「宇宙に住む未来って本当にくるんですか?」SLIM開発者とともに考える、月での暮らしと地球の課題解決のヒント
人類が月に初めて降り立ってから50年余りが経った今、宇宙に関する研究は日々進んでいる。近年では民間企業が宇宙旅行を企画するなど、宇宙を身近に感じられる機会も増えてきた。人が宇宙で暮らす未来は果たして本当に訪れるのだろうか。宇宙システムの研究・開発を手がける三菱電機先端技術総合研究所の清水誠一さんと北村憲司さんに、疑問をぶつけてみた。(2023年8月7日取材、2024年2月15日更新)
"ワクワク"するサステナブルのヒントを教えてくれた人
清水 誠一さん
2007年三菱電機 先端技術総合研究所入社。以来、衛星搭載機器のハードウェア設計及び制御設計、観測衛星の擾乱管理に関する研究開発に携わる。2020年からSLIMの搭載ソフトウェアの設計検証に従事。
北村 憲司さん
2012年三菱電機 先端技術総合研究所入社。以来、SLIMをはじめとする宇宙機の軌道姿勢制御系の研究開発に携わる。2020年〜2022年の2年半は三菱電機 鎌倉製作所にて勤務し、火星衛星探査機(MMX)等の搭載ソフトウェアの設計開発にも従事。工学博士。
月に"住む"ために解決すべき課題とは
「現状では、特別な訓練を受けた宇宙飛行士が調査を目的に一定期間宇宙空間に滞在することは可能となりました。とはいえ個人的な感覚では、一般の人が暮らせるようになるまでには、おそらく100年以上の時間はかかると思います」
こう答えてくれたのは、三菱電機先端技術総合研究所の清水さんだ。同研究所では、三菱電機グループの研究開発拠点として、基礎研究から宇宙事業に関わる先端研究まで、幅広い分野で新技術の研究・開発を推進している。清水さんは続けて、人が宇宙で暮らす上での現在の課題を説明してくれた。
「例えば月で暮らすと仮定すると、今の技術では食料の自給自足を実現することは難しいため地球から運搬する必要がありますし、水や空気の確保も大きな課題です。"住む"というレベルをどう定義するかにもよりますが、人々が月で地球と同じように生活するには、解決すべき課題はまだまだ山積みと言えるでしょう。ただ、今後地球上の気候変動が悪化するなど、何かしらの理由で人が地球で生活できなくなってしまったら、別の場所を探す必要がある。だからこそ今のうちから"月や宇宙で人が暮らせるのか?"という観点で研究を重ねることは重要だと思います」
同じく宇宙研究に携わる北村さんは、食料や水の確保以外にも、人が集まって暮らす際には社会的なルールづくりが求められると予想する。
「月では水や大気をはじめ資源が大変限られているうえに、月面の土地を誰がどう所有するかも含めて、資源をめぐった争いが起きないような法整備が求められると思います。人が互いに納得して集団生活を送るためには、そうした社会的なルールづくりも必要になるはずです」
小型月探査機・SLIM の打ち上げが今後の研究の試金石に
三菱電機先端技術総合研究所、及び三菱電機は、宇宙や月での事業開発や新たな可能性の探究に向けて、宇宙航空研究開発機構(JAXA)などと共同して研究開発を手がけている。その一環として近年注力しているのが、小型月探査機・SLIM (Smart Lander for Investigating Moon/スリム) の開発だ。
SLIMは2023年9月に打ち上げられ、2024年1月には月面着陸に成功。当初予定していた着陸目標地点から、東側に55m程度の位置に着陸したと推定されている。この結果は、数~十数kmの誤差が生じていた従来の着陸精度を大きく上回っており、「世界初の成果」と言えるという。
清水さんはSLIMの打ち上げについて、これまでの探査機と比べて、着陸地点の精度を数kmから100mレベルまで向上させた点が最大の特徴だと語る。
「SLIMのミッションは、200kg級の小型・軽量な探査機で、あらかじめ定められた特定の場所に着陸することです。従来の"降りやすいところに降りる"探査ではなく、ピンポイントで指定した"降りたいところに降りる"探査ができるようになれば、月の起源を探るうえで重要とされている地点に降り立って研究ができたり、緊急支援が必要になった際に地球からすぐに助けに行ったりということが可能になる訳ですから、月での生活の実現に一歩近付くとも言えます」
一方の北村さんは、宇宙空間で撮影した月面の写真をもとに、探査機の位置を推定したり、月面上の障害物を回避して安全な着陸地点を決めることに成功すれば、同様の技術を他の分野の調査に応用できる可能性が高まると期待を込める。
「月ではGPS(全地球測位システム)が使えないため、SLIMでは搭載されたカメラで月の表面を撮影し、その画像から自分がいる位置や速度を推定して、着陸点へと向かいます。この一連のプロセスは"画像航法"と言われているのですが、この技術を獲得できれば、周囲の自然環境の影響から画像航法を用いるのがより難しいとされている月の南極域への着陸にも自信を持って挑戦できるようになります」
月の南極域は太陽の仰度(高度)が低いため、カメラで月面の画像を撮ると影が長く暗く写りやすく、より高度な技術が必要とされていると北村さんは補足する。
「今回のプロジェクトが成功すれば、調査がより一層進むかもしれませんし、月以外の惑星にも着陸しやすくなるかもしれない。そういった意味で、今回のSLIMの打ち上げは将来の様々なミッションの試金石になると考えています」
宇宙研究を通じて、地球上で暮らす際のヒントを得る
三菱電機は1960年代に宇宙事業に参画して以来、人工衛星をはじめ、衛星の運用に欠かせない地上管制設備や大型望遠鏡の開発まで幅広く事業を展開。シンガポールやトルコなど、海外商用衛星の開発にも携わってきた。
「弊社の宇宙事業では、地球を周回する人工衛星の開発や運用支援を主に手がけてきました。また、宇宙飛行士の水や食料、実験装置といった様々な物資を国際宇宙ステーション(ISS)まで運ぶ無人の宇宙船・宇宙ステーション補給機「こうのとり」(H-II Transfer Vehicle: HTV)の一部開発を担当し、すべてのミッションを遂行した実績もあります。そして近年は、宇宙分野の中でも月の探査に関する需要の高まりを受け、今回SLIM開発に携わることになりました」(清水さん)
一見すると、こうした宇宙事業というのは私たちの日常生活とはかけ離れた存在のように感じるもの。だが、人工衛星が天気予報やカーナビの運用に大いに役立っているように、宇宙と私たちの暮らしが密接に関わっている側面は少なくない。最後に北村さんは、宇宙や月での暮らしを考えることが、地球に住む私たちが現在直面している課題解決のヒントにつながる可能性について示唆してくれた。
「例えば国際宇宙ステーションでは、同じ目的の実現に向かって多様なバックグラウンドを持つ人が暮らしています。地球上では、紛争や戦争など何かしらの理由で仲が良くない国や地域同士の人々が、宇宙空間では互いに協力していることもありますし、そもそも宇宙には戦争は存在していない。こうしたことも、今の私たちが地球上でより良い生活を送るうえでのヒントになり得るように思います」
宇宙という厳しい環境、かつ限られた資源で生活するためのアイデアは、地球上での課題解決やサステナビリティ実現へのヒントとなり得るかもしれない。そんな視点をもって宇宙事業を捉えて見ると、地球では当たり前だと思われている思考から抜け出して、新しい仕組みや価値観を生み出せるに違いない。
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三菱電機イベントスクエア METoA Ginza
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