プラスチックは大気も汚染して、呼吸によって吸い込まれる。大学教授に聞くリスク
プラスチックによる環境汚染は、レジ袋有料化の影響もあり、ますます注目されつつあります。特にプラスチックによる海洋汚染は話題になっていますが、最新の研究では、汚染が地球全体に広がっていると考えられています。
プラスチックによる汚染は、どのようにして地球全体に広がってしまったのでしょうか。早稲田大学理工学術院・創造理工学部の大河内博教授に、プラスチック汚染が広がる仕組みやリスクについて、話を聞きました。
プラスチック汚染は海洋だけか?
── マイクロプラスチック汚染の概要を教えてください。
プラスチックの歴史は古いですが、1950年頃から大量に生産され始め、その種類もさまざまになりました。1950年のプラスチックの総生産量は200万トンでしたが、2012年の時点で3億トン、2050年には400億トンに到達すると言われています。そして、生産量の10%にあたる量が河川を通じて海に流出することで、プラスチックによる海洋汚染の原因となっていますが、特に問題視されているのは、マイクロプラスチックの存在です。
マイクロプラスチックは、破砕されたレジ袋やタイヤ片、パーソナルケア商品に含まれるマイクロビーズ、衣類などに使われるマイクロファイバーなどから発生しますが、5ミリ以下という大きさであることから、下水処理場で処理し切れず、自然界や私たちの生活の中に入り込みます。アメリカの調査では、水道水のうち94.4%から繊維状のマイクロプラスチックが発見される、という事例があり、人間の糞便からもマイクロプラスチックが発見されています。
── 人はどれくらいのプラスチックを摂取しているのでしょうか?
人は日常的にマイクロプラスチックを摂取しています。その量は、米国での推計ですが、食物と呼吸による摂取量がほぼ同じであり、合計で約7万個~12万個、水道水から4,000個、ボトル水から9万個、という驚くべき数です。
しかし、プラスチックの問題は海洋だけでなく、AMPs(アンプス)として地球全体を汚染している恐れがあります。
大気中を漂うプラスチック「AMPs」とは?
── AMPsとは何ですか?
2016年、フランス・パリで、繊維状プラスチックが雨として地上に降り注いでいることが報告されました。その翌年には中国でも同様の報告がありました。2020年には、河川を通じて海洋に輸送されたプラスチックゴミが破砕されてマイクロプラスチックとなり、波しぶきとともに大気中に放出されていることが明らかにされました。しかも、その量は全世界で年間14万トンあると推定されています。従来は、河川から流れたプラスチックの終着点は海洋だと思われていましたが、プラスチックは地球表層を循環していることが分かったのです。
私の研究室では、大気中に浮遊するマイクロプラスチックをAMPs(Airborne microplastics)と名付け、国内ではじめて研究に取り組み、都市部の新宿、熱帯地域のカンボジア、富士山頂など様々な大気からマイクロプラスチックを検出しました。
── どのようにAMPsは地球全体に広がるのでしょうか?
地球の大気は何層かに分かれていて、私たちが生活する層を対流圏と言いますが、そこは地表面の影響を強く受ける大気境界層と、その上にある自由対流圏に分かれます。自由対流圏は地表の影響を受けない場所ですが、大規模な低気圧の発達や、地表面が暖められると強い上昇気流が発生し、地表にあるマイクロプラスチックや大気汚染物質が到達してしまいます。
自由対流圏は、ジェット気流のような強い風が吹き、遮るものもないため、ここにマイクロプラスチックや大気汚染物質が到達したら、遠くまで運ばれてしまうのです。さらに偏西風に乗ってしまったら、地球全体を巡回することに。つまり、自由対流圏にマイクロプラスチックがあれば、地球規模の汚染が起こっている間接的な証拠になります。そのため、私の研究室では自由対流圏に位置する富士山頂で調査し、AMPsの研究をしています。
大気中のプラスチック「AMPs」によるリスク
── AMPsは私たちの健康に悪影響をもたらすのでしょうか?
大気中に浮遊するマイクロプラスチック、AMPsが私たちにもたらす影響は、大きく分けて三つのリスクがあります。
健康リスク
WHOは、マイクロプラスチックを飲食によって体内に取り入れてしまったとしても、基本的には排出されるため、心配することはない、としていますが、呼吸によって肺の奥に入ってしまった場合の危険性は未知数です。水に溶けることがないプラスチックは、肺の奥に入ってしまえば、そこに溜まり続けてしまいます。繊維状のマイクロプラスチックであれば、アスベストと同じような症状をもたらす恐れがあります。
さらに、プラスチックには様々な添加剤が使われているのですが、マイクロプラスチックが大気中に浮遊している間に、発ガン性を有する有害な有機物や重金属を濃縮しているかもしれないのです。
温室効果ガスの発生
プラスチックが分解される過程で、温室効果ガスであるメタンが発生するという報告があります。また、ハワイ大学の研究により、プラスチックの分解は、水中よりも大気中の方が数十倍の速さであることも報告されています。
そんなマイクロプラスチックが自由対流圏まで舞い上がり、強い紫外線を受ければ、さらに分解のスピードは速くなり、自由対流圏大気に温室効果ガスが放たれることになるのです。温度の鉛直分布(高度ごとの分布)に影響を与える可能性がありますが、地球温暖化に影響を与えるほど重要なのかどうかはこれからの研究課題です。
水の循環に影響
マイクロプラスチックが雲を作る、という説があります。プラスチックは水を弾くため、本来はそういう性質はありません。しかし、PAH(多環式芳香族炭化水素)という有害物質が表面に付着すると氷を作りやすくなるという実験結果が報告されています。
海洋プラスチックのように、大気中マイクロプラスチックに微生物が付着してコロニーを作り、プラスチックを分解していくと、プラスチックの水を弾く性質が失われていき、マイクロプラスチックが雲を作る核になりやすくなります。大気中マイクロプラスチックが雲の発生量や雲粒の成長過程に影響を与えているとすると、地球全体の水の分布や循環に影響を与えることになります。
大河内研究室のプラスチックの調査
── AMPsについて、具体的にどのような研究をされているのでしょうか?
