそのもの、そしてものづくりの設計・デザインの段階から、廃棄を出さないことを前提に仕組みづくりがされる新しい経済モデルです。
和の素材をたくさん使用した洋菓子、と聞くと一見、正反対の要素に思えます。安居さんのひらめきの背景には、これまでの自身の経験と、食品ロスについて寄せられていた相談、重ねてきたリサーチ、コロナ期間中の京都の状況......といった、一見バラバラに見える要件が関係していました。
安居さんの発見・知的好奇心によって生まれたプロジェクトの軌跡についてお話を伺いました。
安居 昭博
1988年生まれ。京都・北区在住。Circular Initiatives&Partners代表。「青年版国民栄誉賞(TOYP2021)」にて「内閣総理大臣奨励賞(グランプリ)」受賞。企業や自治体のほか、「京都音楽博覧会」や「森、道、市場」等の音楽イベントでもサーキュラーエコノミーのアドバイザーを務め、資源循環の仕組みづくりを進める。2022年、梅酒の梅の実、生八ッ橋、酒かす、おから、レモンの皮など、京都の副産物・規格外品を活用し、福祉作業所と製造連携し「京シュトレン」を開発するお菓子屋「八方良菓」を創業。著書に「サーキュラーエコノミー実践 ーオランダに探るビジネスモデル(学芸出版社)」
京都の未利用資源をどう活用できるか? 朝一番のひらめきが1日でプロジェクトに。
今やサーキュラーエコノミーの第一人者として知られている安居さん。その名が知られる第一歩となった著書『サーキュラーエコノミー実践』(学芸出版社)を2021年に発売以降、京都府内のさまざまな企業から未利用資源についての相談が来るようになったといいます。
「例えば、京都土産としてとても有名な聖護院八ッ橋さんは、成形する際に出る八ッ橋の切り落とし部分。伏見の酒蔵・山本本家さんでは、梅酒を出荷する際に出る梅の実と酒粕が余っていました。ほかにもお豆腐屋さんのおから、レモネード製造後のレモンの皮......これらをどうにか活用できないだろうか、と。また、コロナ禍での観光客減により、福祉作業所の仕事が激減していることも地元紙で知りました」
「ご相談いただく中で何ができるか、ずっと頭にあるなかで生活していました。すると朝4時半に急に目が覚めて、 アイデアが降ってきたんです。『京都のロス食材を福祉作業所に製造委託をして、シュトレンにしてもらったらいいんじゃないか?』と思って」
重なっていた相談が安居さんの中で結びつき、ひらめきに繋がった瞬間でした。
「思いついてすぐ、朝6時ぐらいから資料に考えをまとめたんです。それから近所に住む友人で『
peaceful_cuisine
』というYouTubeチャンネルで料理研究を重ねる高嶋綾也さんに『面白いアイデアが降り注いだんだけど、聞いてもらえる時間ある?』と連絡しました。
その昼にはランチがてら彼の家を訪ね、できたばかりのスライドを見せたら面白がってくれて。レシピ開発を高嶋さんに担当してもらうことが決まり、商品化の際はそのレシピを元に、京都の人気カフェ『
mumokuteki cafe&foods
』の監修に携わる堀口貴行さんに監修していただきました」
こうして、安居さんのひらめきから一日にしてプロジェクトに繋がりました。これらを活用し、全体の約30%にロス食材を活用したプラントベースのシュトレン開発が始まったのです。
京都にとって"八方良し"のお菓子づくりを目指して
しかし、それでも疑問が残ります。未利用資源も京都産のものや、京都を代表する和菓子店のものばかりです。そんな中、なぜシュトレンという、どちらかというとマイナーな洋菓子に辿り着いたのでしょうか。
「その一つの理由に、僕自身が元々シュトレン発祥のドイツに住んでいて、日本のシュトレン文化って面白いなと前々から思っていたのも大きいです。最近だとクリスマスシーズンには必ず販売されていますけど、つい10年前や5年前にはまだ広まっていなかったですよね。2020年頃から急速に広まったサウナブームとも少し似ている気がしています。近年では味の種類や販売量は本場のドイツにも匹敵する勢いだと思いますが、一方で地産食材や日本の味にこだわったシュトレンはないなと思っていたんです。
気になって色々調べてみると、全国の市区町村の中で、最もシュトレンが検索されている土地が神戸市と京都市だったんです。その結果から、京都でシュトレンをたくさん見る気がしていたのは、勘違いじゃないなと確信しました。
推測ですが、パンをよく食べる京都の人たちにとっては、シュトレンも割と身近になりやすいお菓子だったのかもしれませんね」
レーズンやオレンジピール、ナッツが共に練り込まれ、食感を楽しむシュトレンの特徴は、さまざまな素材が集まっていた安居さんの状況にもマッチしていました。
また「八方良菓」という名前も、京都でのリサーチの中から決まった名前だったのだとか。
「聖護院八ッ橋さんだったり、山本本家さんだったり、それぞれ京都に根付いた企業さんから素材をご提供いただいています。そういった歴史の長い京都の和菓子屋さんは、どんな由来で名前がつけられてるんだろう?と気になって。
