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豊かな未来のきっかけを届ける

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本業は壮大な金魚すくい!? 「楽しい」から続けてきた、人と魚をつなぐきっかけ作り #豊かな未来を創る人

Yahoo! JAPAN SDGs編集部

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岸壁幼魚採集家として、SNSや書籍、イベントなどで幼魚にまつわるさまざまな発信をしている鈴木香里武さん。まだ寝返りも打たない0歳の頃から、魚好きだった両親に連れられ、何度も漁港を訪れてきたと言います。そして、足元の海面を見つめる中で出会ったのが「幼魚」でした。

幼魚の観察を続けて30年、その存在を少しでも多くの人に知ってもらうため、そして彼らの暮らす海が心地よい場所であり続けるために、香里武さんは人と魚、人と海をつなぐ"きっかけ作り"を行ってきました。

"楽しい"や"好き"を入り口に、漁港の足元から身近にできることを模索し続けてきた香里武さんのこれまでと、活動の先に思い描く未来について話を伺いました。

鈴木香里武(すずき・かりぶ)

1992年3月3日生まれ、うお座。幼少期から魚に親しみ、専門家との交流などを通して魚の知識を蓄える。大学では心理学を学び、観賞魚の印象や癒やし効果を研究。現在は北里大学大学院で稚魚の生活史を研究する。荒俣宏氏が立ち上げた海好きコミュニティ「海あそび塾」の塾長。2022年7月、幼魚水族館の館長に就任。近著は『カリブ先生のおさかな赤ちゃん珍図鑑』(エムピージェー)。株式会社カリブ・コラボレーション代表取締役。男物のセーラー服がユニフォーム。

小さな体にぎゅっと詰まった進化の物語

── 「岸壁幼魚採集家」とは聞き慣れない言葉ですが、ずばり何をする人なのでしょうか?

やっていることはものすごくシンプルなんです。たも網を持って日本各地の漁港に行き、岸壁に這いつくばってひたすら海面を覗く。そうすると漁港の隅っこには、潮や風に流されてきた「幼魚」がたくさんいます。ここでいう幼魚というのは、卵から生まれてある程度泳ぐ力のついてきた、人間でいうと小学生くらいの子どもたち。それをたも網で掬いあげ、観察して記録する。いわば壮大な金魚すくいのようなことを本業だと言い張っているんです(笑)。

── 壮大な金魚すくい! それがどんな風に仕事になるのでしょうか?

幼魚という存在は、魚類学研究においても、後回しになりがちなテーマだったりするんです。一般的に知られている魚でも、実は子どもの頃の姿を誰も見たことがない場合も。ですから、趣味で掬った幼魚が実は魚類学的にすごく貴重な発見だったとか、自分の水槽で成長観察をしていたら世界初の記録になったとか、そういうことが何度かあって。幼魚観察の意義の部分に気づくようになったんです。

それで幼魚の写真や映像を撮り溜めていたところ、幼魚にまつわる図鑑を作ることになったり、イベントに呼んでいただいたり、テレビに出演したり、気づけば好きなことが仕事になっていました。

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たも網を持って、漁港の海面を覗き込んで幼魚をチェック
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岸壁に這いつくばって幼魚を掬い上げる

── 他にもSNSや書籍の執筆、他ジャンルとのコラボレーション企画など、あらゆる形で幼魚を発信しておられます。今もっとも注力しているのはどんなことですか?

ちょうど2022年の7月に、夢だった幼魚水族館をオープンさせたんです。小さくて目立たない幼魚をいかにスターにするか、この水族館から発信していきたいと考えています。

330平方メートルほどの小さな館内ですが、2〜3時間滞在してくださる方も珍しくありません。というのも、幼魚って体が小さいので水槽に近づいてじっくり目を凝らさないと見えないんです。そうして初めてみなさん幼魚たちの表情の豊かさや息遣いに気づく。大きな体の魚ではなく小さな体の幼魚だからこそ、人と魚の物理的な距離を近づけてくれるんです。人と魚の世界をつなぐ"きっかけ"となりうる幼魚の潜在力に改めて気づきました。

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幼魚水族館の展示は、香里武さんお手製の幼魚愛あふれた解説が好評

やはり僕自身は、"きっかけ作り"の人になりたいと思っているんです。特に都会で暮らしていると、生きた魚に触れ合う機会って圧倒的に少ないですよね。昆虫だったら、近くの公園にいますけど。普段出会えない存在との接点をどう作るか。お節介なことに、僕はあまりにも魚が好き過ぎるので、ぜひこの素敵な世界をみなさんに知ってほしいんですね。その接点を世の中のあちらこちらに作る活動をずっとしています。

