仕事や住む場所なく再犯に至るケースも。それを防ぐ保護司の人材不足と、無報酬の背景 #令和の人権
刑務所や少年院から出た人などの更生を地域社会で支える「保護司」の高齢化が進み、担い手も減少している。2024年5月に滋賀県大津市で保護司が殺害された事件の報道をきっかけに、無償のボランティアであることも認知されたが、保護司らが構成員となり開かれてきた検討会で同年10月にまとめられた報告書では、「報酬制は導入しない」という方針に。人材確保、安全対策、そして報酬面などについてまとめられた方針の「内実」に迫るべく、保護司たちに話を聞いた。(取材・文・撮影:小山内彩希/編集:大川卓也、Yahoo!ニュース オリジナル 特集編集部)
人材不足の背景に「人脈頼り」。解消の鍵は、取り組みの認知向上から
全国に4万7000人ほど存在する保護司。
刑務所や少年院から出た人たちなどの更生を支援するために、月に数回の面談を行い、就労支援などもする地域のボランティアだが、過去10年で1000人以上減少している。
法務省は2023年5月から、「保護司制度の存続」のために、「持続可能な保護司制度の確立に向けた検討会」を全14回にわたって開催。現役の保護司や刑事法の専門家などの識者が「人材不足の解消」「安全面の対策」「報酬制導入の是非」などについて議論を交わし、今後の方針を打ち出した。
保護司減少の理由は高齢化だけでなく、ライフスタイルの変容や、従来の採用方法によるところも大きいと、保護司歴27年というベテランの立場で検討会に参加した、豊島区保護司会会長の山元俊一さんは言う。
「現状、保護司の約4割を70歳以上が占めていますが、退任年齢が78歳(一部の職務は80歳)であるため、数年後には急激に人材不足に陥ることが懸念されており、地方ではすでに表面化してきています。若手現役世代から人材を確保したいところですが、商店街の衰退により比較的時間の融通が利く自営業者のなり手は減少しており、女性の労働参加が増えたことで昔より女性のなり手も不足しています。さらには、保護司の人脈に頼って地域社会の中から後任を探す方法が主流だったことで、現役世代の新たな人材を確保していくことが一層難しくなっていました」
こういった課題のもと、「公募制導入」のほか「新任時の上限年齢66歳の撤廃」の方針も報告書にまとめられたが、山元さんはさらに20代などの若い世代からの人材確保にも意欲を見せる。
自身は現役の税理士だが、都内の大学や大学院などで租税法の講義もしている。大学生など、若い世代の地域社会での取り組みにも関心を寄せ、保護司の人材確保についても可能性を感じているという。
「豊島区の消防団は大学生も入れて活動しています。若い世代ほど地域社会との関係が希薄だと言われたりもしていますが、大学生を見ていると、地域社会と関係性を築きたい欲求を持つ若者は少なくないと感じます。保護司は地域の経営者、医療関係者、農業に携わる方々など、自分にはない知見を持つ人とのつながりが生まれる活動。それはお金に代えることのできない財産です。こういった認知も広がってほしいですね」
大津の事案を受けて偏見を危惧。求められる、安全確保のための「保護観察官の増員」
検討会の開催期間中だった2024年5月、保護司が滋賀県大津市の自宅で保護観察対象者に殺害されるという事案が生じた。
この事態を受けて急遽、「保護司の安全確保は持続可能な保護司制度の前提条件である」とされ、議論が行われた。
保護司は、月に数回の保護観察対象者との面接で、生活や仕事の状況について対象者の話を聞いたり、時に助言を行ったりするが、面接場所は保護司の自宅であるケースが多い。
大津の事案を受けて、保護司らから「自宅での面接が不安になった」といった声が寄せられた一方、「自宅での面接を否定する風潮が高まってしまうのでは」「対象者への偏見が強まり、より就職が困難になってしまうのでは」と懸念する声も。
千葉市中央区の保護司である杉本景子さんによると、検討会では、自宅での面接禁止などの一律なルールを設けるのではなく、面接場所を拡充し、面接方法も柔軟にする方向でまとまったという。
「保護司にも、保護観察対象者にもいろんな人がいて、自宅のほうが話しやすい場合もあれば、そうじゃない場合もある。私自身は基本的に自宅で面接はしませんが、大津の事案を受けて周囲にヒアリングしたところ、家族など第三者の目がある自宅をあえて選んでいるケースが少なくありませんでした。面接方法に制限をかけてしまうことで活動ができなくなってしまっては元も子もないと思います。検討会でもそういった議論があり、面接場所や面接方法の選択肢を広げる方向となりました」
従来は、保護区ごとの更生保護サポートセンターが自宅以外の主な選択肢だったが、物理的な距離による使いにくさがたびたび指摘されてきた。
今後は公民館等の公的施設や民間団体の会議室等の利用など、保護司と保護観察対象者の双方にとって利便性の高い面接場所を拡充することが盛り込まれた。
また、保護司約4万7000人に対して約800人である「保護観察官の増員」も、安全対策において重要ではないかと杉本さんは言う。
保護観察官は、刑務所からの仮釈放者や、少年院からの仮退院者など「保護観察を受けることになった人」たちに対して更生のためのプログラムを組み、保護司はそれをもとに、民間人としての柔軟性や地域の事情に通じているという特性を生かしながら、対象者が無事に保護観察を終了できるよう二人三脚で働きかけをする。
