池上線の駅舎生まれの古材が、時間を超えて地域のカフェや店舗へ記憶を運ぶ「STATION WOOD」

「ゴミを減らす」という取り組みは、私たちの暮らしのなかに着実に広がっています。ただし、その多くは、プラスチックなどの廃材を粉砕・溶解し、まったく別の形へとつくり変える「リサイクル」が中心。一方で、素材の形状や質感をそのまま活かして使い続ける「リユース」という選択肢も広がりを見せています。
なかでも木造建物の解体時に出る柱や梁、床板などの古い木材である「古材」は、まさにこのリユースを体現する存在です。かつてはその扱いづらさからほとんどが廃棄されていましたが、近年では長年使われた風合いや加工の跡を生かした資材として、再び注目を集めています。

寸法や形のそろった新しい木材とは異なり、一つずつ異なる質感や、使われてきた場所や歴史を持つ個性的な素材として、店舗や住宅の内装などへの導入が増加。また、リユース材として環境負荷が比較的少ないことも、古材ならではの大きな特徴です。
しかし、古材が持つ真の価値は、それだけではありません。その木がかつて存在した場所や、共に過ごした人々の「記憶」を宿しているという点にあります。この「記憶の継承」という情緒的な価値に深く向き合い、街のなかで新たな循環を生み出そうとしているのが東急電鉄です。
東急電鉄では、100年近く地域の日常を見守り続けてきた古い木造駅舎のリニューアルを進めるなかで、環境面での課題解決に加え、駅舎の古材が持つ歴史や地域の思いを次世代へ引き継ぐための活動を続けてきました。
そんな想いに共鳴し、プロの技術で応えたのが、日本各地の材木店が繋がり古材の加工や販売を行う「古材日和(こざいびより)」グループです。
両者の連携によって、駅舎から生まれた古材は、新たに「STATION WOOD(ステーションウッド)」として生まれ変わることに。池上線・池上駅の木造旧駅舎の改修工事で生まれた古材が、駅舎の記憶とともに、沿線内外の飲食店の内装やプロダクトとして次の使い手へ受け継がれています。



こうした「記憶の継承」と「資源の循環」の両立は、一見理想的な形に見えますが、その実現までにいくつもの壁がありました。
日本で古材活用が広がり始めたのは、ここ20年ほどのこと。回収やクリーニング、流通先の開拓など、古材を再び資源として生かすまでには、多くの手間を要します。加えて、ホーム屋根の構造材として特有の塗装が施されていた駅舎の古材を流通させるという試みには、従来の住宅古材とは異なる、独自の難しさがありました。

今回の記事では、古材日和グループの代表を務める塚田浩之さんに取材。古材の魅力や事業を始めた経緯から、国産古材を流通させる工夫、東急電鉄との連携で生まれた「STATION WOOD」の舞台裏と、その可能性について聞きました。

4トントラックに山積みで届いた、駅舎の記憶
──東急電鉄との「STATION WOOD」の取り組みは、どのような経緯で始まったのでしょうか?
塚田さん
始まりは、東急電鉄の担当者さんからの切実な相談でした。築100年近い駅舎の解体材を前に、活用法が決まっていない段階から『捨てるのは忍びない』という一心で、わざわざ倉庫を借りて保管されているというんです。
本来、施工効率を考えれば現場で細かく解体して処分するのが一般的ですが、担当者の方は、どうにか活かす道はないかと執念で材を残していた。そんな折に、古材日和として展示会に出展していたとき、東急電鉄さんがブースを訪ねてくれたんです。そこで「駅を改修した際に出た木材がたくさんある」と相談を受けました。
詳しく話を聞くと、いままでは自社での利用や地域向けワークショップなどで活用していたそうですが、それでも大量の古材を使い切ることは難しかったそうで。

塚田さん
うちの加工や流通のノウハウと組み合わせれば、この希少な古材に新たな可能性を生み出せるのではないかと思い、声をかけてくださった。とにかく熱意がすごくて、社会課題に挑戦するその姿勢に共感して、一緒に取り組みを始めることにしました。
実際に見に行くと、本当に大量の木材が残されていて、正直「これは大変だ」と思いました。4トントラックに山積みにして倉庫へ運んだのですが、うちの社員もみんな「これをどうするの?」と驚いていましたね(笑)。

