オーバードーズ「やめて」と言う前に その背景にある心の痛み #こどもをまもる
7月は、こども家庭庁が「青少年の非行・被害防止全国強調月間」を展開している。大麻や覚醒剤などの薬物乱用の危険性についても注意喚起しているが、近年問題になっているのが市販薬を用いた若年層のオーバードーズ(OD)だ。薬物依存の仕組みやその背景、治療法について、当事者や専門家に話を聞いた。(Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部/監修:松本俊彦)
目次
- 若者に広がる市販薬のオーバードーズ
- オーバードーズの背景は 検索データを専門家が分析
- 経験者の声〜「やめて」は逆効果 根本にある苦しみに気づいて
- 治療中も人生は止まらない 包括的な支援の中でゆっくりと回復をめざす
- 誰かに相談したいときは
1. 若者に広がる市販薬のオーバードーズ
LINEヤフーの検索データで「OD」と組み合わせて検索されたワードを見ると、咳止め薬など特定の市販薬製品の名称が複数見られた。これらの薬には、合法ではあるものの麻薬と同じ成分が含まれていて、過剰摂取すると心身に異常をきたすことが知られている。10代のオーバードーズが増えた背景には市販薬を扱うドラッグストアの増加が大きいという意見もある。
また、2014年6月から市販薬のネット購入が可能になったことも影響していると考えられる。 国立精神・神経医療研究センターの「全国の精神科医療施設における薬物関連精神疾患の実態調査」によると、2014年は10代の薬物乱用に占める市販薬使用の割合は0%だったが、その後急増し、2022年には65%に上った。
2. オーバードーズの背景は 検索データを専門家が分析
「OD」を検索している人は、ほかにどんなキーワードを検索しているのだろうか?LINEヤフーの検索データでおよそ2週前の検索推移をみたところ、「学校行きたくない」「家出 行き先」など生きづらさをうかがわせるキーワードが検索されていた。また、「OD」と同じ日に複数の市販薬が検索されていた一方で、さまざまな処方薬が期間を通じて検索されていた。
薬物依存症治療の第一人者で、長年、依存症や自傷・自殺の研究に携わっている精神科医の松本俊彦氏は以下のように分析する。
松本さん
精神科で処方される薬品名が出ていますね。治療薬としてよく使われるものも多いです。精神科医療に断続的に関わっている多くの子どもたちが、それだけでは癒やされずに市販薬を検索している可能性があると考えられます。
「OD」と「市販薬名」を検索したユーザーの属性を見ると、女性が7割を超える。また、市販薬の乱用は特に10代~20代の女性に多いと言われているが、その理由として、松本氏は以下のように話す。
松本さん
生理痛の鎮痛剤などで市販薬になじみがあることや、コスメ用品を求めてドラッグストアにアクセスしやすい点などが考えられます。
また、女性は特に心へのダメージが大きい性的虐待の対象になりやすいことや、男尊女卑的な価値観の中で、ハラスメントやDV(ドメスティックバイオレンス)などさまざまな被害を受けやすいことも原因になっているのではないでしょうか。
3. 経験者の声〜「やめて」は逆効果 根本にある苦しみに気づいて
自身も薬物乱用を繰り返していた経験から、現在はODをしている人の支援活動を続ける風間さん。根本的な原因は、周囲や社会から受け入れられないことの絶望、諦めからくるという。
薬物乱用は傷ついた心を癒やすための手段
風間さん
当事者にODをやめろというのは逆効果です。まずは本人が薬物を使わないといられないほどつらい状況にあることを理解してほしい。その子がなぜODをするほどに追い詰められているのか。その根本にある苦しみに着目して、そこに寄り添うこと。
それらを理解せず「やめなさい」といっても会話にはならないでしょう。
本人がどんな苦しみを感じ、どんなことを願っているか、近くで見守り静かに寄り添う。そういう大人が必要なんです。ODは、大人や社会への期待を諦めた人の自己治療的なものですから。
自身が信頼できる医師に出会ったことで薬物乱用から脱却した経験から、自分がいる環境を変えることも大事だという。
風間さん
社会に受け入れてくれる大人がいないことが問題だと思います。でも、薬物乱用から脱却するチャンスはどこにでもあって、自分で切り開くこともできる。私の人生も、「薬物を使ってまで生き抜いてくれてありがとう」と言ってくれる人と出会ってから好転しました。自分から連絡をして、試しに助けを求めた人でした。
