「やばい暑さ」はそろそろ限界。異常気象を食い止めるために、今こそ知りたい''ハーモナビリティ''
初夏や秋口に酷暑がやってきたかと思えば、冬には激しい寒暖差にさらされたり、各地で強い台風や局地的な豪雨が増えたり。近年の地球温暖化の影響で、天気の変化は非常に大きくなっている。その目まぐるしさに、個人の生活だけではなく、世の中全体が適応しきれていないと感じることも多いだろう。そこで、一般財団法人 日本気象協会でコンサルティングサービスを担当し、気象と産業の関連性に詳しい熊倉舞さんに、三菱電機イベントスクエアMEToA Ginza 「from VOICE」編集部 が話を伺った。
"ワクワク"するサステナブルのヒントを教えてくれた人
熊倉 舞さん
一般財団法人 日本気象協会で、社会・防災事業部 気象デジタルサービス課に所属。2021年、法政大学システム工学部システムデザイン学科卒。日用品、飲料、食品、耐久財など、様々なモノづくりのお客様を中心に、データ分析やコンサルティングを担当。
気象への対応が健やかな暮らしをつくる
「気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の発表では、最近の気候システムの変化の大きさは、過去数百年、数千年で前例のなかった規模だとされているんです。こうした状況下で、個人の生活も世の中全体も、天気に振り回される場面が確かに増えていると思います」
VOICEについてこう話すのは、一般財団法人 日本気象協会の熊倉舞さんだ。同協会で気象データを活用したコンサルティングサービスを担当する熊倉さんは、まず最近の異常気象の事例をもとに、地球温暖化の影響を解説してくれた。
「極端な高温や豪雨は、地球温暖化により起きやすくなる異常気象の代表的な例です。高温といえば昨年は、真夏日の連続日数や、もっとも遅い真夏日など、暑さに関する様々な記録が全国各地で更新されましたよね。それは、エルニーニョ現象のほか、短期的な自然現象がいくつも重なって生じたのですが、仮に人間の活動による温暖化がなければ、あれほど厳しい暑さにはなり得なかったことが分かっています」
こうした変化は、世の中の営みにどのように関わってくるのか。熊倉さんは昨年の酷暑によって、社会が「振り回された」場面を次のように語る。
「昨年は夏本番に入る前の6月に気温が上昇しました。その時には、まだ電力会社が需要の増大に対応できる供給体制を組めていなかったため、電力のひっ迫が懸念される状況になったんです。この時期は、アイスなど夏に需要が増える商材にも同様の問題が見られましたね」
これらのサービスを提供する側が、適切に気象の変化に対応できるかどうかは、消費者の生活の質に直接関係してくる。それは、快適に暮らせるかどうかということだけではなく、人の命にすら関わる課題だ。
「極端な天気の変化が起きやすい今の世の中では、誰もが気象によるリスクを強く認識しなければいけません。そのためにまず大切なのは、客観的な気象データと向き合い、気候変動の現状を理解すること。そして、サービス提供者は、長・短期の複数の視点から気象予報を見つめ、変化に対応できる体制を整えることが必要です」
ただし、企業などサービス提供者の努力に頼るだけでは、気候変動に対応しながら持続可能な社会をつくっていくことは難しいのだと、熊倉さんは続ける。
「たとえば農業では、温暖化の影響で栽培の適地が北上し、従来の産地では高温障害が起きやすくなっている作物もあります。人手不足などの課題を抱えている農家の方々が、こうした状況を受けて、すぐに作物を転換できるものではありません。また、栽培適地が変われば、それに関連する加工業や飲食業などにも影響を与えます。人手不足の要因である少子高齢化などの社会課題を含めて、気候変動を乗り越えていく世の中を考えなければいけないと思います」
物理学的な手法で、確かな未来を予測する
気象が様々な分野に影響する中で、日本気象協会がメーカーや小売、電気事業者などの企業を中心に提供しているのが「商品需要予測サービス」だ。協会が保有する気象関連情報と企業の持つ販売記録などをビッグデータとしてAIで分析し、今後必要となるモノの量を予測。特定の商品と気象の関連性を読み解いたり、気温の変化による売れ行きのピークイン・ピークアウトを可視化したりすることで、生産量や在庫の適正管理などに役立てている。
