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「患者の痛みがわかるようになった」感染症医・岡秀昭が難病患者になって見えたもの

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

撮影:河合香織

感染症の専門医で新型コロナウイルスの情報発信もしている埼玉医科大学教授の岡秀昭医師(47)は、昨年重い病気を発症した。背中に鉄串を刺されるような激しい痛み。ベーチェット病という難病の可能性が高いとのことだった。コロナ対応や命の選別の苦悩、SNSでの中傷も大きなストレスになったという。臨床の最前線に立つ医師が患者になって初めて見えてきたものとは──。(ノンフィクション作家・河合香織/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

背中に鉄串を刺されるような痛み

川越市にある埼玉医科大学総合医療センター 撮影:河合香織

── 大変な病気になったとのことですが、どのような症状でしょうか。

「魚を焼くときに鉄串を刺すでしょう。あんな感じで背中に鉄串を刺されているようで、そこから全身の筋肉や関節が痛む。特に朝は体のこわばりがひどく、起き上がることも難しい。僕は車で片道2時間以上かかる遠距離通勤をしているので、朝は5時に家を出ないといけない。どうしても痛みで起き上がれないときは、ベッドで妻に背中や足をマッサージしてもらい、ようやく起き上がることができます。それでも気持ちが負けそうになることはあります」

感染症専門医の岡秀昭埼玉医科大学教授 撮影:河合香織

── いつごろから症状が出始めたのでしょうか。

「思い返すと、7年くらい前から異変はありました。食事が取れなくなるくらい口内炎ができたり、だるさが続いたり。おかしいなと思って、その都度、血液検査も受けていましたが、何の異常も出なかったんです」

── 2020年からはコロナ禍になります。

「非常に忙しい日々が続くことになりました。大きな変化は昨年5月、第4波の終わりごろです。口内炎が多数できて、1週間くらい動けずに寝込んでしまいました。手の関節が腫れて、ドラえもんの手みたいになっていた。精密検査をした結果、ベーチェット病という難病が疑わしいという診断になりました」

── ベーチェット病とは皮膚や神経、関節などが炎症を繰り返す難病のようですね。

「はい。ただ、ベーチェット病は目に症状が出るのですが、僕の場合、目は問題ない。だから、脊椎関節炎ではないかとも言われています。完璧な診断はついてないんですけど、少なくともこういった膠原病(自身の細胞を攻撃する自己免疫疾患)だろうということがわかったのです」

岡秀昭教授は、新型コロナウイルス感染拡大のなか、広く知られるようになった感染症専門医だ。コロナに感染すると、どんな症状が出るのか、病院はどんな状況なのか。多忙な合間を縫って、医療の現場の声を積極的に発信してきた。だが、体の異常がはっきり出てからは、それまでのように働けなくなったという。

写真:アフロ

── 感染症専門医として、ずっとコロナ診療の最前線を率いていましたが......。

「そうですが、一番(自身の症状が)ひどかった昨年5月と6月は寝たきりでした。教授になってまだ1年くらいの時でした。コロナ感染者も増え、現場を指揮しなければならない。それでも、起きられないので、ソファに寝ながら電話でスタッフたちに指示していた。まともに歩くこともできなかったし、1カ月で体重が7、8キロ減りました。梅雨のころは、本当に激しい痛みが起き、検査などをして病気が明らかになりました」

── どのような治療を受けていますか。

「今はバイオ製剤(人工的につくった抗体)を月2回注射しています。1本10万円くらいの注射で、健康保険を使って3割負担です。指定難病と診断されると医療費が助成されますが、僕の場合、ベーチェット病でも不完全型というもので、いまのところ難病申請ができていないのです。ただ、バイオ製剤によって、ひどかった関節の腫れと口内炎は一時的には緩和しました。問題はこの病気は完全には寛解しないことで、よくなったり悪くなったりの波がある。天気や気圧の変化、ストレスがかかる、コロナの患者が増えてくるといったことで症状が悪化します」

── コロナ診療への影響もありますか。

「はい。以前はコロナの診療は全然怖くなかった。自分が率先して病棟に入り、若い人に対して、ナウシカじゃないけど『ほら怖くないだろう、感染防御していれば大丈夫だよ』と伝えていました。でも、病気になってからは、コロナが怖くなりました。免疫不全者になったことで、コロナにかかると重症化する可能性もある。それでも病室に入らざるを得ないのですが、この恐怖を持つことは感染症専門医として大きなストレスです」

コロナの過重労働とSNSというストレス

コロナ禍での診療中の岡医師(右)写真提供:岡秀昭

コロナの感染拡大の波と病気の悪化は連動すると岡医師は言う。さらにストレスは、病気発症の引き金にもなったのではないかと分析している。

岡医師はツイッターで情報発信している 撮影:河合香織

── ストレスは病気の発症とどのように関わっていますか。

「当初はストレスでしょうと言われるのが嫌でした。病気を見極める鑑別診断で、全身に激しい痛みを覚える線維筋痛症という病気も候補に挙げられていました。ストレスが引き金で発症する病気です。でも、医師仲間からそう指摘されるのは嫌でした。ストレスに負けたように映るからです。結局ベーチェット病だろうという診断になりましたが、実際、梅雨、台風、コロナの波に合わせて具合が悪くなる。だから、やっぱりストレスも影響しているんだと受け入れるようになりました」

