「うなぎを美味しく食べ続けられるように」養鰻の名手が現場の外で学んだこと
毎年、夏になると街に並ぶ「うなぎ」の文字。
古くは江戸時代から精をつける季節ものとして重宝されているうなぎですが、近年の不漁により食べられなくなる可能性があるのをご存知でしょうか?
2013年に大不漁になったことを契機に、ニホンウナギが環境省によってレッドリスト(絶滅のおそれのある野生生物の種のリスト)に登録。適切な資源管理を行わなければ、数年後にはワシントン条約にて取引規制の対象となり、流通量が現在の20%以下になると言われています。
そんな中、質の高い養殖うなぎが資源問題を解決するというコンセプトを持って、養鰻に取り組んできたのが、鹿児島県大崎町の横山桂一さん。
東京・日本橋の「鰻 はし本」の4代目店主・橋本正平さんたちと共にうなぎの資源問題に取り組む一方で、彼の生産する「横山さんの鰻」は、池袋の「かぶと」などのうなぎ専門店のみならず、恵比寿の寿司屋「えんどう」などの有名店から愛されてきました。
しかし、2019年の4月に横山さんは養鰻場から独立。販売などをメインとする有限会社泰斗商店を立ち上げました。
天然物を凌駕するほどのうなぎを育てる養鰻家としての実力を持ちながら、「現場から一旦身を引こうと思った」と語る横山さん。そこにはどのような思いがあったのでしょうか。泰正養鰻の養鰻場で話を聞きました。
今、お店に並んでいるうなぎが今年獲れたものとは限らない?
── 最近うなぎ(ニホンウナギ)絶滅の問題が騒がれています。ですが、その一方でスーパーやチェーン店などで土用の丑の日近辺になると、うなぎが大量に売られ、廃棄されているとも聞きます。漁獲量的には減ってないのでしょうか。
日本でよく食べられているニホンウナギはレッドリストにおいて、絶滅危惧IB類に分類されていることもあり、確かに漁獲量自体は年々減少傾向ですね。
ただ、うなぎって、年単位での冷凍が可能なんです。なので、量販店で出されているものは、今年出荷されたものではない場合もあります。
── 長い間冷凍されているものもあるんですね。
スーパーなどに卸されるのは、養鰻場から加工場へ出荷し、そこで捌いたものを冷凍加工したものがほとんどです。ただ、うちでは基本的には生きたままの状態で東京などにそのまま出荷しています。
── 生きたまま送ることなんて、できるんですか?
はい。ただ、桶の中の水に酸素を送り込む特殊な技術が必要なんですよ。専門店さんって生きたうなぎをお店で捌くので、活鰻(かつまん)しか仕入れてない所が多いんです。これが送る用のものですね。
── うなぎって大きいんですね。
これは和食用のものです。蒲焼などを提供するいわゆる専門店さんに卸すものは、もう少しサイズが小さいものになります。和食のお店って天然を好む傾向があるせいか、大きいものが好まれる印象です。
── お店ごとに細かく選別しているということですか?
はい。その他にもお寿司屋さんに出すときは、アナゴのサイズを想定して、普段流通しないような小さなサイズを出したりします。
お店ごとに最適なものが違うので、その辺りは料理人と話し合った上で、全てのうなぎを実際に手作業で触って選別しています。
── なるほど。では、実際の現場を拝見してもいいでしょうか?
はい。それではご案内しますね。
一流料理人たちから愛される養殖うなぎの現場
ここがうなぎを飼っている池のあるビニールハウスです。
── うなぎって、ビニールハウスの中で育てるのですね。
はい。ビニールハウスがある方が水温や水質の調整などがしやすいんです。10個ほどあるのですが、それぞれ大・中・小みたいな形でうなぎの成長具合や大きさによって、池を分けています。なので、1ヶ月に一度サイズを1匹ずつ測って、移し替えているんですよ。
── 1匹ずつ! ひとつの池あたりどのくらいのうなぎがいるんでしょうか?
大体1つの池につき成魚が25,000匹ほどです。稚魚用の池だと70,000匹くらいですね。稚魚から出荷までの期間は大体8ヶ月から1年半くらいと成長速度や出荷先によって、それぞれです。
── それほどまでの数がいると、管理が大変そうですね。薬などを与えたりはしないのでしょうか?
うちでは昔から薬は与えていませんね。そのため、池の温度や水質の管理を徹底しないと、一晩で池がひとつ全滅してしまうリスクはもちろんあります。だから基本的にはほぼ24時間365日体制ですね。
── 天然を超えると言われるゆえんはこの辺りの徹底した管理にあると。
そうですね。もともとうなぎをはじめとして、魚は基本的に天然至上主義ですが、天然ものはどうしても味にムラが生まれます。その点、養殖では管理さえしっかりすれば、安定して美味しいものを提供することができるんです。そのことをより多くの人に知ってほしいですね。
うなぎの資源管理はみんなで協力する必要がある
── 養殖に携わる立場として、うなぎの絶滅問題についてはどのようにお考えですか?
