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豊かな未来のきっかけを届ける

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水風呂に頭入れられ... 受験強制され失敗... 親に植え付けられた恐怖と劣等感 教育虐待で歪んだ人生 #こどもをまもる

Yahoo!ニュース オリジナル 特集

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教育虐待のせいで心身に影響が出てしまった人もいる

過剰に押し付ける教育=教育虐待がきっかけで、親が子どもに殺害される悲劇が起きている。事件まではいかなくとも、教育虐待によって人生を歪められた人は少なくない。大人になってあれは虐待だったと気づく親の過剰な教育の押し付け。教育虐待はどう人生に影を落とすのか。どうすれば防ぐことができるのか。教育虐待の当事者や専門家らに取材した。(文・写真:ジャーナリスト・森健/Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)

ポエトリー・リーディングで吐露する親から受けた苦しみ

東京・中野の小さなミュージックバー。暗がりのなか、穏やかなピアノの音楽が流れ出すと、舞台でマイクを持った女性が語り出した。

「ひび割れたガラスの奥で、なぜか動き続ける鉛の心臓。(略)あのとき、そんなにおびえることもなかった! 苦しむこともなかった! なのに、なんで、あの日、僕は冷たい水の底にいたんだろう、首を絞められていたんだろう......。そんな記憶の釜が開いた......」

「Satori.K.O.」として活動するサトリさん(48)のポエトリー・リーディングだ。創作テーマの一つは、自身を苦しめてきた両親への思いだ。サトリさんは言う。

「ポエトリー・リーディングだと、自分の苦しい感覚を表現できるんですが、その中には親からの教育への失望があります」

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ポエトリー・リーディングをするSatori.K.O.さん

サトリさんは小学生時代、親にピアノ、書道、英語、バレエ、体操教室、フルートとたくさんの習い事を強制され、友だちとも遊べなかった。中学に入ると「講師が竹刀を持って教室内を歩き回るスパルタ式」学習塾に入れられた。

塾では高得点を求められ、点が低いと父に「こんなんじゃダメだ!」と強く叱られた。いつしかサトリさんは心身の不調に悩み、抜毛症になった。

「『夜12時まで勉強しろ』と言われていました。本当は吹奏楽部でみんなとフルートを演奏したかったのに、塾を優先させられた。中1のとき、クラスでいじめに遭っていたのですが、両親はまったく気にかけなかった。そんな状態だったので、中1から私はずっと死にたいという思いを抱えていました」

「私がADHDと分かったとき親が喜んだ」40歳で親と縁切る

親が子どもに過度に教育を強要する──。それが「教育虐待」という虐待の一種として指摘されている。

すべての人は教育を受ける権利があり、同時に、子女(子ども)に受けさせる義務がある(憲法第26条)。この"受けさせる"主体は、保護者、親である(学校教育法第16条)。

だが、子が受け入れられる許容範囲を超えて勉強させることは、その子を苦しめ、追い込むことになる。それが長期にわたって続けば、その子の人格や人生にまで影響を与えることもある。

そんな子どもの一人がサトリさんだった。

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ポエトリー・リーディングからつながる仲間もいるとサトリさん

サトリさんが進学した高校は都立の進学校。それについては何も言われなかったが、大学の選択には父から厳しい注文がついた。国公立で家から通えるところしか認めない。なんとか父の要望を満たす国立大学に受かったが、大学生活はサトリさんが思い描いていたものとはかけ離れていた。朝も夜も父に厳しい時間規則を決められた。入学後すぐ燃え尽き症候群となった。数カ月後に持ち直したが、その後も頭痛と腹痛が続いた。

「大学の健康管理センターでカウンセリングを受けると、うつ病の可能性を指摘されました。大学2年になって正式に精神科で診断してもらったら、心身症(心理的ストレスで倦怠感や過敏性腸症候群など多様な疾患が表れる)でした。原因とされたのが親だったんです」