「私の活動する保護区では60人の保護司に対して保護観察官はひとり。保護観察官はひとりで何十人も抱えていることから、保護司は不安なことや、悩んでいることがあっても『相談したら迷惑になるんじゃないか』と遠慮してしまうケースが少なくありません。それによって対応が遅れたり、保護司が孤独感を覚えたりすることにつながらないよう、保護観察官の増員が一番必要なことではないかと思っています。増員については、検討会のほかの保護司さんたちも同様の意見でした」
報酬制は、保護司の本質「寄り添う姿勢」を揺るがしかねない
検討会では、無償という形が取られている待遇面についても見直しが検討されたが、「従来のまま報酬制は導入せず、交通費や通信費など活動にかかる実費弁償金を拡充する」という方針でまとまった。
杉本さんは、地域の30代や40代などに保護司の説明をしたり、活動への参加を勧めたりすることもあるが、その際によく「無報酬であることに驚かれる」という。
「現役世代は、時には仕事や家族との時間を調整して活動をしなくてはいけない。また、現代は有償のボランティアも珍しくないことも、『それだけ大変なことを無償でやっているのか』と驚かれることにつながっているのかもしれません。私自身も現役世代の人材確保の観点から、有償でもいいのではないかという思いがありましたし、価値観が多様化していく中で金銭的なサポートのあり方については今後も議論の余地があると思います。ただ検討会に参加し、無償で続いてほしいという保護司の方々の熱意に触れ、考えを聞いたことにより、無償だからこその価値があり、現時点では報酬制はなじまないと感じました」
無償であるからこその価値、とはどのようなことだろうか。
検討会にオブザーバーとして立ち会った、全国保護司連盟事務局長の吉田研一郎さんにも話を聞いた。
吉田さんは、無償であるからこそ、保護司の本質的な価値である「寄り添う姿勢」が守られる側面が大きいという。
「保護司は、保護観察対象者を監視したり評価したりするのではなく、『元気にやっているか』『仕事はうまくいっているか』『何か困っていることはないか』などと聞きながら、更生の道のりを対象者と伴走する人なんです。紹介した職場を突然辞められたり、面接をすっぽかされたりすることもありますが、保護観察対象者は『それでも自分を見守ってくれる人がいる』と気づいて、孤独にならず、更生していきます。しかし報酬をもらうとなると、それに見合う成果が求められます。成果を求められると、保護司の本質である『寄り添う』という姿勢が崩れていく恐れがある。報酬制によって本質的価値が揺らいでしまうのではないかと懸念する声が多かったことから、今回の結論に至りました」
また報酬制にすることで「お金のためにやっている」と保護観察対象者から見られ、信頼関係が築きにくくなってしまい、それが保護観察対象者の孤立、再犯にまでつながってしまうのではという懸念もあるという。
法務省の「犯罪白書(令和5年版)」によると、保護司等の支援を受けながら生活する仮釈放者と、そうした支援のない満期釈放者では、刑務所への再入率にかなりの差がみられる。
総数で見ると、受刑者は出所後5年以内で3人に1人、10年以内では2人に1人と高い確率で刑務所に戻っているが、「住むところがない」「仕事がない」「孤独、相談相手がいない」といった、社会からの孤立によって再犯に至っているケースが少なくない。
吉田さんは、「報酬がないことにより保護司になることに抵抗を感じる方がおられることは私も、現場の方々も感じています。保護司には、活動に要した費用の一部が国から実費弁償金として支給されていますが、その充実を図ることも含め、待遇面については引き続き見直しを重ねながら慎重に検討していく必要があります」と考えを示した。
世界で広がる"HOGOSHI"の輪「地域社会でも応援する人を増やしたい」
持続可能な保護司制度に向けて、取り組んでいくべき課題は多いが、日本独自の保護司制度は近年、国際的に注目を集めている。
2021年には、国連による国際会議のサイドイベントとして世界保護司会議が開催。2024年4月の第2回世界保護司会議では、日本の保護司や保護司制度を念頭に置いた「国際更生保護ボランティアの日(4月17日)」が採択された。
社会復帰を目的とした処遇にはさまざまな方法があるが、日本の保護司は、吉田さんが言及した「寄り添う姿勢」が評価されている。
「海外ではかつて厳罰化の流れがありましたが失敗し、その後は保護観察官のような専門家が、再犯に至るリスク要因、改善が必要な犯罪誘発要因、応答性の3点をチェックする方式が主流となりました。しかし、それだけでは不十分で、本人の長所や強みに着目する処遇が有効とされるなか、近年、そうした処遇を実践する保護司制度に関心を寄せる国が増えています」
国際矯正司法心理学協会前会長で、犯罪者処遇の分野の世界的権威であるフランク・ポポリーノ氏は第1回世界保護司会議の基調講演で、「犯罪者処遇において有効なのは、信頼関係の構築と、その活用を通じて相手の変化にいかに影響を及ぼすかであり、これを実践している日本の保護司制度は革新的で維持されるべき」と言及している。
世界への広がりを見せる、"HOGOSHI"の輪。検討会では、時代の変化や社会のニーズに合わせて、5年ごとに待遇面や体制など、見直しをしていく方針も打ち出された。
保護観察官を経て、自身も保護司として活動する吉田さんは、保護司たちにとっては地域社会の理解が何よりも力になると、更生保護の未来へ思いをはせる。
「世の中には、直接的に加害者の支援をすることに抵抗感がある人もいると思います。ただ、保護司の活動の目的は、再犯を防ぎ安心・安全な地域社会をつくることで、それは社会全体にとって必要な取り組みです。応援したり、共感を寄せたりする人が増えてくれるだけでも、更生保護の未来は明るいものに変わっていくと思います」