東京の真ん中に生まれた「木の駅舎」が地域をつなぐ。リニューアルされた戸越銀座駅が守り残したもの
東京都品川区にある「戸越銀座商店街」は、約1.3kmにわたって400軒もの店舗が並ぶ賑やかな商店街。地元の人々の日常を支える場でありながら、週末には一万人以上の観光客が訪れる人気スポットでもあります。
この商店街に直結する東急池上線「戸越銀座駅」は、改札を出たらすぐに商店街へと足を踏み入れられるロケーションが特徴。1927年(昭和2年)に開業されたのち、長い歴史を経て、老朽化に伴い2016年(平成28年)に新たな姿へとリニューアルされました。
新しくなった駅の特徴は、木材をふんだんに使った温かみのあるデザイン。これは長年愛されてきた元々の木造駅を踏襲しながら、木材を多く活用した駅の改修を推進する東急電鉄の「木になるリニューアル」の方針を反映したものです。さらに、駅のあちこちに地元の人々から寄せられたコメントや商店街のマップが掲示され、地域との深いつながりも感じさせます。
リニューアルを経てなお地域に愛される駅舎は、東急電鉄と商店街の人々との長きにわたるコミュニケーションがあったからこそ実現したものでした。
商店街や駅は、私たちの生活に欠かせない存在であり、毎日使う場所だからこそ、その環境が生活の質を大きく左右します。今回の戸越銀座駅のリニューアルには、鉄道会社や地域の人々のどのような想いが込められていたのでしょうか?
当時、商店街組合の広報担当を務めていた亀井哲郎さんと東急電鉄でプロジェクトを担当していた横尾俊介さんにお話を伺いました。
商店街の歴史と共に歩んだ木造駅
── まずは駅の歴史について教えてください。
亀井さん
戸越銀座駅は、もともと木造の駅として長い歴史があり、駅を見るために来る人がいるほど愛されていました。池上線90周年を記念して1日フリー乗車券が配布された際には、戸越銀座商店街が埋まるほどの人が集まったんです。鉄道好きの方にも人気がありましたから、駅がリニューアルされてもそうした情緒は残してほしいと思っていました。
池上線の電車は3両編成で、都心を走っているわけでもありません。それでも、生活圏の移動手段としてのみならず、観光スポットとしても人気がある大事な存在でした。電車が横切る風景も商店街の大切な資源ですから、無機質で綺麗な駅ができるよりも、戸越銀座とマッチするアプローチに期待していました。
横尾さん
東急電鉄としても、街の雰囲気に合う駅を残したいと考えていました。駅舎については、シンボルとなる切妻の三角屋根のデザインの踏襲や、木材の活用までは決めていたのですが、その先は地域の皆様と相談しながら進めたくて。その際に、戸越銀座商店街の方々が地域の入り口になってくださったんです。
この商店街は組合がとても活発で、季節のお祭りや催事なども多いんですよね。組合の会合やイベントがあるたびに足を運び、リニューアルされる駅への要望やアイディアをたくさん伺いました。
── 普段から沿線の方々とのコミュニケーションをとっていたのでしょうか?
横尾さん
建造物としての駅というハードウェアだけでなく、地域とのつながりをこれまで以上に大切にし、その両輪で進めることを強く意識するようになったんです。東急電鉄には地域コミュニケーションを所管する部署があるので、社内でも連携しながら、議論を進めていきました。
亀井さん
駅のリニューアルが始まる頃から、東急電鉄さんとの付き合いはより深くなりましたね。実はこのエリアで暮らす社員の方がいて、会社の人たちを商店街に連れてきてくれるようになったんです。そうした交流もあり、鉄道会社と地域住民というビジネスライクな関係を超え、同じ街が好きで一緒に過ごす人同士としてのつながりが育っていきました。
作る過程をひらく。節目だからこそ意識する関わりしろ
── 新しい駅には、商店街のマップや地域住民の声をまとめたボードが設置されるなど、多くの人々の思いが反映されていますよね。どのように周囲の人たちを巻き込んできたのでしょうか?
