干上がったアマゾン大丈夫?―流域の乾燥化と熱帯林の減少が地球温暖化を加速する
南アメリカのアマゾン川といえば、アフリカのナイル川、北アメリカのミシシッピ川と並ぶ世界三大河川の一つ。流域面積は世界最大を誇る。700万平方キロメートルの流域面積は、日本列島の37万平方キロの18倍、ブラジルの面積の半分以上を占める。そのアマゾン川の流域が干上がりつつある。2023年秋には観測史上最大の干ばつで河川が干上がり、まるで砂漠のようになった。地球温暖化と、違法伐採によって熱帯林がどんどん消滅している。CO2を吸収してくれる「巨大なスポンジ」アマゾンはどうなるのか。
ジャーナリスト 杉本裕明
CO2を吸収する巨大なスポンジ
アマゾンは巨大なスポンジだ。膨大なCO2を吸収し、地球温暖化の防止に多大の貢献をしている。しかし、違法伐採や野焼き、金の採鉱によってスポンジのあちこちに穴が空き、ボロボロになり始めている。
2023年は、世界の乾燥化が一気に進み、大規模な森林火災が世界各地で頻発した年として記憶されそうだ。アマゾンもそうだ。
2023年4月23日付の朝日新聞は、マトグロッソ州に足を踏み入れた記者が、現地のカヤポ族の男性の言葉をこう伝えている。「森林伐採で土地が乾燥し、火が燃え移りやすくなった。金採掘業者が水銀を流して、川が汚染された。この半世紀、カヤポ族への脅威は続いてきた」。
ブラジル政府は保護区を設定し、貴重な生物を守ってきたが、その周辺で生活する先住民は、保護区の内外で繰り広げられる違法な森林伐採と金の採掘による被害にさらされ、保護区の内側に追いやられてきたという。
金の採掘業者が環境を痛め、先住民族を迫害した
金の採掘では、川底の泥から砂金を取り出すのに使われる水銀が、川と魚介類を汚染し、先住民の健康被害が顕在化した。いわゆる「水俣病」の症状が出て、社会問題となった。それを知った水俣病問題に取り組んできた研究者たちが動いた。
その一人で水俣病診断の第一人者、原田正純熊本大学助教授(後に熊本学園大学教授)は他の研究者とともに、アマゾンで先住民を診察し、水俣病と同様の症状の患者を見つけ、警鐘を鳴らした。
タパジョス川下流で調査し、 金鉱山の下流で無機水銀が有機化し、毛髪の水銀値が高い人で200ppmを超えていたことがわかった。 原田さんの診察で、3例が軽い水俣病、4例が水俣病の疑いがあった。当時、原田さんは筆者に、金の採掘業者に追いやられた先住民の悲惨な状況を、かつて差別を受け続けた水俣病患者に重ね合わせ、本格調査と救済を訴えた。しかし、この問題は、ブラジル政府がうやむやにしてしまい、原田さんも鬼籍に入り、現在に至っている。
1年間で9,000~1万平方キロメートルの森林が消失
ところで、国立宇宙研究所によると、22年8月~23年7月のアマゾンの森林の消失面積は、前年同期比22.3%減の9,000平方キロメートル。これまでは1万平方キロメートルを上回っていたが、5年ぶりに1万平方キロメートルを切った。とはいえ、2012年は4,600平方キロメートルだったから、減少が加速していることが、わかる。
2019年以降、アマゾンでの落雷や野焼き、放火による火災の件数は2倍に増え、2020年から2021年にかけて2006年以降最悪の13,000平方キロの森林が失われ、違法伐採業者や金の採掘業者による放火や野焼きはあとを絶たない。
大統領の交代が吉とでるか
そんな状況にもかかわらず、ブラジルでは有効な対策がとられてこなかった。特に、2019年に大統領になったボルソナーロは、開発を優先し、違法伐採を監視してきたブラジル国立宇宙研究所などの機関の権限や予算を縮小し、無法状態となった。
2023年1月、ボルソナーロから政権を奪還し、15年ぶりに大統領に返り咲いた左派のルーラ・ダシルバは「森林破壊ゼロ」を掲げるようになった。だが、アマゾンが大きく救済されたわけではない。
日本は、どんな貢献をすればよいのだろうか。
日本がアマゾン基金に拠出
2024年2月、動きがあった。政府は、アマゾンの保護を目的とし、2009年に発足した「アマゾン基金」に300万ドル(4億1,100万円)の拠出を決めた。2月、ブラジル政府と合意書の署名がブラジルであり、シルバ環境・気候変動相と林禎二駐ブラジル大使、基金を運用する国営ブラジル経済社会開発銀行(BNDES)のバルボサ理事が立ち会い、署名した。
アマゾン基金は、これまで伐採の監視活動などに利用されてきたが、ボルソナーロ政権は19年に運用を停止していた。ルラ大統領が復帰し、運用が再開されていた。
基金は30億レアル(約914億円)。日本のほか、ノルウェー、ドイツ、国営石油会社ペトロブラスも拠出し、スイス、米国も拠出を始めた。さらに、英国、デンマーク、欧州連合(EU)も拠出を表明している。こうした動きをもっとひろめたいものだ。
観光で有名だったピラケカラ湖が消滅