風間さん
子どもたちにわかりやすいように例えるなら、ODから抜け出したいと思ったらどんどんガチャを回してほしい。毎朝起きて、生きることでログインボーナスを貯めて、「対人関係ガチャ」を回してほしいなって思いますね。医療関係者でも、友人でも、どんどん新しい人に会うこと。相性が悪ければやり直せばいいだけ。その過程の中に脱却のきっかけがあると思います。ODをしていても生きてさえいれば、必ずガチャは当たります。そのうち絶対に最高の大人に出会うチャンスが巡ってくるはずです。
4. 治療中も人生は止まらない 包括的な支援の中でゆっくりと回復をめざす
松本俊彦氏によると、ODに走る人は、問題を抱えていても、誰かにSOSを出すことなく自分一人で解決しようとする場合が多い。誰にも依存できない代わりに、薬物に依存しているのだ。
きっかけは仲間から勧められることが多い。薬物に救いをも求めるケースも
松本さん
薬物に手をだすきっかけはそれぞれですが、家庭や学校で孤立している中で、信頼している仲間から勧められて断れなかったというケースは多いですね。仲間から離れたあとも、一人で薬物を使うようになることが多いです。
過去のつらい記憶から逃れるために、薬物に救いを求めるケースもあります。
ですが、薬物を使い続けることにより耐性がつき、より多くの薬物が必要になります。ODを繰り返すうちに効果が薄れてきて、薬を服用しても気持ちが楽にならず、しかし、やめようとすると苦しい、という状態に陥ります。
つまり、「使っても地獄、使わなければなお地獄」という泥沼状態です。
長く付き合っていく覚悟。周囲は性急な変化を求めず、寄り添うことが大切
松本さん
ODは急にやめることはできません。患者の多くは高い自殺リスクのもとにあり、一気に断つと死にたくなってしまうこともあります。
どれくらいの治療期間で良くなりますといった言い方は簡単にできませんが、数回の面談で流れが変わるケースもまれにあります。多くは1〜2年の時間がかかります。中には20年近くお付き合いをしている子もいます。
ただ治療の間、その人の人生が止まっているわけではありません。進学し、恋愛や結婚をして子どもができた人もいます。ゆっくりとサポートを続けていきます。病院にかかるのは、包括的な支援につながるための入場券だったんだっていうふうに思ってほしいですね。
まずは「いろいろ大変だったろうけど生きてて良かった」と伝える。当事者の現在を肯定するところから伴走が始まるのだ。
松本さん
苦しみを再びODで紛らわす前に、「こういうことがつらいんです」と医療関係者や支援者に伝えることが必要です。そして治療が一旦落ち着くまでは、かつての仲間と少し距離を置く必要もあるでしょう。同じような悩みを抱えた人が集まって回復を目指す活動を行う「自助グループ」に参加してみるのもいいかもしれません。
治療は医者だけではどうにもなりません。病院を起点として、福祉関係者や学校関係者と包括的に支援をしながら、その都度浮かび上がってきた問題を一緒に解決する必要があります。その中で少しずつ薬を減らし、最終的には薬を手放して生活できるようになったらいいと思っています。
大事なことは健康に致命的なダメージを与えないこと。そして、その後の人生で活躍するチャンスが奪われないようにすることだ。
松本さん
子どもがODで苦しんでいると親族に相談しても「あなたの育て方が悪いからだ」と今更言われてもどうにもならないことを言われるそうです。親は責任を感じ、罪悪感のあまり力ずくでなんとか良くしようと感情的になってしまう。
実は子どもと同じように親も孤立していて、それゆえ、親のサポートも必要になります。都道府県政令指定都市に少なくとも一つはある「精神保険福祉センター」では薬物問題の家族相談や勉強会なども行われています。また、家族向けの自助グループに参加するなど、親自身の支援者を見つけることも必要でしょう。
5. 誰かに相談したいときは
薬物の問題について「安心して正直になれること」、すなわち、「使ってしまった」「やめられない」と正直に告白できる場所、秘密を守ってくれる安全な場所につながることが大切だと松本氏はいう。
松本さん
依存症対策全国センターのホームページから、全国の依存症専門相談窓口と医療機関を検索できます。そこでは、相談者の秘密は守られます。当事者やご家族は、ぜひ相談してみてください。
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