京都御所にあるとらや京都一条店には、和菓子についてのアーカイブが集められていて、閲覧できるライブラリースペースもあるんですよ。そこへ行ってあんみつと抹茶をいただきながら、和菓子の歴史がまとめられた大型本をめくりながら、自分にピンと来るワードをノートに書き写していました。何時間もそこでインプットしている中で、やっぱり和名がいいなと行きつきました。
メモを見返しながら行き着いたのが、"八方良し"のお菓子で『八方良菓』。美味しさ(=味)の追求を軸に、『販売者、購入者、生産者、製造者、社会、地球環境、未来の八方がよりよくなる未来』、という意味を込めました」
シュトレンの味から成分表示まで。新しい道を見つけていくことで、魅力が広がる
京都で八方良しなお菓子を目指すべく、動き出した八方良菓。2022年の夏前まではシュトレンのレシピ開発とマーケットでの出店を重ね、秋以降からはクリスマスシーズンに向け商品化へ体裁を整えていったといいます。
京シュトレンの原材料表記を見ると、「梅酒の梅の実」「生八ッ橋」など、未利用素材の名称が並んでいます。ここにも、安居さんのこだわりがありました。
「いざデパートのような大型店舗に置いてもらおうとすると、JANコード(商品の流通コード)の取得や、 賞味期限を定めるための検査機関の証明書、原材料表記の整理など、いろんな基準が求められ、そこでも色々な工夫をしました。
例えば、原材料表記で『梅酒の梅の実』が単に『梅』とだけ表記されていたら八方良菓のコンセプトが伝わりません。そこで京都市の関連機関に問い合わせたのですが、そのような表記希望と理由は初めてだったそうで、関連の法律について繰り返し調べていただきました。その結果原材料表記にも『梅酒の梅の実(梅(京都府産)、清酒(京都府製造)、白双糖(国内製造)』のような表記ができることが分かり、より購入者にコンセプトを伝えやすい形式にできたと思います。
ちなみにこうした本来廃棄予定だった原材料は八方良菓にとってはむしろ欠かせない材料になっているため、原材料表記は金色で表記しています。パッケージデザイナーを務めていただいた
Studio Tooza
さんのアイデアです」
レシピ開発だけでなく、ディレクションから卸売の手配まで一貫して商品開発を手がけ、調整する作業。初めてづくしの中でも、消費者へ情報を伝え、手に取る価値を伝えることを忘れない安居さんの姿勢がありました。
製造を依頼するだけ、から一歩踏み込んで
福祉作業所への製造委託も、作業工程をわかりやすく伝えるためにさまざまな工夫がなされたといいます。
「福祉作業所さんへレシピをどう伝えるか、これも色々な工夫が必要でした。製造委託をした3つの福祉作業所はどこもクッキーの製造経験はありましたが、シュトレンは初めて。工程も多かったので、レシピを文面で伝えるだけじゃなく、製造過程を動画で撮影し、文面のレシピと一緒にお渡ししました。そうすると例えば『生地が充分に混ざるまでこねる』とは、どういう生地の状態か、こね方や色合いも合わせて目で見てわかります」
「それでも3ヶ所の福祉作業所にサンプルの製造委託をしたところ、全部まったく違う焼き上がりのものができちゃったんです(笑)。
それぞれで発酵中の室温やオーブンの性能が違ったんですね。同じ温度と時間で焼いても出来上がりに差が出てくる。なので、それからは各福祉作業所と個別にLINEをやり取りし、発酵や焼成中の様子をこまめに写真で送っていただき、各設備に合わせてレシピを微調整したりしました。
とにかくたくさんコミュニケーションを取りましたね。皆さんにとっても、僕にとってもお互い初めての状況で大変でしたが、やりとりをたくさん重ねられたからこそ、お互い自信を持って販売できるシュトレンが完成したかなと思っています」
250個のシュトレンから見えてきた、京都との繋がり
そうして12月の一ヶ月間、クリスマスシーズンに合わせてホール換算で250本のシュトレンを販売。オンラインと店頭販売で、全て完売しました。
「12月の一ヶ月間だけに絞って店頭とオンラインで販売をしました。3ヶ所の製造所で12月の合計製造可能本数が、250本だったんです。なので、最大量で生産できる量は全部完売できたかなと思ってます」
「ウェブメディアの記事を読んだ東京や大阪の方からも反響をいただきましたが、京都の方々へは地元の新聞やラジオ、ローカルテレビで取り上げていただいたのが大きかったですね。
放送後の週末に百貨店で催事があったのですが、10時の開店と同時に地元のおばちゃんたちがブース目掛けて来てくれて『お兄ちゃん、テレビ見たわよ』と言いながら、購入してくださったんです。その方達はサーキュラーエコノミーを全然知らないんですよ。けれど生八ッ橋のような地域に馴染みのある食材を使っていることもあり興味を持ってくださって、『シュトレン初めて食べたけれど、美味しいね』と言ってくれる。
