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パリは最もサステナブルな五輪を開催できるのか? 地球規模のスポーツイベントを再考する

    

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2024年7月26日、パリで100年ぶりにオリンピック・パラリンピックが開催される。今回のパリ大会は「史上最も環境に優しいオリンピック」を目指し、多くの注目を集めている。

パリ大会がこれまでのオリンピックと大きく異なる点は、温室効果ガスの総排出量に制限を設けていることである。2012年にロンドンで開催されたオリンピックの排出量と比較して、パリ大会では50%以下に抑えることが目標とされている(※1)。

注目すべきは「街全体を競技会場にする」という前代未聞のコンセプト。新しい建物を建てるのではなくエッフェル塔やコンコルド広場など街中のシンボルが競技会場となり、開会式はセーヌ川で行われる。

開会式を数日後に控えたパリの街中は、道路や歩道はフェンスで囲まれ、セーヌ沿いには観覧席が並び、すでに多くの橋が閉鎖されている。街中は厳重な警備体制が敷かれており、住民の中には自分のアパートに帰るのに警察が発行するQRコードが必要な人もいるほどだ。

本記事では、そうした地元民のリアルを含めながら「史上最も環境に優しいオリンピック」といわれるその内容と、現地で巻き起こっている議論をお届けする。

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街中がオリンピック・パラリンピックに向けて飾り付けられている。(筆者撮影)

イベント関連のCO2排出量を約175万トンに抑える

これまでのオリンピック・パラリンピックでは、大会終了後にCO2排出量が計算されていた。しかし今回のパリ大会ではカーボンフットプリントを正確に評価できるツールを用いて、大会準備の「avoid(回避)」、大会中の「reduce(削減)」、大会後の「offset(オフセット/相殺)」各ステップの前に排出量を集計していることが大きな特徴である。

こうした評価ツールは、パリが開催地として立候補したときからすでにさまざまな選択時の指針として用いられ、大会運営を通して幅広く活用されてきた。これらの施策により、パリ大会関連のCO2排出量を約175万トンに抑えることが計画されている(※1)。

CO2排出抑制の対象範囲は、スコープ3まで広げられている。このスコープ3には、電気や燃料等のエネルギーの使用などの直接的な排出に加え、観客の移動や備品の配送などに伴う排出による間接的な影響も含まれる。独自の仕組みとして大会スタッフやパートナー、スポーツ関係者、市民ら競技大会に関わる全ての人々がカーボンフットプリントを認識しながら削減を目指せるアプリ「クライメイト・コーチ」を開発した。

また、回避が不可能な排出に関してはカーボンクレジットを購入することでオフセットするとしている。(プロジェクトは2021年からすでに実施されているが、提供先のプロジェクトや価格は具体的には明らかにされていない。)

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パリ市内のスーパーマーケット。パリ大会に向けた装飾が施されている。

会場の95%は既存の建物を利用

今回のパリ大会は、これまでのどのオリンピックよりも街の宣伝になるだろう。エッフェル塔はビーチバレーやブラインドサッカーの会場になり、コンコルド広場は野外アリーナとしてスケートボードの会場に。ベルサイユ宮殿は、馬場馬術の舞台となる。開会式はセーヌ川で行われ、推定1万人の選手を乗せた約100隻のボートが巡航することとなる(※2)。

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過去に1900年と1924年のオリンピック、1998年のワールドカップを開催したパリには、必要な施設がほとんど揃っていた。そのため、今回のパリ大会では廃棄物を出さないために、リオデジャネイロ、ロンドン、東京のオリンピックのような大規模な建設プロジェクトを避けた。

オリンピックは、開催都市がインフラ整備や都市再開発プロジェクトを迅速に進めるための手段であるということはよく言われるが、パリ大会では使用される施設の95%を既存の会場または一時的な仮設インフラでまかなうことを約束した。パリ大会で競技が行われる35のスタジアムのうち、新しく建設されたのは水泳センターとバドミントンおよび新体操用のアリーナの2つだけだ。パリ市は予算のほとんどを既存施設のアップグレードに使い、1924年オリンピックに使われた古い施設が市内各地で改修された。

