「昔は木でギターを作っていた」と言わせないために。米ギターメーカーの革新的木材利用法
アコースティックギターのように、天然木材を使った楽器の値段が数年前と比べて上がっている。価格高騰の背景には、どういった要因があるのか。限りある資源を次の世代に残すため、自然保護活動に積極的に取り組むアメリカのギターメーカー、Taylor Guitarsが大事にしていることを、プロダクト・スペシャリストの虎岩正樹さんに伺った。
"ワクワク"するサステナブルのヒントを教えてくれた人
虎岩 正樹さん
テイラー・プロダクト・スペシャリスト。22歳で渡英し、26歳で渡米。ロサンゼルスの音楽大学、ミュージシャンズ・インスティチュート(MI)に留学。卒業後、同校で新学科の初代学科長を務める。2006年に帰国し、ソフトバンクアカデミア社外1期生、MI Japan校長などを経て2015年から現職。
「木のギター」を残すためにできること
最近、物価の上昇を実感する場面が多々あるが、値上がりしているのは食料品や電気料金、ガソリンなど、いわゆる生活必需品だけではないようだ。たとえば、バイオリンやギターをはじめとする弦楽器もそう。米国・カリフォルニア州に拠点を置き、米国内でトップシェアを誇るギターメーカー、Taylor Guitars(以下、テイラー)のプロダクト・スペシャリストである虎岩正樹さんは、「あくまでも個人的な感覚」と前置きしつつ、その要因を次のように推測する。
「ギターの値上がりはパンデミック以降、より顕著になってきたと思うのですが、大きな理由のひとつに、楽器に使用する木材などの資源が高騰していることがあると思います。コロナ禍で船の行き来が滞ったり、流通そのもののコストが上がったことは、楽器業界のみならず、価格の高騰につながっているといえるでしょう。ほかにも人件費の上昇や、日本国内に関していえば円安の影響も考えられます」
こうした要因に加えて、楽器に使用する木材そのものが減少しつつあることも、価格に大きな影響を及ぼしている。虎岩氏は、アコースティックギターを例にとって、楽器の木材事情を説明する。
「アコースティックギターに使われる木材としてポピュラーな、ローズウッドやマホガニーといった木材は、数十年ほど前であれば、多くの人が"無限に存在するような資源"という感覚を持っていたと思います。しかしローズウッドは、伐採によって年々数が減少し、とうとう2017年にはワシントン条約で輸出入の規制がかかってしまい、当時は私たちテイラーも含め、各楽器メーカーがローズウッドに代わる木材を模索することになりました」
(ローズウッドにかかわる全産業の中で楽器に使われているローズウッドはごくわずかであったため、完成品の楽器に関しては、2019年に規制解除に)
「なくなったら次の木材」ではないやり方に
テイラーの創始者でギター製作家でもあったボブ・テイラー氏は、こうした木材危機が大きな問題になる以前から、危機感を持っていたという。
「その大きなきっかけになったのが、2011年にアフリカのカメルーンに行ったときの出来事でした。カメルーンは、古くから家具や楽器などに使われてきたエボニー(黒檀)の産地で、世界中でエボニーの森が消えていくなか、合法的に輸出できる唯一の国です。そこでテイラーもカメルーンの木材加工工場と長く取引をしていたのですが、経営層が現地を訪れた際、多くの木材が無駄になっていることが判明しました」
そもそもエボニーは、幹の中心部が黒いものもあれば、クリーム色やマーブル状のものもあり、切ってみなければわからない。エボニーを伐採する際、黒色のものは10本に1本程度しかなく、硬さやサウンドに違いはないものの、黒以外は売り物にならないため、せっかく切ったものを廃棄していた。
「エボニーはまだまだたくさんありますが、今までと同じような使い方をしていけば、後世のギタービルダーたちは間違いなく、『昔は木でギターを作っていたんだよね』という会話をすることになる。こうボブが言ったのを、今でもはっきりと覚えています」
このまま黒いエボニーだけを選んで使用していけば、数年のうちに枯渇し、エボニーの国際取引ができなくなると感じたテイラーは、伐採したすべてのエボニーを、真っ黒なエボニーと同一価格で買い取ることを即決。クリーム色が混ざった、今までは価格がつかなかったエボニーを"スモーキーエボニー"と名付け、フラッグシップモデルに使用することを決めた。
「下位モデルや、目立たないところに隠して使うのではなく、ブランドの顔といえるギターにあえて使うことで、これまでの流れを変えることができると考えました。実際、大きな話題になりましたし、テイラーのようなメジャーなメーカーがやるからこそ意味があると思っています。今ではこの取り組みがエボニープロジェクトとして発展し、カメルーンのコンゴ盆地研究所と共同でエボニーの生態を研究しながら、2018年には植林も始めました」
現在進行形で、取り組みを続ける
さらにテイラーは、より持続可能な楽器作りを実現するために、身近な樹木にも着目。悪天候で倒れた倒木や、寿命を迎えて廃棄される街路樹や公園などの公共の樹木をギター材にする「アーバンウッド・イニシアチブ」というプロジェクトを立ち上げ、2020年には、その第一弾商品をリリースした。ほかにも、ハワイ島のコアの森の復元・再生にも着手するなど、自然保護活動の幅を広げている。
「私たちは、こうした活動を一過性のものとして捉えられることに非常に抵抗があり、経営層からも常々『完了形で話をしてはいけない』と言われています。要するに、現在進行形であることを大事にしている。自然環境の保護というのは、自分たちが生きている間コミットし続けなければ実現できませんので、持続可能な木材でギターをひとつ作ったらそれで終わり、ということには絶対になりません。今こうしてギターを作ることができるのは、何世代も前の先人たちからの"借り"ですので、資源を使いっぱなしで終わることなく、未来の人たちに残す努力を続けていかなくてはいけないと考えています」
自然環境を守り次世代につないでいくためには、サステナビリティや持続可能性を、一過性で消費されるような「トレンド」にしてはいけない。だからこそ、責任をもって資源を管理し、そして長い目で活動に取り組み続けることが、ものづくりにおいても求められている。
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三菱電機イベントスクエア METoA Ginza
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