これまでサーキュラーエコノミーの本を出版し様々なウェブメディアや東京のテレビやラジオに取り上げていただいたことはありましたが、京都のローカルメディアラジオに出たことはありませんでした。一方で八方良菓では食材も製造・販売先も地元にこだわったからこそ、地域の方々に協力いただいたりローカルメディアにも取り上げてもらえた。大量に販売してものすごく儲けられるわけでなくとも、幸せな仕組みづくりのヒントを身を持って学んでいると思います」
京シュトレンを支えた京都の土地性と、食品ロスへの機運
レシピ開発から福祉作業所との試作、老舗からの食材調達、デパートでの製造・販売まで漕ぎ着けた激動の一年。2022年の立ち上げを振り返りながら、こうしてスピーディに動き出せたのは、京都が自転車で移動しやすい規模感で、コミュニティが密接だった要因が大きい、と安居さんは続けます。
「僕はまだ移住してきて2年ほどですが、今の京都は何かやりたい人を応援してくれる人が多いと思います。個人としても企業としても。『OOさんでは甘納豆製造後のシロップが余ってるそうだから、よかったら繋ぐよ?』とか、『うちでポップアップで出店しませんか?』と声を掛けてくれたりとか。また、京都市内は南北でも自転車や車で20-30分ほどとコンパクトなので人の距離感が近く、鮮度が求められる食材の移動にも向いていると思います。こうした京都の特徴に支えられた部分はすごくあったなと。
京都って昔からヒエラルキーがすごく確立されていると言われますけど、一方でヒエラルキーのない有機的な繋がりも現代では生まれてるとも感じますね」
また、京都市内に食品ロス問題を考えるコミュニティ「エシカルフードロスアライアンス」があることも追い風になっていると教えてくれました。
「『エシカルフードロスアライアンス』は、京都の有志の事業者同士がまだ食べられるロス食材を活用しあう目的で立ち上がったネットワークで、いまは30以上の企業が参画しています。例えば、レモネードを作っている事業者さんのところで、レモンの絞りかすがどうしても出てしまうとします。そういった時に、その頻度と量等の情報が『エシカルフードロスアライアンス』内で共有されるんです。
それを他の事業者さんが『その頻度と量なら、自分たちのところで使いたいです』と申し出る。そういった形で、これまで廃棄素材だったものが新たな活用方法に繋がるというネットワークが京都内にあるんですよ。
京都に住んでるそういう方々の思いや活動、ご厚意によって、ロス食材をお互いに使い合ったりする機運っていうのは高まっており、八方良菓が始めやすい土壌にもなっていたと感じます」
京シュトレンから、全国が学べること
京都だけでなく、まだまだ全国に眠っているであろう未利用資源。そして、その活用方法は各自治体、事業者、個人で模索されている最中です。
そんな中、京シュトレンはその理想的なモデルケースと言えるでしょう。一方でサーキュラーエコノミーの実践者である安居さんという人がいて、環境未来都市としての取り組みがさまざまに行われている京都であるからこそ、実現したともいえます。
インタビュー終盤に「でも、この取り組みは安居さんがいて、かつ環境意識の高い京都じゃないと、成立しないかもしれないですよね」と投げかけてみると、こんな答えが返ってきました。
「八方良菓は食材はもちろん、共同するデザイナーや作業所も地元にこだわったからこそ、地域に取り上げてもらえたり、親近感を持って、ファンになってもらえました。あくまで地元にこだわるからこそ、地元から応援される良さっていうものは、他の地域でもきっと一緒なんですよね。
なので、たしかに京都以外の地域で未利用資源を用いた仕組みづくりをするとき、僕のようなサーキュラーエコノミーの専門家的ポジションはいないかもしれない。けれど、京都のように生八ッ橋や酒かすは手に入らなかったとしても、例えば長野ではB級品のりんごのロスがあって、購入・活用することで喜んでもらえるかもしれない。そもそも、地域によっては食材でなくとも木材や貝殻の廃材、空き家問題に困っていることもあるかもしれない。
サーキュラーエコノミーは、これまで悩みの種だった廃材が宝のような資源に、地域課題がむしろ可能性に見えてくる性質があると思います。八方良菓からはあくまでもヒントを得ながら、それぞれの地域の課題に周囲の方々と協働して取り組んでいただけるきっかけになれればと思っています」
環境意識の高まりと共に「資源を活用し循環の輪を生むことが重要」と頭ではわかっていても、なかなか実践の方法は思い浮かびません。各地域にある食品ロス問題は様々で、解決の方法は一様ではないでしょう。
それでも、まずは自らが手を動かす。そして地域と関わりながら少しずつ活動を広げる。一見当たり前なことを地道に進めていくことで、その地域に合った形が見つかっていくのではないでしょうか。そう考えると「未利用資源の活用」は、地元と連携しその町に新しい名物を生む機運にもなっていくのかもしれません。
-
取材・執筆ヤマグチナナコ
X(旧Twitter): @nnk_dendoushi
Instagram: nnk0107