「町の専門家は住民、その声を大切にしたい」杉並区・岸本聡子区長に聞く、ミュニシパリズムの可能性
2022年6月の杉並区長選に出馬し、杉並区で女性初の区長に就任した岸本聡子氏。「対話から杉並の未来を創ろう」をスローガンに、住民が主体となってつくる自治のあり方を杉並区で実現しようと、さまざまな取り組みを行ってきました。
そんな岸本区長はなぜ「住民主体」の政治を強く訴えるのか。お話をお聞きしていく中で、「ミュニシパリズム」と呼ばれる考え方にたどり着きます。
杉並区の岸本聡子区長に、住民主体の自治への想いやミュニシパリズムの考え方についてお話をお聞きしました。
杉並区長。公共政策研究者。大学卒業後、国際青年環境NGO A SEED JAPANの有給専従スタッフとして働く。2001年にオランダに移住した後は、国際政策シンクタンクNGOトランスナショナル研究所研究員として19年間勤務。2008年からはベルギーに移住。2022年4月より日本に帰国し、7月に杉並区長に就任した。
主体的な区民を"育てる"杉並区の取り組み
── 杉並区では区民が政治に主体的に参加できる機会を数多く設けている印象があります。具体的には、どのような取り組みをされているのでしょうか。
杉並区の取り組みの一例としては「参加型予算」や「聴っくオフ・ミーティング」(区政を話し合う会)などがあります。
参加型予算は、地域の人だからこそ見える課題を出し合って、提案して、住民が投票し、多くの支持を得たものについて予算案に盛り込む......という予算編成の一連のプロセスに区民が参加する制度のことです。
このように区民が区の予算について意見表明をするためには、予算執行のプロセスや全体の予算の金額、全体の予算に対して投資予算が何%あるのかといったことまで知る必要がありますよね。そういった意味で、参加型予算は意見表明をすることはもちろん、区民の税に対する理解を深める機会にもなります。
また、杉並区で「聴っくオフ・ミーティング」と呼んでいるものは、区民との対話です。特定の議題について区民の意見を反映させるための機会ではありますが、自分が言いたいことを言うだけではなく、相手のことも理解して合意点を探っていく「話し合いの練習」という意味合いも大きいと思います。
これは掛け値なしに毎回新鮮で面白くて、私自身も皆さんと一緒に対話の練習をさせていただいている感覚です。聴っくオフ・ミーティングには、私と区民のほか、管理職を含む区の職員が20名ほど参加しています。
―聴っくオフ・ミーティングの参加者は、どのように募っているのでしょうか。
毎回、18~75歳までの区民2,000人に対して招待ハガキを送る「無作為抽出」と、テーマごとに参加者を募る「公募」の2通りで募集しています。公募で手を挙げる方は、そのテーマについて強い想いを持っていますよね。そうではない人たちの意見も合わせて聞いたほうがいいんじゃないかという意見が区の職員の方から挙がって、現在のような形になりました。
実際に、無作為抽出経由で参加された方は「この日空いてるし、行ってみるか」みたいな感じで来られるんですよね。でも、聴っくオフ・ミーティングがいざ始まってみると、誰が無作為抽出で、誰が公募で参加されたのかが全くわからない。そのくらい、知識の多寡に関わらず話し合えているわけです。
そうした環境があるのは、参加者の方が積極的に発言してくださることはもちろんですが、区の職員の努力の賜物だと私は思います。知識や想いの強さによらずフラットに話し合う場づくりをするにはどうしたらいいのかと、何度もミーティングを重ねたうえで、今の環境が作られてきました。
ミュニシパリズムは選挙だけに頼らない、自治的な民主主義のありかた
── 杉並区では区民の政治参加を促す取り組みを積極的にしているんですね。でも、岸本区長はどうして、こんなにも積極的に、区民の意見を区政に反映させようとしているのでしょうか。
やはり地域のことを一番知っているのは、地域の人たちだと思っているからでしょうね。実際に、先ほどの「参加型予算」も、もともとはブラジルをはじめとした国の貧困解決プログラムだったんです。州や市といった大きなレベルで実施した貧困解決プログラムの効果が出なかったときに、よりミクロな単位の共同体であるコミュニティーがそれぞれの実情に合った対策を提案する取り組みでした。