── どの活動においても幼魚への一途な情熱を感じます。ここまで駆り立てられる幼魚の魅力を教えてください。

幼い頃は「可愛い」「面白い」と思って幼魚を観察していたのですが、見れば見るほどなぜこんな姿なのだろうと。調べてみると、背景には壮大な生きざまがあることを知ったんです。

小さな彼らは海にそのままポツンと浮かんでいたら、すぐ敵に食べられてしまう。だから成魚以上に工夫をしないと生き残れないんですね。その工夫というのが十種十色。トゲトゲした形のものや、色が透明になるもの、枯れ葉や岩に擬態するものまで。本当にさまざまな工夫を凝らし、長い進化を経て今の姿に辿り着いたという、とてつもない物語があるんです。

その物語が、1cmにも満たないような小さな体にぎゅーっと詰まっているわけですよ。それがもう僕にとっては、大質量かつ高密度で一つの点に集まるブラックホールのようで、どんどん心が吸い込まれていくような感覚になるんです。高校生の頃にそれに気づき、さらに幼魚にのめり込んでいきました。

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幼魚水族館のアイドルのミナミハコフグ。黒い斑点を全身にまとい、攻撃から目を守る。「可愛いだけじゃなく逞しい生きざまが大好き」(香里武さん)

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南方から流れてきたアミモンガラの幼魚。「昨年世間を騒がせた軽石に擬態している興味深い姿です」(香里武さん)

魚と人をつなぐ"きっかけ作り"がしたい

── 自分一人で幼魚を観察するだけでなく、魚と人の世界をつなぐ"きっかけ作り"をしたいと思うようになったのには、何かターニングポイントが?

まず原点の一つは、小学生のとき。僕の師匠といえるさかなクンという素晴らしい人物に出会ったことです。彼との出会いは、すごく大きな転換点になりました。

さかなクンは、魚を種ではなく、個として見る意識を持つ人。例えば、水族館で同じ種類の魚がたくさん泳いでいたとしても、一匹一匹を見分けることができる稀有な存在です。僕はそのレベルには到底達していませんが、魚の個性に目を向ける彼の視点にとても影響を受けました。

そして何より、さかなクンはお茶の間と魚をつないだパイオニア。大好きな魚たちの魅力をユニークに発信し続ける姿を見て、自分もその後に続きたいと。彼と同じことはできるはずもないので、何か自分なりの方法で魚の世界への入り口を開こうとなんとなく考えるようになりました。

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── なるほど。そうすると、その頃から今のような魚の発信者を思い描いていたのですか?

いいえ、高校に入るまではやはり漠然と研究者の道を目指していました。それで大学進学に向けて海洋学の研究所を見学しに行ったら、すごく魅力的なのだけど何か違和感があって。自分が根本でやりたいことと少し違うな、と気づくんですね。

僕はあくまでも魚好きであって、研究そのものより、研究者が見つけた面白いことを魚の魅力を知らない人たちにどう届けるか、そちらの方に関心があるとわかりました。その手段として、大学では海洋学科ではなく心理学科に入り、「水族館の癒し効果」を研究しました。魚が人に与える癒し効果がわかれば、もっと多くの人と魚の接点を作ることができると考えたのです。

── あくまで魚の魅力を伝える手段として、心理学を学んだんですね。そこからどうやって、今のような発信をするようになったのでしょう?

同じ頃、やはりまだ魚に興味のない人たちに、その魅力を知ってもらうためには、自分一人ではどうしようもないと感じるようにもなりました。それで、各分野のスペシャリストとコラボレーションをしたらどうかと。魚関係の人はもちろん、音楽家や俳優など、さまざまなフィールドで活躍している方々に声をかけて「カリブ会」というチームを作りました。まだ子どもでしたので、とにかく「仲間になってください!」と勢いだけで(笑)。

すると力を貸してくださる大人が徐々に増え、100人を超えたところで「カリブ・コラボレーション」という会社を立ち上げました。それが大学1年生のときです。事業計画も何もなかったのですが、魚と何かをコラボさせたら絶対に面白いことができる、そんな根拠のない自信だけはありました。

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最初に手掛けたのは沼津港深海水族館の仕事。初代館長の石垣幸二さんから一緒に何かしないかと声をかけていただき、「館内音楽企画をプロデュースさせてください」と提案しました。