大学院、就職浪人を経て、なんとか就職したが、その後も心身の不調は断続的に続いた。40歳のとき、精神科でADHD(注意欠陥・多動性障害)、43歳のときにPTSD(心的外傷後ストレス障害)と診断された。現在は障害年金(2級)で暮らしている。

サトリさんは40歳で両親と縁を切ることにした。以来、連絡を取っていない。

「決め手は私がADHDとわかったとき、2人が喜んだ顔をしたこと。ADHDという診断で私の知能が高いという認識になったのでしょう。2人は私がどれだけつらい思いで生きてきたか、まったく考えていなかった。いまポエトリー・リーディングなどを通じて、虐待当事者と触れ合うことが増えました。教育虐待に悩んできた人は私だけではないように思います」

勉強のできる兄と比べられ自己肯定感をまったく持てず

東京・池袋の飲食店。子ども時代について重い口を開いた野崎正也さん(仮名・49)も、母の教育に振り回されてきた一人だ。

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兄と比較され続けた日々は「ずっと劣等感があった」と野崎さんは言う

現在、介護用品の配送に従事する野崎さんには4歳上の兄がいる。両親は野崎さんが小3のときに離婚、父とは生活費を送ってもらうだけの関係になり、母と兄との3人暮らしが始まった。母が教育に目覚めるのは、兄が偏差値の高い都立高に進学した後のことだ。

「兄のあおりで、私も急遽、中学受験をすることになりました。まったく興味なかったのですが、小6の夏期講習で塾に入らされた。ですが、塾の勉強はとても難しく、成績が上がらないまま中学受験に臨むことになりました」

2校受験したが、合格発表の掲示板に自分の番号はなかった。公立中学への進学は想像以上にダメージが大きかった。

「同じ塾で私立中に進学できなかったのが自分だけ。劣等感のような感覚が強く残ることになりました」

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中学受験をさせられたが2校とも合格発表に自分の番号はなかった(写真はイメージ、アフロ)

高校は中堅の私立校に進学。だが、兄が名門私立大学に入ったことを受け、野崎さんも高1から予備校に入らされた。当初は自分自身も頑張れば行けるのではという期待があったが、次第に兄のレベルには届かないことがわかった。だが、母はどうしても一定以上のレベルの大学しか受験してほしくないと言い張り、「模試でE判定」だった大学の受験を強要した。結果はやはり不合格だった。

その後も母は名門大学の受験を望み、野崎さんは「無理を承知で」受け続け、そして失敗した。結局、3浪目の受験で初めて自分の実力に近い関東の大学に出願し、合格した。

大学生活はほとんど楽しめなかった。母と暮らすのがいやになり、一人暮らしを始めた。なにより大きかったのは、自分自身への肯定感がまったく持てなくなってしまったことだった。

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名門大学への入学を望む母親のために受験し続けたが合格はできなかった(写真はイメージ、Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

「兄と比較してできないのは確かなので、自分の問題です。でも、勉強ができなかったことは、そこまで否定されるべきことだったのかと。劣等感を植え付けられ、傷ついたといま言えます。母にはあれは虐待だったと気づいてほしかった」

その後の人生も「順調とは言えなかった」。就職氷河期のなか就職活動はうまくいかず、卒業後は契約社員など非正規の仕事に長く就いてきた。正社員として現在の仕事にたどり着いたのは41歳のときだ。現在パートナーがいるが籍は入れていない。兄や実家とは30代以降、めっきり疎遠になった。

親からの教育虐待によって起きた2つの殺人事件

今年、教育虐待という言葉がたびたび口の端に上ることになったのには2つのきっかけがある。一つは、今年3月に佐賀県鳥栖市で当時九州大学1年生の男子学生(19)が両親を刺殺した事件。もう一つは、2018年に滋賀県で起きた医科大学生(当時)による母親殺害事件を描いたノンフィクション書籍が昨年末に刊行され、10万部という異例のヒットとなったことだ。

