「今の行動」に希望を持てるか。ザ イノウエブラザーズが語る、未来のつくり方
デンマークで生まれ育った日系二世の兄弟、井上聡さんと清史さんによって設立された、ソーシャルデザインスタジオThe Inoue Brothers...(ザ イノウエブラザーズ)。ふたりの名前が一躍知られるようになった商品があります。それがアルパカニット。アルパカの原毛の質の高さにより生み出された手触りが良く暖かいアイテムは、高く評価され日本でも百貨店やセレクトショップなどで手に取ることができます。
彼らが事業を立ち上げたのは、2004年。世の中でSDGsが提唱される前から、生産者や環境に負荷をかけない"エシカルファッション"を信条にプロジェクトを行ってきました。
20年前に、どのような未来をつくろうと動き出したのか――。特集のテーマでもある「未来をつくるって、どういうこと?」を投げかけに、訪れたのは沖縄県読谷村。デンマーク、ボリビア、ペルー、パレスチナ...これまで世界各地で活動をしてきた井上聡さんが、2022年に家族で移住を決めた地です。
INDEX
課題を抱えるローカルコミュニティを目指す
ザ イノウエブラザーズは、ファッションの力で世界を変えるべく、さまざまなプロジェクトを手がけてきました。冒頭のボリビア・ペルーでのアルパカニットプロジェクトに始まり、東日本大震災では、被害を受けた東北地方の中小企業や職人たちとパートナーシップを締結し、衣類を通した支援活動「Tohoku Project」を立ち上げました。他にも、パレスチナ自治区の難民キャンプに暮らす女性たちによる手刺繍を衣類に展開する「タトゥリーズプロジェクト」を、ドキュメンタリー映像と併せて公開。現在は沖縄の「琉球藍染プロジェクト」まで、精力的な活動を続けています。
彼らが手がける優れた品質のプロダクトの根底にあるのは、社会課題をデザインで解決する"ソーシャルデザイン"の考え方です。
井上聡さんと清史さんの兄弟は、デンマークのコペンハーゲンでガラス作家として活動していた父と、航空会社で働きながら家庭を支える母のもとに生まれました。生まれも育ちも、国籍もデンマーク。先進的でリベラルな教育を受け「誰しもが平等であり自由だ」と教えられてきたにもかかわらず、幼少期には差別や偏見を受けてきました。「幼い頃から、自分たちの立場やアイデンティティについて考え、差別に対して強い怒りを抱いてきました」。
彼らにとって、この"怒り"が活動の源泉となりました。「『こんちくしょう』という"怒り"の感情に、社会から不公平な扱いを受けている人への"共感"が合わさり、なぜそれが起こっているのか?どうしたら解決できるのか?に転換してきました。ザ イノウエブラザーズは『何かをいいことをしたい』とか『何かを表現したい』という気持ちからではなく、今も昔も解決したい課題やニーズがあり、その解決方法としてプロダクトを作っているだけなんです」。
2022年、新たな活動の場として選んだのは沖縄でした。「沖縄は、日本でありながら琉球独自の文化もあり、ふたつのアイデンティティが共存してきました。僕たち兄弟の境遇と似ているところがあると感じましたし、その叡智を学びたい、と。また、観光地として人気のある地ですが、実際に働いている人たち...特に女性に十分な利益の還元がされているとは言えませんし、経済的に困窮している人も多いことが、国内でも問題視されています」。
沖縄の地を訪れた井上さんは琉球藍染と出会い、Tシャツをはじめとしたプロダクトを手がけています。「藍染体験やお土産のハンカチはあるけれど、手間や時間に価格が見合っていないと感じます。沖縄の方々のアイデンティティを表現する文化や技術を大切に守りながら、僕たちらしく変えるべきところは変えていきたいですね」。現在、沖縄を起点にサーキュラーエコノミーの理念に基づいたゲストハウスも構想中だといいます。
成果は現地の風景が変わったこと
「自分の仕事が自分のためだけになっていないか」「苦しんでいる人たちの力になれているのか」。そうした思いから立ち上がった、ザ イノウエブラザーズ。20年前に目指した"未来"は、現実のものになっているのでしょうか。