私の研究室では、新宿区の西早稲田キャンパスにある高さ65メートルの研究棟屋上、カンボジア、富士山頂で、AMPsを採取しています。採取されるAMPsは、形も大きさもさまざまです。例えば新宿では、ビーズ状、破片状、繊維状など、異なるサイズのAMPsが、1立方メートルに平均で5個程度存在しました。成人の男性は正常時に1回0.5リットルの空気を吸い、1分間に20回くらい呼吸します。つまり、新宿で1日過ごせば、70個ほどのAMPsを吸い込む計算になるのです。
そして、新宿に漂うAMPsは、空気動力学径(様々な形状をもつ粒子を密度1g/立方センチメートルの球形粒子としたときの大きさ)で3~7マイクロメートルのものが多いことを明らかにしました。4マイクロメートルより大きい粒子は鼻をかむことや、うがいをすることで外に排出されますが、4マイクロメートル以下となると、肺の奥まで入り込んでしまう恐れがあります。
従来の研究は空気動力学径を考えずに、ただ平均値でAMPsの濃度が評価されていました。しかし、肺に到達する粒径のAMPsがどれだけ存在するか、ということに着目しなければ、健康リスクの評価を誤解してしまうのです。
カンボジアはさらに深刻な状態で、新宿の10倍もAMPsが存在していました。新宿と同様に、3~7マイクロメートルにピークがありますが、さらに小さい1マイクロメートルで最も高濃度でした。プラスチックの種類も新宿のものとは、大きく異なりました。さらに恐ろしいことに、1マイクロメートルの小さいAMPsが1立方メートルに80個近く発見されています。
ただ、新宿のデータも、カンボジアのデータも、ある季節に1週間だけ採取したものであり、長期間観測することで、また違った結果が出ることも考えられます。このように環境によって量も大きさも違うAMPsが、どのような影響をもたらすのか解明するためにも、さらなる研究が必要なのです。
マイクロカプセルによる香害
── マイクロプラスチックについて、そのほかにはどのような研究をされているのでしょうか?
私の研究室では、マイクロカプセルによる香害の研究も始めました。マイクロカプセルとは、プラスチック素材の微小なカプセルのことですが、香りを封じ込めることが可能で、柔軟剤などに使われています。柔軟剤に使われる香りによって、頭痛、吐き気など苦しんでいる方が多数います。シックハウス症候群、化学物質過敏症などと同じような症状があり、香りによる害であることから香害と呼ばれています。日本国内だけの問題ではなく、海外でも被害が報告されています。
マイクロカプセルによって香りを長持ちさせることにより、被害を増大させてしまっているのです。そのため、マイクロカプセル香害と呼ばれています。まさに、公害です。
このマイクロカプセル香害には多くの人が悩んでいて、日本消費者連盟が厚生労働省に危険性を訴えましたが、理解は示してくれるものの、具体的な対応には至りませんでした。科学的な根拠がないというのがその理由です。当研究室で大気中マイクロプラスチックの研究を行っていたので、日本消費者連盟から調査依頼がありました。
市販されている柔軟剤を十数種類そろえて、そこに入っているマイクロカプセルの素材がどんなものか、どんな香気成分が放出されているのか、ということを調べています。あるメーカーの柔軟剤では、他のメーカーに比べて有害性の指摘されている香気成分が多く含まれていました。それは、日本消費者連盟がマイクロカプセル香害の被害者に「どんな商品を使うと症状が出るか」というアンケートの結果と一致するものでした。これは予備的な実験による結果であるため、今後もきっちりとしたデータを取った上で報告する予定です。
ただし、きわめて微量な濃度であるため、その因果関係を科学的に解明すること難しいのが現状です。私のような環境化学者だけで因果関係を突き止めることは困難であり、医師を含めた幅広い研究者との共同研究が必要です。
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早稲田大学・大河内研究室Twitter公式アカウント:https://twitter.com/LabOkochi
大河内 博(おおこうち ひろし)
早稲田大学理工学術院、創造理工学部教授。富士山を用いた越境大気汚染と地球規模汚染の観測、ゲリラ豪雨の生成機構、森林浴効果と森林の大気浄化能の解明に取り組んでいる。著書に「地球・環境・資源:地球と人類の共生を目指して」、「越境大気汚染の物理と化学」、「大気環境の事典」、「東日本大震災と環境汚染」など。医者が人を診断・治療するように、地球を診断・治療するアースドクターを目指す。
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