瀬戸内の魚と米のマリアージュ!? 海と陸と人をつないで新たな価値を生む元漁師

カンザワラ、クロダイ、鍋割りチヌ、甲イカ......耳慣れない魚たちはすべて愛媛県に広がる瀬戸内海で獲れる「ローカル魚」だ。
新鮮な愛媛のローカル魚に「神経〆」「寝かせ」「放血」など魚を美味しくする漁師の秘技を施して全国の飲食店へ直販し、また自社工場で加工品製造もおこなう「せとぴち!」というブランドが愛媛県にある。
主な事業目的は、県内の漁師たちに利益を還元すること。そもそも漁師は自然を相手にしているので、収入は安定していない。そのうえ、買い手がつかないと漁師が判断した魚は、漁の時点で海に捨て、漁港に持って帰らないという問題がある。
さらに、特定の魚のシーズンになると、漁港へ持ち帰る魚種がかたより、魚価が下がってしまうのだ。近年では、全体の水揚げ量も激減している。売るものは少なく、さらに漁師の収入は不安定に。
漁師になる若い人間がいない、売れる魚しか漁で獲らない、売れる魚が少ない時には儲からない......。課題が目の前に山積する、まさに "ないないだらけ"の瀬戸内の海と漁師を守るために「せとぴち!」は誕生した。
山崎浩さんは脱サラをして漁師になったが、漁師は7年ほどでやめて「せとぴち!」を立ち上げた経歴の持ち主。
そんな彼は新たに、愛媛の「ローカル魚×ローカル米」を組み合わせた寿司のプロデュースに挑んでいる。まだ知られていない愛媛の魚と、廃れてしまった愛媛の米で、新たな観光資源を生み出そうとしているのだ。

山崎 浩(やまさき ひろし)
拠点は愛媛県の東部に位置する新居浜(にいはま)市。ビーコシーフード株式会社・代表取締役。「愛媛の海を守る」ことをスローガンに、鮮魚の直送通販と魚の加工食品を扱うブランド「せとぴち!」を運営している
サラリーマンから漁師に転向した山崎さん。漁師の新規参入は難しい印象があるが、後継者不足にあえぐ漁港が多かったため、歓迎されたという。
漁師になることで見えた課題。その解決のためにではあるが、あえて船を降りるというのは大きな決断だっただろう。

課題解決への一歩は 売れない魚の加工業

── 未来に向けてあえて漁師を辞めたとお聞きしました。どんなことからはじめたんでしょうか?
- 山崎
- 漁師の儲けを増やすために、売り物扱いされない低利用魚の価値を上げようと思いました。加工場をつくり、低利用魚を練り物の素材として活用するんです。僕が安価な魚を大量に買い取ることで、市場の供給量を削減し、需要過多になるような取り組みですね。
実績として「舌平目のメンチカツ」や「ハモチクワ」が出来上がりました。低利用魚も、1日数千円とか、少しずつでも売り上げを積んでいけば年間でかなりの金額になるわけですよ。

── 加工業に目をつけた理由はなんだったんでしょう?
- 山崎
- 僕たちの業界って、漁協は漁協、加工場は加工場とそれぞれが縦割りで、横のつながりが弱いんです。僕ができるのはその間に立つことだと思いました。漁師が「使えない」と思っている魚を加工して食品にし、全国の食品加工工場や飲食店へ届ける。そんな"ハブ"の役割になろうと。
地域の人が魚と触れ合う体験も開催して、地域と漁業との接点を増やしていく事業も進めました。漁業者でも地域の人・他業種の人との交流で生まれるものがあるんだということを確信しましたね。
── 事業は順調に回りはじめましたか?
- 山崎
- すぐになんて全然無理でした。いまの加工場は2代目なんですが、最初の加工場は「ひとまず建てた」という感じで、水はけも設備も十分じゃなかったんです。

