子どもたちの持つ令和の価値観に取り残されないために。今知っておきたい小学校教育の現在地
「子どもからSDGsについて教えられた」30代40代の親たちがそう言うのを何度か聞いたことがある。実際のところ、現在小学校ではどのようにSDGsのことを学んでいて、どのように意識に変化が起きているのか。今まさに小学校に通っている小学生とその親、現場の小学校教員、教育に携わる大学教授に、主に「環境意識」「人権意識」の変化について聞いた。
今の小学生はバイオマス発電や地熱発電も知っている?
「SDGsって知ってる?」「2030年までに達成する、17個の目標でしょ? 総合が始まったらすぐに習うから、みんな知ってると思う。私はもう5年生だし!」
神奈川県の公立校に通う小学生に質問をすると、想像していたよりもクリアな回答が返ってきた。詳しくは後述するが、「総合」とは2002年から小学校教育に取り入れられた「総合的な学習の時間」のことだ。小学生はこんな風に環境問題のことを語ってくれた。
「地球温暖化になる原因は二酸化炭素なんでしょ。車の排気ガスが多すぎるとか、木を切りすぎたりしちゃってるんでしょう?『海の豊かさを守ろう』っていうのも勉強したよ。人がゴミを捨てすぎているから、動物が網に絡まって息ができなくて死んじゃっているんだよ」
また、エネルギーについてはこう語る。
「自然エネルギーも知っているよ。風力発電とかバイオマス発電のことでしょ? 地熱発電とか。もう、勉強したよ! 二酸化炭素を出さない発電方法のほうがいいんだよね。あとは、自分でできることを考えてみたりとか。『みんなで協力して海のゴミ拾いをする』とか『分別してゴミを出す』とか『(啓発)ポスターをつくる』とか」
小学生の母親にも話を聞くと、「私たちの時代はほとんどこういう話はなかったですよね。総合の時間に、耳の不自由な方が来てくれて、話を聞いたこともあったみたいです。盲導犬も連れてきてくれて、体験したり。いろいろな人と接することで、視野を広く持って、人に優しい人間になってくれたらいいと思う」と言う。
うちのクラスって、給食の残りが多いんじゃない?
実際に教育現場ではどのようにSDGsを扱っているのか、「にのみや学園 二宮町立山西小学校」の教員たちに聞いた。
教頭である山口さんは「SDGsに関連した授業となると、まず総合になるんです」と前置きをした上で、こう語る。
「最初に、『みんな、今年はどういうことをやっていきたい?』と聞いて、児童たちが興味のあるテーマを選びます。きっかけは、子どもたちの興味関心。私が担当したある学年は、生き物に関する環境問題にすごく興味のある子たちで。積極性が低めのクラスもときおりありますが、そういうときは『去年はこんなことをやったんだけど、どう思う?』と、興味関心を探っていきます」
鈴木さんが担当したクラスでは、環境や食べ物についての興味が強かった。
「5年生を担任したとき、最初は品種改良のことを知りたいという子がいたりする中で、クラスで話し合っていった結果、『給食の残りが気になるよね』という話になって、フードロスのことを学んだり。『なんかうちのクラスって、給食の残りが多いんじゃない?』という身近な違和感からテーマを見つけたような感じですね」
鶴見さんは、別の授業で学んだことが総合にも活かされることについて教えてくれた。
「社会科の中で貧困や難民、人種差別、テロ、といったことを学んだことがきっかけで、子どもたちから人権問題に関する興味が湧いてきたんです。その関心から発展して、ユニクロさんが取り組む『"届けよう服のチカラ"プロジェクト』に参加しました」
子どもたちとしても名前を聞いたことのある有名企業のプロジェクトに関わることで、積極性を持ちやすい。難民について学ぶだけではなく、実際にプロジェクトに参加する形で、児童の自発的なアクションにつなげていくと鶴見さんは言う。
「実際に着なくなった服を呼び掛けによって集めて、その集まった服を難民キャンプの子どもたちに届けるということで、服を集めるための情報活用だったり、広めるための活動だったりに取り組みました。子どもたちにとっては、アフリカの子どもたちは自分たちと同じ子どもなので、自分事にしやすいんじゃないかなと思います。子どもの権利条約について学ぶ子もいました」
ユニクロの店舗に行くと、リサイクルボックスがある。「大切なのは『箱に服を入れる』というだけじゃなくて、『箱に入れた服はどうなるんだろう?』『自分たちは箱に服を入れること以外に何ができるんだろう?』と考えてみること」と、鶴見さんは続ける。
「子どもたちにとっては『同じ子どもなのに、服がなくて困っている人がいるんだ!』というカルチャーショックがあります。そういう事実を知って、自分たちがすごく恵まれた環境にいるんだと気づいた子も多かったのかなと思いますね」