ただ、「参加型予算」にしても「聴っくオフ・ミーティング」にしても、これはあくまでツールです。このような市民参加型の政治を大事にする「ミュニシパリズム」という考え方があります。
── 「ミュニシパリズム」とは、どのようなものなのでしょうか。
ミュニシパリズムは、地方自治体を意味する英単語「ミュニシパリティ(municipality)」から由来している言葉です。
形式的な言い方をすると、「政治参加を選挙による間接民主主義に限定せずに、地域に根付いた自治的な民主主義や合意形成を重視する倫理であり、哲学であり、政治運動」となります。
要するに、地域のみんなで、選挙以外の場でも主体的に政治参加していこうよという実践ですね。
ミュニシパリズムが生まれてきた背景には、さまざまな怒りや失望があります。何に対する失望かと言うと、国政や既存政党に自分たちの想いが届かないこと、エリート層と政治の癒着、20~30代の不安定雇用と失業、格差社会といったことですね。
これまでの日本は、オリンピックがあったり、大阪万博があったりと、大きな再開発をするたびに大きな利権が生まれ、その周辺に仕事が生まれ......と、一定の業界や層が恩恵を受けてきました。
ただ、最近では一般市民がそうした恩恵を受けられないばかりでなく、賃金は底下げになっています。市場経済は非常に優れた機能ではあるけれども、私たちの生活のほとんどを市場に任せてきた結果、うまく機能しない部分も出てきている。そして、そうした環境をつくっているのは、政治のあり方です。
選挙で選ばれた政治家はエリート層がより富むことに注力し、労働者の運動体である労働組合は弱体化するか、一部既得権益になっている。そんな中で、草の根の"普通"の人たちが、自分たちの代表者を選挙に送り込もうという流れができてきたわけです。
自分たちを代表する人を選挙に送り込む政治運動は昔から行われてきましたが、地方議会で発言力を高めていくことにミュニシパリズムの新しさがあるのではないかと思います。
区民はサービスを受けるだけの存在ではなく、区の職員とともに働くアクター
── 杉並区でミュニシパリズムの実践を取り入れる中で、ハードルになっていることなどはあるのでしょうか。
すべてがハードルですよね。新しい考え方を導入したり、実践したりするうえでは、小さなハードルから大きなハードルまで、さまざまな壁が現れます。
ただ、それは杉並区に限ったことでも、行政組織が悪いわけでもありません。公務員には市民生活を守るために高い倫理が求められています。区民の福祉のためにやらなければならない業務がたくさんあります。要するに「新しいことをやろう」というミッションのもと動いている組織ではないわけです。
実際に「対話の区政」を実行するには決定に時間がかかったり、職員の仕事は増えます。
── そのようなハードルをどのように乗り越えていこうとされていますか。
やはりミュニシパリズムを実践していく苦労の先に、区の将来にとってプラスになることを伝えていくしかないですね。
先ほど職員の仕事が増えている話をしましたが、中長期的に見ると、仕事を減らすための実践でもあるんです。区民はサービスの受け手であるだけではなくて、公的な目標のために動くアクターでもあります。しかも、地域のことをよりよく知っている「地域の専門家」ですから、こうした方々が活躍できる仕組みづくりをして、職員と共に課題解決にあたれば、行政のキャパシティーは上がると思います。
人間ってやっぱり社会的な存在なので、家族や仕事以外の人とのつながりを求めていると思うんですよね。家族や職場以外の人と共同で何かに取り組んで、どんなに小さなことでも達成できたら楽しい。そしてそうしたつながりを作っていけるのが地域社会です。
みんなが関わって友達やコミュニティができて、その先で地域がちょっとずつ変わっていくとか、お互いのケアをしあうとか。「政治参加」と聞くと難しく聞こえるかもしれませんが、そういう体験を主体的に積み重ねていくことは楽しいことなんだと区民の皆さんが実感できる後押しをしたいですね。
選挙に自分たちの代表者を出す、選挙自体を変えていく
── 2023年7月で、杉並区長になってから1年になりますよね。杉並区の方々に対して、どういった印象を抱いていますか?
