深海6000mに36年前のハンバーグ袋。研究者に聞くプラスチック汚染研究の今
地球温暖化と並んで地球規模での対策が求められている海洋プラスチック汚染問題。排出されたプラスチックごみは海洋に漂ったのち、海底の奥深くに沈んでいく。その深海のプラスチックごみの実態を調べているのが海洋研究開発機構(JAMSTEC)です。研究員の中嶋亮太さんに、調査内容とプラスチック汚染研究のいまを解説してもらいました。
── 2019年8月から9月にかけ、海洋研究開発機構(JAMSTEC)の有人潜水調査船「しんかい6500」が、相模湾から房総半島の沖合に潜って、プラスチックごみの海洋汚染を調べましたね。
1989年に完成した同船は深度6500メートルまで潜れ、大深度調査で世界を代表する7隻のうちの一つです。2019年夏までに潜航は通算1500回を超えました。JAMSTECの海洋プラスチック汚染調査は2019年から始まったばかりですが、同年4月に海洋プラスチック動態研究グループが6人で編成され、私もその一員になっています。他の研究者も含め、15人ほどで海洋プラスチックごみにかかわっています。数千メートルを超す深海での汚染の実態を調べることができるのは、日本では大深度の潜水調査船や無人探査機を保有するJAMSTECしかありません。
── 写真を見ると、深海にプラスチックの袋が存在しているのですね。驚きました。
「しんかい6500」の窓から海底を見ながら、マニピュレーターを操作してつかんだのがハンバーグの袋です。袋には昭和59年製造とあり、何十年も海底にあったことを物語っています。9月に房総半島東沖の水深5700メートルのところで見つけました。
これらは、偶然に見つけたというのではありません。日本周辺の深海底からたくさんのプラスチックごみが見つかっています。1999年10月には、「しんかい2000」が、相模湾初島沖の水深1340メートルのところでいくつかのプラスチック袋を見つけています。JAMSTECでは過去30年にわたって深海探査機が撮影した海底ごみの映像を公開しています。その映像を見直したところ、プラスチックごみがいたるところにあったのです。しかも、見つかったプラスチックごみの9割以上が、袋などの使い捨てプラスチックであることがわかりました。
── プラスチックは劣化し、粉々になってしまっていると思っていました。それにプラスチックの袋は軽いから海面に浮くはず。こんなところまで沈むとはちょっと驚きですね。
無理もありません。でも、研究でいろんなことがわかってきました。プラスチックが海に沈んでいくというのもその一つです。
── というと?
実は二つの要因が考えられています。一つは生物の付着やマリンスノーなど生物的なプロセスです。海の表面に漂うプラスチックには藻類や付着性の甲殻類・貝類がつきます。すると比重が重くなるから、沈んでいくというわけです。マイクロプラスチックのような小さなプラスチックは、マリンスノーとして沈降していきます。植物プランクトンや生物の糞のような粒子をはじめ、膨大な数の粒子状の有機物が海中を漂っています。それがマイクロプラスチックを包み込み、凝集してマリンスノーと呼ばれる塊になるのです。また、動物に食べられて深層に運ばれることもあります。深海で糞と一緒に排出されるんですね。
── もう一つの要因は?
「海水の沈み込み」と言われるもので、気候の変化から引き起こされる現象で、中緯度から高緯度の海域でよく起きます。冬に冷たい風が吹くと海面が冷やされます。さらに蒸発によって塩分が高くなると、両方の作用で海水の密度が大きくなり、重くなります。こうして下層の海水よりも重ければ、沈み込みが起きるというわけです。グリーンランド沖と南極周辺の海が有名です。
── この調子でプラスチックごみの排出が続くと大変なことになりますね。
磯辺篤彦九州大学教授が太平洋の表層にマイクロプラスチックが滞留する時間を試算すると、1年だと現状の浮遊量と合わず、10年だと長すぎることがわかりました。今は3年程度と見られています。世界の海に1億5000万トンのプラスチックが蓄積していると見られ、このままプラスチックの生産が増え続けると2050年には蓄積量が10億トンに達することになり、魚の8億トンを上回る数字になってしまいます。これはエレン・マッカーサー財団が発表し、世界に衝撃を与えました。
── なるほど。ところで海洋は一律にプラスチックごみで汚染されているのでしょうか。
米国のジェナ・ジャンベック博士の研究チームが、海岸に接する国々から海に流入するプラスチックごみの量を試算し、2015年にサイエンス誌に発表した研究が有名です。各国のいろんな試算がそれをベースにしています。それによると、2010年に生産されたプラスチックは約2億7000万トンあり、同年の廃棄量は2億7500万トン。そのうち沿岸域での発生が1億トン、その三分の一が不適切に管理されていました。不適切に管理されたごみのうち480~1270万トン(中間値は875万トン)が海に流れ出たと推定しています。
これらの数値は192カ国の排出データなどから導き出されているのですが、国別の不適切に管理されたごみ推定量(海に流れた量ではない)を見ると、1位が中国で882万トンとダントツに多く、続いてインドネシア、フィリピン、ベトナムと、中国と東南アジア諸国が上位を占めています。日本は30位ですが、UNEP(国連環境計画)によると、一人当たりの使い捨てプラスチックの排出量は米国に次ぎ2位としています。
── つまり、排出量の多いのは北半球の国に集中していると。
そうです。この推論が正しければ、北半球の方が南半球よりも海洋に漂うプラスチックごみが多いはずです。これを裏付けたのが、先の磯辺教授と東京海洋大学の東海正教授らのチームでした。調査船「海鷹丸」で、南極海から日本までの間でマイクロプラスチックの横断調査をしました。その結果、北半球のマイクロプラスチックは南半球より1桁多く、日本近海は南半球より2桁多いことがわかりました。中国や一部の東南アジアからのマイクロプラスチックは黒潮に乗って北上し、日本近海に押し寄せるということです。
── 磯辺教授はそれを「ホット・スポット」と呼んでいますね。
磯辺教授らが日本周辺の海域でマイクロプラスチックの量を調べたところ、世界の平均より27倍多いことがわかったのです。もちろん、日本国内からも流出しています。例えば東京湾のある地点では日本周辺の海域よりはるかに高い数値が測定されています。
── この調子で排出量が増え続けるとどんな影響が出てきますか?