義務教育というと、教科書の内容を押し付けられるように教師から教わっていたという印象を持っている親世代も少なくないかもしれないが、総合があることで「これをやりなさい」ではなく、「どういうことをやってみたい?」と問いかけられ、自らで考える力が育まれる。
そんな中、もちろん課題もあると山口さんは言う。
「総合の授業は子どもたちの主体性が大切なことは大前提ですが、完全に子ども任せにしてしまうと『ただ表面的な情報を調べて発表して終わり』ということにもなりかねません。深い学びを得るためには、教員側にも経験値や知識の量が求められます。現状、すべてのクラスで総合の授業が充実しているかというと、そこは課題です。教師が選択肢をつくってあげられるように私たちも工夫していかなければならないと考えています」
藤間さんは小学校教育の変化として、IT化のメリットと弊害を挙げる。
「今の子どもたちは学校でもご自宅でもタブレットを文房具のように使いこなしています。調べ物をするのはもちろん、プレゼン資料をつくったり、動画をつくったり。もちろんそれ自体は素晴らしいことですが、あえて悪い面を言えば、それってなんでもひとりで完結してしまうということなんです。私たちも含めてですが、今の親御さんたちって、本当に忙しい。それでもやっぱり、一緒にご飯を食べるとかニュースを見るとか、親子で対話をする時間をとってもらえたらいいなって思っています」
総合的な学習の時間が、持続可能な社会に関する諸問題を学ぶ契機に
今の親世代の多くが小学生だった間近の数十年の間、学校教育はどのような変遷を辿ってきたのか。元日本ユネスコ国内委員会委員で、持続可能な社会の創り手を育てる教育(ESD)を20年以上も推進し続けてきた奈良教育大学ESD・SDGsセンター副センター長の及川幸彦さんに話を聞いた。
「昭和に比べて平成、令和と、環境、エネルギー、福祉や人権、ジェンダーに対する学びは確実に増えています。きっかけはいくつかあるのですが、大きかったのは2002年の学習指導要領改訂で『総合的な学習の時間』が創設されたことなんです」
及川さんによれば、総合的な学習の時間は、それまでの学校教育が対応しきれなかった地球や地域レベルの様々な総合的な課題を掬い上げる形で生まれたものだ。
「20世紀までは、国語や算数の教科書の内容を効率よく教えてペーパーテストの点数を上げられる先生が『指導力のある先生』とされてきました。一方で、顕在化する環境問題やエネルギー問題、人権の問題、食や防災の問題などは授業の中で取り組まれにくかった。そういった問題は決まった正解がなく、ひとつの教科の中で教えられるものでなかったためです。そこで、教科を横断しながら子どもたちが様々な問題に対して自ら問いを立てて取り組んでいけるような教育に、21世紀から方向転換したんです。その流れの中で2002年、総合的な学習の時間は生まれました」
2002年はゆとり教育が始まった年でもある。一部の政治家やマスコミをはじめとした各方面から、「学習時間が減ったことで子どもたちの学力が落ちた」と批判の対象とされてきたが、「実は、子ども一人一人に『生きる力』を育むゆとり教育の理念を体現する形で生まれたのが総合的な学習の時間」と及川先生は明かす。
「ゆとり教育は、クリエイティブという質的な側面で見られていなかっただけなんです。高度経済成長期はみんなが同じ力をつけて画一化された製品をつくればよかった。けれど、21世紀はそういう時代ではなくなりました。子どもたちは自ら学ぶ力や創造力、自己解決力など主体性を育んでいく必要があるとした上で、そのための『ゆとり』として総合的な学習の時間は始まったのです。立ち上げに携わった中心人物から聞いた話では、『主体性を育むためには詰め込み型の教育ではなく、子どもたちに裁量と責任を持たせることが大切』という考えがあったそうです」
及川さん自身も、小学校の教員だった2002年当時から、宮城県気仙沼市を中心に子どもたちの主体性を育みながら知見を広げていく教育(ESD)に取り組んできた。
「20世紀後半になると核家族化や個人主義の加速により、子どもたちは自然の中で遊ぶ機会や地域社会とのふれあい、世代間交流の機会などを失っていきました。体験や温もりの欠如と同時に、 学校以外で培われていたような『生きる力』が失われていくのをまざまざと見たんです。そんな状況から、地域住民や異世代との交流、自然や社会体験などを学校の取り組みの中からつくっていきたいと、総合的な学習の時間の中でカリキュラムを開発し組んでいきました」
最近では、SDGsの社会への浸透と教育施策の変化も、SDGsに関連するテーマを深く学んでいく後押しとなっていると、及川さんは語る。
