「母親ペナルティ」vs「父親プレミアム」| 賃金格差の実態

現代ではあらゆる職業において、男女間の賃金格差が存在します。飲食業、接客業、小売業、清掃業、介護・福祉業などは低賃金のケースが多く、法定の最低賃金がそのまま適用されることもあるため、男女間の賃金格差はあまり発生しません(※1)。一方、賃金格差が最も大きく表れるのは、デスクワークを中心とするオフィスワーカーや、高度な専門知識を要する弁護士や医師といった職種です。実はこうした職種でも、キャリアのスタート時点では男女の給与差がほとんど見られないのです。
ところが、結婚して子供が出来た辺りから、「父親プレミアム(Fatherhood Premium)」と「母親ペナルティ(Motherhood Penalty)」(※2)といった現象が起き、男女間に賃金格差が生じ始めます。「父親プレミアム」とは、男性が父親になることで周囲から一層仕事に打ち込むことが期待され、労働時間が増え、昇進や昇給の機会も増えることで、結果的に給与が上がる現象を指します。それに対して「母親ペナルティ」は、女性が産休や育休を取ることで給与アップの機会を逃し、また、仕事より育児を優先するだろうという周囲の固定観念から、プロジェクトから外されたり昇進を逃したりすることを指します。このように、男性の給与は上昇する一方、女性は出産や育児による労働時間の減少なども重なり、結果的に賃金が低くなってしまうのです。

The Enduring Grip of the Gender Pay Gap, Pew Research Center, Washington, D.C. (March 1, 2023)
実際の男女賃金格差と法律の効果
この問題に対するアメリカでの正式な取り組みは、1963年に施行された「同一賃金法(Equal Pay Act、以下EPA)」(※3)でした。EPAは、同じ仕事をしている従業員に、性別を理由に給与格差を生じさせることを禁じるものです。しかし、実際にはこの法律だけでは平等賃金を実現するのは困難でした。その理由の一つに、この法律が「未調整賃金格差(unadjusted wage gap)」を焦点にしたものであったことが挙げられます。Deloitteは、この「未調整賃金格差」(※4)を「外部要因を考慮しない平均時給」と定義しています。つまり、職種や勤務時間、経験などを無視して、すべての労働者の平均時給をそのまま比較した時給ということです。2024年時点で、アメリカの未調整賃金格差は、男性の賃金を100%とした場合、女性は84%となっています。EPA施行当時は、賃金格差の原因は単に企業側の性別への偏見にあり、その不平等格差を禁止すれば問題は解決すると予測されていました。しかし、施行から60年以上が経過しても賃金格差は依然として存在しており、この発想自体が間違いであったことが明らかになりました。
上記の「未調整賃金格差」に対し「調整済み賃金格差(adjusted wage gap)」は、特定の給与額を決定する要因を回帰分析によって算出したものです。回帰分析とは、データの傾向を数式で表し、関係性を予測・理解するための手法です。賃金格差に関して言えば、従業員の職種、勤続年数、責任範囲、勤務地、経験などを考慮し、単なる給与の額面だけでなく、給与決定に影響を与える要素を含めた総合的な分析が可能です。たとえば、同じ職種・同じ経歴の2人の従業員がいた場合、給与が同じであれば格差はないといえます。しかし、どちらか片方の給与が高い場合、何らかの偏見や差別的な採用・昇給の慣行が企業内に存在し、それが影響している可能性があると考えられます。

Data via Mercer
偏見を超えた課題解決
2023年にノーベル経済学賞を受賞した経済史学者、クラウディア・ゴールディンは、著書「Career & Family」(※5)の中で、賃金格差の根本的な原因は「現代の労働の構造そのもの」にあると主張しています。現在でも、労働者は仕事への忠誠心や意欲を会社に認めてもらうために、自分の時間をすべて捧げるべきだという考え方が根強く残っています。その結果、家族の介護、育児など、個人的な理由での休暇は業務評価を下げることにも繋がってしまいます。こうした傾向により、「夫婦の公平性(couple equity)」を犠牲にする人々は一向に減らず、どちらか一方の収入を優先することとなります。女性は産休育休を取らざるを得ないため(※6)その期間の収入は減少し、その分男性は働き結果的に収入が増える。育休から復帰しても、女性には大きな仕事は中々任せられることはなく、働き続けた男性との給与の差は開くばかり。男女の賃金格差はこのように始まり、その後も続いてしまうのです。
この問題への対策の一つとして、「給与情報開示法(Pay Transparency Laws)」(※7)があります。企業に対しOECD加盟国の55%は、男女間の賃金格差を従業員や投資家など関係者へ明示することを義務付けています。「Harvard Business Review」の調査によると、この法律施行により、賃金格差の解消に一定の効果が見られた(※8)とのことです。また最近ではさらなる法律の施行も進んでおり、2023年に制定された「EUの賃金透明性に関する規定(European Union Pay Transparency Directive)」(※9)では、EU域内のすべての企業に給与データの公開を義務付け、5%以上の男女賃金格差が判明した場合、企業に対し是正措置が求められることになっています。

The Enduring Grip of the Gender Pay Gap, Pew Research Center, Washington, D.C. (March 1, 2023)
企業が真の賃金格差解消を実現するために
企業が自社の「調整済み賃金データ」を算出し透明化を図ることで、どの部分に大きな格差が潜んでいるかが明確になり、具体的な対策が可能になります。たとえば、職種ごとに標準給与を設定し、過去の給与履歴は採用時に考慮しない規定にすれば、それまでの賃金格差を引きずらずに済みます。また、Z世代の従業員にとって重要な福利厚生の一つ(※10)「育児支援」を導入することで、女性に偏っていた育児労働が是正され「夫婦の公平性」を諦めることなく、女性が仕事を継続できる環境ができます。同様に、フレックスなど柔軟な勤務形態や、休暇の取得が昇格などに影響を与えないような評価・昇進制度を構築することも重要です。これにより、従業員が自身の健康や家族を優先しても、キャリアアップを諦めなくても良い職場環境を実現できるのです。
ジェンダー平等の改善はまだ進展が遅く、完全な平等の達成は2158年以降になる(※11)と推定されています。この状況を看過できないとする「同一賃金国際協力連盟(Equal Pay International Coalition)」(※12)は、各国政府、民間企業、労働組合と連携し、「2030年までに同一労働・同一賃金を実現する」ことを目指しています。完璧な解決策は中々存在しないものですが、この取り組みに加わる企業が増え、私たちの職場環境や給与制度をより公平なものにすることは、女性の地位向上への大きな一歩となるでしょう。
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執筆 K. Smith 翻訳・編集 K. Tanabe

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