── 振り返って、何がストレスだったと思いますか。

「コロナの過重労働に加え、SNSによる誹謗中傷も大きなストレスになりました。コロナの現場の情報発信のために今も続けていますが、本当はもうツイッターはやりたくない。コロナが収束したら、すぐにやめたいと思っています。コメントを見ないようにしていても、やっぱりどうしても目に入ってしまう。匿名で石を投げつけるようなコメント、人格を否定するようなものもある。果ては、妻や子どもたちのこと、出身地、住所、乗っている車までSNSに投稿されたこともありました。『こんなに恵まれた生活していて、大衆の何がわかるのか』と。こうした投稿では警察に相談し、家族に警護がつきました。大学の広報部から削除依頼を出してもらって対応しました」

写真:ロイター/アフロ

── どうしてこのようなことが起きるのでしょう。

「やっぱりこれもストレスだと思います。コロナで生活の多くが制限されていて、個人攻撃がストレス発散になっている。僕ら医師がそれを怖がって医療活動を抑えた場合、社会にとって医師を攻撃するメリットは少ないのではと思います。医療逼迫が起こっているなか、コロナに立ち向かっている医師たちの萎縮につながる誹謗中傷はやめてほしいと思います」

── 医療の逼迫によって、現場では命の選別をせざるを得ない場面もあったと聞きます。それもストレスにつながりましたか。

「はい。医師は命を助けたいと思ってこの仕事を選んでいるのに、命を諦める選別的な話をしなければいけない。さらに、そんなときの心ない声もストレスになります。命の選別が行われてしまうから感染症を抑えましょうと発信すると、『大学病院は今まで患者の受け入れを断って市中病院に押しつけてきただろう。ざまあみろ』という趣旨のことを言ってきた人がいました。そういう言葉に医療従事者たちは心を痛めるわけです。そんなことをやっても足の引っ張り合い、泥のぶっかけ合いにしかならないのに」

弱くなって患者に近くなった

自作のフライフィッシングの毛針 写真提供:岡秀昭

医師から患者、健康な状態から難病になって初めて見えてきた景色が岡医師にはあったという。

── 難病になって気づいたことはありますか。

「健康だったころの力が10だとすると、今出せるのは2くらい。頭もぼーっとして集中できないこともある。僕はこれまで人並み以上に努力し続けてきたと自負していて、それが自信につながっていました、しかし、今は弱くなったし、努力できなくなってしまった。でも、その分、人の話を聞くようになりました。人の力を頼り、人の力のありがたさをわかるようになった。そして、事情があって努力できない人もいることに気づいたし、弱い人と気持ちが通い合うようになったとも思っています」

── 医師が患者になって見えてきたものは何でしょうか。

「かつて呼吸器内科にいたときには、肺がんで『痛い、苦しい』と言って亡くなっていく人をたくさん見てきました。『痛い』と言われたらその痛みをとってあげたいと考えますが、ものによっては治らないものもある。そんなとき、以前の僕は話を聞くけれど、治らないからしょうがないよねと思っていました。ところが、今は『痛い』と聞いたら、どれぐらい痛いのかに思いを馳せるようになりました。医者・患者という線を引かず、もっと近い距離で患者さんと接するようになった。今の僕を昔の自分が見たら、あまり活動もできず、だめな医者だと考えたでしょう。だけど、昔の僕より今のほうが、部下にも患者さんにも優しいかもしれない。そんな自分の変化は病気になってよかったことかもしれません」

── 働き方も変わりましたか。

「以前は自らを犠牲にして働くことが医師の務めと思っていましたが、ワーク・ライフ・バランスを考えるようになりました。自分だけではなく、他のスタッフにもそう言っています。自分の生活や自分の健康が犠牲になった場合に、患者さんの健康や幸せに貢献できるのかと。難病になってから本格的にフライフィッシングを始めました。釣りをしている間は痛みを少し忘れることができます」

── 趣味の時間をもつようになったんですね。

「毎日片道2時間の通勤に耐えられなくなってきたので、具合の悪いときは、病院の近くに借りたワンルームマンションに寝泊まりしています。そこには、フライフィッシングの道具とこだわりのコーヒーをそろえています。痛みで眠れないとき、フライの毛針を作って夜を明かすときもあります。自然には癒やしの効果があるとも感じているので、難病や脳梗塞など大病を患っている人のアウトドアのサポートなんかも、今後ボランティアでやっていきたいとも考えています」

元記事は こちら

岡秀昭(おか・ひであき)

1975年、東京都生まれ。感染症専門医、総合内科専門医、医学博士。2020年7月より埼玉医科大学総合医療センター総合診療内科・感染症科教授。著書に『感染症プラチナマニュアル』、『Dr.岡の感染症ディスカバリーレクチャー 新型コロナウイルス COVID-19特講2021』など。

河合香織(かわい・かおり)

ノンフィクション作家。1974年生まれ。神戸市外国語大学卒業。2009年、『ウスケボーイズ 日本ワインの革命児たち』で第16回小学館ノンフィクション大賞受賞。『選べなかった命 出生前診断の誤診で生まれた子』で2019年、第50回大宅壮一ノンフィクション賞、第18回新潮ドキュメント賞受賞。近著に『分水嶺―ドキュメントコロナ対策専門家会議』。

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