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パリのメトロに貼られた、オリンピック会場への案内。多くの主要駅が閉鎖されたり、公共交通機関の料金も値上げされたりするなど、2020年の東京大会と比べても住民の生活への影響が大きい。(筆者撮影)

水泳競技はセーヌ川で開催?パリ市長の大躍進

こうした既存の建物を利用し、可能な限りパリ大会をカーボンニュートラルに近づけるという野望は、セーヌ川を水泳競技の会場にするという斬新なアイデアを生んだ。

パリ市長であるアンヌ・イダルゴ氏が、水泳競技をセーヌ川で実施すると宣言してからは、「あの川で泳ぐなんて不可能だ」と、市民の誰もが口にしていた。しかし、過去数年間に約15億ドルを費やした大規模な土木工事により、セーヌ川への下水と産業廃棄物の流入が停止。2024年7月17日、イダルゴ氏自らがセーヌ川で泳ぎ、市の水質改善をアピールしたことが話題となった(※3)。

パリ市は、セーヌ川をトライアスロンや10キロ水泳などのオリンピック競技に使用するだけでなく、来年から一般の水泳場としても利用することが現実となりつつあることを証明した。


使い捨てプラゼロや、フランスならではのサステナブルな食事にも注目


使い捨てプラスチックゼロ

今回のオリンピック・パラリンピックでは「使い捨てプラスチックゼロ」が掲げられている。市内競技会場へはペットボトルの持ち込みが原則禁止となり、マラソン競技の給水所では、再利用可能なカップを使用する計画だ。

数年前からパリ市内に設置されている1,200箇所の水飲み場や、無料でボトルを補充できる市内の1,000の店舗によってサポートされることになる。パリ大会に向けてこれらの取り組みはさらに強化され、2024年9月以降も、パリのすべてのランニングイベントで使い捨てプラスチックが排除される予定だ。

2024パリ五輪、史上初の「使い捨てプラスチックのない大会」目指す

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オリンピックの表彰台は、ごみ?

今回、世界トップクラスのアスリートたちが金メダルを受け取ることになる場所はなんと、ごみの上。表彰台はエッフェル塔に着想を得たデザインで、フランス産の木材と、パリ市内およびフランス沿岸で集められた廃プラスチックを利用し、100%リサイクルされた素材から作られている。

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これはパリのスタートアップ「Le Pavé(ル・パヴェ)」がパリ郊外の工場で製造したものである。今回ル・パヴェは、パリ大会のために建設された近隣2つのスポーツアリーナ観覧席1万席の製作も手がけている。これらはすべて、使用済みのシャンプーボトルと数百万個の色とりどりのボトルキャップから製造されたものだ。

ベジタリアン料理が採用。食事によるカーボンフットプリントを削減

オリンピック村のアスリートレストランでは、1日4万食が提供され、1万5,000人のアスリートのために500種類の承認レシピが用意されている。

そうした食事によるカーボンフットプリントを削減するために、すべての食事はパリの主催者が設定した厳しいサステナブル基準を満たす必要があり、その80%はフランス産でなければならない。また、各会場ではベジタリアン向けのオプションを提供する必要があり、大会期間中に提供される食事の50%以上が植物ベースとなる。

競技施設への自転車アクセスの向上

競技施設への自転車アクセスを向上させるため、パリ市とセーヌサンドニ県、グラン・パリ都市圏、オリンピック組織委員会は「オリンピスト」と呼ばれる105キロメートルの自転車道ネットワークを整備した。

この自転車道はパリ大会期間中だけでなくその後も利用され、地域の自転車利用促進や日常の移動に役立てるとされている。パリ市内に70キロメートル、パリ郊外にあるセーヌサンドニ(Seine-Saint-Denis)県に35キロメートルが整備され、多くの競技施設を結ぶ。加えて、1万3,000台分の自転車駐輪場と臨時のレンタルサイクル・ヴェリブステーションも設置されることとなる。

低炭素の選手村計画。都市再生は促進されるのか?