そこでカリブ会に所属する6人の音楽家たちが、展示ブースごとに違うテーマソングを作って流したんです。すると、それぞれの音楽家のファンのみなさんがオープン当日に続々と足を運んでくださって。一つのブースに何時間も滞在して、音楽を聴きながら魚をじっくり観賞してくれたんです。

来場者のそんな姿を見て、「そうそう、こういうことがしたかったんだ!」と思いました。魚を演出するために音楽とタッグを組めば、五感を刺激する展示になります。音楽という入り口から魚の魅力を知ってもらう。自分がやりたかったことはそんな"きっかけ作り"なのだと確信しました。そしてその手段として、分野を超えたコラボレーションというやり方が、今も自分にとって一番しっくりくる方法です。

「足元から」「楽しく」できることだから続く

── 30年間、漁港に這いつくばって観察を続ける中で、海の変化を感じることはありますか?

やはり海洋ゴミと海水温の上昇。これが一番身近に感じることですね。例えば漁港は、海洋ゴミの終着点の一つになっているんです。幼魚採集に行くと、漁港の隅っこに溜まった大量のゴミが目に入ります。それも年々増えていて、2020年の夏頃からは急にマスクのゴミをたくさん見かけるようになりました。

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ビニール袋やお菓子の袋など、漁港に浮かぶゴミ

── たしか同じ年の春頃からコロナ禍で人々がマスクをするようになりましたよね。

そうなんです。こんなにも早く人の生活の変化が漁港に反映されるのかと、すごく驚きました。陸と海ってやっぱりつながっているのだなと。

それに対して、例えば「ゴミを拾いましょう! さもなくばマイクロプラスチックになって、生き物に悪影響で......」と、シリアスな入り口から訴えることもできます。でも例えば子どもたちにそれを伝えたところで、彼らの目は輝かない。海を守らなければという"意義"として、仕方なしにやらされているゴミ拾いは長く続かないですよね。

どうすれば継続的に取り組めるのか。それにはやっぱり"ワクワク"しかないと思うんです。自分で発見した問題に対して、ワクワクしながら取り組むのなら長く続くはずです。

── 「環境問題」というテーマを発信する際、メディアの伝え手としても、深刻さや悲壮感が伴うことはある気がします。

ですから、僕が子どもたちに向けたイベントで行っているのはあくまで幼魚観察です。というのも、幼魚たちは敵から身を守るために浮遊物に隠れるという習性を持っているんです。海藻がないときは、ビニール袋の下やペットボトルの中に隠れています。だから幼魚を掬い上げて観察するついでに、一緒にゴミをまとめて捨てるんです。そんな風に、あくまで幼魚たちを見つけるという遊びに付随した活動であれば、無理なく続けられると思うんです。

ゴミそのものではなく、その周りにある生態系に注目すると、そこにはちょっと楽しい世界が広がっています。本来あるべきではないゴミさえも利用して生き抜く、逞しく健気な幼魚たちを見ると、彼らの住んでいる海を汚してはいけないという気持ちが芽生える。それが一番自然な形ではないかと思います。

いきなり大きな活動に参加する必要は決してなくて、足元で自分ができること、しかも楽しみながらできること、それを僕は提案していきたいなと考えています。幼魚たちは、その入り口となっていろいろなことを教えてくれるように思います。

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── たしかに入り口をどこに設定するかで、「せねば......」なのか「したい!」なのか、物ごとに取り組む姿勢が変わるように思います。海水温の変化については、幼魚の周りでどのようなことが起きているのですか?

ここ最近、僕の幼少期にはいたはずなのに見かけなくなった幼魚が何種類かいるんですよ。例えばアイナメの幼魚なんかも、ぱったり見なくなりました。なぜかと考えてみると、海藻がなくなったんです。

本来春先の漁港には、青々としたアオサやワカメが茂っていて、そこにアイナメなどの幼魚たちが隠れて生活していたんです。それが最近、春になると海藻が枯れてしまって。その要因の一つが海水温の上昇です。そもそも海藻は、冷たい水でぐんぐん成長するのですが、冬に海水温がしっかり下がらないと壊滅的な状態になる。実際に、海藻を育てている漁師さんたちからも、大きな打撃が広がっている話を聞きます。

海藻が減るということは、その周りにいたはずの幼魚にも影響が出る。さらには、その幼魚を食べていたはずの魚にも影響が出て......と、結局全てつながっていくわけですね。