「経済産業省の補助のもと、2014年に食品ロスの削減を主な目的とする実証実験として立ち上がったのが、サービスの始まりです。2017年に正式な事業化を果たしてからは、ビジネス上の機会損失という、広い意味での『ロス』を回避するためのサービスとして、食品関連以外の業界でも導入いただくようになっています。また、無駄のない生産・販売計画の策定だけではなく、『どんなタイミングで、いかに売り込んでいくのか』という積極的なプロモーションに活用いただく事例も増えていますね」
熊倉さんは、サービスが立ち上がってからの10年間の経緯を、このように説明する。ビジネス上の機会損失を防ぐということは、消費者の視点で言い換えれば、求めるサービスが必要なタイミングで届くということだ。
「たとえば、温暖化でスギなどの花粉の飛散時期が早まっている中で、花粉症に悩まれている方に適切なタイミングで薬をお届けしなければいけません。そこで、製薬会社が次シーズンの花粉症薬の展開を考える際には、いつ頃にどのくらいの花粉が飛散するのかといったデータが、生産・販売計画の作成の上でとても重要となってくるんです」
また、在庫や廃棄の削減は、サプライチェーンを健全に稼働させるとともに、省エネ化にもつながっていく。このようなメリットを形にする上で、気象データを活用することの強みを、熊倉さんは次のように語る。
「企業が生産・販売計画を策定するに当たっては、担当の方が培ってきた経験と勘など定性的な要素に頼っているところが大きいんです。そこに気象という定量的なデータを組み込んでもらうことで、より確実な裏付けを持った計画をつくることが可能になります。気象データは、ビジネスの動向を予測するための各種要素の中で、物理学的な手法によって高い確度で未来が予測できる、唯一のもの。それが一番の強みだと思います」
領域を超えた協調が自然との共生につながる
日本気象協会は、1950年に設立して以降、気象・環境・防災に関する情報サービスを社会に提供することで、暮らしの安全安心と快適さの向上に取り組んできた。同協会が現在、多岐にわたる活動のすべてを表現する言葉として掲げているのが、「Harmonability(ハーモナビリティ)」だ。
「ハーモナビリティは、自然界と調和(=ハーモニー)した社会の実現に向かおうという、当協会のミッションを示す造語です。私の担当する商品需要予測サービスも、適切な生産・販売計画を策定することによる、食品ロスの削減や省エネ化が、自然との共生に結びつくと考えています」
また、ハーモナビリティという言葉には、理想とする社会の実現のために、様々な主体と協調していく思いも込められているのだと、熊倉さんは語る。
「当協会は、社会課題の解決のためには企業や産学官の枠を越えた連携が不可欠だと考えているんです。商品需要予測サービスでは、メーカー、小売り、当協会の三者が一体になって食品ロスの削減に取り組んだ事例がありますし、技術開発でも外部との共創に取り組んでいます。異なる立場にある各主体が、目線をそろえながら課題解決に向かっていく上で、気象という客観的なデータの共有は、とても意義深いことだと感じています」
地球温暖化による気候変動が顕著となっている中で、多くの人が手をとりあいながら自然との調和を目指す。気象のデータとリスクを把握することは、その大きな助けになるが、一方で熊倉さんは、「天気のポジティブな面にも目を向けてほしい」と呼び掛ける。
「雲の形に思いをはせたり、虹がかかっていることに喜びを感じたり、夜空の星を見て心が洗われたり。そんな風に、気象は間違いなく人の気持ちを明るくする力を持っていると思うんです。一つひとつの現象を『面白い』と感じることが、『なんでだろう』という疑問を生む。そこから一歩踏み込むと、自ずとリスクを知ることになるはずです。私たち日本気象協会のメンバーは、天気が大好きでこの仕事をしています。気象の面白さを知ってくれる人が増えてくれれば、それだけでとても嬉しいです」
気候変動という、地球規模で取り組むべき課題を考えていくために、まずは一度ゆっくりと、空を見上げてみてはどうだろうか。
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三菱電機イベントスクエア METoA Ginza
「from VOICE」
「ワクワクするサステナブルを、ここから。」を掲げ、三菱電機社員が社会の皆さまと共に学び、共に考えながら、その先にある"ワクワクする"社会を創るべく活動しています。日常にある身近な疑問"VOICE"から次なる時代のチャンスを探すメディア「from VOICE」を企画・運営しています。最新情報はインスタグラムで配信中です。皆さまのVOICEも、こちらにお寄せください。