横尾さん
新しくなる駅に関わる人たちにとって、リニューアルを通じた体験づくりをしたいと考えました。そのために何ができるのか考え、いろいろな手段を検討したんです。
たとえば、戸越銀座の皆様を森や原木市場にご案内するツアーを実施しました。駅に使われる木材がどこから来るのか知ることで、愛着や理解が深まることを期待していました。この取り組みは、現在進めている「SOCIAL WOOD PROJECT」が始まったきっかけにもなっています。
横尾さん
また、建物を工事する際には無機質な仮囲いで覆ってしまうことが一般的です。しかし、戸越銀座駅のリニューアルでは、お客様よりいただいた駅リニューアルに期待するコメントを仮囲いに掲出しました。
そこには戸越銀座という街や商店街への思い、大切な思い出や期待することなど、822個ものメッセージが寄せられました。お客様の生の声を知ることができたのは、普段の業務では得られない大きな喜びでしたね。
亀井さん
一方的に駅のリニューアルが進むのではなく、一緒にステップを踏みながら進められたのが嬉しかったです。改札の外に置かれた商店街マップなど、こちらから提案した意見を採用いただくこともありました。駅の中や外で、リニューアルに関わった人たちのアイデンティティが残ることで、地域の中心にある特別な存在としての魅力がより強まったと感じています。
── 駅のリニューアルは大きな出来事です。自分が生きている間に一度あるかないかの貴重な機会に関われたことで、街の人たちの愛着がひときわ深まっていったのですね。
街に愛されてきた駅をこれからも
── リニューアルされて8年ほど経つ駅は、すっかり街の風景として馴染んでいるように感じました。
亀井さん
電車は単なる移動手段ではなく、駅まで含めた地域資源そのものだと思うんです。近代的に、ただ便利にすることだけが全てじゃないし、昔ながらのデザインの電車や駅舎も風景として人々の心に刻まれている。戸越銀座でいえば、駅と商店街が近いという特徴がなくなったらやはり寂しいですし、このような形でリニューアルされたのは幸運でしたね。
横尾さん
商店街の皆様とは、かなり踏み込んだ形でご一緒できたと感じています。工事中はご迷惑をおかけした部分もありましたが、街の方々が関わった痕跡が残る駅が、良い記憶として残ってくれたら嬉しいです。
また、東京における地産地消を意識した多摩産材の活用は、持続的な森林整備や林業振興にもつながります。駅で過ごすうちに、森林や環境問題への関心が高まっていってくれれば何よりですね。
亀井さん
通常であれば、駅をリニューアルすると聞いても、直接鉄道会社さんにお声がけしてコミュニケーションをとることはなかなか難しいですよね。今回は商店街組合がその窓口となり、街のイベントや会合を通じて東急電鉄さんに多くの人の声を届けることができたことも功を奏したと思います。
オンラインショッピングや配達サービスの普及で、商店街は厳しい状況に直面していますが、戸越銀座商店街は「都市型観光」を戦略に掲げ、街そのものを訪れてもらうことに価値を見出しています。外から商店街を訪れる人々にとって、駅はその入り口ですから、駅舎のリニューアルを一緒に進められたことは、本当にありがたいことでしたね。
── 駅リニューアルを経て、ただ新しくするだけでなく、街との関係をさらに深めることができたのですね。鉄道会社と商店街が一緒に歩んだ結果、まさに木のようなやわらかさと温かさを持つ、いろいろな人たちの思いが宿る場所ができたのだと感じました。
木材の活用により、地元の人々と鉄道会社の間に新たなコミュニケーションを生んだ戸越銀座駅のリニューアル。こうして木材の魅力を活かした建物が増えることで、人々の街への愛着も増すとともに、よりサステナブルな社会の実現へと近づいていくはず。「サストモの森」では、今後も森に関するさまざまなアクションをお届けしていきます!
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取材・執筆淺野義弘
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撮影本永 創太
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