- 山崎
- まあ仕事も少なかったですしね......。もっといえば、周りから見るといろんな活動をしている僕が一人だけ儲かっているように見えてやっかむ人たちもいて......。「この海を守りたいだけなのに!」とショックでしたね(笑)。それはそれで、逆境をいかして加工に本気で取り組む気持ちにもなりましたけど。

── 山崎さんの事業を通じて、漁師さんの意識が変わってきている実感はありますか。
- 山崎
- 漁師さんの収入は確実に増えてきていますね。僕が一次加工で受け入れる体制を整えて、ある程度大きな単位でものを集められるようになりました。収入が増えることで「こいつなら預けてもいいか」という信頼関係がこの2年で生まれてきています。
成功事例は、舌平目、小エビ、黒鯛、ボラ、ハモなど。トン単位の販路を実現しています。
複数の漁協をまたいで動ける人は他にはいないので、できるだけ僕が漁師さんの魚を「瀬戸の寒サワラ」「媛の鍋割りチヌ」「五智網の神経〆真鯛」のようにブランディングしたり、漁師という職を発信できたらと思っています。

新しい試みは、漁業×農業とのマリアージュ
「今夜は僕の新しい挑戦にむけて、一緒にお話したい人がいるんです」
夕方、山崎さんの誘いで、「せとぴち!」の加工場がある新居浜の漁港から場所を移し、取引のある松山市の寿司屋へと向かった。
"ハブ"としての山崎さんが見出した次なる可能性は「寿司」。
「ローカル魚×ローカル米」を組み合わせるにあたり、愛媛・瀬戸内の魚に注目する山崎さんと同じく、この地域の米に意識を向ける農家さんとコラボレーションしたのだ。
その農家である牧秀宣さんは、40年超の農業歴のなかで700枚もの田を持ち、環境に寄り添った農業を実践する人物。かつて播州(兵庫県南西部)から瀬戸内にかけて育てられていた米の品種を復活させ、均質化した日本の米事情に一石を投じている。

牧秀宣(まき ひでのぶ)
愛媛県東温(とうおん)市で米麦の栽培を中心に40年以上農業をおこなうジェイ・ウィングファームの代表をつとめる
── 魚の活用法として方法はいろいろある中、なぜ牧さんと組んでの「寿司」なんでしょうか?
- 山崎
- はい、漁師と地域のハブとして活動している僕が次に実現させたいのが、海と陸のハブになること。「魚も米も瀬戸内生まれ」でつくる寿司の展開です。魚も米も本物の「地のもの」を使うことで新たな観光資源になって人を呼び込める。寿司の需要が上がれば普段は捨ててしまう知名度の低い珍しい魚も活用できるチャンスにつながりますよね。
僕は農業にもすごく興味があるんです。豊かな海を守るためには、海へと繋がる山や川の環境を守らなければならない。そこで農業のプロである牧さんから学んでいる最中なんです。

── 山崎さんが感じる牧さんの魅力ってなんでしょうか?
- 山崎
- 牧さんは40年以上も農業をしてきた実績があって。さらに、自然の恵みを商品化につなげるための行動力もある人なんです。
── たとえばそれはどんな?
- 山崎
- そうですね......麦わらの空洞をストローにするアイデアとか。
── ストロー?
- 牧
- いま、麦わらを乾燥させて、茎の中にある空洞を利用してストローにできないか試作中なんや。プラスチックよりずっと自然にやさしいし、わらはそもそもが副産物だから製造コストもかからない。
── プラスチックストローは、海の環境を破壊すると警鐘が鳴らされていますよね。
- 牧
- わらは刻んで田んぼに混ぜ込んだり、家畜の飼料にもなったりと便利な素材。でも現代はそういう利用も少なくなってきたからね。わらを使ったストローはいいよ。きちんと水も通すし、廃棄も簡単だし。
- 山崎
- すごくワクワクするアイデアでしょう? 僕はいずれ、魚から肥料も作りたいんですよ。魚を加工する際に出るアラがすごくもったいなくて。それをゴミとしてではなく循環できるように肥料にしたくて、牧さんからいろいろ学んでいるところなんです。
- 牧
- 魚なんか捨てるとこないよ。貝殻だって肥料になるし。その肥料が畑の土を肥えさせる。土が豊かになれば、そこを流れる水が海にたどり着いて海の環境を豊かにするんや。
- 山崎
- やっぱり漁業と農業ってつながります。循環するんですよね。