アマゾンの熱帯雨林は、CO2を吸収し、地球温暖化を防止する役割を担ってきた。だが、2021年のブラジル国立宇宙研究所の試算では、アマゾンのCO2の排出量が吸収量を上回るようになったという。これを裏付けるように、降雨量は過去40年間で4分の1近く減少し、平均気温が上がっている。
ブラジル内陸のアマゾナス州の州都マナウスにあるピラケカラ湖はその景観の美しさから観光客が必ず訪れていたが、アマゾン川の水不足で、2023年秋に湖が干上がってしまった。湖の水上住宅で生活していた住民らは移住を余儀なくされ、捨てられた廃屋が湖底に無残な姿をさらしている。
『選択』2023年1月号は、現地の大手紙特派員の声をこう伝えている。「水上交通でつながっていた集落は、渇水で完全に外界から孤立してしまった」。生計を川に頼ってきた沿岸住民らは仕事、交通、通信の手段を失い、さらにアマゾン水系の住民にとって、飲料水であり、生活用水であった川の水が魚の死体や汚水の増加で、飲料水として適さなくなり、健康被害が顕著に起きているという。
水深が1903年以来過去最低になった
どれぐらい干上がっているのか。 マナウス付近で、2023年10月の水深が12.7メートルと、記録のある1903年以降で最も低かった。過去最低だった2010年10月の13.63メートルに比べ、約1メートル下がった。水温も高くなり、マナウス上流のテフェ川(湖)では水温が39度を記録。6キロあった川幅が半分になってしまい、アマゾンイルカが高い水温と酸素の欠乏で大量死したという。
世界最大級の湿地帯「バンタナル」は、一部が世界自然遺産に指定され、1,000種を超える動植物が生息し、貴重な生物多様性を誇っている。2018年から秋から春にかけての雨期の雨量が少なく、毎年水不足に悩まされている。樹木や土地に水分が少ないため、簡単に森林火災が起きているという。
COP28で先住民族相が「これ以上の破壊に耐えられない」
2023年12月、アラブ首長国連邦(UAE)のドバイで開かれた国連気候変動枠組み条約第28回締約国会議(COP28)に出席したブラジルの先住民族全国組織の代表を長く務め、初代の大臣となったソニア・グァジャジャラ先住民族相は、「『地球はもはやこれ以上の破壊に耐えられない』との警告に世界は耳を傾けるべきだ」と記者に訴えた。
2000年から2022年に世界の原生林が12%失われた
米国の世界資源研究所(WRI)がグーグルなどの企業や大学、研究所などと連携するグローバル・フォレスト・ウォッチ(GFW)によると、2000年から2022年の間に世界の原生林は、12%、1億5,500万ヘクタールが失われた。減少速度も加速しており、2000~2013年に年平均710万ヘクタールだったのが、2013~2020年には900万ヘクタールと加速している。
GFWは、「この手付かずの森林景観が減少している主な要因は、木材搬出・石油や天然ガス採掘のための道路建設、農地開拓、火災である。残された手付かずの森林のうち、なんらかの法的保護下にあるのは36%に過ぎない」と警告している。ちなみに原生林の最大国は1位がカナダ、2位がロシア、3位がブラジルである。
では、この傾向が続くと、どうなるのか。
アマゾンは2035年にCO2の吸収量がゼロに
2020年5月、英国の科学誌ネーチャーに掲載された地球温暖化の影響を研究するベルギーなどの国際チームの研究がこんな推定をしている。破壊されていないアマゾンの原生林321箇所とアフリカの原生林244箇所の樹木の直径、高さ、密度などを分析、2014年度までの半世紀のデータ分析と、地球温暖化のモデルを組み合わせ、CO2の吸収量の変化を予測した。
それによると、アマゾンは1990年頃をピークに吸収量が減少し、2035年にゼロになり、それ以降は排出量の方が多くなった。アフリカは2030年の吸収量が2010~15年に比べて15%減少した。この論は地球温暖化による干ばつで枯れた影響を見ており、違法伐採や野焼きなどの影響を見ておらず、アマゾンの原生林がより深刻な状況にあることを裏付けている。
また、2020年1月、米国の科学誌サイエンス・アドバンスに米国とブラジルの研究チームは、アマゾン南部で一層の伐採が行われると、2010~2050年に熱帯林の最大16%にあたる22万3,000平方キロメートルが失われ、最大170億トンのCO2などの温室効果ガスを排出する可能性があると発表した。気候変動によって干ばつの頻度や規模が大きくなるとし、火災は1ヘクタール当たり20~60トンの炭素を排出するという。
アマゾン保護を打ち出したブラジル政府は、2年後のCOP30を先住民が多数暮らすアマゾンのベレンに誘致した。日本をはじめ、先進国は、それにどう答えようとしているのか。
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