磯辺教授がこんな推定をしています。プラスチックごみの排出がこのままの調子で増え続ければ、現在の世界全体で1立方メートル当たり約250ミリグラムの濃度が、2060年に4倍の1000ミリグラムになると。甲殻類や魚類に悪影響が出始めるのは1000~1万ミリグラムといわれているので、放置していると生態系に目に見える形で悪影響が起きると心配されます。だからプラスチックの削減に向けた対策を急がないといけないのです。
── プラスチックごみによって、生態系がどの程度ダメージを受けるのか、解明されているのでしょうか。
死んだクジラやウミガメの内臓からプラスチックごみが大量に出てくるのがよく話題になりますが、マイクロプラスチックは貝類、サンゴ、かになどの底生生物、動物プランクトン、魚類など様々な生物が食べています。
例えば、東京農工大学の高田秀重教授の研究チームは、カタクチイワシの消化管から見つかったと発表しています。それはカタクチイワシが動物プランクトンを食べる時に、マイクロプラスチックも同時に取り込んでいることを示しています。
── 餌と間違って食べるのですか?
研究者の間ではいろいろな意見がありますが、一つはプラスチックの色や形が餌に見えてしまうということがあります。例えばウミガメがプラスチックの袋を食べてしまうのはクラゲに似ているからだと言われます。またプラスチックが餌と同じ匂いを出すからだという指摘もあります。プラスチックごみに藻類やバクテリアが付着し、これが磯の香りを出す原因物質をつくっているというのです。
── プラスチックには様々な添加剤を含んでおり、また海洋に含まれるPCB(ポリ塩化ビフェニル)などの有害化学物質に汚染されていると指摘されています。
プラスチックには添加剤として有害な化学物質が含まれ、さらにPCBなど国際条約で禁止されたが未だに海中に残っている汚染物質を吸着します。海水や堆積物は、微量のPOPs(残留性有機汚染物質、先のPCBもこの一つ)で汚染されており、プラスチックごみにくっつきます。高田教授の研究では、マイクロプラスチックに吸着されたPCBの濃度は、海水よりも最大で100万倍高かったとしています。もう一つのプラスチックに含まれる添加剤は、プラスチックの物性などを高めるために使われていますが、環境ホルモン(内分泌攪乱物質)として作用するものが多数あります。
── どれぐらいの悪影響を及ぼすのでしょうか。
これがなかなか難しい。環境中ではありえない高濃度の化学物質を暴露させた実験も散見されますが、これでは正しく評価することは難しいと思います。最近研究が始まったばかりで、これからの課題です。
── JAMSTECのみなさんは、どんな研究に取り組んでいるのでしょうか?
四つあります。一つ目はプラスチックごみによる汚染の広がりを調べること。調査船を走らせ、ニューストンネットという網を使って海表面のプラスチックごみを採取します。もちろん得意な深海の調査も続けます。
二つ目は、深海でのプラスチックごみによる生物の影響を見ます。サメとかを捕獲し、内臓を調べるのです。三つ目は、マイクロプラスチックの分析装置の開発です。海洋でマイクロプラスチックを採取しても、微小なので数を数えるのが大変です。さらに材質を調べるのはさらに困難です。そこでハイパースペクトルカメラなど最先端の技術を使ってマイクロプラスチックの材質を分析しながら数も数えられるようにしたいと考えています。四つ目は、いわゆる生分解性プラスチックと呼ばれるプラスチックが深海環境でも分解できるのかの試験や、海中で分解する新しい素材の開発を行っています。生分解性と言われるプラスチックの大部分は海水より比重が大きいため、海に流入すれば海底に沈みます。やがて、冷たくて圧力の高い深海底にもたどりつくわけですから、深海という特殊な環境で分解できるのかを評価することが大事なんです。
── 素人にもよくわかりました。JAMSTECの皆さんの研究に期待しています。
中嶋亮太(なかじま りょうた)
1981年生まれ。2009年に創価大学大学院修了後、同大学の助教をへて、JAMSTECのポストドクトラル研究員。米国スクリップス海洋研究所研究員をへて、2018年から現職。著書に「海洋プラスチック汚染 『プラなし』博士、ごみを語る」(岩波書店)がある。
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文・取材杉本裕明
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