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介護施設は介護だけか――過疎化に高齢化、耕作放棄地が広がる故郷で畑を再生する介護士

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鹿児島県南部の山あいの町に、農作業を通じてお年寄りを元気にしようと試みる小さな介護施設がある。南九州市川辺町。かつては農業が盛んだったが、過疎化や高齢化が進むにつれ、耕す人もなく、荒れ果てた畑があちこちに見られるようになった。そんな畑を再生させようとしているのが、町内で小規模多機能型介護施設「いろ葉」を経営する中迎聡子さん(46)だ。「介護施設だからこそ、お年寄りさんのためにも地域に目を向けないといけない」と、施設を利用する高齢者が耕せなくなった畑を耕し、作物を育てる。人材不足や低賃金など暗いニュースが目立つ介護業界で、施設と地域との新たな向き合い方を、人口1万5000ほどの小さな町から発信している。

お年寄りの思い入れのある畑を再生させたい

内陸で海に面していない川辺町では、農業をなりわいにしていない住民も畑を持ち、耕すのが習わしだ。ただ、住民が高齢化すると、耕すことができずに放棄された畑も増えていく。「かつて田畑がきれいだった場所も、今は寂しい景色が広がってしまっている」と中迎さんは嘆く。

いろ葉は利用者の多くが80歳以上で認知症の高齢者だ。そのほとんどが、かつては農作業をしていた。最近、施設を利用するようになったお年寄りも「元気になったら畑がしたい」という。それほど、この町の住民にとって畑は大切な存在だ。
「おばあちゃんたちのためにも介護施設の私たちがどうにかしていきたい」と中迎さんは語気を強める。

「亡くなった利用者さんのご家族から『まだ気持ちの整理がつかないし、思い入れのある家だから壊したくない。畑もどうにかならないかな?』と言われることが多くなった。ご家族も県外に住んでいたりと、手入れをすることができないけれど、手放すのも寂しい、と。だったら、私たちがやるべきだと思った」

持ち主がいなくなって荒れてしまった畑や、身体が衰えた施設の利用者が手をつけられなくなった畑を再利用し、大根やブロッコリーなどの作物を育てている。

畑仕事にはいろ葉のスタッフだけでなく、近所の人たちや地域の小・中学生も参加している。もちろん、いろ葉を利用するお年寄りもだ。かつてはこうして畑に多様な人たちが集まり、交流するのがこの地域の日常だったという。

「体に染み付いてるというか、勝手に体が動き出す。このばあちゃん、こんな中腰になれるんだと驚かされることもある。声をかけるまで草をむしっていたりする。それが何よりものリハビリになる」と中迎さんは言う。

理想の介護をめざし19年前に独立

金髪にTシャツと破れたジーンズ姿。一見、介護士らしからぬ出立ちの中迎さんだが、介護にかける思いは熱い。川辺町で生まれ育ち、短大卒業後に職を転々としていたころ、祖母が亡くなった。それを機に「人の役に立つ仕事がしたい」と、介護職に進んだ。近隣では規模の大きな介護施設。そこでのスミエさんとの出会いが、後の独立のきっかけとなる。

中迎さんの祖父母宅近くに住んでいたスミエさんは、昔からの顔馴染みだった。その人が認知症になり、施設に入所したが、うまく馴染めずに職員から「怪獣のような扱い」をされていたという。

「大きな施設だとご飯の時間も決まっていたり、みんなで同じペースで生活しなければいけない。それができない方もいるのに。そうなってくると、それに不満を抱いて暴れたりする。それで『あのばあちゃんは厄介だ』ということになってしまう」

どうにか対応を変えられないかと中迎さんは声をあげ続けたが、状況は変わらなかった。逆に中迎さん自身が「厄介なスタッフだ」というレッテルを貼られてしまった。

「もう、バンバン意見を言うからみんなから嫌われた。『また、あんなこと言ってるよ』って。でも、やっぱりスミエさんは昔から知っていたし、そんな扱いをされるのが納得できなかった」

ならば、自分がスミエさんを介護していくしかない。そう思って立ち上げたのが、いろ葉だ。めざしたのは、その人に寄り添う介護。やがて知人の紹介などで徐々に利用者が集まるようになり、今年で開業から19年になる。

多様な人々と同じ課題に向き合う

2021年春、かつてスミエさんが住んでいた家に、内田明英さん(44)、智帆さん(40)の一家が移住してきた。横浜で働いていた明英さんはかねて憧れていた農業を始めるため、仕事を辞め、親戚の土地がある鹿児島県串木野市に移った。10年ほど過ごしたが、地盤や立地が良くなかったこともあり、思ったような農業ができなかったという。新たな農地を探していた時に、知人を通じて出会ったのが中迎さんだった。「内田さんの農業に対する熱い気持ちに惹かれた」という中迎さんが勧めたのが、スミエさんがいた家だ。

「聡子さんがいろいろ段取りもしてくれて、スムーズに住むことができた。地元の人も優しくしてくれるし、『ウチの空いている畑も使ってくれ』という声ももらう。ここなら、理想の農業ができそうだ」と内田さんはよろこぶ。移住して早々に田んぼを作り、秋には収穫にこぎ着けた。これからは、野菜など様々な作物を育てていくつもりだ。

川辺町で内田さんが住む桑水流地域には、かつてたくさんの農家があった。だが、後継者はおらず、農業をする人はほとんどいなくなった。そんな地域の中で、内田さんは貴重な存在だ。いろ葉は内田さんと契約し、農作業を教えてもらっている。

「理想の農業をするには、いろいろと大変だろうし、お子さんもいるから少しはお金も必要かなと。でも、こちらも農作業を教えてもらって、そのノウハウをばあちゃんたちに還元することができる」

内田さんのような移住者の支援をすることで、空き家問題を解決し、町に田畑の風景を取り戻すことができると中迎さんは考えている。移住者が増え、地域に溶け込んでいくことで、高齢者の見守り役としても期待できるという。

「ばあちゃんたちの心配事は、家のことや畑のこと、家族のことなどたくさんある。その心配事を横に広げて薄くして、安心して最期まで過ごしてもらう。それを考えたときに、自然と地域に目がいった。ばあちゃんたちが見慣れた、田畑の風景も守ってあげたいなとか。そうしていると、同じ課題に向き合う多様な人材がいろ葉に集まるようになった。介護施設が介護だけしていても、今みたいな人材は集まることがなかったかもしれない。ぜひほかの地域でも、介護施設だからこそ、地域に目を向けてほしい」

中迎さんの願いである。

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元記事は こちら

監督・撮影・編集佐々木 航弥

ドローン撮影小笠原 圭助

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