──どのようなところに難しさを感じたのでしょうか?
塚田さん
まず、解体しやすさを優先して短く切られていたため、柱や梁として使うには長さが足りませんでした。寸法もばらばらで、そのまま店舗の内装などに使える状態ではなかったんです。
さらに、一部の木材にはペンキが何層も塗り重ねられていました。通常の古材と同じように水で洗うと塗膜が剥がれてしまいますが、その塗装も駅舎で使われてきた時間を感じさせる表情なので、すべて削り落とすわけにはいきません。


──そこから、どのように商品へ変えていったのでしょうか?
塚田さん
一本ずつ状態を確認し、寸法や形ごとに選別しながら、どのような加工ができるかを考えていきました。池上駅だけでも杉、檜、米松と複数の樹種が混ざっていて、カットしながら違いに気づくこともありましたね。
なかでも特にこだわったのが、ホームの柱や梁に残っていた『白い塗装』の風合いです。通常の古材であれば削り落としてしまう面ですが、この剥がれかけた塗装こそが池上線のアイデンティティであり、駅舎で使われてきた時間を感じさせる表情そのもの。そこで、塗膜が剥がれないよう透明な塗料で表面を安定させる特殊な仕上げを施すことにしました。駅舎で使われてきた表面の風合いと、スライスして現れた内部のきれいな木肌という、二つの表情を生かして販売しています。

──駅舎の痕跡を残しながら、使いやすい素材へ変えたのですね。
塚田さん
私たちはSTATION WOODを主に店舗内装などの材料として販売していますが、東急電鉄さんからは「かつての駅舎をもっと身近に感じてもらえるような、個人向けの展開はできないか」という相談をいただきました。そこから両者でアイデアを出し合い、スマホスタンドや植木鉢など、個人向けのプロダクトにも展開していました。
実際に売り出してみると、鉄道ファンや沿線の方々にとっても、かつての駅舎の一部を手元に残せるという特別な価値として受け入れられました。この手応えは、両者で試行錯誤した共創があったからこそ得られたものだと思います。


壁の裏から、空間の主役へ
──駅舎という特殊な素材を再生できた背景には、塚田さんが長年培ってきた「古材」への知見があったのですね。そもそも古材は、元々あまり使われていない素材だったのでしょうか。
塚田さん
日本にはたくさんの古い建物があり、その建材である古材も大量にあります。ただ、日本の建物からはまとまった量の板材を確保しづらく、立派な丸太も、天井の低い空間では圧迫感があって使いにくいんです。
さらに古材には釘などが残っていて、そのまま製材すると刃物や機械を壊す恐れがあります。そのため木材業界では「古材は加工するな」と言われるほど、扱いにくい素材でした。

塚田さん
私の実家は1903年創業の製材所ですが、こだわって仕上げた材料も今の住宅では壁の裏に隠れてしまう。その使われ方に疑問を持ち、『直感的にかっこいいと思える木材を扱いたい』と2004年に立ち上げたのが、古材日和の原点です。
当初は苦労しましたが、近年は『すでにある木材を再利用している』という環境面から選ぶ企業も増えました。古材日和では『MOQGs(モクジス)』というブランドを通じ、設計に取り入れやすい形状へ整えることで、新たな使い道を広げてきました。


──木材を取り巻く状況も変化しているのですね。
塚田さん
はい。かつては北米産などの古材が人気でしたが、近年のウッドショックや円安の影響で、改めて国産古材に注目が集まっています。以前は風合いなどのデザイン性が中心でしたが、今は粉砕せずに形を生かして再利用できるリユース素材としての価値が評価されています。だからこそ、東急電鉄さんのような『記憶を残す』という取り組みが、より大きな意味を持つようになっていると感じます。

