体外受精は人口減少を救うか? 日本とアメリカの未来像
現在世界各国において、人口減少は共通の問題となっています。以前のように結婚してすぐに子どもを持つ夫婦が少なくなったこと、更には子どもを持たない選択をする人達がいることも背景にあります。日本の出生率は現在1.26(※1)、これは世界で最も低い水準です。このような状況に対し日本政府は、少しでもこの問題に歯止めをかけるべく、既婚の女性を対象に体外受精(IVF)の費用を補助するという施策を打ち出しています。体外受精とは、卵巣から卵子を体外に取り出して、精子と培養液の中で出会わせて受精させる技術です。対策に乗り出した日本政府は、2022年から不妊治療にかかる費用を保険適用することとし、利用者は費用の3割負担のみで治療が可能となりました。ただしこれは今のところ、異性同士の既婚者のみ(※2)に適用される制度であり、独身女性や同性婚者はこの優遇を受けられないという課題が残ります。日本では体外受精による出生数がこの優遇制度導入以前より増加していましたが、2021年には約7万人の赤ちゃん(※3)がこの技術によりこの世に誕生しました。日本で生まれる赤ちゃんの11.6人に1人が、何らかの体外受精技術によって生まれている計算です。
アメリカ合衆国の人口問題
日本ほど厳しい状況ではありませんが、アメリカもまた、人口問題に直面しています。共和党支持者が多く、その影響力が強いアラバマ州最高裁は、凍結胚(凍結された受精後8週間までの赤ちゃん)をめぐる裁判を取り上げ、この問題解決に向け動いてきました。そして2024年2月16日、アラバマ州最高裁判所は、「凍結胚にも子供と同じ権利がある」(※4)との大きな判決を下したのです。これは、ある夫婦が不妊治療クリニックを訴えた裁判を受けての判決です。病院の一人の患者が胚を保管している場所に入り込み、この夫婦の胚を誤って落下させ胚が破損し、使用不可になったという事件です。アラバマ州最高裁はこの判決によって凍結胚の保護を強化し、より多くの人々が安心して子供を作る環境を整備しようとしましたが、現実は思惑通りとはなりませんでした。実際にはこの判決の結果、多くの不妊治療クリニックや病院が胚の使用・保管方法を巡って刑事訴追や懲罰的損害賠償を受ける可能性を恐れ、一旦すべての体外受精治療を停止してしまったのです。
Michael Barera CC BY-SA 4.0 via Wikimedia Commons
法的および倫理的な問題
多くの医師、クリニック、そして体外受精の利用者達も、凍結胚が法的に子供と同じ権利を持つようになったらどうなるのか、多くの疑問や懸念を持っています。体外受精では利用者達から胚がいくつか採取されますが、体外受精時に使われなかった胚は通常、凍結保存されます。その胚を放棄してはいけないとなったら、確実に使用されることを前提としなければならないのでしょうか? もし誰かが凍結胚を誤って破損してしまったら、殺人罪に問われてしまうのでしょうか? こうした疑問に対する答えはまだ出ませんが、アラバマ州在住で体外受精での妊娠を望んでいる人、既に体外受精を試みている人達への影響は必至です。
出生率への影響
本判決および「ロー対ウェイド判決(1973年、全米で中絶が合法化された判決)」が1992年に見直されたことなどから、不妊治療医や、家族計画中の夫婦、未婚のカップル達から不安や懸念の声が上がっています。中絶禁止に関する法律は広く曖昧な文言で規定されていることが多く、医師は自分達の行為が法律に抵触する可能性を恐れて積極的に必要な治療を行うことができずにいます(※5)。また多くの人々は、妊娠中に問題が発生することを過度に心配し過ぎているのが現状です。こういったことが、アメリカ国内の出生率向上の足かせになっている可能性が多分にあります。それを考えると、冒頭の日本での試みは、アメリカの出生率改善の良いヒントになるのではないでしょうか。
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執筆 A. Parks 翻訳・編集 K. Tanabe
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