前者の事件では、男子学生が両親を殺害した背景に父親の教育虐待の影響が指摘された。学生は小学校時代から父親から勉強や成績アップを強要され、殴られたり、蹴られたりするなどの虐待を受けてきた。中学受験を経て公立の進学校に進み、九州大学に入学。だが今年3月、大学の成績が悪化したことで実家の父親に呼び出された。そこで用意していたナイフで父親を背後から刺し、止めようとした母親も刺殺した。9月、佐賀地裁で学生は懲役24年の判決を受けた。

後者の事件は、2018年3月、滋賀県の河川敷で女性の胴体が見つかったことで発覚した。被害者は近隣に住む58歳の女性で、加害者は看護師の娘(当時31)だった。世間が驚いたのは、娘が母からの激しい教育虐待を受けながら、医学部合格を目指して9浪も重ねていたことだった。娘は一審では殺意を否認していたが、二審は一転、殺意を認めた。

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野洲川河川敷(事件現場ではありません)(KI-TSU、PhotoAC)

この公判から取材を始め、娘と多くの手紙を交換するなどして母娘の悲劇に至る過程を描いたのが、当時共同通信の記者だった齊藤彩さんだ。著書『母という呪縛 娘という牢獄』の販売サイトには、読者レビューが200件以上投稿されている。

齊藤さんは語る。「感想には『自分もこんな仕打ちを受けたらやってしまいかねない』など、娘の気持ちがよくわかるという同情が多い印象です」

この母による娘の束縛は異常なものだった。父は娘が小6のときに別居、母娘2人の生活になる。娘が私立中学に入学すると、母は娘の将来を医学部への入学と設定。その頃から母による娘への束縛が激しくなった。テストの点数が悪いと「何でこんなことも分からないの」と怒鳴り、何かあれば「バカ」「嘘つき」と罵倒する。やかんのお湯をかけてやけどを負わせたり、蹴り飛ばしたりといった暴力も珍しくなかった。就寝や起床時間はもちろん、日々の予定は逐一母に知らせなければならない。そんななか、娘は自分の成績では無理だとわかっていながら、医学部の受験を繰り返した。結果として入学したのは、地元の医科大学の看護学科。母の殺害はその大学卒業の間際に起きていた。

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「面会すると、加害者の女性は言葉遣いが丁寧で良識ある人という印象だった」と齊藤さん

だが、齊藤さんは、この事件が「教育虐待」という言葉でくくられることに、やや違和感があると感じている。

「9年間浪人していたことや『何点取りなさい』と母からプレッシャーをかけられていたことも事実。そこだけ見れば教育虐待に見えます。でも、彼女が本当に苦しんでいたのは受験勉強自体というより、母から行動や生活を制限され、決められていたことだと思います。当時彼女が書いていた日記に『まるで、囚人のような生活。『カゴの中の鳥』などという生やさしいものじゃない』とありました」

娘が母を殺害する直前のきっかけはスマホをめぐって叱責されたことだった。齊藤さんは著書でこう書いている。

<あかり(注:娘)が母を殺そうと思ったのは、九年におよぶ医学部浪人を強制されたからではなかった。その「地獄の時間」を脱し、ようやく自分の足で歩こうとしたとき、またも母の暴言や拘束によって「地獄の再来」となることを心から恐れたのだ>

先に紹介したサトリさんや野崎さんも、勉強の強要ではない部分に問題の根源があった。

生命の危機を感じるレベルの暴力と怒鳴り声がトラウマ

サトリさんが精神障害認定を受けたのは約5年前のこと。そのとき精神科で指摘された体調不良の大きな要因が幼い頃のトラウマだった。小2の冬、数百円の買い食いをしたのが母親にばれた。寒い中、外に出されていると、そこに父親が帰ってきた。

「父は『何やってんだ!』とすごい形相で怒り出し、『お前なんか死んじゃえ!』と首を絞めてきた。私はズルズルお風呂場に引きずられて、水風呂に頭を突っ込まれたんです。そのときから、私はいつか父に殺されると思うようになった。それが父に対する恐怖の核心だったのです」