杉並区には運動の歴史が根付いていることは大きな特徴かもしれません。原水爆禁止署名運動発祥の地であり、そのほかにも90年代に小中学校の給食にセンター方式が導入されるなか、自校の給食室を守る活動に、職員である栄養士さんと保護者が力を合わせました。
約50年前には小学校区に一ヶ所ずつ児童館をつくる方針がつくられましたが、保育園の整備を経て小学生の放課後の居場所づくりは、当時の職員と保護者の方々の努力の賜物だと聞いています。
── 「地域を守ろう」という地域保守と、ミュニシパリズムの違いはどのようなところにあるのでしょうか。
地域保守は、いろいろな方を包摂する懐の深いものです。私自身も地域主権と言っているくらいですから、生活者や地域を凌駕していくようなグローバル資本や投資家を利するルールには抵抗していきたいと考えています。
ただ、「地域を守ろう」というスローガンだけだと、ジェンダー平等や日本で暮らす外国にルーツのある方々を含めた多様な人々の問題、気候変動......といった現代的で人類全体の課題がどうしても抜け落ちてしまいがちです。私はそこを変えていきたいと考えています。
── 地域を守りながら人類全体の課題にも取り組んでいく。そのために、どのようなことができるでしょうか。
ひとつは選挙だと思います。先ほどもお伝えしたように、ミュニシパリズムは地方議会で発言力を高めるために、自分たちの代表者となる人を選挙に送り込むことを一つの戦略にしている側面があります。個人を支援するのも大切ですが、思いを共有する市民がまとまって政策をつくったり、共通の候補者を出していく戦略が有効だと思います。
それから、より多くの方が選挙に関心を持って参加できるように、選挙自体を変えていくことも必要かもしれません。たとえば、2023年の国分寺市議会議員に当選した鈴木ちひろさんは大きなスピーカー付き選挙カーを使わない「スロー選挙」を提唱していましたが、街宣の騒々しさから選挙への嫌悪感を抱く方も一定数いると思うなかで新鮮な取り組みです。
それから、現状では選挙活動は保育園の入園要件を満たさないという理由で子どもが保育園を退園させられてしまうんですね。でも、4年後の区議選までにはきちんと準備しておきたいですし、そのためにはどうしたら良いのかとシンクタンク時代に培った研究魂を燃やしています(笑)。
試練は本当にたくさんあるのですが、すべてをポジティブな戦いに変えていく気持ちでいます。実際に、2021年の衆議院選挙で吉田晴美さんが当選したこと、2022年に岸本聡子が杉並区長選に当選したこと、そして2023年の区議選では多くの自治体で若い女性の候補者が当選するなど、直近3度の選挙で20~40代の若い女性の出馬・当選が増えているなど、世の中が少しずつ変わりつつあることが希望です。
── ありがとうございます。杉並区では岸本区長を筆頭に、ミュニシパリズムを実践しやすい土壌が少しずつ耕されているかと思います。ただ、杉並区にお住まいでない方が、自分の地域でのミュニシパリズムを実践したいと思ったときは、どのようなことから始めると良いでしょうか。
一つの選択肢に、地域政党を作ることがあります。たとえば、スペインのバルセロナには「バルセロナ・コモンズ」と呼ばれる地域政党があるのですが、あれはもともと地域の課題を解決したいと思っている市民たちのプラットフォームなんですね。プラットフォームに入った人たちみんなでどんな町にしたいかを話し合い、政策を考えて、代表者を出す。
「バルセロナ・コモンズ」の場合は、水と電力と住宅の権利運動に携わる方が「公共財」を自治体および市民に取り戻すために一致団結して選挙を戦いました。ただ、選挙が終わったら、みんなそれぞれの活動に戻っていくんですね。公共財に限らず、動物のレスキューや子どもの居場所など、それぞれの課題意識を持った人が集まって選挙のときに団結するモデルを、地域の中で実践してみるのは、取り組みの一つとして面白いなと思っています。
「自分たちの生活は政治につながっている」
そうした言葉を耳にしても、実感がいまいち持てない自分がいました。その根底には「どうせ政治では生活は変わらない」という大きな失望があったのかもしれません。
しかし、自分たちの手に自治を取り戻そうとしたミュニシパリズムもまた、そうした大きな失望から生まれている。しかも、それが世界のどこか遠い国の話ではなく、東京・杉並区という身近な場所においても少しずつ変化が起きていることに、現実的な希望を見た気がします。
杉並が灯した希望は、きっとこれからも、いろいろな地域に広がっていくでしょう。たとえば、私の町でも、あなたの町でも。
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取材・執筆佐々木ののか
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