当然保全策は必要ですが、同時に水産庁を中心に、もう少しきちんとしたデータを取った方がいいのではないかと考えていますね。うなぎが絶滅危惧種に認定されてから随分経っていますが、実はその生態に関してはまだわかっていないところが多いので。
── え、うなぎって生態系があまりわかっていないんですか?
はい。これは水産庁の資料にも明記されていて。うなぎの産卵場に関しても、きちんと特定されたのはつい最近のことなんです。
そのため、絶滅問題の発端である稚魚のシラスウナギに関しても、データが乏しいんですね。水産庁の資料グラフからは激減しているように見えますが、稚魚だけの採捕量(さいほりょう)かどうかは正確にはわかっていませんし、そもそも河川での採捕量だけで生態系は判断しきれないところもあります。
気候の変化や河川の汚染で漁場が変化している可能性もありますし、うなぎの卵が孵化した直後のレプトセファルスと呼ばれる生物は海中に生息しているため、シラスウナギ自体も水深200mくらいに生息しているのではないか、という説もありますね。
── いろいろな説があるのですね。
ただ稚魚の採捕数が減ったことで様々な問題が生まれているのは事実なので、保全策も並行して考えなければいけません。
かつて僕は、天然の成魚のうなぎを取る量を減らすことが、資源管理に繋がると考えていました。というのも、うなぎは成魚に成長するまでに10年近くの年月がかかると言われています。そのため、稚魚を放流するよりも、成魚の保護の方が優先なのではと。
ただ最近では、稚魚の放流が効果的という説が出てきていまして。例えば絶滅危惧種としていち早く認定されたヨーロッパウナギは、現在貿易を廃止し、資源管理を行なっているのですが、3g未満の稚魚の放流などを通じて5年間で資源が回復しているというデータもあるんです。
── なるほど。稚魚の放流を通じて、数が増えているのですね!
ヨーロッパウナギとニホンウナギは正確な種としては異なるのですが、このデータを用いて、ニホンウナギにおいても放流などから持続可能な仕組みを作ることができるのではないかと。
しかし、その仕組みを作るためには生産者だけに放流を一方的に義務付けるのではなく、国として補助する必要があると思います。
── というのは?
現状うなぎは国の制度によって、養殖池に入れられるシラスウナギの量が年々減ってきているんですね。そうした状況に加えて、稚魚の値段もここ数年ですごく上がっています。現状、放流に取り組んでいる養鰻所もありますが、高額で買ったものを海に流しているわけですから、数十年もそれを続けることは、よほど大きなところでないと難しいですよね。
うなぎの未来を本気で考えるのであれば、国は仕入れ可能なシラスウナギの量を増やし、放流を義務付けた上で、稚魚の育成にかかる金額の補助金を与えるなどの対策を取ることを考えてもいいのではないでしょうか。
危機が迫っているからこそ、国と生産者、そして消費者は対立を煽るのではなく、お互いの立場を飛び越えて資源管理や、現状の環境について話し合っていくことが大切だと考えています。
うなぎ文化の未来はどこにある?
── 2019年5月に流通を主に行う泰斗商店として独立されたとお聞きしました。これにはどんな意味があるのでしょうか?
もともと僕自身はSNSでの発信がきっかけで、『鰻 はし本』さんなど外との繋がりが生まれて、視野が大きく広がったんですね。これまで数年は現場と出張を並行して行なっていましたが、一旦現場を離れて、新たなステージを目指す必要があるのではないかなと。
── 新たなステージですか。
一生産者として、いいものを作り続けることはとても大切なことですが、どうしてもそれだと業界内の常識だけで物事を考えてしまいがちです。どこの業界も同じだと思いますが、うなぎに関しても既存の生産・流通・販売という流れがガッチリと組まれているので、大きな視点でものを考えることは難しい。
こうして、うなぎの資源問題が騒がれて、お客さんが安心して食べることができない以上、ただいいものを作り続けるだけでは、どんどん食べる人が少なくなってしまう。うなぎという文化を残し続けるためには、外に出ていろんな人と交流を取る必要があると思うんです。
僕は天然うなぎを取ることをやめるべきだと考えていましたが、それもそれでひとつの文化だということを知りました。これも、外に出て様々な立場の人の話を聞いたからこそ、知れたことでもあるんですよね。
── うなぎという文化、ですか。
絶滅するかもしれないから、食べるのをやめる選択をするのは簡単です。ただ、この業界にいる以上、食文化としてのうなぎを絶やしてはいけないと思っているんです。
さらに言えば、ひとつの産業がなくなることで、生活が厳しくなる人のことも考えたい。生産者としてだけではなく、いろんな人とともに手を取り合って、食文化や産業、それに関わる人たちを守っていかなければいけない。
同時に、優れた生産者の人たちがきちんとした評価を受けられる状況にしたい。こうして現場を離れたことで、改めて彼らのすごさにも気づくことができましたから。
だからこそ、僕はいずれまた現場に戻ることができればと思っています。やっぱり僕が何より大切にしたいのは、お客さんに「横山さんのうなぎって美味しいね」と喜んでもらうことなんですよね。
そのためにこの数年で外でできることをやって、みんなが美味しくうなぎを食べて、みんなが幸せになる状況を作りたいと思っています。
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