オリンピック期間中は1万4,000人以上、パラリンピック開催中は8,000人以上の選手とその同伴者が生活することになる選手村。そんな選手村が2024年7月18日、セーヌサンドニ県にオープンした。

数十棟の木造アパートメントが建ち並び、旧映画スタジオである複合施設の一部は選手の食堂に変わっている。その隣にある改装された発電所は現在、ジムとして使用されているが、パリ大会終了後はフランス内務省2,500人のオフィススペースになる予定だ。低炭素であることを目指して用意された選手村の部屋は再利用可能な素材を用い、建設資材の75%はリサイクルしてできたもの(※4)。2020年東京大会で初めて導入されたリサイクル段ボール製のベッドも採用されている(※5)。

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また、生物多様性の保護(屋根の上面は、昆虫や鳥に住む場所を与え、小動物の通り穴を設けた囲いを整備する等)や、地熱エネルギーと太陽光エネルギーでの電力供給などによって、サステナブルな都市計画の一環として設計された。「循環ビルディング」と呼ばれる実験的な建物では、浄化された雨水をトイレに使用し、尿と排泄物を分離して肥料に変える。

今回のパリ大会にはソーシャルビジネスや社会的企業の参画も目立つ。選手村の食事やランドリー、緑地整備などの運営では障害者の職業訓練を行う団体「APEI de la Boucle de la Seine」や、若者と地域の社会的統合を推進する「Harague協会」と連携しながら、雇用機会を提供している。

さらに選手村では、子どもを持つ選手たちが大会期間中でも親子で充実した時間を過ごせるよう、託児所が設置された。男女アスリート間で競技の場を公正にするために、子どもを持つアスリートが競技に集中できる環境づくりに取り組む。

パリ五輪の選手村、アスリートの親たちに託児所を提供へ

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セーヌサンドニ県のジェントリフィケーションへの懸念

こうした選手村の創設は18億5,000万ドルが費やされる大きな建設プロジェクトとなった。パリ大会の予算は約70億ユーロであり、大会への投資の80%がこのセーヌサンドニ県に集中している(※6)。パリ大会閉幕後には、選手村のアパートは公営住宅に改装され、3ヘクタールの自然公園設置なども予定されており、サステナブルな都市開発を進める計画だ。

一方で、今回選手村の場所となったこのセーヌサンドニ県は移民の割合が最も高く、フランスで最も失業率の高い県でもあるといわれており、急速なジェントリフィケーションが起こることも心配されている(※6)。選手村のアパートは今後、低所得者層や学生に賃貸されるとしているが、その割合は3分の1のみ。残りは1平方メートルあたり約7,500ユーロと、同地域の平均価格のほぼ2倍で販売されるとして、地元住民は手が届かない値段であると指摘されている(※7)。

オリンピックを前にしたフランスのホームレスに対する「社会浄化」

さらに、このセーヌサンドニ県を含むイル・ド・フランスでは、県と市がオリンピックの名の下に移民やホームレスの人々、性労働者が「一時受け入れエリア」に誘導されているという。こうした動きが街の美観を保ち、国際的な注目を集めるための「社会浄化」であると指摘するメディアの報道も目立つ。

そんな中、80以上の人権団体やコミュニティグループが結集し、こうした社会浄化を非難するために「Le Revers de la Medal(メダルの裏側)」という組織が設立された。同組織の報告書によれば、2021年から2022年にかけて、オリンピック会場や選手村のあるセーヌサンドニ県の近くにある不法占拠や貧民街、難民キャンプなどからの立ち退きが40%増加しているという。このうち未成年者は3,434人で昨年の2倍、2021~2022年と比較すると3倍ほど。また、2023年には、避難を必要とする人の3分の2が一時受け入れエリアに誘導されていると述べている(※10)。

パリにはホームレスの人々のための恒久的な避難所はないが、移民問題は選挙公約でも長年取り上げられてきた。こうした一時受け入れエリアへの誘導は本質的な解決策を提示することなく、ただ問題を見えなくしているだけであるとして、多くの市民団体から非難されている。

オリンピック・パラリンピックは街の持続可能性を高めたのか?