── 今回の「寿司」に使われている米はどういったものなんでしょう。
- 牧
- これは僕が何十年かぶりに復活させた金南風(きんまぜ)という品種なんや。昭和30年代から40年代前半くらいまでは愛媛県で主流だったお米なんだけど。病気に強くて育てやすい他の品種が出てきて一気に廃れちゃった。
山崎くんと出会って、金南風が、瀬戸内の魚と合うんじゃないかと思って。寿司屋の大将にお願いして、特別に握ってもらったのよ。

- 山崎
- 昔はその土地の魚に合う米が全国各地にあったんです。牧さんが金南風を復活させてくれたおかげで、魚も米も瀬戸内本来の味で勝負できる可能性が芽吹いてきました。
── これ、本当においしいです! 魚も米も、今まで食べたことがない味がします。
- 牧
- いやいや山崎くんが用意する魚がうまいんや(笑)。どれだけ流通が発展しても、新鮮でうまい魚はその土地に行かないと食べられない。
- 山崎
- 魚も米も、もちろん野菜も昔はもっとローカライズされていたわけです。この寿司がもっと瀬戸内の飲食店で出せるようになったら、新しい観光コンテンツにもなるし、漁師も潤うはずです。

- 山崎
- 瀬戸内の海と陸がつながって、こんなにおいしいものができるなんて。僕が目指す方向は間違ってないと確信を持つことができました。
── このコラボは次につなげたいですね。
- 山崎
- 「せとぴち!」の〆の技術でもっといろんな魚種で試したいと考えています。ネタとか締め方とか、熟成の方法で、さらに最高のものに仕上げていきます。

愛媛の農業界のレジェンドと話す山崎さんはずっと表情が輝いていた。
それは、新事業を立ち上げることの苦労や、かつて仲間だった漁師たちの賛同を得られなかった苦悩、そういった逆境にもめげずに活動を続けてきたがゆえに掴んだ可能性を心から喜び、楽しんでいる表情だった。
牧さんも、一次産業に力を注ぐ若い仲間がさまざまな提案をし、実行していく様子に期待を向けていた。
海を通じて人を呼ぶ「仕掛けづくり」が瀬戸内を変えていく
地域を盛り上げるためにはじまった山崎さんの活動だが、そのもっと奥には瀬戸内海域の漁業全体の存亡への危機感があった。
瀬戸内の漁港、その多くが衰退の道をたどっているという現状がある。ただでさえ若い担い手が減っていくなか、太平洋や日本海といった広大な海で無数の魚を追うことができる環境と違い、瀬戸内の海は入り組んでいて狭い。
小さな海で限られた「儲かる魚」を取り合っていてはいずれ共に倒れてしまう......と山崎さんは話してくれた。

漁業の衰退に歯止めをかける活動の中で、加工業や鮮魚の販売だけではなく地域の魅力で、海を通じて人を呼ぶ「仕掛けづくり」にまで気持ちが進んでいる山崎さん。
漁師として船に乗り、沖に出るだけでは見えなかった未来予想図が今の彼の前には広がっていた。
対談のなかで牧さんが、「出すぎた杭は打ちようがない」という言葉を山崎さんへ授けるように言った。その言葉はきっと真理だ。その証拠に、彼の行動に賛同する人が少しずつ集まり始めている。
口だけではなく実際に行動し、少しずつ結果を生んでいく。そうした熱が伝播し、地元の漁師さん、隣町の漁師さんを変え、それが愛媛県内に波及しようとしている。
小さくて穏やかな海を見つめる男の目は、今日も青く燃えている。
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文荒木 貴大
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撮影木村 孝
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編集平山 靖子(おかん)
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編集くいしん
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