「最近、周りに言われて20周年だと気がつきました(笑)。戦略を綿密に立てて活動をスタートさせたわけでもないし、とにかくがむしゃらでした」。井上さんは、目の前の課題に向き合ってきたこれまでの歩みを「登山と似ている」と表現します。「足元を見ながら山を登っていると、ふだんの景色ってあまり変わらない。でも、ふとした瞬間に振り返ると景色が変わっているのがわかる。『こんなところまで登っていたんだ』って」。
「僕たちがアルパカプロジェクトを始めた頃、ペルーでは現地の人たちの貧困問題以外に、後継者がいないことが大きな課題でした。アルパカの牧畜って、地味な仕事で決して格好いいとは言えないんです。一日中、野原に座りっぱなしでアルパカの面倒を見ないといけないし、臭いし汚れる。当時、若者たちはそうした仕事を嫌がって都会で出稼ぎするのが一般的でした」。それが3年前頃から、現地のプロジェクトに若者の姿が増えたといいます。
「プロジェクトの現地リーダーたちから、『これからはこの子たちがリーダーになるから紹介しておく』と孫や甥などを紹介されました。若者たちに話を聞くと、『急に自分の親世代が楽しそうに仕事をしはじめて、収入も上がっている。それに日本で売ってるんでしょ、かっこいいじゃん』と言ってくれました。すごく嬉しかったですね」。
今まで"未来"を語らなかった人たちが、次世代や未来のことを考え、バトンを渡していくようになった。とても大きな変化でした。
SDGsの本質は「感謝」
先のことは正直わからない、未来より今に手一杯で余裕がない。そう考える人も少なくないでしょう。精力的に活動し続ける井上さんにとっては、未来は明るいのでしょうか?素朴な疑問をぶつけました。
「これは因果の問題で、明日何が起きるかを知りたかったら、今自分が起こしてる行動に目を向けなければいけません。多くの人が知る通り、今は未来に黄信号が点っていますよね。未来がちゃんと存在するように、今の行動を変えないといけない。大切なのは、未来に希望を持てるかどうかではなく、"今の自分の行動に、自分自身が希望を持てるかどうか"です」。
未来を変えるためのSDGsの17の目標のなかでも、井上さんたちが特に大切に考えているのは、「NO POVERTY / 貧困をなくそう」と「GENDER EQUALITY / ジェンダー平等を実現しよう」です。「まずは"人"の問題を解決しないと、持続可能な世界は実現しないと思っているからです。私たちの周りにあるもの全てに"人"が介在しています。それを意識し、目の前にあるものや人に感謝することができれば、ものの買い方も使い方も変わるはず」。
ザ イノウエブラザーズはブランディングや商品を通したコミュニケーションで、人々にインスピレーションを与え続けてきました。これから、彼らが目指すものはなんでしょうか。
「一番サステナブルなのは、ものを作らない・買わないことです。今僕らがアルパカのニットウェアを買ってほしいのは、アルパカを育てている先住民の暮らしを思うからですが、商品を売らずに彼らの生活をより良くできるのなら、それが一番環境にも良い。ものを買ってもらわなくて良いビジネスモデルも考えています」。
常に誰かの幸せのために。世界中の社会問題や環境問題が解決されるまで、きっと彼らは歩みを止めません。
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井上聡(Satoru Inoue)
1978年、デンマーク生まれ。コペンハーゲンで広告代理店のインターンから実践的なグラフィックデザインを学び、数年後にはアートディレクターに就任する。早くして亡くした父の、お金や名声を優先せずに自らの正義を貫く生き方を胸に、2004年に弟である清史さんとソーシャルデザインスタジオThe Inoue Brothers...(ザ イノウエブラザーズ)を結成。現在は沖縄に移住し、伝統工芸である琉球藍染に着目したプロジェクトも手がけている。
サステナブルジャーニー
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