いつまでも魚を食べられるように。欧州の漁業に学ぶ、海洋保全のヒント
容赦ない暑さが続くこの夏、海に出かける方も多いのではないでしょうか。しかし海では、プラスチック製品をはじめとする海洋ごみの流入や、海水温の上昇によるサンゴ礁の白化など、海の生態系を脅かす問題が深刻化しています。本記事では、海洋環境と深く関わる漁業に焦点を当て、海洋保全と両立できる"持続可能な漁業"を模索する欧州の取り組みを紹介します。
EUにおける海洋保全の統合的アプローチ
欧州のEU加盟国では、さまざまな分野との協働を通じて海洋環境の改善に向けた取り組みを推進しています。
EUの研究・イノベーション支援プログラム「Horizon Europe」では、「2030年までに海洋、海、内陸水域の健全性を回復する」というミッションを展開しています。このミッションは生物多様性の保護や汚染の削減、ブルーエコノミーの強化といった多岐にわたる目標が含まれており、それらを研究やイノベーションを通じて達成することを掲げています。
Horizon Europeには955億ユーロもの予算が投じられており、そこからの資金提供のもと、さまざまなプロジェクトが各地で展開されています。そのなかでも、海洋環境に関するミッションに基づくプロジェクトには、漁業に焦点を当てているものもあります。その一例として、スペインの研究機関のAZTI
が中心となって進めている「Searcular」では、漁業から出るプラスチックごみを減らすため、漁具の循環型デザインやリサイクルシステム構築を目指し、根本的な汚染対策を進めています。また、北海およびバルト海流域を拠点とする「Seaglow」では、小型漁船の脱炭素化を推進するために、エネルギー転換を支援する技術導入や運用モデルの実証を進めています。
こうした資金提供型のプロジェクトに加えて、自治体や企業、研究機関などが自主的にミッションへの参加を誓約できる仕組みも整備されています。その結果、2022年のミッション発足以降、1000件を超える海洋保全のためのアクションが実施されています。(参照元:Restore our Ocean and Waters)
また、EU加盟国の漁業政策もEUの政策や枠組みのもとで進められており、その中核をなすのが共通漁業政策(CFP)です。CFPは、EUの全加盟国に適用される漁業活動の管理のためのルールであり、各国の漁業政策の基盤となっています。
2023年に行われたCFPの見直しでは、「よりクリーンなエネルギーの使用を促進し、化石燃料への依存を減らし、水産業による海洋生態系への影響を軽減すること」を目的とした措置が講じられ、海洋環境の保護を漁業政策の中心に据える動きが見られました。このように、EUでは海洋環境の持続可能性を軸として、各国の研究や産業のあり方に横断的な枠組みをもたらし、より一体的な体制を築いています。(参照元:Common fisheries policy(CFP))
持続可能な漁業に向けた「底引き網漁」の規制
欧州では、漁業がもたらす環境への深刻な影響を見直すべく、さまざまな対応が取られています。特に注目すべきは、底引き網漁に対する厳しい規制の動きです。
底引き網漁は、海底で網を引きずりながら魚を獲る漁法です。効率よく大量に漁獲できる一方で、海底の生態系を破壊しやすく、混獲のリスクも高いことから、環境への負荷が大きいと指摘されています。また、底引き網漁によって大気中に排出される二酸化炭素の量は、毎年最大で3億7000万トンにのぼるとも言われています。(参照元:Frontiers in Marine Science)
このような底引き網漁が海洋生態系に与える影響を踏まえ、禁止に向けた議論や措置が進められています。ギリシャは2024年4月、国内の海洋保護区における底引き網漁の「全面禁止」を宣言しました。これは欧州で初めての試みであり、他のEU加盟国にも影響を与える画期的な一歩として注目されました。EU全体としても、「2030年までに海洋保護区内での底引き網漁を段階的に禁止する」といった明確な行動計画を示しています。
日本では底引き網漁は一部の地域で主要な漁法の一つとされており、漁業法や都道府県の規定に基づく許可制度で管理されていますが、全面的な禁止に向けた国レベルの動きはいまだに見られません。国際的に海洋保全に向けた動きが広がるなか、日本においても持続可能な漁業のための仕組みづくりが早急に求められるでしょう。
地域とともに築く、日本の漁業の未来
ここまで、EUを主導とした欧州の漁業での取り組みについて紹介しました。
欧州のように、国家的な政策や枠組みで海洋保全を推進することは、国家全体で海洋環境の改善に向けた迅速な意思決定と実行を可能にするというメリットがあります。
しかし、日本の漁業では以下のような社会的背景の違いから、同様のアプローチを適用しにくい事情があります。
漁業の地域分権的な仕組み
日本の漁業は、地域に密着した漁業協同組合が中心となって、自主的な資源管理や漁場利用の調整を行ってきました。そのため、国が一律の規制を導入するには、地域との十分な調整が必要であり、迅速な制度改正が難しい構造になっています。
地域コミュニティへの影響
漁業がさかんな地域にとって、漁業は地域経済や文化を支える重要な産業です。そのため、国が一律に厳しい規制の導入などを行った場合、地域コミュニティの経済的・社会的な基盤を揺るがす可能性があります。
消費者の環境への関心
欧州では持続可能な漁業による商品への消費者の関心が高まっていますが、日本では「価格」や「栄養価」が依然として高い関心を集めています(参照元:MSC)。そのため、市場からの環境配慮の圧力が弱いという点も、制度改革の後押しになりにくい要素です。
以上の背景からも伺えるように、日本の漁業は地域の協同組合を中心とした産業であり、地域コミュニティと密接に関わっているため、海洋保全施策についても地域との連携が鍵となります。だからこそ、日本は欧州を中心とした先進的な取り組みから学びつつ、多様なセクターが地域と協働して漁業の仕組みを構築することで、地域コミュニティに貢献しながら持続可能な漁業の未来をひらけるのではないでしょうか。
一人ひとりができること
政府や漁業関係者だけでなく、消費者の意識や行動をアップデートしていくことも重要です。たとえば、MSCの「海のエコラベル」など、持続可能な漁業に配慮された商品を選ぶことも、海を守る一歩になります。日々の買い物のなかで、意識的な選択をしてみてはいかがでしょうか。
海の豊かさを未来につなげていくためには、主導的な政策・枠組みに加え、自治体や市民を含めた多様な主体の協働が欠かせません。これからも、魚を食卓に届けてもらえることへの感謝を忘れず、一人ひとりが海からの恩恵を大切にし、次世代につなげていく努力が求められます。
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