「2017年に改訂された学習指導要領にはじめて前文が入りました。その中で今後の学校教育の方向性と掲げられたのが『持続可能な社会の創り手を育成する』という文言です。日本は『持続可能な開発のための教育(ESD)』の提唱国として20年以上にわたりESDを総合的な学習の時間を中心に進めてきました。そういった流れも受けつつ、今回の改訂は、日本はこれからSDGsの達成に資する持続可能な社会の創り手を育てる教育(ESD)を推進してくとの決意の現れだと言えるでしょう」
これからは社会参画できる子どもが増えていく
日本では、平和で持続可能な社会をつくるための活動をするユネスコ(国際連合教育科学文化機関)の理念を実現する学校を、ユネスコスクールと呼んでいる。神奈川県横浜市のみなとみらい本町小学校もそのひとつだ。
SDGsを積極的に扱うこの学校では、SDGsが子どもたちの将来にどのように影響すると考えられているのか。校長の小正和彦さんと6年生を担当する杢田陽花さんに聞いた。
小正さんから出てきたのは、「子どもたちにSDGs自体について教えているわけではない」という意外な言葉だった。
「開校6年目のみなとみらい本町小学校は、『持続可能な社会の担い手を育む』という開校宣言を掲げて創立しました。かといって、『今日は、SDGsの◯番について学びましょう』という授業をしているわけではないんです。子どもたち自身で、持続可能な社会を実現するための身の回りの課題を見つけることから、学びを深めていきます」
総合的な学習の時間では、民間企業や行政など外部の人たちとの連携に力を入れている。
杢田さんのクラスでは、児童がみなとみらいの企業やお店にインタビューをして、街のSDGsの取り組みを謎解きゲームで伝えようとしている最中だ。
「もともとは、『みなとみらいを楽しくしたい』という思いから、観光マップをつくろうとしていたんです。でも、みなとみらいには観光マップはすでにたくさんあることや、自分たちがそれをつくっても地域の課題を解決することにつながらないと子どもたちが気づいて、街を探検することに。そこから、街の中でSDGsの活動があまり見えてこないことに着目し、企業やお店の方々が取り組んでいるSDGsの活動を自分たちが発信していく方向に変わっていきました」
杢田さんは、「教師の立場から『こっちの方がいいんじゃない?』と言いたくなることもあるけれど、そこをグッと堪えることで児童自らの気づきにつながる」と主体的に考える力を育む教育方針を大切にしている。
2024年3月に卒業を控える6年生は、開校と共に入学した世代。
「自分のための活動から、誰が喜んでくれて地域にどう役立つのかという『誰かのために』の視点を取り入れて活動するようになった」と、小正さんは子どもたちの心の成長に目を細める。
2022年度に卒業した6年生は、海沿いに漂着するゴミを減らすためにガードをつくることを発案し、港湾局の担当者にプレゼンまでした。すると翌年度、港湾局ではその提案をもとに具体的なフェンスの設置を計画することになったという。
違うクラスでは、男女共同でジェンダーの課題を取り上げ、「性別を理由にしてイヤな思いをしたことはないか?」というアンケートを全校生徒に取った。集まった悩みに対して、性教育YouTuberとして活動する大貫詩織(シオリーヌ)さんからアドバイスをもらうと、それを横浜市と共同で冊子にまとめた。
自分たちのアクションが社会に影響を与えることができたと実感できることで、「社会参画への意識が高い子が増えていく」と小正さん。
「日本の場合はこれまで、子どもが社会に対して行動した結果リアクションが返ってくるという機会が圧倒的に少なかった。それが大人になって課題を見つけても、『自分たちの力でどうこうできるものではない』と諦めてしまう人が多い現状につながっていると思います。ですが今は、子どもたちが起点となって社会変容を起こしていきやすくなりましたし、達成感を感じやすくなっていると思います。小学生のうちからそういった経験を重ねていくことが、中高生、大人になってもアクションを起こしていく自信になりますよね」
SDGsとのつながりを日頃から意識する児童と親の間では、「子どもから『パパの会社はどうなの?』と聞かれ、親がドキッとしたというケースも少なくない」と小正さん。我々大人も、改めて身の回りに転がる課題への学びを深めていくタイミングかもしれない。
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取材・文章 大川卓也
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編集・撮影 小山内彩希
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