生命の危機を感じるような暴力、怒鳴り声などのハラスメント。それが自分の人生を歪めるきっかけだったといまは確信している。

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「子どものとき親から受けた言葉が大人になって蘇ることがある」と野崎さんは言う

前出の野崎さんも勉強すること自体は苦痛ではなかったと振り返る。

「勉強で上を目指し、いい結果が出れば自分にとっても良いこと。だからただ勉強しろと言われるのは教育虐待と思っていません。むしろ僕が苦しかったのは、兄と比較する母の考え方でした。不本意な成績を自分の人格と一緒にして否定されるとやはりきつい。親にとって子どもは平等じゃないのかなと疑問を抱いていました」

育むべきは「生き残る力」ではなく「人とともに生きる力」

「勉強だけではなく、親が子どもに一方的に押し付けることは何であっても虐待になりかねない危うさを持っています」

元武蔵大学教授で臨床心理学が専門の武田信子さんは言う。武田さんは「教育虐待(Educational Maltreatment)」という言葉を初めて日本の学会で使った研究者だ。

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武田信子さん。子どもの教育虐待などについて活動する一般社団法人ジェイスの代表理事でもある

親が子どもに教育の機会を提供するのは当然のこと。だが、親が子どもをリスペクトせずに、将来への不安や欲望からよかれと思って強要する教育は不適切であり、それが過剰になったときに問題が起きると指摘する。

「九大生が両親を殺した佐賀の事件では、父親に暴力などの問題がありました。それを親族たちも知っていて、止めたがっていました。息子は苦しい状況に置かれて限界まで追い詰められていたのです。だから、被害者遺族から減刑嘆願書まで出されています。それなのに父親は自分の加害性に死ぬまで気づかなかったのです。それはもう不適切な養育だったと言わざるを得ないと思います」

教育虐待は母親が陥りやすい側面があるが、それには背景があるという。

「一般的に、母親のほうが父親より子どもに関わる時間が長い。そのため、母親のほうが子育ての責任を感じやすく必死になってしまう。大学受験でも中学受験でも、子どもの能力を超えて負担を多くかけてしまうわけです」

こうした教育虐待を防ぐにはどうすればよいのか。

問題の根幹にあるのは教育の目標が受験にばかり向けられていることだと武田さんは分析する。偏差値やテストの結果など受験に関する数値が基準となることで、親が子どもを見る目が狭くなり、結果的に不適切な押し付けとなる。だが本来の教育の目的はそうではないと武田さんは言う。

「重要なのは『生きる力』です。文部科学省も掲げていますが、私の言葉で丁寧に補足すると、それは"人とともに生きる力"ということになります。でも、いまの社会に根づいているのは"生き残る力"。これでは会社などで競争して他人の評価軸に合わせて生き残るような力にしかなりません。子どもが自分の人生に納得できるようにタイミングを見て成長の機会を与える。そういう長期的観点こそ、親に望まれる姿勢ではないでしょうか」

元記事は こちら

森健(もり・けん)

ジャーナリスト。1968年、東京都生まれ。早稲田大学卒業後、総合誌の専属記者などを経て独立。『「つなみ」の子どもたち』で2012年に第43回大宅壮一ノンフィクション賞受賞。『小倉昌男 祈りと経営』で2015年に第22回小学館ノンフィクション大賞、2017年に第48回大宅壮一ノンフィクション賞、ビジネス書大賞2017審査員特別賞受賞。2023年、「安倍元首相暗殺と統一教会」で第84回文藝春秋読者賞受賞。

「子どもをめぐる課題(#こどもをまもる)」は、Yahoo!ニュースがユーザーと考えたい社会課題「ホットイシュー」の一つです。子どもの安全や、子どもを育てる環境の諸問題のために、私たちができることは何か。対策や解説などの情報を発信しています。

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