──古材は実際の現場でどのように活用されているのでしょうか。
塚田さん
古材には、今の木材ではあまり見られない木目や節、昔の大工による加工跡など、独特な表情があります。寸法や状態が一本ずつ異なるため、その表情を活かして店舗や住宅の内装材として使われることが多いですね。
古民家や古い施設の解体現場から運ばれてきた木材は、まずクリーニングして使える状態に整えます。ただ、完全にきれいにしてしまうと、古材ならではの風合いまで失われてしまう。清潔さを保ちながら表情を残せるよう、設計士やデザイナーの要望に合わせて仕上げています。

──こうした古材は、どこから仕入れるのでしょう。
塚田さん
古材には、一般的な木材のような流通市場がありません。今は古民家の持ち主から直接相談を受けることが多いですね。「田舎の家を受け継いだけれど、遠方に住んでいるのでどうにかしたい」「ただ壊すよりも、誰かに使ってもらいたい」という方から連絡をいただき、解体業者さんと一緒に動くこともあります。
古い木材は乾燥が進み、材としての強度が増しているものもあります。一方で、人が住まなくなった空き家は、木材も急速に傷み始めます。解体して初めて腐食が見つかったり、作業中に割れてしまったりすることもあるので、木材を回収するタイミングも大切ですね。
──そのタイミングを逃さず、執念で回収されたのが今回の駅舎の古材だったのですね。
記憶とともに、古材が街を巡っていく
──「STATION WOOD」を通じて、古材日和さんとして何か気づきや発見はありましたか?
塚田さん
古民家の古材を「誰々の家から出ました」と紹介するのは難しいですが、駅舎なら「この駅のものです」という出自と一緒に伝えられます。見た目だけでなく、材料がどこから来たのかというストーリーがあることも、空間の魅力になると思います。
店舗の内装として風合いで選ぶ人だけでなく、思い出を手元に残したいという個人の方まで、STATION WOODが持つ物語が、幅広い層に届くことを確信しました。
東急電鉄さんは2018年にも「池上駅で使っていた角材で椅子を作る」というテーマで、近隣の方向けにワークショップを行っていました(みんなのえきもくプロジェクト)。その椅子に興味を持った方が、長く暮らしてきた池上でお店を開く際に、STATION WOODを使ってくれたんです。
地域になじみのある駅の木だからこそ、お店を訪れた方との会話や、地域の人同士のコミュニケーションにもつながった例だと思います。



──多くの人が利用する、駅ならではの展開ですね。
塚田さん
古民家は家族が暮らす場所ですが、駅はもっと多くの人が過ごしてきた場所です。たくさんの人を運んできた駅舎の木が、STATION WOODとして、今度は思い出や記憶を運んでいく。時間という概念を持つ古材に、こういうかたちで鉄道会社が関わる構造が、すごくいいなと思うんです。

──STATION WOODの取り組みを、今後どのように広げていきたいですか?
塚田さん
東急電鉄さんの木造駅舎は残りわずかですが、今後も建て替えの際には、古材の活用に最後まで関わっていきたいですね。
STATION WOODの取り組みをきっかけに、ほかの企業や自治体からも、学校や公共施設などの古材を活用できないかと相談が来るようになりました。ただ、木材は回収して保管するだけでは活用につながりません。商品として流通させ、どこで使われてきた木なのか、その価値まで伝える必要があります。

塚田さん
古材の「出口」をつくることが、僕らの仕事なんです。古材は集めようと思えばいくらでも集められる。問題は、回収した後の使い道がないことです。古材の本質を見極め、その魅力を表現して、使い手のもとまで届ける。そこまでやって初めて、僕らの仕事は完結すると思っています。
新たな資源を使わず、すでにある木材をリユースする古材は、持続可能な社会に向けた素材として注目を集めています。また、時を経たからこそ生まれる質感や加工の跡には、新品の木材にはない魅力も宿り、多くの人を惹きつけます。
さらに、古材を扱う際に大切なのは、その木が歩んできた歴史を次につないでいくこと。駅舎の一部として何十年も人々を見送り、迎え入れてきたSTATION WOODは、店舗の内装やプロダクトへと姿を変え、新しい日常の中に溶け込んでいきます。
地域で長く親しまれてきた木が、その記憶とともに、また誰かの日常へと巡っていく。そんな循環のかたちを見せてくれる取り組みでした。
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取材・執筆淺野義弘
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撮影篠原豪太
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編集友光だんご
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