気候変動により、パリの夏が年々暑くなっている中で、パリ大会では選手や観客をいかに暑さから守るかという懸念が高まっている。当初カーボンフットプリントを削減するため、選手村では地中から汲み上げた冷水を利用する地熱冷却システムを備え、エアコンを新設しない予定であった。しかし選手の健康を考え、最終的には臨時のエアコン2,500台が設置される予定だと報道された(※8)。サステナビリティと人々の安全の両方のバランスをとることが難しくなっているのが現状だ。

一方でパリ市は、こうした夏の暑さによるヒートアイランド現象を和らげるために近年で何千本もの木を植えてきたとしている。パリとその周辺地域の都市計画や開発に関する調査をする組織APURによると、現在パリの面積の約31%が緑地となっており、ここ数年で目に見えて緑化が加速したという(※9)。

「オリンピックは、都市の緑化を加速させる絶好の機会だと私たちは考えていました」と、2014年から先週までパリの都市計画担当社会党副市長を務めたエマニュエル・グレゴワール氏はThe Guardianに対して語っている。

たしかに、セーヌ川の汚染改善やパリの緑化だけでなく、自転車道路の整備なども含め、サステナブルな取り組みは今回のパリ大会をきっかけに大きく前進しており、この機会がなければさらに年数を費やしていただろう。

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15分都市政策を進めて10年が経過したパリでは約5万の駐車場がなくなり、1,300キロメートル以上の自転車専用レーンが整備された。オリンピック開会式に向けてフェンスで覆われたパリ市内(筆者撮影)

2024パリ大会が、大規模スポーツイベントについて再考するきっかけに

「史上最も環境に優しいオリンピック」を宣言し、ここまで準備を進めてきたパリ市だが、それでも避けられない環境負荷や社会階層間の分断の拡大も見えてきた。歴史を振り返っても、1万人の選手および推定1,500万人の観客が集まるとされる大規模なスポーツの祭典は、典型的なグローバリゼーションの課題を抱えざるを得ないこともたしかだ。

気候コンサルタント会社Carbone4のシニアマネージャーであるセザール・デュガスト氏は、The Guardianの記事に対して以下のように述べている。

「パリのオリンピックの主催者は、古くて歴史的なモデルの範囲内でCO2排出量を削減するために、賞賛に値する努力をしてきました。しかし、本当の問題は、そのモデルが地球のプラネタリーバウンダリーやパリ協定と実際に両立するかどうかです。最大の問題は国際的な飛行機による移動。世界中からこれほど多くの観客が一か所に集まるということは、輸送中に膨大なCO2が排出されることを意味します」

最大の課題は、世界各地から飛行機で観客が集まるこうしたスポーツイベントの「規模」である。環境アナリストたちは、世界が2050年にカーボンフットプリント実質ゼロ目標を達成するためには、オリンピックのような地球規模のスポーツイベントを開催するという行為そのものを全面的に再考する必要があると警告している(※11)。

2024年パリ大会は、街の姿を大きく変えた。一方で、当初の目標値を達成したとしても、約175万トンものCO2排出がイベント全体で予測されている。気候危機の現状を考慮するとしたら、将来的にはこうしたスポーツイベントが、数百万人の観客が一つの都市に集まる現在のモデルとは異なる方法を模索していく必要があるだろう。史上最も環境に優しいオリンピックに向けてここまで全力を尽くしてきたパリ大会が、そうした新たな可能性を考えるきっかけになるかもしれない。

元記事はこちら

【参照サイト】Beetroot and beefless bourguignon as Paris Olympics embraces vegetarian cuisine
【参照サイト】old'Greenest ever Games': how the Paris Olympics hopes to inspire a new era of global sporting events
【参照サイト】Here's What To Know About The Paris 2024 Olympic Village
【参照サイト】À Paris, des expulsions à un rythme olympique
【参照サイト】Hosting the Olympics Costs Billions. What Does a City Get Back?

富山 恵梨香

富山 恵梨香

IDEAS FOR GOOD 共同編集長。パリ在住。大学卒業後はベトナムのハノイで約2年働く。その他フィリピン在住経験の他、世界20か国以上への渡航経験あり。関心テーマは、ウェルビーイングを実現する新しい経済のあり方。

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