地下から始まる、もっと緑のある暮らし。サステナブルな地下駅を目指す「Green UNDER GROUND」
せわしない日々のなか、公園の木々に目をやったり、部屋の植物に水をやったり――そんなささやかな時間に、私たちは緑のやさしさや力強さを感じています。観葉植物を育てる人が増え、オフィスにグリーンを取り入れる動きも広がっていますが、そもそも都市には植物の育成に適さない空間も少なくありません。
たとえば、日光が差し込まず、強い風が吹き抜ける地下の駅もその一つ。通勤や通学で多くの人が行き交うこの場所に、もし植物が育ち、公園のような空間が広がっていたら? そんな問いから始まったのが、「Green UNDER GROUND」というプロジェクトです。
東急・東急電鉄が進めるこのプロジェクトでは、田園都市線の池尻大橋、三軒茶屋、駒沢大学、桜新町、用賀の5駅が、今の時代にふさわしい地下駅へとリニューアル。快適・安心で親しみやすい空間を目指すとともに、観葉植物や苔といったグリーンを取り入れることで、環境負荷の低減や、人と空間の新たな関係づくりにも挑戦しています。
この「地下駅に公園のような空間をつくる」試みには、多くのパートナー企業が参加しています。駒沢大学駅では、商業施設や住宅の緑化を手がける「SOLSO」が植栽計画を担当。桜新町駅では、苔を使ったライフスタイルを提案する「グリーンズグリーン」が、駅構内での苔栽培実験に取り組みました。それぞれの事例から、地下という環境や都市における「緑のある暮らし」の可能性を探っていきます。
「サステナブルな地下駅」を目指すプロジェクト
「Green UNDER GROUND」の対象となる5駅は、いずれも開業から45年以上が経ち、老朽設備の更新や快適性・環境性能の向上が課題とされていました。駅をサステナブルかつ親しみやすい空間に刷新するため、田園都市線の路線カラーでもある「Green」に、環境配慮や心地よさ、新しさといった多様な意味を込め、「サステナブルな地下駅」を目指したリニューアルが進められています。
「UNDER THE PARK」をテーマに、プロジェクトの第1弾としてリニューアルされたのが駒沢大学駅。駒沢オリンピック公園や周辺の街並みと連動し、駅から自然とつながるような設計を駅空間に取り入れています。改札を抜けた先には、光や緑が効果的に配された明るい構内が広がり、利用者が自然を感じながら移動できるデザインが施されました。
続く第2弾では、桜新町駅で苔の栽培実証実験が行われました。日光が届かず、湿度の高い地下駅のバックヤードで、湧水を活用した苔の栽培や空気清浄の効果を検証する試みです。
こうした取り組みをサポートしているのは、植物や緑化を専門とする企業たち。駒沢大学駅の植栽計画にはSOLSOが参加。運営会社であるDAISHIZENが得意とする、インドア/アウトドアグリーンの設計や管理スキルを活かし、地下駅に適した植物の選定やメンテナンスのあり方をデザインしました。
桜新町駅では、苔の人工栽培技術に特化したグリーンズグリーンがパートナーとして参加。空気清浄やCO₂吸収、粉塵吸着など多様な効果を持つ苔の活用の実証実験を実施。異なる知見を持つプロフェッショナルが協力しながら、地下という特殊な環境で「緑の可能性」を模索しているのです。
暮らしに根を張りはじめた「Green UNDER GROUND」の取り組み。SOLSOの増田晃さん、グリーンズグリーンの小石哲也さんとともに、2駅でのプロジェクトを振り返りながら、その歩みと今後について語り合います。
毎日の移動に、地下でも育つグリーンを。駒沢大学駅のリニューアル
今回、取材チームが訪れたのは駒沢大学駅。地域の憩いの場である駒沢オリンピック公園が持つ「GREEN」や「WELL-BEING」のイメージを駅構内にも取り入れるため、緑色のキーカラーを採用し、駅の各所にSOLSOプロデュースの植栽が導入されました。
── SOLSOが駒沢大学駅のリニューアルに関わった経緯を教えてください。
増田さん
日本の駅、特に地下駅では緑を見ることが少ないですよね。以前から不思議に思っていたところに、東急電鉄さんからお声がけいただきました。
最近は自宅やオフィスに植物を取り入れる人が増えていますが、その中間にある「駅」でも同じように緑を感じられたら、暮らしがもっと豊かになるはず。駅は誰もが日常的に使う場所だからこそ、少しでも気持ちよく過ごせる空間にしたかったんです。
── 地下で植物を育てる難しさはありましたか?