── 海水温上昇に地球温暖化が影響していることは何となくわかるのですが、問題が壮大すぎて思考停止になってしまいます......。

ですから、ここでも「風力発電や新しい燃料の開発をしなければ......!」と、いきなり考える必要はないと僕は思っていて。地球という大きな物語の中で、自分が一人で担当できる部分って、ほんのちっぽけなところだと思うんですよ。その中で、自分はどのパーツを担いたいのかということ。僕自身が担当したいのは、やっぱり"きっかけ作り"。多くの人の日常において無理のない意識変化というのを少しでも担当できたらと。

例えば「エアコンの設定温度を1度上げましょう」と、リモコンのスイッチをぽちっと押す動作。これ一つとっても、義務として行うのか、自発的な物語があって行うのかでは全然違うと思うんです。

海水温が高まると、海の中でどういうことが起きているのか。それをなるべくシリアスでない入り口から提示することで、それぞれの内側に物語が生まれ、自分も何かしてみようかなと思ってもらえればなと。僕はそれを足元の漁港から、幼魚という存在を通して、楽しさを交えながら伝えていきたいと思っています。

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魚を選んで食べることも海の豊かさに

── それぞれが自分なりのストーリーを持って、「義務」ではなく「楽しい」を入り口に日常の中でできることを見つける、と。

そうそう。だから普段の生活でも、本当にちょっとしたところにヒントが隠れてるんですよね。例えば、まだ食べたことのない魚をスーパーで見つけたら、それを食べてみるとか。

── え、そんなことで良いんですか。それなら全然できる気がする......。

はい。今はどうしても、サンマやサーモン、マグロなど、魚食文化を愛する日本人が偏って食べてきた魚たちが、手に入りにくくなっている現実があります。かたや漁業に目を向けてみると、漁獲された3〜4割程度の魚は「未利用魚(みりようぎょ)」と呼ばれて廃棄に回っているといわれています。その理由は、傷が付いている、見た目が美味しそうではない、知名度がない、などさまざま。

でも、実はそれは宝の山なんですよ。未利用魚を活用すれば、ひょっとすると漁業のバランスがもう少し偏りのないものとなり、海の資源を守ることにつながるかもしれない。ですから、僕たちは難しいことを考える必要は全然なくて、自分にできることからちょっとずつ、ということで良いのではないかと。

極端な話、こうして僕がどんなに熱く幼魚の魅力を語っても、みなさんが自分でスーパーで買った刺身を食べたときの「美味しい!」という発見に勝るものはないんですよ。そこに楽しさ、ワクワク、発見があると、これほど強いことはない。その実感から始めたことは誰かに強制されなくても、自然と続いていくと思うんですよね。実際僕自身も、なぜ30年間一切ブレることなく幼魚ばかり追いかけ続けてきたのかというと、やはり「楽しい!」に尽きるわけです。

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日本財団 海と日本プロジェクトの一環で行われた海のごちそうフェスティバルのトークイベントに登壇。食用として一般に知られていない魚の意外な美味しさを語った

今、どうしても「SDGs」という枠組みができたのでいろいろなことが義務化されつつありますが、そうではなくて。本来、楽しんですることの中にSDGsが組み込まれるべきだと思っています。一番良いのは、誰かに言われる枠組みとしてのSDGsではなくて、一人ひとりのSDGsを発見していくこと。そうした意識が芽生えれば、「2030年迄に」といわず、それ以降もそれぞれのアクションがずっと続いていくのではと。それが僕の理想とする世界ですね。

── たしかに近年では「SDGs」という言葉だけが先立つことも多いように感じます。果たして自分の生活において、本当に実感を持って取り組んでいることはどれだけあるのだろう?と感じました。

そうですよね。僕自身のことでいえば、今後も「SDGsのために何かをしたい」というよりは、とにかく幼魚を入り口に、魚と人の世界をもっと近づけたいという気持ちは変わりません。その距離が近づくことで、結果的に人々の「海の豊かさを守りたい」という気持ちにもつながっていけばと思います。

そして大好きな幼魚という存在を「文化」にしていきたいですね。最近ではサメや深海魚がブームになっていますが、例えば誰かが「幼魚がね」と話をすれば、「ああ、幼魚ね!」とわかる。もっというと、誰もが自分の好きな幼魚を語れます、みたいな。そんな世の中になったら夢のようです。そうすると、人と海の関わり方も新たなステージに入るんじゃないかなと思います。

遠いと思っていた海がより近づいて、誰もがそこに"楽しい"や"ワクワク"など自分なりの実感を伴ったアプローチができるような、そんな世界が実現できたらと思いますね。そのためにも、これからもあらゆる形で幼魚について発信していきたいです。

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  • 取材・文木村和歌菜

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