増田さん
植物には日光が欠かせませんが、駅のリニューアルに合わせて育成用の照明が導入されたので、その点はクリアできました。ただ、地下駅とはいえ夏と冬の気温差があったり、場所によって湿度が違ったりと、植物にとっては過酷な環境です。
しっかり根づけば安定するのですが、最初の数ヶ月はなかなかうまくいかず、今年の暑さの影響もあって蒸れに弱い植物が枯れてしまうこともありました。そうした結果をふまえて植物の選定を見直したことで、今は順調に育っています。
小石さん
苔の育成でも、照明や湿度の管理が重要です。地下駅の列⾞が通るたびに強い⾵が吹くので、場所によっては湿度が奪われてしまうんですよ。同じ駅構内といっても、どんな場所で育てるかは大きなポイントですよね。
── 防虫や防腐などの管理はどうされていますか?
増田さん
できるだけオーガニックな薬剤を使って、土や幹、葉に定期的な防虫処理を施しています。また、有機系の土は虫が湧きやすいため、無機質の土を使用し、水やりの際に必要に応じて希釈した栄養素を与えています。無機質の土はカビも発生しにくく、普通の土より育てにくいということもありません。
小石さん
なるほど。太陽光の紫外線がない分、外よりも根がカビやすいのではと思っていましたが、無機質の土でうまくコントロールされているんですね。
── メンテナンスについて、気をつけている点があれば教えてください。
増田さん
現在は週に一度、東急電鉄のプロジェクトメンバーさんが水やりをしてくださっていて、僕らも毎週メンテナンスに入っています。ただ、今後は駅というコミュニティのなかで緑を育てていく構想があるんです。
僕らが100%管理すればきれいに保てますが、テナントや駅係員の方にも関わってもらうことで、自然と駅の利用客や地域の方々も含めたコミュニケーションが生まれるはず。植物が駅の風景に根づいていくように、徐々に僕らの関わりを減らしていけたらと考えています。
まるで地下の実験室。桜新町駅のバックヤードで広がる苔栽培
プロジェクト第2弾の舞台は桜新町駅。駒沢大学駅とは異なり、駅のバックヤードを活用して苔の栽培実験が行われました。苔の仮根(かこん/※)にはCO₂を半永久的に固定する性質があり、光合成による空気清浄効果とあわせて、環境負荷の軽減が期待されています。さらに、栽培には駅構内の湧水を活用することで、下水処理水の使用削減にも取り組みました。
この実験を手がけたグリーンズグリーンは、土を使わず、特殊な不織布を用いた「スナゴケシート」で苔を育てる技術を開発しています。防草が不要で、一般の防草シートよりも長く使えることから、維持の手間とコストを抑えた緑化としてさまざまな場所での導入が進んでいます。
── 桜新町駅での苔栽培は、どのような経緯で始まったのでしょうか。
小石さん
東急グループ主催の成長支援プログラムに参加したことがきっかけです。地下の駅は(特有の)粉塵が舞っていたり、閉鎖性が高かったりと、苔の生命力や空気清浄効果を試すには面白い環境だと思いました。地下で苔を育てることは私たちにとっても挑戦でしたが、都市のなかで有効活用できる可能性があるならやってみようと、実験をスタートさせました。
先ほども触れましたが、苔は風によって湿度を奪われることを嫌います。また、苔の組織はとても単純なので、置かれた場所の条件が合わないと順応できません。ただ、今回提供いただいた場所は風の影響が少なく、比較的落ち着いていたため、生育には問題ありませんでした。
増田さん
苔は全体から水分を蒸散するし、生育には程よい明るさも必要ですよね。森の高木の根元など、湿度のある落ち着いた場所なら根付くけれど、環境が変わると育成が難しいイメージがありました。
小石さん
おっしゃる通りです。だから、森や地上から離れた地下空間で苔を育てると聞いたとき、「風の谷のナウシカ」に出てくる植物の研究室を思い浮かべて(笑)。あのイメージのまま、興奮しながら取り組みましたね。
── ナウシカの研究室! 人工的な空間の中に自然が再現されていて、ワクワクしますよね。そもそも苔は他の植物に比べて、どのような特徴があるのでしょうか?
小石さん
「苔」という字は草冠に「台」と書きますが、まさに地上で植物が育つ土台のような存在です。海から植物が上陸したあと、まず苔が繁茂し、そこに徐々に大きな植物が育ち、やがて動植物が枯れたり食べられたりすることで土が豊かになっていく。今でも森では、苔がたくさんの虫の寝床になっていますし、森の生態系を支える重要な存在なんです。
── 桜新町駅の実証実験は順調に進みましたか?
小石さん
栽培に使った地下の湧水にはマンガンが多く含まれていて、そのおかげで最初の2ヶ月は光合成が促進され、成長が非常に早かったです。マンガンが過剰になると別の課題もありますが、この湧水の特性を活かした肥料や、他の植物との組み合わせには可能性を感じました。これまで厄介者だった駅の湧水が、水資源として再利用できるかもしれないんです。
増田さん
地下駅ならではの環境で言えば、流れ込んでくる雨水もうまく利用できるかもしれませんね。駅のなかで資源循環が生まれれば、もっと面白い展開になるはず。駒沢大学駅の植物もそうですが、もともと人由来の微生物しかいなかった場所に、植物由来の微生物が加わることで、良い変化が起きるようにも感じます。今後、複数の駅で比較していきたいですね。
緑のある暮らしを、もっと都市の日常へ
『Green UNDER GROUND』の舞台となったのは、日々多くの人が行き交う駅というパブリックな空間。そんな場所で植物と向き合うことで、暮らしと緑との関係に新たな視点が生まれ始めていました。改めて、緑との付き合い方についてお二人に伺います。
── 植物や苔を地下の駅という環境で育てるために、さまざまな工夫をされていることが印象に残りました。この環境をキープするためには、手入れという視点も欠かせませんよね。
小石さん
植物のメンテナンスは注目されにくいですが、本来もっと評価されるべき仕事だと思うんです。日本には昔から盆栽の文化がありますし、何百年も生きる木を手入れし続けている人たちもいます。森林を増やすことももちろん大切ですが、緑を管理する知識や技術、それを活かす働き方も、もっと広がってほしいと感じています。
増田さん
都市部の植栽は早朝や深夜など人目に触れづらい時間に、いつの間にかメンテナンスを済ませているイメージが強いですよね。裏方的な存在として扱われがちですけど、植物を愛でたり手入れしている人たちは格好いい、そんなふうに思われる文化を作っていきたいんです。
小石さん
SOLSOで働いているスタッフさんは皆おしゃれでかっこいいんですよね。そこも僕がSOLSOの大ファンな理由の一つです(笑)。
── 今回のプロジェクトでは駅に関わる人も巻き込んだ、都市ならではの「お世話」や「愛で方」のスタイルが生まれていきそうです。
小石さん
SOLSOの植栽は、整えすぎず、自然に近い状態を大切にされているように感じます。自然のなかにいると、決してきれいに整っているわけじゃないけれど、ふと心を惹かれる自然物と出会う瞬間もありますよね。
増田さん
ありがとうございます。ディスプレイの仕事ではきっちり整えることもありますが、できるだけ自然に、そこにあって当たり前に見えるように意識していますね。自然の中で植物がどう育つのか、ツルがどんなふうに伸びるのか、それを理解してから配置して。人間の目って意外と繊細で、葉っぱの向きがちょっと不自然なだけでも違和感を感じてしまうんですよ。
── 私たちは、自分たちが思う以上に緑に影響されているのかもしれませんね。
小石さん
企業が大きな取り組みをするのも大事ですが、個人の小さな行動の積み重ねでも、環境は確実に変わっていくと思うんです。グリーンズグリーンでは苔を盆栽のように育てるアイテムをつくっているのですが、それは植物をペットのように大切にしてもらいたいから。少し意識を変えるだけで、たとえ枯らしてしまっても、そこから何かを学ぶことができるはずです。
増田さん
私たちも法人向けの植栽だけでなく、個人向けに鉢と植物を組み合わせたセットなどを販売しています。ひとつの植物と過ごす日々のなかで、自然や環境への意識が少しずつ育まれていく。そんな日常の中の変化が、暮らしを豊かにしていくのだと思います。
── 個人という単位でも、駅という単位でも、緑と共にある暮らしにはさまざまな広がりが見えました。
小石さん
苔だけで自然をつくることはできませんから、他の植物を扱う方々との連携は欠かせません。僕たちだけでは手が届かない部分も多く、最近では栽培方法をお伝えする機会も増えてきました。オフィスの植物を皆で育てると仕事の生産性が上がる、なんて話もありますし、緑の価値が見直されていることを感じています。
増田さん
「コンクリートジャングル」という言葉もありますが、都市が無機質であるとは限りません。地方の自然とはまた違う、都市ならではの緑のかたちがあるはずで、むしろ、都市のほうが緑を多くできるかもしれない。駅や公共空間、商業施設などにもっと緑を増やして、それが当たり前の光景になっていく未来を目指したいですね。
緑が「あると嬉しい」ものではなく、「なくてはならない」存在として都市に根づいていく。そんな日常をつくっていけたらと思っています。
☆Green UNDER GROUND 公式Instagram
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執筆淺野義弘
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撮影Kenya Ishikawa
取材・編集友光だんご(Huuuu)
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